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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第五章 自己焼却の魔法使い
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第60話 演舞闘劇ーー現れる本当の敵

 口を開いたのは同時だった。


「蠢動、浮動、果ては衝動! それは激烈また苛烈!」

「割き、裂き、咲くは栄光! 乖離するは鋭利なり!」


 その詠唱を聞いて、マリーは口元をゆがめる。

 詮索なんて、いらなかったのだ。

 向かい合っていたのが馬鹿みたいだ。

 最初から決着をつけるなら、お互いがお互いの最も力を持つ魔術で殴り合うしかなかったのだ。


「炸裂せよ! 震級ウルツァイト!」

「天高く轟け! 紫電一閃フルグラトル!」


 一足先に詠唱を終えたマリーの一撃が、大地を揺らす。

 勝った。

 声には出さなかったけれど、マリーは確信した。

 震級ウルツァイトは地面の揺れと共に対象の範囲の地面を崩落させることが出来る。局所的な地震に近い魔術だ。その一方、紫電一閃はレーザーソードとでも呼べばいいだろうか、とにかく切れ味が鋭く、当たれば致命傷は免れない。しかし、自らの立つ大地の安定を確保できない状況では、偽シータであろうとシータ本人だろうと、うまく攻撃を当てるのは難しい。


 相手の魔術を受けているだけでは、勝ちに至らない。

 そう感じた双方の出したじゃんけんの手は、マリーに軍配が上がったわけだ。

 であれば、そのまま体勢を崩した偽シータを拘束してしまえば、いい。

 マリーは詠唱の時点で勝利を確信した。


「ちゃんと! 話してもらうからね!」


 そう叫んで、拘束するための詠唱を開始しようとする。

 ……しようと、した。


「降れ降れ舞い落ち、全てを雪げ。汚れ振り落ち、そして注ぐは竜となる」


 しかし、聞こえてきたのは、それまでとは打って変わって、冷たい詠唱。

 偽シータの声は、どこまでも冷たく、マリーの芯を凍らせていく。

 ——これは、マズい。


篠突グロスター


 一度構築した紫電一閃フルグラトルの術式を瞬時に解体し、彼女は新たな魔術を構築していた。


 それは、マリーの震級ウルツァイトの、土魔術の魔力シカトゥールを食らう、水魔術。

 激しい嵐が指向性を持ってマリーに襲いかかる。


 しかし、もちろん、一撃でこの相手を倒せると思うほど、マリーは甘えた考えの持ち主ではなかった。

 だって、シータの強さを一番知っているのは、マリーなのだから。

 その彼女を上回る魔術の実力をこの相手は、確実に持っているのだ。


 舐めてなど、かかれるはずもない。


「船を沈める嵐! 道を迷わす霧! 復讐に身を焦がす魂!」


 それは、奇しくも彼女が落ちゆく航空機で詠唱した、魔術。


 マリーが最も得意とする、風魔術。


 彼女は、わかっていた。

 自らの土魔術へのカウンターとして唱えるなら、間違いなくそれを剋する水魔術!

 ——そして、さらにそれに打ち勝つのなら。


「そのすべてを赦す神となれ!」


 水魔術を剋する、風魔術を置いて他にない。


災禍プロスペロー!」


 瞳の奥に、まさかという表情を浮かべる偽シータの顔が見える。


 そして、次の瞬間。

 ゴウッと音を立てて、相手の起こした雨水も全て食らって、風の柱が屹立し、その顔は見えなくなった。

 それは、相手の篠突グロスター魔力シカトゥールを食らい伸びる風の檻。


「静寂を空に刻め! 朝凪バインド!」


 そして、すでに戦意を喪失したように見えるシータを、落ち着いて拘束する。

 全てが収まり、再び静寂がその場を包む。


 マリーがどう切り出したものか少し思案していると、伸びをしながら、向こうの方から切り出してきた。


「あーあ。さすがに、この身体を動かしながら、マリーに勝つのは厳しかったか。さすがね、マリー」


 そして、顔だけで器用に首をすくめてみせる。


「……さぁ、私が勝ったんだから、質問にいろいろ答えてもらうわよ」

「そういう、約束だもんね。……でも、ね。実は、私は別に勝ち負けはどうでもいいんだ」

「え?」

「だって、もう、目的は果たされているから」

「目的って――」


 世界を、終わらせるっていう、あれ。


「そう、その通りだよ」


 そこで、シータはチラッと岩々の向こうにあるゼロ・セラの中心方向を仰ぐ。


「……時間もあるし、最初から説明さすうぇてm……」


 しかし、その言葉が、最後まで告げられることはなかった。

 まるで、言葉が溶け出すように不明瞭になり、電池の切れた人形のようにプツリとシータの体からは何の音声も聞こえなくなる。

 そして、それと全く同時に、バタリ、とまるで糸の切れたかのように、シータが地面に倒れ伏す。


「シータ!」


 それを見て、マリーはそちらに向かって駆ける。


 もしかしたら、彼女を支配する何かが消えたのかもしれない。

 もちろん警戒は怠らなかったが、確認せずにはいられなかった。


 近くで見たシータは、まるで眠っているように穏やかで。

 キチンと脈があることを確かめて、思わずマリーは安堵する。


 しかし、その安堵もまた、一瞬だった。


「フフフフ……お疲れさま、と言っておこうか。マリー・L・フレッツェ君」


 声が、聞こえた。


「ここからは、私の方から説明させてもらうとしよう。この私から、ね」


 その姿は、知っているという言葉すらおこがましい人物。


「あなたは……」


 マリーにとって、あまりにも身近で、かつ、魔術界の重鎮に座する名の知れた存在。


「ご機嫌よう。随分、久しぶりなきがするね。アルべ・フレッツェの娘よ」

「ラムダさん……」


 ギリっと、奥歯を噛みしめる。

 それは、どうしてあなたが、という疑問や憤りを押し殺した音。


 ——ラムダ・シメネス。

 シメネス家の家長にして、奥の十二席(ステンドグラス)第三席ハーロムにあたる者。

 つまりは、シータの、実の父親。


「改めて言わせてもらおうか」


 ゼロセラに沈む太陽の、最後の一筋の光が後光となって、男を照らす。

 それは世界の最後の煌めき。地に落ちゆく太陽の残滓。


 その光とは対照的に、男の顔は逆光であまりにも暗く、淀んでいて。

 マリーにはその姿が、ひどく不気味に思えた。


「ようこそ、ゼロセラへ。

 ——さぁ、世界の崩壊を、共に見届けようじゃないか」


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