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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第五章 自己焼却の魔法使い
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第72話 自己焼却――この思いを燃やして

 夜の帳のゼロセラに、第二席ウーノルの声が冷たく響く。


「あやつは、すでにシカトゥールの粒子となって消え失せた。——故に、救うことなどできん。……が、あやつとお前さんが、再び会う方法なら、あるかもしれない」

「……教えて欲しい……」


 躊躇う理由は、なかった。


「それは、お前さんもまた、あやつのように燃えることじゃ。……けれど、良いのか? それは、あやつの望みとは、全く真逆のことじゃと、そう、妾は、思うがの」


 第二席ウーノルのその瞳は、決してアイアスのことを、心から慮っているようなものではなかった。


 ——また、マリー、会える。


 ……けれど、それはひどく魅力的な言葉だった。

 そして、今この場に、アイアスを止めてくれる人間は、一人もおらず。


 ……今のアイアスに、自らの願望の発露を止めてくれる理性など、残っていなかった。


「……マリーを追わない、と……」


 その足取りは、夢遊病者のようにふらふらとしていて。

 ただ一つの確かな感情のみで動いていた。


 ――マリーのいない世界などありえない。


 ただ、その、一つだけの思いで。


 だから、アイアスは答えた。


「……構わない」

「クックック……つくづく、面白いやつじゃ。……じゃが、妾も、そんなお主のことが嫌いではない。……いいだろう。妾が、そなたをシカトゥールの深層に送ってやろうじゃないか」


 第二席ウーノルが、魔術行使の準備を始める。


「……じゃが、その先は、お主次第じゃ」


 彼女がいない人生が、自分にとって耐えられるものであるはずがないことになんて――

 きっと気づいていたはずだったのに。

 だから。

 今度は……、今度こそは、その手を――


「離さない、から」


 ギュッと握ったその拳を見て、第二席ウーノルは、一つうなずく。


「いい言葉じゃ。……では、行くぞ」


 そして、アイアスへと右手を伸ばした。


「……シカトゥールを、意識するんじゃぞ」


 ……もう、後戻りはできない。

 マリーになんと言われようと。


 ――これが、アイアスという存在の在り方だから。


 だから。

 解放序詞イプソールを、唱える。

 マリーにもらった、その名が刻まれた、自分だけの解放序詞イプソールを。


 ――アイ・アステル・アス・マジックキャスト


 魔術師である、証を、刻む。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ただ、己のシカトゥールだけを意識していた。

 ……それ以外、必要などなかった。


 私の全てを、世界の救済に当てて。

 ……そして、それで、全てが終わる。


 すでに、覚悟を決めたことだ。

 今更、何を言うつもりもなかった。


 ……けれど、そんな無の境地を、引き裂くものがあった。


 ——マリー!!


 声が、聞こえた……気がした。

 ……初めは、気のせいだと思った。


「マリー!!!!」


 けれど、また大きく、はっきりと聞こえた声が、それが気のせいなどではないことを、証明していた。


 だから、声のする方に向かって振り向いた。

 ……そして、そこにいたのは、もちろん、予想の通りの存在だった。


「……アイアス」


 なんで、来てしまったの?

 どうしてここにいるの?

 なんで?

 どうして?


 いくつも、聞きたいことが頭の中を駆け巡って。


 ……けれど、そのどれも、今の彼にかけるべき言葉では、無いように思えた。

 ……だって、そうだろう?


 ——確かに、私は彼に、この世界で生きてと言ったけれど。


 「ここにいる」と言うことが、その世界で生きた彼が、出した結論だと言うのなら。

 ……それなら、私に彼がここにいることを糾弾する権利なんて、何一つないのだから。


 だから、これだけを告げた。


「君は、本当に、どこまでも来てくれるんだね……」


 感謝の、気持ちを。


 今更のように、マリーは、思う。

 ……いつしか理屈でしか動くことができなくなっていた私と違って、君は、どこまでも理性で動く。

 それが、時に眩しくもあったけれど……やっぱり、それが、私は好きだったんだろう、と。


 ——だから、ここにきた君に告げる言葉は、感謝以外に、ありえない。


「ありがとう」


 その言葉を聞いて。

 アイアスの表情が、一瞬、意外そうなというか、面食らったというような、そんなものになって。

 けれど、すぐに、《《満面の笑み》》に、包まれた。


「——うん」


 あの、アイアスが笑っているということが、マリーには、どうしても意外で。

 ——だけど、堪らなく嬉しくて。


 マリーは、自分の目尻に、涙が浮かんだ感覚を覚えて、思わず右手でそれを拭う。

 ……だって、今は、泣いているような、そんな場合じゃない。


 けれど、シカトゥール体と化したこの空間では、実際に涙が流れているわけではなくて、少し、安心する。


「……きっと、もうすぐ崩壊する世界はつなぎとめられる。……その、自信はある。だから、それまで、待っててね。アイアス」


 事務的な言葉を述べて、最後の作業に集中する。


 ……これが終われば、自分という存在は、完全に、溶けて消え失せる。

 それはわかっていたけれど。


 ——けれど、その覚悟は、もう、済ませた。


 そして、それは、アイアスにすら、どうすることもできないことなのだ。

 ……だから、全てを受け入れる。

 この、終わりを——。


「————マリーは、行かせない」


 しかし、そんなマリーを、抱きしめるものがあった。


 ……この場で、そんな存在など、一人しかいないけれど。

 それでも、確認せざるをえなかった。


「アイ、アス……?」


 一瞬、期待する。


 ——私が、死ななくてもいい方法が、何かあるのではないか?

 ——私が……。


 ふるふる——。


 けれど、その思考を、力無く顔を振って、否定する。

 ……そんなものは、存在しないのだ。


 その上で、この決意さえが揺らいでしまえば、世界を救うと言う目的すら、達成できなくなる。

 ——だから、背後から胸元に回されたアイアスの手を、振りほどく。


「……邪魔だけは、しないで。——お願い」


 ここまで来てくれたことは、本当に嬉しい。

 ……けれど、いくら彼であっても、これまでの決意全てを無駄にするわけには、いかない。


「——違うっ!」


 しかし、アイアスは、マリーを離そうとはしなかった。


「マリーは、死ぬつもりだ!」


 その叫びは、真実だったけれど、今の彼を前に、認めることは、したくなかった。

 そんなマリーに、変わらずアイアスは叫ぶ。

 ……己のうちに秘めた、感情を。


「俺は絶対に、マリーを死なせない!!」

「でも——っ!!」


 そんなことは、できない!!!


 できないんだよ……——。


「だから、方法を、考えて来た」


 ……ねぇ、これ以上、私を困らせないで。

 迷わせないで……。


 そんなもの、あるはずがない!!


 あるはずがないと、否定することは、簡単なのに。


 簡単、だと言うのに——。


 否定することが、できない……。


「ねぇ、マリー……。一緒に、帰って来て」


 その手を取るのは、決して難しいことではないはずだった。


 ……けれど、今のマリーにとって、それは、簡単なことでも、なかった——。


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