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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第五章 自己焼却の魔法使い
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第70話 自己焼却——私は、世界のために死ぬ

「……負けじゃ」


 声は、第二席ウーノルだった。


「妾はてっきり、第三席ハーロムが己の全てをかけて、魂の魔力を使い果たしてこの世界に穴を開ける。——そう、勘違いしておった。……世界の現状を、甘く見ていたわ」


 クッと歯噛みする第二席ウーノル


 ……やはり、ダメなのか。

 たとえ、第二席ウーノルであっても、この状況を覆すのは。


「……しかし、手が、本当にないと、思っておるのか? 第三席ハーロムよ。……そうであるならば、滑稽じゃのう」


 挑発するような、第二席ウーノル


 ……いや?

 まさか、ある、のだろうか?

 この、現状を覆す術が。


「ない。……これは、断言できる」


 一筋の希望をも完全に打ち砕くかのような返答。

 その様子からは、自らの計画への完全なる信頼がのぞいていた。


「ほう……」


 しかし、それを聞いた第二席ウーノルの様子は、先ほどまでの少し追い詰められたような雰囲気とは異なっていた。


「妾には、あるぞ。……逆転の一手がのう」

「……なに?」


 第三席ハーロムの眉が、ピクリと動く。


 次第に大きくなった地の底から響くような地割れの音。

 耳に痛いほどのそれが、脳を芯から揺らす。


 けれど、それは、そんな現状すら、一瞬気にならなくなるような言葉だった。



「のう、マリーという少女よ。……お主、世界を救っては、くれんか」










「え……?」


 私が、世界を……?


 第二席ウーノルからかけられたのは、タチの悪い広告のような、そんな誘い文句。


「そうじゃよ。……妾が甘かったのは、謝ろう。しかし、この場を救えるのは、お主しかおらん」

「そんな……私は……」


 思わず、否定の言葉を口にしようとしてしまう。

 ……世界の滅亡の淵で、自信満々になれるほど、マリーは、成熟した大人では、なかった。


「いいや! お主しかおらん! なぜなら、今必要なのは、お主の魔力シカトゥール! それは、妾にすら出来ないことじゃ!」

「っっ!!」


 息を飲んだのは、第三席ハーロムだったかもしれないし、マリーだったかもしれない。

 けれど、それはあまり関係あることではなかった。


「人の言い分に人生を捨てさせられていいのかい? マリー君」


 突然の言葉に懊悩するマリーにかけられた言葉は、味方のものですらなかった。


「私の概算では、たとえ、君がその命を賭したとしても、この世界を救うことは、できない」


 それは、第三席ハーロムの声。

 その声は以外にも平静に満ちていた。

 ……それが、虚勢ゆえか、本当の自信ゆえかは、わからなかったけれど。


「だまされるでないぞ! マリー!」

「……いいのかい? 君、死ぬんだよ。成功するかどうかすらわからない、そんなことのために、だ。……それに、君はまだ、何も人生で得ていない。違うかい?」


 何が正解なのか?

 今、自分は何をするべきなのか?


 誰も、その答えをくれることはない。


 もう、誰にもどうすることもできないのだ。


 アイアスにだって、出来ることは一切なく。

 第二席ウーノルは策を提示することしかできず。

 第三席ハーロムですら、待つしかない。


 マリーにしか、出来ないのだ。


 ……本当に?


 どうしても、マリーは、わからなかった。

 自分になら世界を救えるのかも。

 もし、救えるとして、どうしたらいいのかも。

 他の一切合切も。


 ……何も、わからない。


 仮に。

 この場にシュヴェスタが健在だったなら、止めてくれたのかもしれない。


 仮に。

 この場に父がいたのなら、代わりに世界を救ってくれたのかもしれない。


 仮に——。


 ……けれど、今、この場には、マリーしか、いない。

 その仮定は、仮定たり得ない。




「私は――」





 私は、本当に、まだ何も成していないのだろうか。

 ……私は。



 その時、後ろを振り返る。


 アイアスと、視線が合った。


 いつものごとくの、直立不動。

 ……けれど、そんないつも通りに、少し安堵する。


 ……ねぇ、私は、何か君にあげられたかな?





 ――マリー





 そのとき、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。


「誰?」


 聞いたことのあるような、そんな声だった……気がした。

 誰だろうと思考を巡らせる。

 しかし、ハッとした次の瞬間。

 マリーは、無色透明の、何もない空間に浮いていた。


「っ!?」


 手足をかいても、なにも掴むことはできない。

 ここは、一体……。


 ――マリー


 まただ。

 今度はさっきよりも、はっきりと聞こえた。


 その音源を探して、顔をキョロキョロと巡らせる。


「マリー」


 後ろ?

