表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

今回も分割して2話投稿です

 

 彼は階段の途中からこちらへ視線を投げていた。

 非常に胡散臭い意味を浮かべたその男はこちらへ近付いてきた。


「ここの料理は、味は一流、価格はご家庭にも優しく、注文してから出来立てが運ばれるまでにちょっとお喋りする程度の時間しかかからない。まあ、人気が出ない訳がありませんよね」


「...なんなんだ、あんた」


 琥珀を嵌め込んだような美しく複雑な光を湛えた瞳に、短く揃えられた絹糸のような漆黒の髪、左に片眼鏡をかけた柔和な顔つき。年はアレクサンダーより上だろう。青年と言っても良さそうな容姿だが、実際はもう少し上かもしれない。身長も6尺2寸のアレクサンダーより高い。俺は6尺ちょっとなので男は少し見上げなければならない。全体としては優男に見えるが、その貼り付けられたような笑顔が人に本能レベルの警戒心を抱かせる。なんだって宿屋でこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 アレクサンダーが俺の隣に並んだ。男の視線が一瞬アレクサンダーに留まるがすぐにまた3人に戻される。


「この店の常連さん、ですよ。街の人々も旅の方もたくさん訪れる店ですから、美味しい食事はもちろん、飽きのこない噂話が仕入れられますからね」


 怪しすぎる。ヴィクトリアは怖じ気付いたように後ずさって、隣のアレクサンダーは野良犬に遭遇した猫みたいに様子を観察している。ともかく2人でヴィクトリアを背後に匿っておく。


「レイ、制服」


 囁くようにアレクサンダーが言う。軍人の中でも、正規で王室に登用される武官の制服だった。しかも襟章までついている。


「そんなに警戒しなくても取って食いやしませんよ」


 男は一見優しい笑顔を浮かべるが、こんなところに制服で現れ、仮面のような笑みで接近してくる時点でアウトだ。

 アレクサンダー、全身の毛を逆立てた山猫みたいになってるぞ。


「一緒に食事でもどうです?可憐なお嬢さんと色男の3人組はなにかと視線を集めているようですから、ワタシがいれば野次馬避けにもなりますし。せっかくですから、とっておきをご馳走しますよ?」


「初めて会った方にそれほどのご迷惑は掛けられません。お気になさらないでください」


 アレクサンダーがサッと前に出てにこやかな、それでいて申し訳なさそうなどこか大人しい印象の笑顔で辞退した。臨戦態勢の山猫どこいった。


「おや、迷惑だなんてとんでもない。子どもを守るのは大人の義務ですよ」


 その言葉に目元が引き攣る。ヴィクトリアが密かに襟の後ろを掴み、アレクサンダーは俺の足を踏みつける寸前の位置に己の足を移動させた。2人とも俺が飛び掛かると思ったらしい。

 そこまで短気じゃない。はずだ。

 しかし、相手は余裕綽々のいけ好かない、しかも位の高そうな武官らしき成人男性。見たところ1人のようだが、こいつから逃げられるとは思えない威圧感が漂ってくる。ありがた迷惑な事にどうあっても食事を共にする気らしく、断りきれそうにない。かといって剣や拳で片付ける訳にはもっといかない。たかが夕食なのに。


「さあ、どうぞ。座って座ってーー」


「あまり、お客様に無茶を吹っ掛けないでください。出入り禁止にしますよ」


 にこやかな胡散臭い男を止めたのはレストランと宿の主人だった。


「無茶を吹っ掛けるなんて、まさか」


「みなさんが教えてくれたんですよ。うちには貴方の他にも常連の方がいらっしゃいますから。また(・・)やらかしそうだと」


 男の表情が初めて動いた。笑顔は崩さないが、困ったような、少し苦い、それでいて悪戯がばれた子どものようなその顔にはさきほどまでの怪しさがひと欠片もない。

 ふと周りを見渡すと、ほとんどの客が普通に食事を続けていた。キョトンとこちらを見ているのは旅人風の連中ばかりで、この町の人にとっては日常茶飯事なのだと見てとれた。中には、俺と目が合うと災難だったなとでも言うように苦笑いする人までいる。


