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 “運命を変えて”という言葉に、俺は一瞬呆けた後、広角をほんの少し上げて彼女を見た。


「出来る訳ねえだろ」


「...え?」


 ポカンとする彼女に俺は溜め息をつく。


「運命ってのは既に決まってるから運命なんだよ。それを変えるとか、出来る訳ねえだろ」


「で、でも!よく言うでしょ?運命を変える!とか、運命を切り開いてやる!とか...」


「んなもん、初めからそんなふうに流れが変わることが決まってたんだろ。だいたい、運命を変えるって何だよ」


「それは...声が聞こえたのよ。今、世界中で色々と起こっているでしょう?このままでは世界は滅んでしまう。その前に、神選の剣士を探しだし、巡礼の旅により再生せよ...。そんな神託を預かったのよ」


「明らか怪しいな」


 真剣な顔で言った彼女に俺はそんな感想しか持たなかった。真剣な顔が本当なのであれば彼女には悪いが、とにかくアホか、という感じだ。運命というやつが大嫌いな俺だが、運命の何たるかを説く伝承を伝えるあの村で育った俺には、運命を変える、という言葉は首の座らない赤ん坊が一国の軍隊を殲滅することよりも不可能な事態に思えた。

 運命を変えるとは、簡単に言えば、世界そのものを造り変えるということだ。それを一個人が成し遂げられるとは思えない。それよりはまだ、実は赤ん坊はとてつもない魔力を持っていて軍隊が襲ってきた瞬間にその魔力が暴走して軍隊を殲滅する、というほうが実現しそうだ。


「怪しいとか言わないでよ、酷くない?」


「そもそも巫術師ってとこから怪しいんだよ」


 真剣な顔をしょんぼりさせているが、怪しいもんは怪しい。


「はいはい、決めつけてかからないの」


 運命嫌いな俺が前のめりに突っかかったせいで蚊帳の外になりかけていたアレクサンダーが苦笑しながら宥めにかかる。


「...あなた、誰?」


 女の子は眼をパチクリさせて首を傾げた。ちょっと警戒しているようにも見える。俺を警戒しないのにアレクサンダーを警戒するって、ちょっとおかしくないか?


「それは俺達の台詞だ!!」


「だーかーら、突っかからない」


 ゴン、とアレクサンダーの拳が頭に落ちてきた。俺が睨むとアレクサンダーは肩を竦めただけで彼女に向き直った。


「はじめまして、巫術師のお嬢さん。俺はアレクサンダー・シールズ。こいつの友達だよ。こいつはレイモンド・アークトゥルス。君は?」


 旅の中で色々な人と出会ったというアレクサンダーはさすがの人の良さげな笑顔で彼女の警戒を解かした。


「私はヴィクトリア・ポラリスです。先程は失礼しました。どうぞよろしくお願いします」


 怪しい女の子改め、ヴィクトリアはそう言うとお辞儀をした。


「あ、こちらこそ...」


 つられてお辞儀するアレクサンダー。なんなんだこの状況。


「ところで、こんな場所で立ち話もなんだし、一度村に戻らない?」


 俺とヴィクトリアに問いかけている風だが有無を言わさぬ響きがある。まあ、ヴィクトリアに胡乱げな視線を投げている俺が原因だろうが。


「むら...村!?」


 驚いたような声を上げるヴィクトリアに俺達はビクリと振り返る。


「なんだよ」


「村って、あなたが住んでる村に?」


「そりゃそうだろ」


 他にどこの村に行くんだよ。つーか、アレクサンダーには敬語なのに俺には使わないのか。内心突っ込みつつ彼女の不安そうな顔にさすがに気の毒になってちょっと穏やかな声色で訊いてみる。


「どうかしたのか?」


「あのね、神託には続きがあって、神選の剣士は辺境の村に住んでいる。その村も間もなく病に襲われる。それゆえ、救う手だてを探しながら剣士の元へ行け、というの。あなたを見たとき神選の剣士はこの人だって思ったけど、なんだか神託の信憑性が増したかも。それでね、とにかく私はいろいろな薬草とか、祈祷とかの勉強もしながらここまで来たのよ。でも、どんな病かは教えてもらえなかったし...大丈夫?2人ともひどい顔してるわ」


 俺とアレクサンダーは一瞬固まった。俺達の村に世界は運命の通りに進むだけだ、という伝承が残っている理由。それは、大昔、運命に逆らおうとした者がこの村を拓いたからだとされている。


