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今回は2話投稿しています。前があるのでお気をつけください。
「...レイ。レイ」
軽く揺さぶられて俺は薄く目を開けた。
「...ザン?」
「おはよう。2時間くらいで良いから見張り代わってくれる?」
その言葉にようやく頭が回り始めた。
「もうそんな時間か。もう少し早めに起こしてくれれば代わったのに」
アレクサンダーはくすぐったそうに笑った。
「そうだね、レイが旅そのものにもう少し慣れてきたら、そうしてもらおうかな」
外に出ると、もう月は森の木々の向こうに沈もうとしていた。
「剣はちゃんと佩いておくんだよ。野獣もたまに出るからね」
「言われなくても」
既にグローブを嵌め、剣も提げている。
「なにかあったら起こしてね」
「はいはい、とっとと寝ろ」
アレクサンダーはヒラヒラと手を振って天幕に入った。
別段することもないので少し周囲を歩いてみる。とても静かだが生き物の気配はそこかしこに感じられる。夜行性の小動物はねぐらに帰るところだろうか。耳を澄ますと羽ばたきが聞こえる。梟か、早起きな鶫だろうか。
歩いていると斜面でウルイと赤みずを見つけた。昨日の夕飯はアサツキとヨモギだったし、ちょうど良いから採っておく。他にもグミがあったのでこれも採った。野営地へ戻ると空が白み始めていた。
「レイモンド、おはよう」
「ああ、おはよう。つかホントに早いな」
俺が戻ってそれほど経たず起きてきたヴィクトリアは軽く伸びをして笑った。
「そうでもないわ。故郷ではもっと早かったから、ちょっとのんびりしたくらいよ」
「お前の故郷って」
「港町なの。お父さんたちが漁から帰ってくるのに合わせてご飯の用意をしたり、競りの準備をしたり、船の手入れも手伝ったり、たくさんすることがあったから」
言って懐かしそうに目を細めた。
「それ、朝ご飯の準備?手伝うわ」
例の穀物の粉(アレクサンダー命名、雑穀粉)を炊いてもらい、ウルイを適当な大きさに切ってもらう。
「こっちの木の実?はどうするの?」
「それはそのまま食べられるから、洗ってくれ」
下処理をしてこれまた適当に切った赤みずも雑穀粉粥に入れて、荷の中から干し肉を出してナイフで削ぎ切って入れる。その頃には太陽も昇ってきていた。
「ここ最近は毎日見ているけど、朝日の木漏れ日って綺麗ね」
「そうだな」
のんびりしているところに、アレクサンダーも起きてきて、朝食をとった。グミの実はヴィクトリアにとっては初めて見るものだったらしく一粒食べるたびに甘い酸っぱいと楽しんでいた。
「さて、今日中に平野までおりますか」
「そうだな」
荷物をまとめてまた街道を歩いた。歩きならばヴィクトリアも俺たちとそんなに変わらないペースで行けるらしく、昼前には山をおり、河の流れが作り出した谷の橋も渡ることができた。その谷をヴィクトリアがじっと見つめていた。
「どうした?」
「この前通ったときも思ったんだけど、この谷、なんだかすごく青い気がする。それになんだか...」
「怖い?」
「怖くはないんです。空気がとても澄んでいて、畏怖のようなものは感じる気もするけど、悪いものではないから」
アレクサンダーはクスリと笑って言う。
「この谷、精霊の墓場、らしいよ」
ヴィクトリアは目をぱちくりさせて、やがてフワリと微笑んだ。
「だから山に変わった霊場があったんですね。精霊の亡骸は流れる水に触れることで強力な浄化の力を宿し、辺りを守ってくれるから。精霊たちがあまりいなかったのも墓場に近づきすぎると影響を与えてしまうからですね」
そして笑みを悪戯っぽく深めた。
「そういう精霊の亡骸が集まって清浄な空気で満たされるとそこから新たな精霊が生まれる。だから精霊の墓場は精霊たちの故郷でもある。精霊とある程度仲良くなれる巫術師ならみんな知っていることよ」
「あれ、そうなの?村のお嬢さんは怖がってたんだけどなあ」
「ひょっとして、その子はまだ小さいんじゃありませんか?」
「今年12歳だね」
「きっと精霊たちがあんまり詳しいことは話していないのね。本当の意味で理解するにはもうちょっと複雑だし、あまり小さいうちに色々知っていても、悪い大人に利用されてしまうことがあるからあえて言ってないんだと思います。とくに精霊の墓場については、あまり人に知られたくないみたいで、絶対本には書かないでって言われたの。私も小さい頃は教えてくれなかったことがたくさんあるの。」
