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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第四章 世界崩壊カウントダウン
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君の元へ――譲れない立場

 創世祭、二日目。


 この日の空は、祭りだというのにどこか暗く、淀んでいた。


 観光業上の一大イベントである創世祭。

 この行事を、魔術界側の不測の事態で潰してしまうわけにいかなかったのは、全ての権力を持つ人物にとっての総意だった。

 故に、昨日あれほど大きな事件が起きたというのに、それについては何も詳細が知らされることないまま、世間は未だに祭りで賑わっている。


 ……本当に、これでいいのだろうか。


 通りの人々を眺めながら、祭りの行く末だとか、マリーの無事だとか、そこに関わる魔術五大家オナー・カードだとか——あとは、これから自分がしようとすることだとか。


 それら全てに対して、漠然とした不安と不信を抱きながら、フェリィはアイアスをゼロセラ近郊の街に送るための準備を進め、今まさに彼が捕らわれる建物の裏手に来ていた。


(……今更、迷っても仕方ない)


 そして、緩みかけた心の手綱を引き締め、キッと建物を睨む。


 しかし、冷静に考えてみれば、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 だって、今から行うことは、罰が軽く済んだとして、魔術師資格の一時停止。……あまり考えたくはないが、最悪のケースともなれば、魔術師資格の剥奪、ということすらありえるかもしれない。


 何故なら、罪を疑われ、監視されている人間を、そこから開放するのだから……。


 もちろんフェリィは、そんなことをしてはいけないということがわからない年齢ではない。

 けれど、同時にわかってしまう年齢なのだ。

 彼が捕まり、マリーを助けにいけないということの、不条理さを。


 ミストフェレス・クルースニクという少女は、マリーのことを誰よりも敵対視していたけれど、それと同じぐらい、マリーのことを認めてもいるのだから。


(死んでなんかいたら、許しませんから)


 だから、彼女はここに来たのだ。


 さて、今から行うことは、単純だ。

 つまり、監視員に、偽のアイアスの解放を認めた書類を見せる。

 その上で、穏便にアイアスを出し、ことがバレる前に、彼には向こうに向かってもらう。

 この計画は単純だが、書類の完成度が低ければそれだけで一瞬で成立しなくなってしまう。なればこそ、フェリィが普段から魔術協会に関わる書類をよく目にしていたからこそ、できた計画であると言える。


 手にした偽書類が、緊張から出た手汗で濡れてしまわないように手のひらを拭った。


————


 脱走計画は驚くほどスムーズにいった。

 監視についていた協会の魔術師はあくびをしながらフェリィを通した。

 自らがついている職務の意味よりも、面倒ごとから解放されることの方がよほど大事だったらしい。

 緊急時のために用意した「パメラライス」の言葉や、裏で待機していてもらったシオンも出番がなくなってしまうほどだった。


 かくして、アイアスとフェリィ、さらに合流したシオンの三人は、フェリィたちが半日かけて転送魔術の術式を刻んだ場所である、彼女の家の裏庭に来ていた。


 一度食事の際にこの屋敷を訪れたアイアスであったが、その裏庭まで探訪していたわけはなく、初めて来る場所であった。


「さて……じゃあ、始めるわよ」


 神妙の面持ちのフェリィに吊られるように、アイアスもどこか固い相槌を打つ。


 ……しかし、それを止める者がいた。


「ミストフェレス、今すぐ術式を編む手を止めるのです」


 声は、背後。

 屋敷の方向から。


 バレた?

 何故?

 ここまで、アイアスを解放してから、本当に數十分とたっていない。

 幾ら何でも早すぎる!


 けれど、それはある意味では必然だった。


「叔父さん……」


 三人の前に立ち塞がっていたのは、他の誰でもない、奥の十二席(ステンドグラス)のトップ……第一席レデンだった。


 その名を、ラスカクロス・クルースニク。


 魔術界の通称キングにして、ミストフェレス・クルースニクの、《《叔父》》にあたる男。


 彼は、相も変わらないその甘いマスクを崩さずに告げる。

 二人をここから先へ向かわすわけにはいかないと。


「私は、平和を好みます……。けれど、それ以上に秩序を好む……。

 あなたたちを、行かせることはできません。奥の十二席(ステンドグラス)第一席レデンとして」


 半目に開いた瞳からは、いかなる情報も読み取れない。

 彼の肩までかかる長髪がサラサラと風に揺れた。


「いいんですか……? 今、こんなことをしていて」


 フェリィのそれは、もっと他にやることがあるのでは? という言外の嫌味。

 けれど、それを全く意に介さず、第一席は言葉を紡ぐ。


「確かに、今のヴェネトは非常事態。あなたたちに構っている時間はそれほどない……」


 だから、と。


「私があなたたちに構うのは一分だけです。……それ以上は、きっと私はあなたたちの前にいられる時間はないでしょうね」


 たとえ第一席であれ、……いや、第一席だからこそ存在する、超えられないしがらみ。

 そういったものがあって、彼は今目の前に立っているのだ。


「けれど、手加減するつもりはありませんよ。……たった一分と、舐めないことです」


 たった一分。

 ——されど、一分。


 その時間は、あまりにも、長い。

 なぜなら彼は、魔術界で最も強いと言われる人間なのだから——。


「さて、それでは時間も惜しい。……奥の十二席(ステンドグラス)第一席レデン、クルースニク。いざ尋常に、参らせていただきます」


 言葉とともに、第一席レデンが、消えた。


 ハッとして、背後を見やる。

 けれど、そこにも誰もいない。


「こちらですよ」


 声は背後……つまり、さっきの正面からだった。


「っっ!?」


 慌てて振り向くも、すでに遅い。


災禍プロスペロー


 セロ詠唱の魔術が、その身に、突き刺さった。



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