第54話 終焉の地――果てへの行軍
移動手段は、なんてことはない、その辺を普通に走っている車だった。
ヴォルクス社製の、少し燃費の悪さは気になるが荒れた道にも耐えうるよう設計されたオフロードカー。
これから何があるかわからないことを考えると、魔力の無駄遣いは避けなければならない。加えて、向かう先が無限の荒野であることを考えれば、理に適った選択だった。
「今、マリーさんは、ゼロセラの内部に捕らわれています」
迂闊に喋れば舌を噛みそうな荒れた道。それが少し落ち着いたタイミングで、運転手たるオルトが話し始める。
「……そもそもあなたはなぜマリーさんが捕らわれているのか、彼の地で何が行われようとしているのか、何もご存知ないのでしたね」
「……マリーが助けられれば、それでいい」
「なるほど。それもまた、一理だ」
心底気にしていないその口調に、オルトが呆れと感心の混じった言葉を返す。
「けれど、本当にいいのですか?
これはおそらく、あなたのルーツにも関わる話だ」
「……っ」
その言葉に、アイアスは小動物のようにピクッと反応をする。
その様にフフっとオルトは少し笑う。
そして、拒否の言葉がないことを肯定と捉えたのか、続きを話す。
「これは一つ重要なことですが、ゼロセラでは、魔術が使えない。魔力が、存在しないからです」
「魔術が……」
「ええ。これは、」
「そして、そこで育った子供であるあなたに宿る、それほどまでの魔力と、魔術の才……。私は、不思議な縁を感じざるを得ません。……いかがですか?」
「……よく、わからない」
「ははは! 当然だ。……物事というのは、案外当事者が一番知らないものです。……もちろん、部外者が知っているかというと、そういうものでもないですが」
「あなたは、マリーさんを助けると同時に、自らのルーツと対峙するわけです。……どうです? 少し、楽しみになって来ませんか」
本当に楽しそうに話すオルトとは裏腹に、アイアスは相変わらずつまらなそうに窓の外を見ていた。
「……全く」
「ふふふ! 君のその態度にも慣れて来ましたよ。君はそうでも、私は、実に楽しいんです」
そうでなくては、こんなにも喋ることはないだろう。
そこまで聞いたところで、アイアスの側から疑問を投げかけられた。
「……どうして、そんなに教える」
それは、オルトの一連の発言の裏を勘ぐっての質問。
世の中において、タダほど不気味なものはない。
考えが読めないこの人物は、アイアスにとって不気味だった。
「確かに、それは気になるでしょう。ただ、この裏には一切の悪意がないことだけは誓っておきましょう!
なぜなら、私たち、Vの名を持つものたちはただただ世界が面白ければそれで十分なのです。……それ以上は望まない。
けれど、大元の世界がなくなってしまうのは、それは困るわけですよ。私にはそれは大変につまらない。……だから、今は君たちに詳しい事態について説明して、手を貸す。単純な理屈でしょう?」
運転しながら器用に肩をすくめるオルトの言葉には、驚いたことに本当になんの裏も感じらなかった。
「……ただ、敢えていうなら私は興味があるんですよ。あの少女の歩く道筋というものに、ね。だから、同じく私は興味があると言える。――彼女が見出した、君という少年に」
ガタッ……ゴトッ……
そうして無言になった二人を乗せたオフロードカーは、無機質な音をたてながら荒野を行く。
それから、しばらくして。
もうリアコードの街からかれこれ一時間ほど経っただろうか、という頃になった。
「……もうかつてのフェロキア市街は近づいています。準備だけはしっかりとしておいてください」
何があるかわからない。
そういう意図を込めたオルトの注意の言葉に、アイアスがこくりとうなずく。
その瞬間だった。
「ッ!?」
オルトが目を見開いたかと思うと、叫んだ。
「飛び降りて!」
それはコンマ1秒の違いもなかった。
オルトの言葉と感じた殺意に、アイアスが反射的に車から降りたのと、錆びも見えるとはいえかなり頑丈そうなオフロードカーが、真正面からひしゃげて炎上したのは。
「隠れて!」
ちょうど運転席の方の扉から飛び降りたであろうオルトが、緊張感に満ちた声でなおも叫ぶ。
燃え盛る車の影から動き、あたりにゴロゴロと転がる岩の影に隠れる。
いつ、追撃がやって来てもおかしくない。
「……来たね、坊や」
しかし、予想に反して追撃はなく、代わりにやってきたのは、妙齢の女性の声だった。
「お前、は……っ!」
そして、その声に、アイアスは聞き覚えがあった。
それは、ヴェネトの路地裏でアイアスを惑わした、あの声。
その声を聞いた瞬間、アイアスの胸に沸き起こったのは、嫌悪感よりも、高揚感の方が強かった。
……もしかしたら、自分はこの時を待っていたのかもしれない。
彼女にリベンジを果たす瞬間を。
——成長した自らを、確かめるために。
「待っていたよ。あんたを」
乾いた大地に、ザッという足音が響いた。