「レイ、急ぐよ。ヴィクトリアさん、はぐれないようにちょっと手を借りますね」


「ああ」


「え!?」


 俺達は猛然と走り出した。


 ーーその人は小さな町で暮らしていた。ある日その町の小さな神殿で、1つの神託が降りた。それは生け贄を捧げなければ3日後に町は野獣の群れに襲われて壊滅する、という内容だった。生け贄は性別、年齢、外見の特徴などが指定されていた。その内容は普通なら、よくいる子どもだったという。だが、当時のその町では日照とそれによる不作で子どもの多くが亡くなり、神託の条件に合うのは1人しかいなかった。その1人というのは町を拓いた人の弟だか妹だかだったらしい。たまったものじゃない。だが、町を拓いた人はもちろん、町の人々すらもその神託に従わなかった。町の周囲は畑に囲まれ、そのさらに向こうも平原であり、野獣など町ができてから1度も目撃されたことがない、というのが1つ。そして、数年ほど天変地異や疫病が続いており、国は様々な方策をたててくれたが、祈ろうがなんだろうが一向に災害は収まらず、神への信仰よりも国への信頼のほうが増していたのも原因だった。なにより、ただでさえ少ない子どもをこれ以上失いたくないという思いも一致していたらしい。もちろん、神託を聴いた神官たちは考え直すよう諭したが町の人々は聞く耳を持たなかった。

 そして、ついに神託から3日が経った。町の人々は皆、神託があったことすら忘れていたが、突然凄まじい地響きとともに、町の端に合った家が吹き飛んだ。何事かと確認する間もなく、黒い波のようなものが家々を飲み込み、人々は混乱に突き落とされた。町で一番丈夫な建物は長老の家、役所、神殿の3つだ。それら目掛けて一斉に走り出したが、波から影が飛び出してきた。それは黒い獣で、1人に襲いかかり、一噛みで命を奪った。そこからは地獄の一言だった。次々に襲われ、命を奪われ、喰われていった。一部は建物に辿り着いた者もいたが扉や窓は簡単に破られた。そして、町を拓いた人は家族とともに神殿に辿り着いていた。だが、そこも獣に追い付かれ、神殿の中を逃げ回った。町を拓いた人も獣に飛びかかられ、喰われる、と痛みを覚悟したその瞬間、獣は突然ピタリと静止すると、何事もなかったかのように身を翻し、去っていった。生き残った人々が様子を窺いながら神殿の入り口に戻ろうとしたとき、天窓から光が差し込む祭壇が見えた。そこには、神託で生け贄に指定された子どもの、血塗れの亡骸があったという。

 生け贄を捧げなかったために町は壊滅し、祭壇に子どもの亡骸が置かれたことで、獣の群れが去ったと言うわけだ。

 その事件によって、世界の運命の一部を伝えるものだとされている神託には逆らえないようにする何かがあるのだと分かった。逆らっても、結局は運命の通りに進むよう何かが起こる。つまり逆らうだけ無駄、それどころか酷いことになるのだと。

 だから、その人は少しでも世界の運命に関わらなくて良いように生き残りと共に、辺境に村を拓いた。そして、自分達の子孫が自分のいた町のように余分に多くの被害を被らないために、伝承として伝えていくようにした。


「なあ、ザン。もし、ヴィクトリアの神託の剣士が本当に俺なんだったら...」


「考えるな。今は考えなくて良い。ヴィクトリアさん、大丈夫?」


「も、もう、ダメ...あし、足が...足がもつれて」


 いちおう迷子にならないよう、アレクサンダーが手をひいてはいるが、がっつり鍛えている俺達と普通の女の子よりはましそうな程度のヴィクトリアでは、スピードにも持久力にも差がありすぎる。


「それじゃあ、ちょっと失礼しますよ、っと」


「えっ!?」


 クルリとステップを踏んだアレクサンダーはひょいとヴィクトリアを背負った。スピード自慢の体力馬鹿はさっきまでとほぼ同じスピードで森の中を駆け抜ける。

ヴィクトリアはしばらくは降ろしてほしそうにしていたが、体力差のためか諦めたようだ。


「しっかり掴まっててくださいね」


「あ、あの!」


「なに?ヴィクトリアさん」


「村まで、どれくらい、かかるん、ですか?」


 アレクサンダーの背にしがみつきながらヴィクトリアが問う。


「んー、あと5分くらい?」


「だろうな」


 ヴィクトリアが遠い目をする。アレクサンダーはかなり丁寧に走っているから揺れは少ないはずだが、それでも人間だから皆無とはいかない。確かに背負われてるのもそれはそれで辛い部分があるだろう。


