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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第三章 魔術総本山 ヴェネト
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最高評議場ーー証人喚問

 創世祭も、太古の昔から連綿と続いてきた中で、変化し続けている。昔は厳格な行事で、しめやかに行われていたものだったが、現在は、本祭日に行事が行われる間を除いて、人々は飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げている。


 しかし、その一方で、それでも昔から変わらず続いている風習というものは確かに存在する。

 それが仮面を被って仮装をして街を練り歩くことだ。

 経典では、コルス神はこの世界を作った後、自らの姿を悟られぬよう変装してそっと始まりの街を去ったという。

 それに倣って皆自らの顔を隠し、通りを歩くのだ。


 通りを歩いていると、パレードの山車が本祭での出番を、今か今かと待っていた。

 昔の創世祭で、司祭たちが家々を巡礼したものが、発展した現在の形になったそうだが、今のパレードを見て昔の人が一体どう思うのだろうと、考えてしまわなくもない。

 もちろん、そんなことは、今を生きる彼女たちにとって、知ったことではないのだけれど。


「うわ~」


 目につくものを眺めては、マリーとアイアスはそれを逐一、興味津々で眺めていた。

 彼女たちのように、前祭の期間は一年間準備されてきたパレードの山車が組み立てられ、通りには仮面をつけた観光客が大勢いて、ちょっと散策するだけでも祭りの高揚感を感じることが出来る。

 時刻は太陽がちょうど中天を過ぎたころ。ひと眠りしたマリーとアイアスは、昨日の夜アイアスが襲われたという路地裏に見当をつけて捜査をしてみたが、結局何の成果も得られず、仕方なく大通りを店まで戻っているところだった。


「今年の山車もすごいなー」


 ほへー、と呆けた表情で通りのあちこちにある山車群を眺めながら歩くマリーの隣を、アイアスも物珍しそうにしながら付きそっている。


「あ、そうだ。そんなことより!」


 マリーはポンと思い出したように手を叩きながら、クルッと手を後ろに回してアイアスを振り返ると、ビシッと人差し指を突き付けて、


「アイアスはちゃんとこれからは気を付けて歩きなさいよね。今度いつ襲われるかなんてわからないんだから。今この瞬間も……」


 と言うや、「あ!」とアイアスの背後を示す。

 つられて振り返ったアイアスの頬を、ツンと指で刺し、


「こうやって狙われてるかもしれないんだから」


 と少し意地悪そうに耳元で囁いた。

 こちらに顔を戻したアイアスが、少し恨みがましい目で見ると、それが逆に嬉しかったようで、ルンルンと鼻歌を歌いながら通りを進んでいく。

 なんとなく理不尽だけれど、そんないつも通りのマリーの姿にアイアスはため息を吐きながらもどこか安堵の感情を顔に浮かべ、小走りでそれについていく。


 いつも通りの日常、ではないかもしれないけれど、非日常でもない。

 そんな平凡で特別な一日が、今日も二人を待っているはずだった。

 はず……、だった。


「……ん、なんだろう」


 店の裏の居住区への玄関の前に、見知らぬ人物が立っていた。

 ……いや、違う。

 自分は、この人物を、見たことがある。こいつは……。


「……マリー・L・フライツェルクさん、ですかな」


 向かって来ているこちらに気づいたのか、その男性は、ゆっくりとこちらを振り向く。

 そのふくよかで、どうやって上半身を支えているのか不思議になるようなバランスの悪い体型。今にもはち切れそうなフォーマルスーツ。頭の上にチョンと乗った不釣合いなほど小さい山高帽。右手に持った飾りのようなステッキ。


 スッと鮮やかに、頭の中で、あの光景がよみがえってくる。

 イヌビアの食堂の混沌とした空気が、鼻腔とツンと刺激する。通りはこんなにも静かなのに、頭の中の喧騒が、耳に痛い。

 ……どうして忘れていたのだろう。いや、忘れようとしていたのかもしれない。


「数日振りですねえ。覚えておりますかぁ? ……いや、失礼。もしかしたらあの時はもしや、Vに連なる者、とだけ名乗りましたかね? ……しかし、今回もそれで通すというのも失礼な話。ヴェネト紳士の一人として、ちゃんと名乗らさせていただきましょう。……では、改めて」


 男は大仰に顔を覆ったかと思うと今度は急にこちらに向かって左手を胸の前にもってきて、お辞儀をしながら、言った。


「オルト・E・ティレージョと申します。以後、お見知りおきを。」


 ゴクリ。

 ただ、挨拶をされただけなのに、どうしてこんなに緊張しているのだろう。

 そう、まるで、体はこの後に起きることを予見しているかのような……。


「……用件は、なんですか」

「おお、話が早くて助かりますねえ! さてさて、ではでは! 早速用件を伝えさせていただきましょう。……といっても、挨拶よりも早く終わってしまうかもしれない程度の短いものではありますがねえ!」


 そういうと、オルトはどこが胸かもよくわからないその上半身のスーツの胸元から苦労して封筒を取り出す。


「私が口で言うよりも、これを読んでいただいた方が早いでしょう。さあ、お読みください!」


 今すぐには読まない。

 そういう選択肢も、あった。

 けれど、気が付いたら、封を破っていた。

 読まずにいて、事態が好転するということは考えにくかったとはいえ、軽率な行動だったかもしれない。

 けれど、少なくとも、この封筒には、すぐに読まないといけないような、そんな威圧感が、あった。たった数c四方の長さの、紙切れだけれど、そのオーラとでも呼ぶべきものは、きっと想像上の怪物にも勝っていた。


 封筒から出て来た紙に書いてあったのは、短い文章。

 けれど、それ以上にまず目を引いたのは、赤く、赤い、まるで血のように濃い、その紙の色だった。


 ――赤紙。


 それを見て、思わずハッとする。

 これは、この紙は――。


「マリー・L・フライツェルクさんに、アイアス君、でしたかねぇ……。君たちを――」


 いつの間に、そんなことをしていたのだろう。

 オルトの背後の景色が、ゆがみ始める。

 ……いや、ゆがんでいるのは、マリー達の周囲全体?

 これは……、この魔術は。


最高評議場ガーデンへ、召喚させていただきます」


 転送魔術。

 極めて高度かつ周到な準備を要する、高等魔術。

 だからこそ、その使用に際して高い頻度で用いられるのが――。


「君たちには、先日の事件に対する諮問が待っています」


 《《罪人召喚》》、である。


 ヒュッ、と、瞬間にして辺りの景色が、切り替わる。

 いや、周りが変わったのではない。……自分たちが、転送されたのだ。


 ヴェネトの最深部にして、心臓。

 魔術世界の、最重要区画。

 大樹の下に位置する、最高評議場ガーデンへと――。


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