精霊って巫術師に巫術について教えてくれるものなのか。
「2人の村の巫術師の子は良い子なのね。精霊って基本的には気難しいから、なかなかお喋りはしてくれないもの。でも、1度お喋りできたらそれはすごく気に入ってくれたってことだから、それからはいろんなことを教えてくれるし、人間のお友達よりも気楽だったわ。精霊は約束を大切にするから、うっかり、てこともなかったし」
「お前は、精霊たちが秘密にしたい墓場の話を俺達にして良かったのか?」
ヴィクトリアは頷いた。
「心配しなくても確認したから大丈夫よ。アレクサンダーさんが墓場の話を始めたときに寄ってきた子がいたから。この子はあなた達のことは子供の頃から知っているんですって。2人とも秘密にしてねって言ったら秘密にしてくれるから大丈夫って」
「へえ、精霊に知られてるとは光栄だね。信じてくれてありがとうって伝えてくれる?」
「精霊たちはちゃんと人の行動を見ているし、心から思っていることは汲み取ってくれるわ。言葉に出していれば、なおのこと」
ヴィクトリアがそう告げると同時に涼やかな風が吹いた。
「今の風はちゃんと聞いてたよっていうメッセージだそうですよ」
「そうか。じゃあひょっとして、頑張れば巫術師じゃなくても精霊と意思疏通できたりするのかな」
「そういう人もいるみたいです」
そんな不思議な経験もしつつ、俺達は進んでいた。2日目は休み休み歩いて、前日と同じように野宿だった。平野だが、ほどよく木が繁っている。そして3日目の朝、俺とヴィクトリアで朝食の準備を、アレクサンダーが近くに泉が湧いていると言って水を汲みに行っていた。
「レ、レイモンド」
極力押さえつけた、ひきつったヴィクトリアの声に振り返ると、彼女の視線の先には狼の群れがいた。
「っ、動くなよ、ヴィクトリア」
この辺りの狼は人食い狼として知られている。しかも、一般的な夜行性の狼と違って朝から昼にかけても出歩くことで知られている。
群れを刺激しないよう、ただし適度に威嚇しながらそろりそろりと移動してなんとかヴィクトリアに手を伸ばせば届く位置まできた。
(ここからどうする...あいつらを殺してしまうと他の群れが来るかもしれない、それにこの辺りの狼は殺すと精霊に呪われると言うしな...)
村の伝承のひとつだ。神託や運命に関するもの以外にもさまざまな言い伝えがある。そのうちのひとつは狼をいたく気に入っている精霊がいて、たとえ人食いでもこの辺りの狼を殺してしまうとその精霊に報復を受けると言うものだ。
「ヴィクトリア、殺さないように巫術であいつらの動きを押さえることはできるか」
「少し時間がかかるわ」
「分かってる。その間は守るから、頼む」
「はい。ーーその足を止め、その心を落ち着けよ...」
だが、ヴィクトリアが詠唱を始めた途端、群れの前の方にいた3匹が一斉に飛びかかってきた。
「ちっ」
ヴィクトリアを引き寄せて下がらせ、鞘から剣を抜き払い、先陣を切った1匹を一瞬手でいなし刃の方を握って振り上げた。ギャウッ、と悲鳴を上げて吹き飛ぶ。こうすれば、剣でも鈍器になる。
そのまま2匹目には脳天から振り下ろし、3匹目は横から殴り付ける。
「レイモンド!押さえたわ」
ヴィクトリアの声に俺は荷物の方へ走った。そして、粉をとりだすと術で動けなくなっている狼たちに1つまみずつ掛ける。
「何をしているの?」
「睡眠薬だ。村で罠を使った狩りの時に使ってた。これなら3時間は眠り続ける」
「良かった」
ヴィクトリアはほっと胸を撫で下ろしていた。
「どうした?」
「あなたが剣を抜いたとき、殺さないで、っていう精霊の悲鳴が聞こえたの」
...やっぱりあの言い伝えは真実なのか。
「レイモンドは、無事?剣を逆さまに持っていたみたいだけど」
「ああ、そのためのグローブだからな」
剣による強力な打撃を繰り出すには刃部分を握って柄か鍔を叩きつけるのが一番強い。攻撃としても、衝撃で剣が折れるのを防ぐにも。
「ヴィクトリアは、無事か?」
「ええ。ありがとう」
ヴィクトリアはにこりと微笑んだ。
「あら。レイモンド指先が」
