10
屋内に踏み込んで、一瞬視界が黒くなる。
やがて、薄暗さに慣れ始めた目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。入ったすぐ真正面が大きな壁で、そこに描かれている。
正面の壁には継ぎ目が見当たらない。他の壁や床は模様付きのタイルのような正方形と長方形の石が幾何学的に敷き詰められている。
「これは...」
「どこまで続いているのかしら...首が痛くなりそう」
「なんて言うか、圧巻だね」
見上げる限り上まで続いている壁画。上の方は暗闇に紛れてよく見えない。
描かれているものは...なんだ?
「これは人っぽいな」
「こっちは動物かしら?角が生えていて四本足だわ」
「この変な靄は、魔法かな」
「ただの染みにも見えるけどな」
思ったままを言えばアレクサンダーに叩かれた。
壁には様々なものが描かれている。一人の指導者らしき人物とそれを讃える集団。河。農民のような集団。魔法らしき靄。武器らしい何かを携えた人物。どす黒い影。白い人物と黒い人物が対峙している。羽の生えた動物。火を囲む人々。鳥。馬のようなもの。樹木。翼を持った人と杖を持った人が手を伸ばしあっている。太陽。一列に並んだ人々。弓。駆けている数人の人物。小高くなった所から飛び降りる人、その下には蓋をされた壺に入った光のようなもの。家。横たわって天へ手を伸ばす人。蝶の群れ。
所々には文字のようなものも刻まれているが俺達にはさっぱりだ。
「さて、どっちに行く?」
道は左右に延びている。その先はやはり、どちらも薄闇に紛れてよく見えない。
「じゃあ、とりあえずあっち」
「右ね」
「理由はあんの?」
「あったら俺のほうが教えてほしい」
実際はアレクサンダーとヴィクトリアの前を横切るのは気が進まなかったからだ。
ここ数日で三人の立ち位置がなんとなく決まっている。ヴィクトリアは真ん中、アレクサンダーは後ろか左、俺が先頭か右側。アレクサンダー曰く、戦闘そのものはあまり得意でないヴィクトリアと、右利きで剣を使う俺への配慮らしい。アレクサンダーは己の拳か脚で闘うため立ち位置はどこでも構わないらしい。
「中途半端な灯りとりの窓が鬱陶しいな」
「鬱陶しいとか言わない。この程度の暗さだと先頭の金髪が役に立つねえ」
「なんだそれ」
先頭の金髪とはもちろん俺のことだ。
「ちょっとの光でもキラキラするから目立って分かりやすい」
「良かったな」
「でも、魔獣や妖魔がいたらそいつらからも見えやすいってことだから気をつけろよ」
...は?
「マジュウや...ヨウマ?ってなんだ。魔物じゃないのか?」
聞き慣れない言葉に振り返ろうとしたその時、正面から微かな音がした。一瞬遅れて、嫌な気配が。
「っ!?」
条件反射で剣を抜き、衝撃を受け止める。見れば剣に何かが噛みついている。その後ろからさらに何かが飛び出しヴィクトリアに向かっていく。
「それ、魔獣だ!」
叫びながらアレクサンダーがヴィクトリアに向かった影を殴り飛ばす。
「あー、もう、思わず素手で殴っちゃったじゃんかよ」
不満そうに言いながら手甲を着ける。その間に襲ってくるのは蹴り飛ばしていた。アレクサンダーのブーツは本人お手製の、ある種の武器だ。武具ではなく、増してや防具ではなく、武器だ。
どこか愉しそうなアレクサンダーを横目に俺も何か──魔獣とやらを払い飛ばして構え直す。
薄暗いのと、いちいち距離をとられるせいでぼんやりとした影にしかみえない。大きさは犬くらいか。体型は狸っぽいか?
