第62話 終局決戦――謝罪の言葉は聞こえない
マリーは親友だ。
……けれど、一つだけ、マリーには伝えたことのない感情がある。
「お前のその劣等感、使わせてもらうぞ」
マリーと別れた創世祭の前夜祭の夜。
その夜、襲撃してきた何者かは、父の魔力で動く人形だった。
ただ、この時点ではそれが父の使いであるとはっきりわかっていなかったのは確かだ。
シータが、魔法実現への計画への協力を拒むと、人形はシータに向かって魔術を使った。
操作魔術。
本来は、無機物を操ることを目的とした魔術だ。
人間に使うことは、もちろん禁止されている。
……その禁忌を、よりにもよって魔術の守護者たる人間が使ったことになる。
ただ、その際にシータが抵抗しなかったわけではない。
己の持つすべてをもって、その魔術に抗った。
そして、普通であれば、その時点で操作魔術は失敗していたはずだった。
しかし、彼女は付け込まれたのだ。
自らの持つ、劣等感に。
マリーとシータは、ともに奥の十二席を父に持つ、将来を嘱望された魔術師だった。
マリーは、幼いころから天才としての頭角を現していた。
それは、持っている魔力の量もそうだったし、歳に見合わぬ魔術の構築力もそうだった。
その一方で、シータは持っている魔力量が、とにかく少なかった。それは、覆すことのできない、才能。
確かに、彼女は並々ならぬ努力をした。
それは、両親というプレッシャーだったり、歳が下の親友に離されたくないという焦りだったり、本当に原因はいっぱいあった。
そして、実際に魔術学校を優秀な成績で卒業しはした。
けれど……、それはあくまでその他大勢に比べたら、に過ぎない。
本当なら、それは本当にすごいことだ。
しかし、周りの環境が、シータがそうであることを認めなかった。
……いつしか、シータの中には劣等感が芽生えていた。
こんなに優秀な親友に対して。
それは、本来あるはずのない、劣等感――。
そして、その感情を起点にして、魔術はシータに巣食った。
それは、取り除けない病巣。
そして、シータはどうしてもその事実をマリーに話すことができなかった。
「……もし、これが利用されるとしても、それは、今じゃないから……」
そう、言い訳して、逃げた。
どこから?
マリーに対して抱く、劣等感から?
それとも、自らに操作魔術の根が張っているという、事実から?
きっと、それは、正しいようで事実じゃない。
シータは、逃げたのだ。
――弱い、自分から。
でも、それを誰が責められるだろう?
だって、それは、ヒトであればきっと誰もが持っているもの。
……それをさらけ出せるほど、人間は強くできてはいないのだ。
――――――
「ま…………り…………ぃ…………」
シータが目を覚ましたのは、爆音が原因だった。
「塵槍!」
その目に映ったのは、土煙の中、戦うマリー。
浮かぶ、悪鬼の形相。
その瞳の先にいるのは、自らの父、ラムダだった。
「どうして……」
確かにそこに映るのはただただ積もった怒りだったけれど。
その瞳が見つめるのは、いつも、前で。
「…………敵わないなあ、マリーには」
顔に、少し浮かんだ笑みは、苦笑い。
そんなシータの元に、魔術を返されたマリーがザッと地面を擦りながらやって来る。
「起きたの!? シータ!」
チラッとこちらをみた顔に、喜びが浮かぶ。
——ねぇ、やめてよ。
——私は、そんな顔を向けられる資格なんて、ない……。
——ねぇなんで、
たくさんの、感情が浮かんで消えて。
そんな逃げ出したい感情を全部全部押し殺して。
口から漏れて出たのは、謝罪だった。
「……ごめん、マリー」
それを聞いたマリーの反応は、しかし思っていたのとは少し違った。
はじめキョトンとしたマリーは、すぐに、怒ったような表情を浮かべる。
「ダメ」
第一声は、それ。
……確かに、許されるなんて、甘い考えだったかもしれない。
そう、思った。
けれど。
「私は! シータの謝りなんて、絶対聞かない!」
思ってもいなかった言葉に、思わず顔を上げる。
そこには、ニッと笑うマリー。
すでに日の沈んだゼロセラにあってその笑顔はあまりにも眩しく輝いていた。
「だって、シータはこれっぽっちも悪くなんかない!」
……そんなこと、ないよ。
そんなことない。
……でも。
「でも、どうしても謝りたいっていうなら……」
スッと差し出されたのは、彼女の右手。
「その気持ちを、魔術に込めて」
——それで、私たちは、分かり合えるから。
「……うん。……うん!」
目尻の水滴を、グッと拭って。
その手をギュっと握る。
シータは起き上がる。
もうきっと、それまでの彼女とは違う。
「降れ降れ舞い落ち、全てを雪げ」
「流れ流れ、流れて積もる」
二人で紡ぐ、魔術。
第一級魔術。
その、合わせ技。
「汚れ振り落ち、そして注ぐは水調べ」
「泣かれ無かれ、哭かれる叫びは地の調べ」
お互いが、相殺しないように、息を合わせて。
そして、絡まる。
二人の魔術が。
……受けろ。
この思いを。
「篠突!」
「黒炭流!」
まっすぐに、それが伸びていく。
眼前の、倒さねばならぬ相手へと。
「キレイ……」
場違いな、そんな言葉が漏れた。
けれど、それは、間違いなくふたりの友情の結晶だった。




