雲上の魔術師たち――言葉を力に変えて
機体の動きがおかしいことに、マリーはすぐに気が付いた。
(きっと、操縦室、もしくは機体そのものに何かトラブルを起こされたんだ)
しかし、今、彼女にそんなことを気にする余裕はなかった。
「ほらほらほらほらぁ!」
いくらマリーといえど、入念に準備を施した敵を相手に息つく間もなく攻撃されては反撃のしようがなかった。
威力よりも数に重きを置いた攻撃であり、致命傷を受けることはおそらくないだろうが、このままではじりじりと時間だけが過ぎていく。そしてきっとそれこそが、敵の思惑なのだ。
「クソッ……!」
思わず、口から汚い罵り声が漏れ出る。
一体どうすれば――
「……あいつを、倒せばいいのか」
耳元。
いや、そんなに近くはない。けれど確実に、すぐ側から。
そこから、会ったばかりなのに、なぜか落ち着く彼の声が聞こえた。
彼――アイアスの、声が。
「アイアス……っ!」
「どう、なの」
相も変わらない不愛想な質問。
けれど、そのことをに不平を漏らす余裕も、詳しく説明している時間も、無かった。
「っ~~~! お願い!」
だから、この一言だけを言った。
「わかった」
そして彼は、一つ大きくうなずいて、傾く機内を、翔けた。
武器の類など一切持ち合わせていない、相変わらずの徒手空拳。
「……んー? これはこれは! 助っ人かと思ったら! 何も持たない素手の少年が一人だけかい! ……ははっははぁ! あんたもつくづく運に見放されたねえ!」
しかし、マリーは知っている。
それが彼のスタイルであることを。あの食うか食われるかの地獄を、その技量だけで生き延びてきたのだということを。
そして、彼が決して、ただの少年ではないということを!
「食らいなぁ!」
愚直に飛び込んでくるアイアスに、アンリが声を荒げながら魔術の照準を定める。
――今だ。
「マギ・マリ・ディール・マジックキャスト」
自らの内の、魔力を感じる。
「ちッ! 二人ってのも厄介だねえ!」
慌ててこちらも攻撃しようとするが、遅い。
「不動の時を編め!」
「ちょっと待――」
「朝凪」
アイアスと、初めて戦った時にも使った、空気を固定化し、拘束する、魔術。
アイアスが隙を作ってくれたおかげで、打つことができた。
……これで、あいつを止められたはず。
さあ、すぐに墜落を止めに行かねば。
とりあえずは、操縦室だろうか?
さて――
「――たなくてもいいわよぉ! お譲ちゃあん!」
「え?」
にわかには信じられなかった。
確かに、朝凪は成功した。
けれど、敵は一切動きを止めていなかった。
向かって来たアイアスの攻撃もいなしていた。
「っ!? どうして……」
「だから! 対策は! してきたって言ったろう!?」
――そんな。
魔術を無効化する術式を編み込んだ服を着ているとでも、言うのだろうか。
いや、そんなもの、妄想のレベルだ……。
だけど、厳然だる事実として、魔術が通用していない。
……とにかく、何もわからない。
一体、どうすればいい?
