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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第五章 自己焼却の魔法使い
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第55話 終焉の地――それは魔術師としての一歩

 ザッ……

 荒野の砂を摺る、敵の足音。

 それは想像よりもずっと存在感をもって、彼女の接近を伝えた。


「フゥーーーー……」


 そして、感じてしまう。その足音よりもはるかに大きく自身の体に響く心臓の鼓動を。

 けれど、それを大きな深呼吸で無理やりに抑え込む。


「あんたを殺すためにこんな何もない場所で待ってたんだ。隠れてないで出てきたらどうだい? えー?」


 飛行機ジャックの時に戦い、前夜祭の夜アイアスに路地裏で囁いた、あの女。

 彼女は、過去の自分の象徴だと言ってもいいかもしれない。


 そう、自分の、過去——。

 

 これまで、自分の過去が黒歴史だなんて思ったことは一度だって、ない。

 だって、あれは自分を形作る一部で、間違いなく自分自身なのだから。それを否定するのは、自分を否定するということだ。


 でも、思うのだ。


 その過去の自分のままではいけないと。

 そこから、変わらないといけないと。


 そう、思えたのだ。


 マリーと出会って。


 だから、アイアスは、駆けた。

 過去の自分――命令に従うだけの自分。

 そこから、成長するために。


「アイ・アステル・アス・マジックキャスト!」


 それは、アイアスの解放序詞イプソール


 彼が初めて口にする、魔術師としての第一歩。

 自らの魔力シカトゥールを世界に奉じる誓いの言葉。


 ——そして、彼自身のまぎれもない決意の言葉。


 その言葉を口にしながら、アイアスはアンリに特攻を仕掛ける。


「は! 一人前に解放序詞イプソールなんて口にしちゃって! あたしがこの世で嫌いなタイプの人間が二種類いてねえ! ひとつはわがままで言うことを聞かないタイプ! そしてもうひとつはねぇ!」


 アンリはすでに準備していたのであろう。魔術を迎撃するモーションを取る。

 けれど……、こちらの方が、早い!


「そいつに分不相応なことをしようとするタイプだよぉ!」


火よ(イグニス)!」


 ボウッ!


 小さな火の玉が、アンリの目の前で爆ぜる。それに気を取られ、アンリに一瞬の隙が生まれた。


 そして、その一瞬で、よかった。


 だって、魔術は、本命ではなかったから。

 自分アイアスを形作っているのは、やっぱり、イヌビアで生きてきた自分アイアスだから。

 ——だから、一気に駆けた。


「ちっ! 小癪なぁ!」


 バッと右手で目の前の火の玉を振り払う。その程度でかき消えるほど、些細な魔術だった。

 けれど、それは、確実に、勝利の二文字をアイアスに導いた。

 アンリが術式を叫ぶ。


バイ――」


 いや、正確には、叫ぼうとした。


「喋るな」


 その声は、冷たく、一瞬でアンリの脳に浸透した。


「か……ぁ……は……」


 言われなくとも、喋れなかった。なぜなら、背後に回ったアイアスが、彼女の口にナイフを差し込んでいたから。


「俺の、勝ちだ」

「はけ! はけた!」


 負けた、というような言葉を放ちながら、彼女は両手を掲げた。

 降参のポーズ。

 その姿にアイアスはナイフを首元に移し、尋ねる。


「マリーは、どこだ」

「……ふふ、ふふふ……ふふふふ! あははははは!」


 すると、急に狂ったようにアンリは笑い出す。


「……おい」

「ははは……ホントぉ、甘くなったよねえ」


 その言葉に、アイアスはギュッとナイフを握る手に力を込める。


「何、を……」

「……以前のあんたなら、すぐにあたしを殺していただろうって、そういうことさぁ……」

「……俺は、俺だ」


 震えそうになる手に、もう一度力を込める。

 アンリの言葉には、今の自分の心を揺るがせるような、そんな不思議な何かが備わっていた。


「例えそうだとしても、あんたは間違いなく弱くなったよ! そして、それは――致命的な弱点さ!」


 待て、と叫ぼうとしたときには、すでに遅かった。


凝固ファンデル!」


 乾いた大地にあって、それは異質で濃厚な土の香り。それが鼻をついたかと思うと、瞬間、アイアスの体を捕らえようとする。


「俺は――っ!」


 けれど、アイアスは背後から迫る魔術に、すぐさま反応した。

 常人であれば、決して魔術の発動から固定までに反応することなどできない。


 けれど、今のアイアスにはそれができた。


 なぜなら、負けるわけにはいかないから。

 理由になっていないようなそれは、けれど確かにアイアスにとっての大きな力だった。


 瞬時に、アンリと自らの体を入れ替える。

 そこに、舞い落ちる黒土の奔流。

 結果、土に覆われ動けなくなったのは、術者であるアンリだった。


「はぁ、はぁ……」


 とっさのことに荒くなった息を整える。

 自らの術で身動きが取れなくなったアンリが、「何故?」とでも言いたげにアイアスを見上げる。


「当たり、前だ」


 勝負がどう転ぶかなど、分からなかった。

 けれど、勝った今は、この勝利は必然であったような、そんな気がした。


 しかし、立ち止まっているわけにはいかない。

 時間がないのだ。

 翻り、足早に立ち去ろうとしたアイアスを止めたのは、アンリの言葉だった。


「……何も知らないよ」


 その言葉は、どこか寂しげだった。


「私を雇っていた人間からの連絡が途絶え、私に残ったのはあんたとお嬢ちゃんを殺すっていう、その使命だけ。……あんたを追ってここまで来たものの、それ以上は何も知らないよ」


 その言葉を聞いて、アイアスはなぜ彼女の言葉が今までも、そして今も、これほどまでに自分の心を揺さぶるのか、わかった気がした。


「あんたは、俺みたいだな……」

「……なんだって?」


 その言葉には、怒りが込められていた。


 しかし、アイアスにはわかる。

 それは、図星だったからだ。


「俺も、操り人形だった……。けど、あんたも、操り人形なんだ」


 その言葉に、唾が飛ぶような勢いでアンリが反論する。


「違う! 違うね! 私は——っ!」


 けれど、アイアスはそれを意に介すことなく続ける。


「俺は、操り人形はもう、やめた……」


 その悲しげな瞳に、グッとアンリが喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「でも、お前は、きっと一生人形のまま……同情する」


 彼女にも、すでにわかっていた。

 自分が、力を誇示しようとするだけの、虚勢に満ちたハリボテの人形だと。


 その姿は、アイアスがすでに過去に置いて来たものだ。

 だから、アイアスは言った。


「お前は、ずっと、そこで俺を見ていろ」


 それは、自らが新たな未来へ進むための宣誓。

 そのための言葉。


 アンリは、黙ってそれを聞いていた。


 そこに、どこに隠れていたのか、オルトが現れる。


「そうそう、あなたに指令を出していた第十二席プロスィネツなら、この前死んだらしいですよ」


 そして、目を細めて言葉を投げる。


「よかったですね。……あなたは、もう自由だ」


 それを聞いた時のアンリの表情は、地面に向けられていてわからなかった。

 彼女は、何を感じたのだろう。


 ……けれど、それは、今のアイアスには関係ないことだった。


「行こう」


 敗れ去った一人の魔術師を置いて、アイアスはゼロセラの中心部に向かう。

 マリーを、救うために。


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