「レイ、もうちょっとスピード上げるよ!」


「あ、おう」


 この状態でまだスピード上げられるのか。さすがに俺も舌を巻く。

 アレクサンダーはそのまま、傍目には、やはり、ぶれることなくヒョイヒョイと障害物を避けている。飛び越えたり潜り抜けたり、脇を抜けたりだけでなく時々ターンまで入っているところがムカつく。それも格好つけてるんじゃなくそれが1番走りやすいというのがまた本当にムカつく。


「見えた!」


「着いた...の?」


 ヴィクトリアは目が回ったらしく既にフラフラだ。まあ、頭すれすれを尖った木の枝が通りすぎたり、硬そうな岩の上をひゅんと跳ばれたりしたら、確かに目が回るだろう。


「妙に静かだな」


「いや、妙に騒がしくないか?」


 正反対の事を言う俺達。アレクサンダーは辺りを見渡して人どころか犬の仔一匹すら見当たらないことに、俺は家々の中から皿を洗う音でも、掃除する音でも子ども達の笑い声でもなく呻き声やひっそりとした会話の声が漏れ聞こえることに気付いたせいだ。


「こんなことを言ってはなんだけど、この村、なんだか陰気な感じがするわ」


 怖じ気づいたように声を上げるヴィクトリアに俺達が振り返ると彼女は慌てて付け加える。


「もちろん、2人の話を聞いていたらいつもこうって訳じゃないのは分かるわ。ただ、なんだか国に脅されて出兵する前日の村というか、各家に2、3人くらい死にそうな人がいるというか...それくらい陰気な感じがすると、思う...んです...」


 自分の喩えにか、俺達の表情の固さにかヴィクトリアの声が尻すぼみになってしまう。


「ヴィクトリアさんを責めてる訳じゃない。ただ、さんざん伝承を聞かされて育ったとはいえ、いざ自分の身に降りかかってみると、なかなか冷静にはいられないものだね」


「ザン、お前は家の様子見にもどれ。俺はいったん長老の所へ行く」


「分かった。ヴィクトリアさんを置いていかないようにね」


「言われなくとも」


 確かに怪しいと言ったし胡散臭いとは今でもちょっと思ってるけど、さすがに見ず知らずの女の子をほったらかすようなことはしない。不審人物ならなおさら。


「今、何か失礼なこと考えなかった?」


「怪しいやつを不審者だと思って何が悪い」


「...そこはちょっと誤魔化してほしかったわ」


 俺はさっきからわりと酷いことを言ってるはずなんだが、そこまで怒らないこいつは人が良いのか裏があるのか...。


「長老、失礼しますよ」


 長老の家はこの村の人間なら基本的に出入り自由なので勝手に入らせてもらう。が、後ろのヴィクトリアの気配が動かないので振り返ってみると入り口でちょっと困惑気味に突っ立っていた。


「おい、着いてこないと村のみんなに叩き...いや、追い出されるぞ」


「え、冗談よね?今、叩き出されるって言いかけなかった?あ、ちょっと待ってよー...」


 ヴィクトリアがそろそろ倒れそうな感じで疲れ果てている。


「長老、ちょっと話したいことが...」


 彼女の言葉はサクッと無視して長老宅を進んでいったが、居間まで行ったところで固まった。

 長老とその家族が暗い面持ちで集まっていたからだ。


「レイモンドか。お前がここへ来たと言うことはアレクサンダーも家に帰ったか」


「ああ...」


「レイモンド。今朝早くーーとは言え、お前達が出掛けたあとだがーー間もなくこの村に、巫術師が現れ最も強い剣士を再生のための巡礼に導くであろうとの神託があった」


 俺は軽く頭を押さえた。


「この村にも神託を得られる巫術師がいるの?」


 おずおずと聞いてきたヴィクトリアに俺は頷く。


「レイモンド、そちらは?」


「たぶん、その巡礼に導く巫術師だよ」


「は、はじめまして。ヴィクトリア・ポラリスと申します」


 長老はしばらく目を瞑って、やがて深い溜め息をつき、俺を正面から見据えた。


「神託には続きがある。間もなく村には災いが訪れるがその剣士ならば、この村に降りかかった災いを救う手だてを見つけられる、それは世界にも繋がろう、その時には最も強い剣士を送り出すように、と。そして実際に、突然村の者達が倒れだした。我が家でも2人倒れておる。万病薬も効かん。巫術師殿も現れた。レイモンド。この村で最も強い剣士と言われれば、誰もがお前の名を挙げるだろう」