言われてみると右の人差し指に切り傷ができていた。調理中で利き手にはグローブをしていなかった。1匹目をいなしたときに牙に掠めたようだった。
「破傷風にでもなるといけないわ。治すから見せて」
「いいってこれくらい」
「良くないわ。これでも医学だって勉強したのよ。その方が回復術の精度が上がるって精霊たちが言っていたから」
がっしりと俺の手を握るヴィクトリアに折れるしかなかった。
「はい、きれいに治ったわ。この辺りは精霊もたくさんいるから、私の方は心配しないでね」
「そうか。それなら、まあ良いか。ありがとな」
「どういたしまして。でも、レイモンドの手は古傷だらけね」
「まあ、そうだろうな」
子供の頃から森に出入りしてあちこち遊び回っていたから、怪我はたくさんした。木に登って棘が刺さったり、木の実を採ろうとして虫や蛇や小動物に噛まれたり、雪が溶けたばかりの頃に川に落ちて凍傷になりかけたり、あとは剣だこもある。
「あのー、お2人さん、そろそろオレに気づいてくれると嬉しいなあ」
しょぼくれたような声に我に返るとアレクサンダーが寂しそうな顔で突っ立っていた。
「ああ、おかえりザン」
「アレクサンダーさん、無事で良かった」
なぜかじとっとした目をしている。その視線を追うと右手は今だにヴィクトリアに握られていた。
「良い雰囲気のところ悪いけど、朝食が食べたいな。それと、この訳のわからない状況についても説明してほしいんだけど」
「だから、良い雰囲気じゃねえっての」
「治療していただけですよ?」
「あ、そう」
阿呆な誤解をする親友から水を受け取り火に掛ける。代わりに朝食をよそって2人に渡し、腰を下ろした。
「この狼、やっぱ人食い?」
「じゃねえの。殴ってヴィクトリアに動きを封じてもらってから睡眠薬掛けといた」
「そうか。なら、早く出発した方がいいな」
食事は粥のようなものなのでそれほど時間がかからない。さっさと焚き火の始末をし、荷物を持まとめて出発しようとした。
「あ、そうだついでに...」
荷の中にあった香草を擂り潰して狼達の鼻に塗りつけた。
「これならあとを追ってくることもできないだろ」
「......」
「本当にお前は...」
ほぼ、大蛇と同じ方法で狼の鼻を封じた。ヴィクトリアとアレクサンダーにはすごい目で見られたが、あとから追いかけられてまた戦うハメになるよりはずっと良いはずだ。俺達にとっても、狼達にとっても。
仕方がないだろ、他に思いつかなかったんだから。
ともかくもふたたび町へ向けて歩き始める。
「ねえ、そういえば隣町からはどうするの?」
「乗り合いの馬車が出てる。それで王都まで行ける。だよな?」
「ああ。町から3日くらいはかかるけど、宿場町があるからベッドで寝られるよ」
その言葉に少しホッとする。
「良かったな」
「そうね。野営も悪くはないけど、ゆっくりは休めないものね」
それにしても、と彼女は空を見上げる。
「まさか1月足らずのうちに2回も王都に行くなんて、驚きだわ。少し前までは王都なんて一生縁のないところだと思っていたのに」
たしかに、普通の町育ちの人間は自分の生まれ育った町か、隣町くらいまでしか出向くことはない。
「王都ってどんなところだった?」
「そうね...人も物もたくさん満ち溢れていて活気があって、やっぱり賑やかで華やかな街ね。歩いているだけで楽しいの」
ふと彼女はその顔を曇らせた。
「神託を叶えないと、この街もなくなってしまうんだって、そう考えるとすごく重たかった。だからレイモンドを見つけられて、まず1つ目は叶えられたって、すごく安心したの」
でも、と真剣な瞳で俺とアレクサンダーを見上げた。
「でも、世界中のことを言う前にあなた達の村が無事じゃなきゃ。すごく温かい優しい村なんだって、2人の話から伝わってきたわ。先に遺跡に入るの、絶対許可を貰わなくちゃ」
意気込むヴィクトリアに微笑ましさと頼もしさを感じながら、先日、彼女が役人に追い払われた話を思い出した。
「役人ってどんなやつだったんだ」
「なんて言うか目が怖くて...あ、そっか、またあの蛇みたいなお役人に話しなきゃいけないのかなぁ」
「まあ、なんとかなんだろ。俺たちの村のことがかかってるんだから、なんとかする。なあ、ザン」
「...珍しくレイがやる気だしてる。なんかごめんね、せっかくの良いところ邪魔して」
「だから、違うつってんだろ」