「職場で若い人に相手にしてもらえないからといってこんなところで見ず知らずの旅の方を巻き込まないでください」


「何を仰いますやら。ワタシは若い者達からも常に注目の的ですよ」


「それはそうでしょう。皆さん、貴方と遭遇すると言う面倒事は避けたいですから」


「皆さんワタシを何だと思っていらっしゃるんでしょうねえ」


 武官はほけほけと笑い、主人に手を振った。


「出入り禁止は勘弁ですからね。大人しく帰ることにしますよ」


 ゆったりとエントランスに向かう後ろ姿に、主人はまるで悪戯小僧でも見るような雰囲気の穏やかな苦笑いを浮かべた。


「ああ、そうだ。その子達の支払いはワタシにつけておいてください。では」


 彼が出ていったのを確認して俺達は息を吐いた。無意識に緊張していたらしい。


「すみませんでした。驚かれたでしょう」


 人の良さそうなご主人は困ったように笑いながら言った。


「いえ、助けていただいてありがとうございました」


 アレクサンダーが人好きのする笑みで応えた。


「先程の男性とはお知り合いなんですか?」


「ええ、彼が子供の頃から知っていますよ。ですから我々にとっては今も、知恵の回る悪戯小僧という認識が抜けなくて」


 懐かしむように目を細めながら、俺達にテーブルをすすめてくれる。


「お詫びに、当店自慢の料理のコースをご用意しましょう。もちろん、他にもお好きなものをお申し付けください」


「え、でも」


「ご心配なさらずとも、支払いは全て彼が受け持つようですから。お好きなものをどうぞ」


 それをネタに揺すられても困るんだが。


「彼はああ見えて悪い人では...それほど悪い人ではありませんから」


 心を見透かしたように言ってくれたが、言い直した時点で不安だ。


「もしも、また彼がちょっかいを掛けてきたら、いつでも仰ってください」


 主人は頼もしいと言えば頼もしいがどうしたものだろう。


「レイ。ここは素直にご好意に甘えることにしよう。ヴィクトリアさんも、良い?」


「はい」


「...まあ、お前がそう言うなら」


 渋々だが頷くと、主人はいそいそと厨房へ消えていった。


「...アレクサンダーさん。良かったんですか?」


 ヴィクトリアとともにアレクサンダーに目を向けると、背もたれに体を投げ出していた。


「オレ達が頷かない限り、あのご主人も引いてくれなさそうだった。もしさっきの軍人さんの言葉が真実なら、だてに宮仕えしてないってとこだろうな」


 そう言ってからニッと笑う。


「それに、ここのご主人はある意味オレと同じタイプだと思うんだ」


「は?」


「自分の好きなことを、人のために出来るのが楽しくて嬉しくて仕方ないって人。厨房に戻るとき、すごい嬉しそうだったろ?」


 確かに。あれはいそいそ、というよりも、るんるん、の方が合うくらいかもしれない。


「けど、宮仕えなんてしてた人間が、俺達が泊まれる程度の宿なんてするか?普通」


「確かに、宿の価格としては一般庶民向けだけどね。このレストランも表向きは同じように庶民向けのようだけど、メニューの幅がかなり広い。お客の中にはさっきの軍人さんを知ってるような人もいるみたいだし」


 アレクサンダーは声を潜めて続ける。


「着ているものを見てごらん。パッと見ただけだと一般人に見えるけどかなり質の良いのがちらほらいる。たぶん、貴人がお忍びで息抜きする場とか、それこそ、町の情勢を知る場とか、いろいろと活用されてるんじゃないかな。まあ、ご主人にその意思があったかは別だけど。

 ただ、ここがそういう場になっているのなら、無駄な騒ぎを起こすわけにはいかない。一般人が来なくなっちゃうからね。だから、ご主人が問題のある人なら、そもそもここはそういう場に選ばれない。