 神託を聞く事が出来る人々、巫術師。彼ら彼女らは基本的には自分の住む地域とその周辺や、自らが所属している組織が関わる場合について神託を得る。だが、世界規模の神託は並大抵の巫術師では聞けない。よほど巫術師としての力がなければ。だから、実力としては普通であるこの村の巫術師ーー実は長老の孫だがーーはこの村に降りかかる災いの事は聞けた。そして、剣士を旅立たせる、という事もいちおう村の一員の事なので聞けたようだ。


「だがな、レイモンド。嫌なら、断っても構わん」


「はぁ!?」


 長老の言葉に、俺を含むその場にいた全員が驚愕に声をあげた。


「いや、長老?確かに俺は運命だの神託だのは大っ嫌いだけど、逆らったらどうなるかはよく知ってるし村のみんなも俺のせいで喪うとか御免だからな。俺が嫌なら断ってもーー、とか、そんなこと言ったって...」


 長老に食ってかかりながら俺ははたと気づく。


「最も強い剣士を送り出せってことは、俺がその最も強い剣士でなければ、俺じゃなくて良いってことか。なら例えば腕が使えなくなったりすれば...」


 今度は俺以外のみんなが眼を剥いた。


「馬鹿言うな!」


「そうよ!もしそれで本当に一生使えなくなったらどうするつもり?」


「そもそも、お前の唯一の取り柄なのに、その剣を使えなくなったらお前には一体何が残るんだ」


 口々に言い立てるのは俺を心配してくれてるからだというのは分かってるが。


「おっちゃん、酷くね?唯一の取り柄って」


「ああ、すまん。つい口が滑ったんだ」


「おい」


 微妙に緩みかけた空気を長老が手を叩いて引き戻す。


「レイモンド。お前自身の率直な気持ちはどうだ。己の腕を失っても行きたくないと考えるのか。それとも、行きたいと思うのか」


 長老が俺に目を据えながら言った言葉に姿勢を正す。


「...正直、分からねえよ。ただ、伝承を聞かされてきた身としては、ここで行きたくないって避けてみても、事態は悪くなる一方なんだろうなってのは想像がつく。例の村を拓いた人の話は襲われたあげく、神託にあった襲撃を避けるための生け贄をその獣自体によって強制的に捧げさせられた。なら、俺がたとえ腕を失っても、もしかしたら、村のみんなが死んでしまうだけで、あるいはもっと酷い事が起きて結局、強制的に旅立たされるんじゃないかって気がする。まあ、積極的に行きたいとも思わないけど、村のみんながいなくなっちまったり、もっと酷いことになるくらいなら行ってやる」



主人公らしくない主人公...。

どうせ世の中なんてこんなもんだろ、と言いたくなるお年頃なんです。

......悟り世代Σ(・・;)


では、以下、次回予告です。



レイモンド→レイ

アレクサンダー→ザン

ヴィクトリア→ヴィ


『次回予告』


レイ「ヴィクトリアと長老の孫。2人の巫術師が得た神託によると、俺は外へでなければならないらしい。そうしなければ、村のみんなが酷い目に遭うのは伝承から分かっている」

ヴィ「あの、ね?巡礼の旅が嫌なら、それは今は考えなくて良いんじゃないかしら。とにかく、あなたの村の皆さんを助ける事だけ考えて、やってみて、巡礼の旅の事はその後で良いんじゃないかと思うの。...神託を聞いてきた私が言うのもなんだけどね」

レイ「お前はそれで良いのかよ。遠路はるばるここまで来たんだろ?」

ヴィ「誰だって、嫌なものは嫌だもの。私だって、本当はこれで良いのかすごく迷ってる...」





ザン「良い感じになってるところ悪いけどお時間です!」

レイ「なってねえし」

ヴィ「あ、うん、そうね」

ザン「てかさ、レイ!うちの家族母さん以外全滅なんだけど!」

レイ「え、あの熊みたいな親父さんも、豹みたいな妹も、獅子みたいな弟も、仙人みたいなじいちゃんとばあちゃんも!?」

ザン「お前、うちの家族なんだと思ってんの。まあ、良いや。次回、巫術師ヴィクトリアの悩み!」

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