「レイモンド、避けてね!──暗がりより出でし者は闇へと還れ」
ヴィクトリアの声に振り向けば俺の頭上に弧を描いて光の玉が魔獣に向かって飛んでいく。命中した瞬間周りへ衝撃波が走る。攻撃としての威力はほとんどないが、目眩ましや時間稼ぎに使える巫術だ。
それで魔獣が怯むのに合わせて斬り込む。間合いは捉えたが手応えが今一つだ。ワラワラと寄ってくるのを斬り払って散らす。
光の玉に照らされて相手の姿が不気味に浮かび上がる。
犬ほどの大きさの鼠に似た得たいの知れない獣が数匹。
目は爛々として前肢には猛禽のような爪、ギラリと光る出刃包丁のような前歯。人間の呻き声のような気味の悪い鳴き声を発している。
「はぁっ!散れ!...なんだ、これ」
剣でいなしながら斬りつけるが、手応えが気持ち悪い。金属のような感じだ。気を付けないと刃こぼれするな。とは言え、アコーダの大蛇よりは脆そうだからましか。
「レイ、コイツらその辺の野獣よりは格段に強いから!全力でやれ!...ふふふ、拳闘士の本領発揮だ!」
アレクサンダーがこちらへ走りながら拳に魔力を集中させるのが分かった。
「──ロックブレイク」
「──チャージ」
アレクサンダーの拳が岩も地面も砕く頑強な魔力を纏って襲いかかり、俺の剣は小さな雷を引き連れて切り裂く。
アレクサンダーが二、三匹纏めて片付け、俺は一匹ずつ仕留めていく。が、その間をまた一匹すり抜けてヴィクトリアに向かっていく。
「──薫風来たりて邪を散らす」
ヴィクトリアの言葉を受け、ゴウと音を立てて風が吹き鼠もどきを吹き飛ばす。だけでなく、風の中に真空が作られ、刃となって鼠もどきを裂いた。ヴィクトリアが使う数少ない攻撃用の巫術だ。
「ヴィクトリアさん、やるね!」
「早く終わらせましょう」
「任せろ」
ギィアァー、と唸りながら飛び掛かってくる。その声につられてか鼠もどきが増える。増えた半分程がやはり飛び上がって襲ってくる。
「いや、おかしいだろ!」
奇妙で不気味な光景に頬がひきつる。鼠もどきどもは俺達の身長など遥かに越える高さからとんでもない勢いで、歯を剥き出して襲ってくるのだ。鼠のくせに!でかいけど!
他は地上を走ってくる。
「魔獣!だから!仕方!ないよ!」
アレクサンダーが降ってくる鼠もどきを殴って弾き飛ばす。
「えぇっ!ちょっと、こっちに飛ばさないで...ひゃあっ!──退魔符!」
ヴィクトリアが悲鳴を上げながら放った呪符が鼠もどきの目に命中する。符がキラリと光って鼠もどきがべちゃんと地面に倒れ、次第に灰になって消えていく。
巫術師は命そのものに干渉することができ、特に退魔の呪符である退魔符は邪気を放つ存在に有効らしい。使い捨てで巫術師にしか使えないらしいが。
別の鼠もどきが俺に向かって特攻してくる。
「──フラッシオーバ」
魔力によって剣が空気を切り裂きながら鼠もどきの腹を真っ二つにする。それを追うように雷が直撃し完全に息の根を止める。俺はそのままさらに剣を振るい離れた位置にいる鼠もどきの息も止めた。真下から飛びつこうとした鼠もどきは一息に両断する。
アレクサンダーが最後の一匹に振りかぶる。
「──ラヴァカ!!」
拳の衝撃を真正面からもろに受けて鼠もどきは押し潰される。
一見、凄まじい衝撃のように見えるが、ダメージを余すことなく伝える技だからだ。鼠もどきは完全に潰されているが、吹っ飛ぶことなく、ぐちゃぐちゃになることもなく、原形のままその場で倒れている。体の内側にしっかりとダメージを与える技だ。
「ザンにしてはえげつないな」
「殴殺したわりにはキレイでしょ。これを習得するまでは血まみれのヘンナモノまみれになってたんだからな?」
「おい、そういう話すんな。ヴィクトリアの顔がひきつってるぞ」
「あぁー、ごめん」
「ええと、あの、大丈夫よ...」
そんな青い顔で言われてもな。
「えっと、これはね、さっきの魔獣があまりにも不気味で怖かったせいよ。本当よ?」
「んな必死に言い訳しなくても良いって」
鼠もどきが不気味だったのは確かだしな。
「あいつらは...たぶん鉄鼠かな。妙に大きくて毛皮が硬かっただろ?怨念が形を取った存在だとか信仰の対象になりうるものを狙うとか言われてる」