 しかも、ヴィクトリアさんはこの前もここに泊まったんだったね。特に不便はなかったかい?」


「不便どころか、とっても落ち着いたわ。久しぶりにのんびり休んだ、って感じでした」


「1人旅の女の子がのんびりできる宿の主人がそんな悪人とは考えにくい。よっぽど、とんでもない役者でない限り、あの人の優しさは本物だろう」


 俺自身、この宿の雰囲気は結構気に入ったし、今さら宿を変えるのも面倒だ。ひとまずここにいて、もしまずいことがあれば移れば良いか。そう思うことにした。

 運ばれてきたお茶(アレクサンダーは成人しているので食前酒)を飲んで一息つく。一緒に運ばれたマリネに手を伸ばしながらヴィクトリアがポツリと言う。


「それにしても、なんだったのかしらあの人」


「さっきの胡散臭い軍人か?」


「ええ。ちょっと怖かった。2人とも、庇ってくれてありがとう」


「別に。あいつ、異様だったし、セリフが寒かったからな」


「......」


 つい先程まで笑顔だったはずのアレクサンダーがなぜか黙ってドアを睨んでいた。


「ザン?どうした」


「あの人、戦いなれてる気配がした。身のこなしも、目つきも」


「武官の制服着てたしな。周りに軍人だって知らしめながら歩いてんだからよっぽど自信があるんだろ。つーか、位の高い軍人だろ?」


 俺は笑いながら言ったが、アレクサンダーは至極真面目な顔を崩さない。


「それだけじゃない。位の高い軍人でも身のこなしが粗末なのはたくさんいる。むしろそういうののほうが多い。でもさっきの人は違った。実力で位をもぎ取ってるんじゃないかな。それに...なんか見覚えあるんだよ」


「見覚えあるって...軍人だぞ?」


 そうそう見かける機会があるものじゃない。


「パレードか何かでしょうか?」


「それが分からないんだよ。あー、モヤモヤする」


 ガシガシと頭を掻き回して、ふう、と溜め息をついた。


「ザン、おっさんくさい」


「おい」


「えっと、とにかく許可を貰いに行くときも注意が必要ってことですね」


 じと目のアレクサンダーを遮るようにヴィクトリアが言った。


「ああ。気にしすぎても仕方ないか。とにかく今は遺跡に入る許可を貰いに行く事を考えるか」

 

「そうしましょう」


 アレクサンダーがいつも通りになったところで料理が運ばれてきた。

 カボチャのポタージュにヒラメのムニエル、柑橘のシャーベット、猪肉の角煮、サラダ、チーズとアップルティー(アレクサンダーだけマスカットワイン)、色とりどりの一口サイズのケーキと果物。

 どの料理も一口食べると舌の上にふわりと香りが広がるようで、けれど決してしつこくない。とびきりのコースに先程までの懸念も一時忘れて舌鼓を打った。


「なあ、これって、内容と順番からして...」


「フルコース、よね」


「ご主人のあの言い方だと美味しいものたくさん用意するよってノリにしか聞こえなかったよね。」


「ああ...」


「美味しいのは間違いないけど、なんだか想像したのと違ったわね」


 そのあたりはやはり、宮仕えの感覚なのだろうか。とりあえず、村にいた頃、長老による食事会という名の強制マナー勉強会に参加させられたことに初めて感謝した。近くに給仕らしき人がいたのでマナーを全く知らないというのはさすがに恥ずかしい。

 ヴィクトリアは普通に食事を楽しんでいたのでマナーが身に付いているのだろう。


「レストランとは言っても庶民向けの雰囲気だったのに給仕つきとは思わなかった」


「まあまあ。美味しかったんだからいいじゃないか。給仕の人だって、一般人だったら横にいても気付かないくらい気配を消してくれてたし、オレ達だってときどきいること忘れてただろう...あれ?」


 アレクサンダーは言いながら自分で引っ掛かった。


「元宮仕えの店の従業員とは言え、一応世界一になった武道家にいることを感じさせないって、この店一体どうなってるんだ」


 3人の顔がひきつった。


「とりあえず今は、遺跡のことだけ考えましょうか」


「ああ。つーかこの時間だしもう寝よう」


「賛成」


 俺達は現実逃避気味に部屋に戻って寝るのだった。

 そして、翌朝。

 外はサックリ中はフワッフワのクロワッサンで作ったクロワッサンサンドの朝食を済ませた俺達は王城へと向かっていた。一般人が訪れる役所も城の敷地内にあるからだ。もちろん敷地の外辺部だが。


「本当に大きいね」


「首が痛い」


 初めて間近で城を見た俺達はしばらく見とれていた。壁は真っ白で空を背負って立ち、屋根は黒と青のグラデーションになっており、そのまま空に溶け込んでしまいそうだ。


「2人とも、役所はこっちよ」


 ヴィクトリアがクスクスと笑いながら促す。


「あ、ああ」


「きっと後で嫌ってほど待たされるわ。そのときに好きなだけ見られるから」


 ヴィクトリアの言葉にものすごい棘がある。この前の役人というのはそこまで嫌なやつだったのか。彼女は迷うことなく回廊を奥へと歩いていく。この建物もやはり真っ白な壁に黒い屋根だった。やがて、「遺跡保全部保護調査課」という札が掛かっている階段を上り1つのドアに入り、カウンター越しに声をかけた。


