本当に厄日
ヘッパによる拘束、もとい測定が終わった頃には日が暮れはじめていた。結局今日は金銭の支払いだけして終わった。防具類もない為今手練れに襲われたら辛すぎる。早く帰ろうと思って歩き始めて数分経ってそこでお腹が減った事に気づく。今からならレストランや屋台などが稼ぎどきのために営業を行なっているだろうが、生憎と今は格好が悪い。薄汚れたローブのガキなど商売の邪魔だろうし、追い出されるのがオチだ。だが幸いにも堪能させて貰ったお礼としてパンと蜂蜜のセットを紙袋に入れてもらった。しかしこれだけというのはさすがに物足りない。
はぁー、と内心ため息を吐くが仕方がない。あの子達にとって来てもらおう。
周辺には人がいない事を確認し、シロはピーと口笛を吹きながら歩く。目指すは自分の住処であるスラム街の路地裏だ。5分も経たないうちにシロの側に1匹の野良猫が出て来た。そのままシロは申し訳なさそうに話しかける。
「ごめんね、なんでもいいから食べられるものもって来てくれる?夕飯買って来てなくてさ。集合場所はいつものとこで」
『わかったにゃ、ボス。すぐ伝えるにゃ』
そういって野良猫は去っていく。一般的に見ればシロが勝手に猫に喋っている危ないやつだ。けれどもシロの祝福のお蔭で意思の疎通ができる。
祝福
この世界の誰でも持っている。ある種特技のようなものだ。神からの祝福だとされ、教会が執り行っているものでもある。大体は5歳に教会がに行って祝福の儀をし、司祭からその内容を伝えてもらう。基本的に1人につき1つなのだが、かなりの低確率で2つ以上持つ人もいる。あの伝説の勇者は幾つも持っていたらしい。
ちなみにシロの祝福は<動物会話>だった。これは生命で、意思を持つものなら交流が可能とゆう優れものだ。幼い頃から何度かこれで救われたものだ。
もっぱら僕は猫が好きだったので積極的にコミュニケーションを取っていたら、いつの間にか猫の間で自分はこの街のボスになって崇められていた。どうしてこうなった…
荒廃したスラム街ではなにが起こるかわからないものだ。だが、デュランダルにあるスラムは裏ギルドが管理しているため、不用意な事を起こせば潰される。ある種の恐怖政治のような状態だ。
しかし、そんなことは新参者にはわからない。今日が厄日である事を決定づけるかのように、数人の男が俺をつけている。
(疲れてるのに…めんどいな。なんかして来たら潰す。してこなかったらあと2個目の曲がり角で撒くか)
そんなことを考えて歩いていると、不意に自慢の耳から伝わってくる前方からもう数人の気配。今歩いている道は一本道なので、基本的に逃げ道はない。
ついに前方の男達が前まで来ると、後方のつけていた男達もでてくる。そしてリーダーと思わしき男がニタニタ笑って話しかけてくる。
「おい、有り金全部置いてきな。素直に聞いてくれれば痛い目を見ずに済むぜ」
うわー、テンプレ。小さい頃はよくこうやってたかられてたな。実力見せたらどっかいったけど、今こんな風にたかられるなんてちょっと懐かしい。けどこいつら裏初心者かよ。人数が多いのはいいんだが、律儀に声かけてくるとか…普通問答無用で襲うのに。
などと犯行グループのダメ出しをしていると
「おい、聞いてんのかよ!仮面野郎!もういい、やっちまえ!」
その言葉を合図に一斉に襲いかかってくる。相手はそこまで熟練者でもないため、普通に殺しておしまいにしようとしたのだが、何故かここで虫の知らせのごとく警戒を最大まで引き上げる事件が起きた。
突然吹き荒れる嵐にも似た風。それに巻き込まれた賊。そのまま風の勢いで両脇にある壁におもいっきり叩きつけられて気を失う。何故か俺だけ無傷。
突然の事すぎて頭は回らなかったが、臨戦態勢だけは解かなかった。
「君、大丈夫だった?」
そんな声を掛けられて思わず振り向く。そこには1人の好青年が立っていた。見るからに優しそうな青年で、かなりのイケメンであった。背はスラッと高く、身長の低い白から見ると見上げる事になり、少し眩しく感じる。だが最も重要な事に彼は鎧を身につけていた。胸に書かれたエンブレムを見つけて絶句する。
(整合騎士!?なんだってそんな化け物がこんなとこに。そもそもあいつらは王都にいるはずだろうが!)
整合騎士は代々王や王女に使え、主に王都周辺の警備をしており、その実力は裏ギルドAランクの化け物とも引けを取らないとされる。余談だが、裏ギルドのAランクはこの街ではギルド長の1人しかいない。
「君みたいな可愛い子女の子がこんなとこにいちゃだめだよ?早くお家におかえり」
は?可愛い子?何言ってるんだこいつは?そう疑問に思っているとすぐに気づく。ハッとなって思わず両手を顔につける。
着けてた仮面が無くなっている
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
汗が止まらなくなる。でも思考だけはやめない。やめたらいつか裏の奴だとバレて死ぬ。こんなとこで装備もまともにない状態で立ち向かえない。整合騎士の鎧には魔除けが施されている為、魔法が効きづらい。対峙する線は消えた。だが生憎と貧相な装備のお蔭でお買い物中の街の少女かなんかだと思っているらしい。ならこれで通すしかない。
「あ、ありがとうございます!助かりました。」
結局街の少女を演じることにした。汗と緊張感で上手く笑えている気がしない。
「いえ、大した事ではありませんよ。怪我がなくてよかったです。それにしても如何してこんなところに?」
「ごめんなさい、お母さんが夕食にパンを買い忘れててお使いを頼まれたんです。それでこの道なら近道できるって聞いてそれで…」
「いけませんよ、前より治安が良くなったからってスラム街を通っては」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、そこまで叱っているのではありませんよ。無事で何よりです。それよりもこの仮面はあなたのですか?」
まずい!適当に何か言い訳を考えないと!
「はい、今日は弟の誕生日でして。それで弟にあげようと頑張ってみました」
「それは偉いですね、はいどうぞ」
そのまま受け取ると不意にゴーンという音が聞こえる。時刻を知らせる鐘だ。ありがたい、これは使える。
「ありがとうございます。あ!そろそろ戻らないと。今日は本当にありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
(?)最後の返答に疑問を持ったが、そのまま立ち去る。脇目も振らずに。ここから遠くへ。早く。もっと早く。
わざわざ街の大通りを通るように紆余曲折しながらまたスラム街の自分の家に戻る。やっと戻ってこれた。見慣れた家に戻ってこれた。家に設置してある人払いの魔道具に魔力を込めてそのまま発動する。点灯のランプが点いたし瞬間、糸が切れたように座り込む。
上手く言い訳できただろうか?まず体を拭かなきゃな、汗がヤバい。でも少し休もう
今日は本当に厄日だ。
「にしても本当に可愛いかったなあ。あの子。もう少し成長してたらヤバかったかも。お祭りの視察がてらスラム街も見てたが思わぬ収穫。あんな血の香りのする仮面なんて初めてだよ。これから楽しみだな。面白くなってきた」
そんな事を言いながらその男は楽しそうに笑いながら、また街をぶらぶらと歩いて行った。
いい感じの狂気キャラが出てきた?