「信仰の対象...」
アレクサンダーが気遣うようにチラリと俺を見る。ヴィクトリアは一瞬俺を見たがすぐに己の手に目を移した。
「とりあえず進むぞ」
とにかくこの場から離れようと一歩踏み出しながら、思い出す。ついさっき両断した奴を踏むかも。思ったがもう遅い。諦めて踏もう。
「...?」
が、何かを踏んだ感触はなかった。
足元を見れば倒したはずの鉄鼠の姿がない。
「レイ?どうした?」
「いや、鉄鼠、倒したよな?どこ行った...?」
「本当。見当たらないわ」
改めて周囲を見るとどこにも鼠は見えなかった。
「ああ、魔獣だからね」
「は?」
「魔獣は倒すと消えるんだよ」
「そうなの?どうして?」
「つーか、そもそも魔獣ってなんだよ。あと妖魔とか言うのも」
アレクサンダーは落ち着けと言うように苦笑する。
「まずは魔獣と妖魔な。二人とも、魔物は知ってるよな?」
「化物だよな」
「...間違いじゃ、ないけど。魔物は物体が生物化した存在だ。原因はいろいろあるけど、魔力や思念が物体に定着したもの、と思えば良い。魔獣は動物が突然変異で異常に魔力が高くなったもの。そのまま増えて種として固定されるのも多いけど、そいつだけであとは普通の動物に戻るのも多いらしい。最後に妖魔だけど、こいつらはあんまり分かってないらしいんだよな。とりあえず、普通の動物と呼ぶには魔力が高すぎるし、魔獣にしても細胞の組成が異常なんだってさ」
アレクサンダーの説明が今一つ頭に入ってこない。隣のヴィクトリアも似たような感じだ。
「...で、魔獣を倒すと消えるのは?」
「あー、確か、魔獣は普通の生物に比べて体組織に魔力が多く浸透してるんだ。すると他の生物よりも力場環境順応が早いから、生命活動が途絶えると体細胞組成が空中の魔力子と結び付いて強制分離して...」
「聞いた俺達が悪かった」
「ごめんなさい。これ以上はまた今度の機会に」
「今度の機会があるのかよ」
早々に音を上げる俺達にアレクサンダーは苦笑した。
「アハハ、やっぱり普通はそうだよね。オレも聞いたことをそのまま繰り返してるだけで、意味は分かってないんだよね」
面倒な言葉の羅列を丸暗記してるのもどうかと思う。
「行くか」
そこから道(廊下?)に従って進んでいくと何度か魔獣に出くわした。先程と同じように鉄鼠が湧いて出てくる。
「本当に、多い!なぁっ!」
「弱いけど!油断は!するなよ!!」
「しねーよ!」
「避けて!──薫風来たりて邪を散らす」
俺とアレクサンダーで敵を引き付けてはヴィクトリアが術で一掃する。地道だがこれが一番早い。だがやはり、完全に無傷とはいかず...。
「──チャージ」
俺が仕留め損ねた鉄鼠が近くにいたアレクサンダーに死に物狂いで突進する。タイミング悪く、そいつと真反対から別の鉄鼠がやはりアレクサンダーに突進する。
「はっ!!」
アレクサンダーは片方に背を向け、より近くの鉄鼠に自ら踏み込んでぶん殴って反らして即、振り返った。鉄鼠が踏み切ってアレクサンダーに噛みつこうとした瞬間だった。彼は得意技で迎え撃つ。
「──ロックブレイク!!...っ!?」
ぴったりのタイミングで振り返り二匹目にも強烈な技を打ち込むかに見えた。が。鉄鼠も意地だかなんだか、拳が当たる寸前にぐいと頭を下げ、どういう体をしているのだか、体当たりに切り替えたのだ。アレクサンダーの拳は虚しく空振り、腹に鉄鼠の体当たりを受けた。
「舐めるな!」
盛大に吹っ飛び、転けたアレクサンダーだが、跳ね起きてそいつを一息に仕留めた。
「ザン!」
「アレクサンダーさん!?」
「気にするな!」
「っ、──退魔符!!」
「耐えろよ、ザン。──フラッシオーバ」
剣を横に薙ぎ払いながら使えばそれなりに広範囲に攻撃できる。アレクサンダーは適当に避けるし、ヴィクトリアは後ろにいるから当たらないし。残りを急いで片付ける。ほとんどへばった奴ばかりだから技を使うまでもなく、一匹ずつ斬り捨てていく。執念か尻尾を槍のように使う奴もいたが、一応は問題なく片付ける。
辺りに敵の気配がない事を確認して剣を納める。するとアレクサンダーが前線から戻ってきた。
「レイ、殺す気か?」
さっきのフラッシオーバへの苦情らしい。