……強くなれば、いずれは父の無実を明かせると思っていた。だから、ひたすらに勉強した。
この歳で魔術大学を卒業して一級魔術師試験に合格したのは前代未聞だそうだ。
実際、マリー自らそのことを自負していた。
これなら、そう遠くないうちに真実にたどり着ける。数ヶ月前に一級魔術師になったとき、理由もなく確信した。
けれど、初めて異国の地にやって来て、どうだ。
魔術以外は何をやってもからきしダメ。道に迷い、シータに仕事を助けられ、まぎれもない事実に心折られ、涙し、そして――
今、その唯一の自信である魔術という柱すらも、揺らごうとしている。
「う、あ……」
口が、手が、足が、痺れたように動かない。
自分で自分を、拘束してしまったんだろうか? ははははは。――なんて……、なんて笑えない冗談だろう。
「さぁてさてさてさて! 今度はどうしてくれるのかしらあ!」
敵の叫び声も、どこか遠くから聞こえるように感じる。
……もしかして、自分は、このまま死んでしまうのだろうか。この、どこともしれない、雲上で――
「……マリー」
その時。
彼が横にいてくれなければ、一体私はどうなってしまっていたのだろう。いいや、そんな意味のない想像はいらない。
その時、彼がいてくれていた。
その、事実があればいいのだ。
そう。そこにいたのは、まぎれもなくアイアスだった。彼は、まるで伸脚をするような体勢で低く構えたまま、言葉を告げる。
「……俺以外のやつに負けてもらったら、困る」
まるでそこだけが永久凍土の中にあるかのように冷たく感覚のなかった手足に、熱が戻ってくる。
それは、不器用な言葉で。いいや、もしかしたら本当に心の底からそう思っていたのかもしれないけれど。けれど、その言葉は、確実にマリーの脳に、手足に、そしてその心臓に、血を巡らすには十分すぎるほどに十分だった。
だから、彼女は大きくうなずいて。
「……うん。うん! そう! 私は何が何でも」
失っていた眼光を取り戻して。
「生きて帰る」
あの、傾いた太陽の照らす土壁の路地裏で、埃にまみれた彼に言ったこの言葉を、もう一度口にしながら。
「私の勝ちは、決まってるんだから」
キッと、前を見据えた。
それは一種の自己暗示。
けれど、明確な、彼女の意思だった。
それを聞いて、アイアスが、また駆け出す。
「チッ! またちょこまかと鬱陶しいねえ!」
機体の傾きは、いっそうキツくなるばかり。
事態は、一刻の猶予もないだろう。
だから、この一撃で、決める。
「マギ・マリ・ディール・マジックキャスト」
今、自分の持てるすべてをぶつけて、それでもダメだったら……その時はあきらめるしかない、かな。
でも……
「ダメだなんて、思ってない!」
術式詠唱。
「船を沈める嵐! 道を迷わす霧! 復讐に身を焦がす魂! そのすべてを赦す神となれ!」
風系統最上級魔術。
「災禍!」
ブアッ!
瞬間、狭い空間に突風が吹き荒れる。……いや、これは、もはや嵐だ。船を沈めてなお余りある、嵐。
「なっ!」
そして、嵐は、《《敵の周囲を取り囲んだ》》。
「まさか……!」
「その、まさかよ」
言いながら、すでにマリーは機首方向に走っていた。
わかったから。
自らの策が、成功したことが。
「あたしを風の檻に閉じ込めようっていう気!?」
烈風も、朝凪も、通用しなかった。どちらもそれなりに高度な技ではあるはずなのに。だから、諦めかけた。
でも、それには理由があるのだとしたら? あったとしたら、じゃあ、どんな理由だろう、と考えた。
そして、思いついた。
相手に直接触れるような魔術が、ダメなんじゃないか、と。
敵も言っていた。「それなりの準備はしてきた」と。それが、そう言うことなのだとしたら。
すでに、この嵐の檻は、魔術ではない。――自然現象として、固定されてしまっている。
そうである以上、魔術にいくら対策をされていようと、大丈夫なはず!
そして、こちらの目的は、この飛行機を墜落させないこと。決して、あいつを倒すことではない。
だったら、話は簡単だ。動きを封じてしまえばいい。
それだけで、いい。いやむしろ……、それしかない!
「……クックック……。これは、一本取られたねぇ……。でも、残念だったねえ! 気付くのが遅すぎた! もはやあんたも私も海の藻屑さあ! この飛行機はもう墜落する! 間に合いやしないよ!」
「それは……」
背後からの笑い声には、こう言ってやった。
「やってみなきゃ、分からないでしょ!」




