第58話 豹変時局ーー世界に奉じる決意の言葉
バッとシータに似た彼女が右手を突き出す。
——魔術が、来る。
それが、すぐにわかった。
「初めに陰を、続けて陽を、そして最後に始原の光を」
どうしたらいいかはわからない。
それでも、長年触れて来た魔術に、まず先に体が反応した。
「遠雷!」
雷撃を発生させる魔術――遠雷。
それをすんでのところで転がって避ける。
魔術が使えるようになっているというのは、どうやら本当のことらしい。
「はぁ……。はぁ……」
心臓の鼓動が早い。
けれど、思考は一向に加速せず、頭には靄がかかったようだ。
「ふーん……まだ、本気、出す気がないんだ」
魔術を行使したにも関わらず、反撃する様子を見せないこちらに対する向こうの対応は、幸いなことに追撃ではなかった。
「……ホントはもっとスマートにやりたかったけど、そういうことなら、仕方ないかな」
けれど、もしかしたら、ただ攻撃を避け続けるだけであった方が、まだよかったかもしれない。
そんなことを考えるなんて、この時はまだ微塵も思っていなかった。
「ねぇ……これを見ても、まだ、そうしていられるかしら?」
その瞬間、まるで、人が変わったように、眼前の彼女の表情が歪んだ。
「マリー、だめ! 魔術を——」
その悲痛な姿は、また一瞬のうちに、元の澄ました顔に戻ってしまった。
けれど、その姿を見たマリーには、電撃が走った。
もちろん、それは比喩だけれど、それぐらいの衝撃だった。
それは、間違いなくシータ本人だと、マリーに確信を抱かせる声音だった。
「はい、おしまーい。……ねぇ、わかる?」
マリーが、そう感じたことを、彼女もまた、わかっているのだろう。
「私は、シータ。あなたは私がシータじゃないって思ってるのかもしれないけど、この手も、足も、髪も、この言葉も……全部、シータそのもの」
どういうからくりかはわからない。
けれど、目の前の存在が、シータの体を弄んでいるのだということは、確たる事実であるように思えた。
そして、彼女は、その確信に追い討ちをかける。
「だから……こんなことも、できちゃう」
彼女はそう言うが早いか、バタフライナイフを取り出し、自らの手首をシュッと切り裂いた。
「ま…………っ!!」
止める暇など、なかった。
赤く、紅い、鮮血が、ゼロセラの乾いた大地に溶け落ち、染み渡る。
「痛っ!」
その声は、もしかしたら、シータ本人だったのかもしれない。
突然のことに、マリーの気も、動転していた。
そんなマリーの姿を見て、向こうはいよいよ調子付く。
「ふふふ……あははは! ねえ! 止めたいでしょう? 私という存在を!」
両手を広げ、ゼロセラに差し込む光が後光となって照らす彼女は、シータではない。
「あなたが、魔術を使わないと戻ってこない。シータは、もう、二度とね」
そして、この言葉も、間違いなく事実なのだろう。
「さぁ、踊りましょう? マリー。……魔術という、ワルツで。
二人で、創世祭のフィナーレを演じようじゃない」
創世祭のフィナーレを飾る、神聖な演舞闘劇。
これから、それをやろうとでも言いたいのだろうか。
「…………」
挑発に、乗ったわけではない。
必死に、そう自分を言い聞かせる。
向こうは、どういうわけか、自分に魔術を使わせたがっている。
そう感じたのは確かだ。
けれど、こうも思うのだ。
自らの親友を、弄ぶこの存在を、決して許してはおけないと!
だから、滾る激情を静かに燃やして、彼女は奉じた。
自らの、魔術へと至る言葉を。
結局悔しいけれど、その通りなのだ。
魔術師である私には、これしかない。
魔術で、語るしかない。
「——マギ・マリ・ディール・マジックキャスト」
それは、彼女の決意の言葉。
「その言葉を、待ってたのよ」
目の前の存在を、倒さんという、決意のこもった、言葉だ。