「すみません。先日お伺いしたポラリスですが」


「あ、はい!巫術師のポラリス様ですね?すぐに上司を呼んで参りますのでこちらでお待ちください」


「今日は剣士もいますから」


「はい、かしこまりました!すぐに伝えますね」


 人の良い笑顔でソファーをすすめた担当者らしき女性官吏はパッと駆け出そうとして周囲の同僚から走るなと窘められていた。その若い女性官吏は下っ端なのだろうが悪い人には見えない。下はいい人なのに上はダメなヤツなんだろうか。ひとまず腰掛けて待ってみたのだが。


「...遅いね」


「ええ。全っ然来ないでしょう。前もこうでした。神託の内容は知っているはずなのに」


 もう1時間くらい待っているのだが、一向に「上司」が現れる気配がない。10分ほど前に先程の女性官吏だけが戻ってきて恐縮しながら、もう少しお待ちください、とお茶を出してくれた。

 しかし。


「ホントに来ないな」


「どうなってるのかしら...前は2時間くらいで来たのに」


 あれからかれこれ3時間は経っているのだがいまだに動きがない。たとえ役所が広すぎて行き来に時間が掛かるのだとしてもそろそろ来ても良いだろう。女性官吏が自分の昼食のついでに出前を頼んでくれた。注文から5分程度という驚異のスピードで届けられた出前は結構美味しかったが、女性官吏が良くしてくれる分、「上司」への苛立ちは高まっていく。

 そして、最初にヴィクトリアが声を掛けてから6時間後、ようやく「上司」が姿を現した。


「ヴィクトリア、あれか?」


 頷いて彼女はサッと立ち上がる。俺達も同じく立ち上がって軽く会釈した。相手は官吏、こちらは一般庶民。あまりへりくだってもこちらに不利にしかならないが、たとえとんでもない時間待たされたとしても全く礼を無視するわけにはいかない。本当に一体何をしていたらこんな時間が掛かるのかは知らないが。

 アゴヒゲを生やしたどこかひょろりとした中年の男性だった。


「大変お待たせいたしました。...おや、神選の剣士はお1人だと思っていたのですが?」


 慇懃無礼とはこいつのためにある言葉なのだと思った。上っ面だけの笑顔を浮かべ、俺とアレクサンダーを頭のてっぺんから爪先まで品定めするようにじろじろと見やった。アレクサンダーはいつもの笑顔ではなく、どちらかと言えば獲物に飛びかかる寸前の山猫状態で営業スマイルを張り付けている。


「神選の剣士は私のことです。これは私の友人で世界中を武者修行を兼ねて旅したこともあり質実剛健にして見識高く、巡礼の旅の助けに同行してもらっています」


「左様でございますか。ところで、本日はどのようなご用件でございましょう」


 役人は興味をなくしたようにそう訊いてきた。


「遺跡に入る許可をいただきたいのです」


 ヴィクトリアが鋭い、真剣な目で役人をまっすぐに射抜きながら答えた。


「剣士の村はやはり神託にあった通り、異変に襲われています。猶予もありません。ですから一刻も早く、遺跡の碑文を確認したいのです」


 役人は一瞬気圧されながらも、のんびりとアゴヒゲを撫で付けて口を開いた。


「しかしながら、世界中のあちらこちらでさまざまな異変が起きておりますからねえ。剣士の出身地であるというだけでその村を優先するのは、世界を救う神選の剣士のなさることではないのではありませんか。異変に襲われた町の中には剣士と巫術師が赴くことで異変の原因を取り除けるところもあるのだとか。山奥の小さな村1つと貿易拠点の町1つではどちらを優先すべきかは明白ではありませんか?」


 あまりの言いぐさにヴィクトリアの肩がわなわなと震えだし、アレクサンダーは絶対零度の微笑みを湛えて拳を握り締めている。俺はもちろん、腸が煮えくり返るとか怒髪天を衝くだとかを通り越している。


「頭の固い人ですね。そのうえデリカシーというものがまるで欠如している。こんなのが国の役人だなんてはっきり言ってありえませんね。恥です。赤っ恥ですよ、フィンリー管理官」


 怒鳴り付けそうになった俺に先んじて誰かの声が割って入ってきた。


「ウ、ウェークフィールド中佐」


 ひきつったような声と怯えきった視線を辿ると、ドアのところに武官の制服を着た長身の男が醒めきった冷たい瞳を向けてもたれ掛かっていた。


「ひとまず、今回の対応については殿下に報告しておきますね。それと、あなたは今後一切、こちらの許可なくこの件に関わらないでください」


 上から見下ろされ、ピシリと言いつけられた管理官はヘナヘナと頷くと、それが限界だったようでカウンターの奥に引っ込んでしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