第59話 演舞闘劇ーーそれは友とのマンツーマン
この時、もしかしたら、もっと冷静でいた方が良かったのかもしれない。
向こうの思惑に乗るというのは、その手の内がわかっているからこそ行って良いことだ。
けれど、このまま黙っているなんて、できなかった。
だって、もし思惑に乗らずに魔術を使っていなかったとして、それで事態が好転する確証だって、ないのだから。
「――流した涙は巡り巡る。果ての姿をここに示せ!」
「――天に星、地に花、その手に刃を!」
二人の、詠唱が重なる。
互いを打ち負かさんがために唱えられるは、己の魔力が紬ぎし魔術。
「洪水!」
「真空刃!」
ともに、第一級魔術。
強大な術式が、お互いを襲う。
洪水によって生み出された水が洞窟内を満たさんとうねり、真空刃によって現れたかまいたちが中空を切り裂いた。
相手の用いたそれが、閉ざされた空間を水流で満たす。
「洪水だなんて、相撃ちするつもりなの!?」
背後からあふれる水の奔流からなんとか逃れ洞窟の外に出る。
暗い洞窟の中にいたときはわからなかったが、外は絵の具を溶かしたようなオレンジに満ち、果てにはうっすら星が煌めいていた。
見事な夕空。
今にも沈みそうな太陽が、大穴で舞う二人を照らす。
「よそ見してたら、死ぬよ!」
声の主は、先に事態を予見して外に出ていたシータの身を持つ彼女。
ハッとしてそちらを見やるが、それは一瞬遅い。
「我が手に宿れ! 敵を貫け! 何よりも疾く速くあれ!」
マズい、自分も早く術式を構築しないと――。
「熱せ結べ一つとなれ!」
「石火!」
間に合え――っ!
「硬化!」
相手の放った雷光が暗くなってきた辺りを明るく照らす。そして、一瞬でマリーの胸元に狙い違わず迫る。
間違いなく、直撃。
そして、相手の魔術の軌跡とマリーが重なった瞬間。爆音が、夕闇に沈む大地に響き渡り、爆発と爆風が辺りを覆う。
「さすがにやりすぎた、かな?」
シュゥウウウという音と共にマリーを包む煙を見て、油断なく構えながら彼女がそんなことを嘯く。
「其はすべて一のために一はすべて其のために。数となり裂き、煌け!」
「っ!」
未だ煙る断崖から朗々と響く声。
「塵槍!」
しかし、視界の効かない中牽制で放ったであろうそれをシータは軽々と避ける。
「ふーーん、やっぱり、そう簡単には倒せないね、マリーは」
「あなたこそ、シータらしくもない強引な術式……やめてくれない?」
マリーは膝をつきながら、辺りを舞う土煙を右手を振って払う。
「当たり前でしょう? だって、私は、シータだけれど、シータじゃないんだもの」
「……知ってるわ」
隠そうともしなくなった相手を、半目で見遣る。
「……ねぇ」
体勢を立て直したマリーに降ってきたのは、追撃ではなく声だった。
「創世される前の世界はどうなったと思う?」
「それは……」
さっき、考えても詮無きことと考えるのを止めた思索。だってそうでしょう? 今自分がそれを考えたところでそれは空想でしかない。
「わかるわけ、ない」
「そう、かな?」
「え?」
「マリーにもわかるよ。……この世界の、真の姿が、見えた後になら」
「真の姿……?」
そこでシータはいけないというように頭をコンと小突く。
「また、おしゃべりが過ぎちゃったかな」
「……勝ったら、シータを解放する前に、全部、話してもらうから」
マリーのその言葉に、偽シータはそれでこそ、というように目をきらめかせる。
「もちろん! いくらでも、もういいっていうくらい話してあげる」
それは、少し怖いくらい。
「……それじゃ、改めて始めよっか。私たち二人だけの創世祭、そのメイン行事。演舞闘劇――神に捧げる、本気の戦いを!」
その言葉共に、また二人の間に張り詰めた空気が流れる。
「……」
「…………」
お互いがお互いを、無言でけん制する。
次は何が来る?
それとも、後の先で来る?
この地域の夜は、昼間の暑さが嘘のように驚くほど冷える。
先ほどまでの熱気が嘘のように、日が落ちた辺りの空気は冷え込んでいた。
汗腺から漏れ出ようとした水滴も、一瞬にして引いていく。
ジリッ
どちらが足元の砂を擦った音だったろう。
その音とともに、お互いが、動いた。




