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自己焼却の魔法使い《セルフファイア・ウィザードリー》  作者: 煉樹
第三章 魔術総本山 ヴェネト
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人形舞踏――決着


「って、待て待てアイアス! 直接術者を傷つけるのは禁止だ!」


 本当なら、アイアスが、人形ドールではなく、フェリィに向かった瞬間に、止めなければならなかった。けれど、アイアスのあまりの早さに、皆あっけにとられていたのだ。

 シュヴェスタがハッとしたように、止めに入る。


「……そう、なのか?」


 キョトン、という表情で、首を傾けるアイアスに悪気がなかったことは、確かだろう。

 彼が『勝つ』ためには、これしかない。

 そう思って、こうしたのだ。


 けれど、それがマリーには、少し恐ろしかった。

 「勝て」と言われたら、手段など選ばない、その思考。もちろん、今回は寸止めだったが、もし、「殺せ」と命令されていたらなら……。

 夏だというのに、肌がすっと冷え、寒気を感じた。

 なぜなら、それが意味するのは、一つの事実。

 ……まだ、彼は、”命令”という、彼を縛る呪縛から、解き放たれてなど、いない。

 その事実に、他ならないのだから……。


 パンッ


 張りつめた糸のような緊迫感漂う体育館内の静寂を破ったのは、倒されていたフェリィが手を打ち合わせる音だった。


「降参」


 負けを、認める。

 それを意味する台詞に、なんとも言えない空気の漂っていたこの場所の緊張が解け、一気に耳に街の喧騒が戻ってくる。


「ほら、降参って言ったんだから、どいたどいたー!」


 そういって、フェリィは、胸の上のアイアスを押しのけ立ち上がり、パンパンとほこりを払う。


「フェリィ!」


 思わず、声を掛ける。


「ん? なによマリー」

「あなた……えーっと……それで、よかったの?」


 負けを宣言したのは彼女の方であるし勝った方がとやかく言うのは憚られて、ぼやかした質問になってしまう。


「じーーーー」

「え、な、何よ」


 しかし、フェリィはそんなマリーの近くまでやって来ると、彼女をしばし見つめ、呆れたようにこう言い放った。


「マリーこそ、結局、弟子なのかどうだか知らないけど、魔術の一つや二つぐらいは使えるようにさせておきなさいよね! 魔力シカトゥールの使い損よ!」

「それについては……って、え? アイアスが魔術が使えないの、わかってたの?」


 思わずポカーンとなるマリー。


「当然でしょ! この私を誤魔化せると思ったの?」

「じゃ、じゃあ、どうして降参を……」

「そんなの決まってるじゃん! 魔術が使えないやつに魔術で勝つなんて、このクルースニクの名前が泣くってものよ! ……悔しいけど、魔術がなかったら、彼に負けていたことは事実なんだから、それを認めるぐらいの度量は持ってるっていうものよ!」


 ここで、アイアスは一応一つは魔術を使える、なんていうことを言うほどマリー空気の読めない少女ではなかった。


「へぇー……、そうなんだ。負けを認めるんだ、フェリィ……」


 むしろ、純粋に勝利を喜ぶタイプであった。


「ところでー、負けたフェリィさんには何をしてもらおうかなあ」

「……っ! あ、あなたねえ……っ!」


 顔を赤らめて反論しようとするフェリィだったが、一応負けた身である以上、強くは出られないようだ。代わりに、

「で、でも、勝ったのはあなたじゃなくて彼でしょう!」

 と、マリーではなくアイアスの方を指し示す。


「だ、そうだけど? アイアス。何か、あったら言いなさいよ」


 いつの間にやらフェリィの背後にいた彼に、彼女がいつの間にとでも言いたげに驚く。だが、それを気にする風もなく、アイアスは、


「…………」


 しばし無言でこちらをじっと見つめた後、

「美味しいものが、食べたい、かな」

 と言うのだった。


「……ま、まあ食事ぐらいだったら聞こうじゃない」

「やった!」

「……って、なんであんたが喜んでるのよ! マリー!」


 そうして、ひとしきりワイワイと騒いだ後、一度解散して二人はクルースニク邸――フェリィの家で夕飯をご馳走になることにしたのだった。


 別れ際。

 自分は用事があるからと、去ろうとしていたシュヴェスタが、こちらをくるりと振り向く。


「そうだ、マリーに一つだけ聞いておかないといけないことがある」

「……? なんですか?」


 やはり伝えないべきか。

 とでもいうように一度開きかけた口を閉じたシュヴェスタだったが、それでも思い直したというように、言葉を紡ぐ。


「……お前がこの前イヌビアで会った男は、《《Vに連なる者》》、そう、言ったんだな?」


 それが、意味するところは、マリーにも、はっきりわかった。


「……そうですね。確かに、そう言っていました」


 V。

 いくつも、意味はあるかもしれない。

 けれど、おそらく、魔術師が、そう言ったのならば、その意味するところは、それほど多くはない……。


 つまりは――


 魔術界最高の実力者たち、奥の十二席(ステンドグラス)

 その、第二席。

 おそらくあの男もまた、相当の実力者だ――。


「そうか……。……まぁ、これは、ただの確認だ。時間取ったな。……しばらく、忙しくなる。家ではあまり会えんかもしれんが、勝手にやってくれ。じゃあな」


 手をひらひらしながら、去るシュヴェスタ。


「注意は、怠るなよ」


 最後に漏らした言葉に、普段はへらへらとしている彼の裏に潜む思いが、込められているような、そんな気がした。


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