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邂逅――虚無の少年

 しかし、驚愕を顔に浮かべたのも、一瞬。

その次の瞬間に彼女が浮かべた表情は、全く別のものだった。


12時間前。つまり、マリーがヴェネトの街を出るその数時間前。

彼女はここに来る際の注意事項を聞いていた。

曰く……、「スリや強盗には気を付けろ」

もちろんある程度注意はしていたが、それにすら巻き込まれないだろうと高を括っていたというのは紛れもない事実だ。よもや、それよりもっとひどいものに巻き込まれるなんて当然思っていない。

ここで迷子について言及しなかったのはこれを告げた人物の不徳のなすところであるが、それは今は置いておく。

注意はしておくに越したことはない。そう過去の自分に言ってやりたかった。


きっといい標的に見えたのだろう。

なにせ、まだ年端もいかない少女だ。

心細そうな、いかにも狙ってくださいという表情にも見えたかもしれない。

けれど、今の彼女がまた、その時と同じ表情を浮かべていたかというとそれは……NOであった。


その顔に浮かぶ表情は、憐憫だった。

彼女にとって、銃器などというものはただのおもちゃに過ぎなかった。


だって彼女は、《《魔術師》》だったのだから。


魔術という超常を、行使できるのだから。


「打て!」


 少年の中でも大柄でリーダー格のように見える者が、マリーにはわからない現地語で叫ぶ。


十字砲火(クロスファイア)


傾いた陽の光が遮られ、すでに薄暗くなり始めていた路地裏にマズルフラッシュと抑えきれない銃声が迸る。

そして一瞬後、先ほどまでの大音響が嘘だったのかのような静寂と硝煙が辺りに立ち込める。


「つまんねー仕事だぜ……」


 仲間内からはナンバー1と呼ばれているリーダー格の少年が、唾と一緒にそう吐き捨て、後ろを向いた。


「なぁ、お前らもそう思うだろ?」


 しかし、その声に答えたのは、仲間の少年ではなかった。


「そう? 私はまだまだ遊び足りないわ!」


 ビュッという風切り音と共に彼の耳元を通過していったのが、足元に転がっていた石だと気づくまでに、一秒。

その声の主が、今さっき目の前で殺したと思った少女の物だと気づくのに、さらに二秒。


「え?」


そして、声が漏れるまでに、0.5秒。


「ねぇ、今からでも遅くないから、この場に連れて行きなさいよ」

「お、お前ら! 打てぇ!」


 気分の晴れない仕事に悪態を吐きながらその場を後にしようとしていた少年たちも、何が起きたのかわからないままに再び銃を構える。

しかし、その困惑も当然だろう。

ただの人間であれば、十字砲火で放たれた弾幕を回避する手段など、なにもない。

ただの人間、であれば。


「そんなおもちゃじゃ、私に傷なんてつけられないわよ! マギ・マリ・ディール・マジックキャスト!」


 空間に渦巻く銃声を切り裂くように響き渡る、声。

解放序詞イプソール。魔術を編むために世界に向けて奉じられる、祝詞。


「うっ!」


 そして、鈍い声と共にナンバー1の左手、一番端にいた少年がどさりと崩れ落ちる。


「おい! どうした!」

「ちょっと、うるさいから、黙っててもらおうかな、ってね!」

「うおっ」


 また一人、今度は右側の一人が倒れる。

そこからは一気だった。

一人、また一人と何もできず膝をついていく。

事ここに至ってナンバー1が抱いていたのは恐怖以外になかった。

未知に遭遇したとき、人は本能的に恐怖する。

足から力が抜け、しりもちをつく。

とても生身ではどうしようもない距離から戦場慣れした少年たちを立て続けに倒していく少女は、少年にとって未知の存在以外の何物でもなかった。

 そして、残されたのは、ナンバー1と、もう一人。


「お、おい! ナンバー2! お前なら何とかできるだろ! てめぇ何とかしろ!」


少女の左手側の側面の中央に位置どっていたナンバー1が、正面の中央にゆらりと立つ一人の少年を指さし叫ぶ。

このイストヘリシア地域に典型的な浅黒い肌に漆黒よりも黒い黒髪をしていた他のメンバーとは違い、そのナンバー2と呼ばれた少年は、極端に白かった。淡い肌色に、色素の薄い髪。けれど、そんな身体的な特徴以上に目を惹いたのが、驚くほどに表情のないその顔だった。

そこには、恐怖も憐憫も嘲笑も余裕も何もなかった。

ただ、無があった。


「あんたがこいつらの中で一番強そうね」

「ふ、ふざけるな、俺が一番――」


 ドッ。


「あんたはもう黙ってなさい」


 言い募ろうとしたナンバー1の鳩尾に、拳大の石がぶつかる。ぐえっという情けない声と共に、ナンバー1と呼ばれた少年も地に倒れ伏す。


「……ねぇ、キミたち、どうして私を襲ったの?」

「そう、命令されたから」

「ふーん……命令、ね」


 少年は、一切表情を変えず、答える。


「そういうことなら、来なさいよ。あなたたち、私をどうにかしないといけないんでしょ? じゃあ……何とかしてみせなさいよ」


 そう言いながらも、マリーは内心冷や汗をかいていた。


未知に遭遇したとき、人は本能的に恐怖する。


こんな状況でも無表情を貫く、いや、思えば囲んだ時から、今までずっとそうだったかもしれない。とにかく虚無に支配されたこの少年の姿は、マリーに本能的に恐れを抱かせた。

ゴクン、と生唾を飲み込む。

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