「ちょっとしつこいですよ、アレクサンダーさん」
「分かった、分かった。ごめんてば。...息はぴったりだね」
そんな話をしながら、特に変わったこともなく、狼に追いかけられることもなく、5日目の夕方には隣町に辿り着き、そこで一泊したあと乗り合いの馬車で王都に向かうことができた。
舗装された道を走る馬車は素晴らしく速かった。あとでアレクサンダーに訊くと、この乗り合い馬車は御者が馬に身体能力補助の魔術で脚力、体力共に強化してやることで馬の負担は軽減しつつかなり速度を上げているそうだ。
「やっぱ馬車だと速いな」
「あの歩いた道のりはなんだったんだろうってくらいにね。いつかあの速さに負けない脚力が欲しいな」
「でも、歩いたほうが旅をしてるっていう実感と言うか風情はあるわね」
三者三様の感想をもって王都の門を見上げた。
夕刻の門前は独特の活気に満ちている。商人や王都民は帰ってきたところだろうか。御者達は慌ただしく来た道を帰っていく者、客や同業者と談笑する者、交代要員に後を任せのんびりしている者など様々に広場を賑わしている。
乗り合い馬車の乗り降りは門の外に専用の広場がある。余計な混乱を防ぐために、王都のような大きな町では必ず入門手続きがあるからだ。門前に馬車の乗り降りや身支度を整えられる場所があるほうが待ち時間も少なくすむ、ということらしい。まあ手続きとはいっても身分証や旅券を見せるだけだが。
身分証は国の役所が発行するもので、王都や直轄地など大きな町の住民は皆これを持っている。対して旅券は、国の役所がない町や村、集落といった地方の長がそこの住民に身分証代わりにくれるものだ。特殊な魔術が掛けられており、門番が持っている専用の道具に翳すと出身地、氏名、年齢、経歴などが見られる。ここで言う経歴は主に犯罪歴のことで防犯のための仕組みだ。
ちなみに、ここでは入門審査だけでなく、簡単な観光案内や宿の紹介などもしてくれる。門の内側に作られた施設もあるが、広場に併設されている施設も多い。簡単な土産物屋や軽食屋があったり、主に御者向けだが、寝床だけを提供してくれる宿のような施設まである。王都そのものは城から続く厚い城壁に囲われているが、この広場もその延長のような壁で囲われていて、まるで小さな町のようになっている。もちろん、王都の中には門を通らない限り入れないし、門の内と外では壁の厚さも高さも比べ物になら無いが。王都そのものには用がない者でも、宿場町の代わりにこの広場で夜を明かすこともあるそうだ。
「宿は、前回私が泊まっていたところで良い?」
「良いんじゃねえの」
審査を終え、ごった返す人波を抜けてヴィクトリアについていく。たどり着いた宿は、老夫婦が経営する優しげな雰囲気の、レストランも併設されている宿だった。
夫婦はヴィクトリアを覚えていたらしくとても歓迎された。部屋に荷物を置いて、レストランへ行くとかなり賑わっていた。
「泊まりじゃないお客さんもかなりいるみたいだね」
「この前もそうでした。ここのお料理すごく美味しいですから」
「なにしろ、ここのご主人は昔、宮廷の厨房を任されていましたからねえ」
突然割り込んできた声に3人して振り向くと、笑顔でこちらを見下ろす長身の男がいた。
「長旅だったんでしょう?すごい量の荷物でしたねえ」
まだ少し、休憩も、食事もできそうになかった。
今回を書きながら気づきました。出発した日、3人とも昼食を食べていませんでした。
『次回予告』
レイモンド→レイ
ヴィクトリア→ヴィ
アレクサンダー→ザン
レイ「王都にたどり着いた俺たちが出会ったのはとてつもなく胡散臭い笑みを浮かべた男だった」
ヴィ「なんだったのかしらあの人。ちょっと怖かった」
ザン「......」
レイ「ザン?どうした」
ザン「あの人、戦いなれてる気配がした」
レイ「武官の制服着てたしな」
ザン「それだけじゃない。なんか見覚えあるんだよ」
ヴィ「とにかく注意が必要ってことですね」
ザン「ああ。気にしすぎても仕方ないか。とにかく今は遺跡に入る許可を貰いにいこう」
レイ「おう」
レイ「それにしてもあの顔、気に食わねえな」
ヴィ「顔?」
レイ「ヴィクトリアとかザンの明るい笑顔ならいいけど、あいつのは悪寒が走った」
ザン「次回、オレたちは無事に遺跡に入れるのか!?」
レイ「入れなきゃまずいだろ、ストーリー的に」