 ハッとして、背後を振り返る。

 けれど、そこには、何もなくて。


「マリー」


 でも、声ははっきりと聞こえた。


「もしかして……お父さん……?」


 返事は、なかった。

 でも、まるでそこに父がいて、にっこりと微笑んだような、そんな気がした。


「今まで、苦労を掛けたね。ごめん」

「……ホントに、大変だったんだから」


 もし父に会えたら何を言おう。

 そんなこと、何度も考えて来た。

 けれど、結局実際そんな局面では何も浮かんでこなくて、口を突いて出たのはただの愚痴だった。


「俺は、結局、世界崩壊の実行を止めることはできなかった。だから、崩壊する世界を、自分という存在を核にして――犠牲にして、救うしか、なかった。……そして、結果として、マリーを、一人にすることになってしまった」


 それは、このゼロ・セラに残されたマリーの父の魔力シカトゥールに刻み込まれた情念だったのかもしれない。

 だから、これは誰かに聞かれるためのものですらなかったかもしれない。

 けれど、それは確かにマリーの父の言葉だった。


「……親としては、落第だな。本当に、申し訳ない」

「そんなこと、ないよ……お父さんは、私の、誇りだよ……」


 マリーは、自らの父の真実を追っていた。

 それは、父の潔白を信じていたから。


 だから、本当に誇らしかった。

 自分の父が、世界を本当に救っていたのだということが。


「父さん、ちょっと世界を救ってくるよ」


 あの言葉が、嘘偽りない真実だったということが。


「マリー」


 毅然としたその呼びかけに、ふと顔を上げる。気付けば頬を伝っていた涙が、その動きに合わせて飛沫になる。


「もし私のいない世界で、また、何かあった時には――きっと、世界を救ってくれ、《《とは言わない》》」


 確かに、ここに実体を持った父は、いない。


「ただ一つ。お前に伝えたいのは一つだけだ」


 けれど、マリーは感じたのだ。

 父の、ぬくもりを。


「幸せに、生きてくれ」


 その、温かさを。


「お父さん…………」


 次第に希薄になっていく空間の感覚から、まるでかき集めるように両手を大きく抱きしめる。

 流れる涙は、気にならなかった。



 私は……。


 私が、魔術師として追い求めてきたもの。


 そして、私の、幸せ————。


 それは……。


 それは……っっ!!



 その瞬間、確かに脳裏によぎった。

 アイアスの、姿が。


 このたった数日間で、大きく成長した彼……。


 彼はまだ、知らないのだ。

 この世界が、光り輝いていて、眩しくて希望に満ちたものだと。

 この世界で生きるのは、こんなにも楽しいことだと。

 それを知らないまま終わるのは……あまりにも、無情だ。


 だから。



 私しか、世界を救えないのなら。


 私しか、思いを託せないのなら。



 私は――――っっ!!





 ハッと気づくと、またマリーはゼロセラの地面に足を付けて立っていた。

 ……いや、きっと、意識以外はずっとここにあったのだろう。


 俯いていた顔を、上げる。

 その表情は、先ほどまでの、憂いに満ちた表情ではなかった。


「待て、待ちなさい。何を早まっている?」


 その表情を見て、第三席ハーロムが、やにわに焦り始める。


「無駄じゃよ。……もう、決められるのはこやつしかおらん。世界の命運をな」


 彼は感じたのだろうか。

 今のマリーになら、もしかしたら世界を救うことを成し遂げられるのではないか。

 そういう、疑念を。


「この場では、もはや魔術は使えん。……もし仮に、じゃ。お主もまた自らを賭してこの少女を止めようと言うのなら。その時は、妾もこの命を捨てねばならんかもしれんが……それで良いなら、安いものじゃよ」

「……クッ!」


 けれど、それはもう遅い。


 講説を垂れていたあの瞬間まで、確かに第三席ハーロムの元にあった世界の命運。

 それは、今彼の手からこぼれ落ちていた。


 全てを握るのは、一人の少女。

 マリー・L・フレッツェ。


「さぁ、マリー・L・フレッツェよ」


 世界の代わりに、第二席ウーノルが問うた。


「そなたの選択は、なんじゃ」



 ——ふぅーーーーー。


 大きく、深呼吸する。


 死、と言うものが、形を成して襲ってくる。

 けれど、それは決して恐れるものではないから。


 改めて、眼前の光景を見据える。

 崩れ始めたゼロセラを。


 ——そして、目の前でこちらを見つめる、彼を。


「アイアス」


 名前を呼ぶ。


 その声を聞いた瞬間、彼が、初めて表情を崩した。


 嗚咽とも、悲鳴とも、懇願とも、哀哭ともつかない。


 そんなあまりにも複雑な表情。


 ……ダメだよ。

 そんな顔、しちゃ。


 私は、君に託したいんだから。


 これが、わがままなエゴでも。

 受け取ってくれないと、困るよ。


 身を燃やすほどの魔力を使って、使い尽くして、初めて魔法に至る道が生まれる。

 魔法は、奇跡。

 常識では、起こり得ないもの。

 その代償は、計り知れない。


 ――でも、いいよ。これで、世界が救われるなら。


「ねぇ。アイアスはこの世界で、生きて」


 それが、私の願いだから。



 自己焼却の、魔法使いセルフファイア・ウィザードリー



 自らを燃やして。

 魔法を行使して。



 ————私が、世界を救う。





今回の第70話と、次の第71話で冒頭とリンクします。

ここまで書けてよかったです。

是非最後まで見届けていただけると幸いです。

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