「お前なら避けるだろ」
「まあね」
軽口を叩きながらもアレクサンダーは顔を顰めている。
「アレクサンダーさん、じっとしてて。直ぐに治すわ──全ての子らに安らぎを」
ふっ、と体の力が抜ける。
「ありがとう、ヴィクトリアさん」
「どういたしまして。レイモンドは大丈夫?」
「ああ」
「さっき、事切れる寸前の鉄鼠に尻尾で刺されていたと思うのだけれど、本当に?」
...よく見ている。
純粋に心配してくれているらしいヴィクトリアに大人しく治療してもらう。
「ヴィクトリアこそ、大丈夫かよ。さっきから攻撃も回復もガンガン使ってないか?」
「ありがとう。大丈夫よ。退魔符を中心に使っているから、私自身の魔力はそれほど消費していないの」
言ってにこりと微笑む。この年下の少女がとても頼もしく見える。
「さあ、治ったわ。先へ進みましょう?」
改めて周囲を見回した時だった。
「ここ、扉がある」
「どれ?」
全部石造りのせいで分かりづらいが、確かに、入り口と同じような扉があった。
「開くか?」
「どうだか」
扉に手を掛け、軽く押すと入り口と同じく、すんなりと開いた。するとアレクサンダーがつまらなそうな顔をする。
「なんだ」
「もっとこう、開かないーみたいなの期待してたのに」
「面倒事を期待すんなよ」
「まあまあ。入ってみましょう?」
ヴィクトリアに促されて入ると、中もやはりと言うべきか、全て石造りだった。
「面白い。机や棚が残っているのかと思ったら、床や壁と一体なのね」
棚は壁の石をくりぬいたように作られていて、机など床のタイルから直接生えているように見える。ちなみに、机の周りには椅子っぽい物もあるがやはりタイルから生えている。
廊下の反対側の壁には高い位置に灯りとりの穴が開いている。横に長く開いた穴の近くは天井に使われている石が白っぽいため、外からの光を反射して室内に届けている。
「よく考えて造られてるなあ」
「見ているだけで面白いわね」
「造ったやつはすごいと思うけど、何もないぞ、ここ」
俺が言うと二人とも苦笑した。
「焦っても仕方ないよ。慌てず行こう」
分かってはいる。
「部屋の外は...よし、異常なし。行こう」
再び、俺が先頭で歩き出す。少し進むと鉄鼠と遭遇し、しばらくすると次の部屋の扉を見つけ、進んでいく。しかし、どこもかしこも空っぽだ。四つほどの部屋を見て、突き当たりに配置された立派な石像にアレクサンダーがビビり、さらに二つ部屋を覗いたが何もない。ちなみに、石像は剣士を模したもので、ただの石像だと分かってからはアレクサンダーが精密に彫られた武具に見入っていた。
「あ、行き止まりだ」
周りを見ると、左側にまた扉がある。ここだけ、扉にレリーフが施されていてなんだか豪華に見える。ちなみに、レリーフはひとつ手前にあった狭い物置のような部屋のドア、そのさらにひとつ前の部屋まで規模を小さくしながら続いている。
「開けるぞ」
見かけは一段と重そうな扉だが、他と同じく、手を掛けるとすんなりと開いた。
「変わり映えしない景色」
「まあまあ」
「二つ前の部屋と同じ作りね」
相変わらず全部が石造りの室内。ここは寝台らしき物もあるが、それはさっきもあった。部屋の真ん中に机、扉から見て両脇に寝台、それぞれの壁に棚。
「他の部屋と比べて、内装も豪華だけど...何もないね」
入り口正面の壁は、なぜか無駄に大量のレリーフが彫られている。他の壁や床も他の場所と違って色合いの異なるタイルが組み合わされている。
念のため、部屋の隅、棚や机の下まで確認してみたが何もない。
「いかにも何かありそうなのにな」
「仕方ない。戻るぞ」
ヴィクトリアが慰めるように肩を叩いた。
「焦らず行きましょう。まだ見てない場所があるんだから」
「分かってる」
年下の女の子にここまで慰められ続けているとさすがに情けない。
そんなこんなで戻りながら、ヴィクトリアがポツリと言う。
「ここ、部屋が全部建物の内側に作られているのね」
「そうしないと廊下が暗くなるからじゃない?」
「でも、燭台があるわ。それに、部屋の中も高い位置に灯りとりの窓があったでしょう?中庭があるのだと思うの」
入り口からあの無駄に豪華な部屋までは、一本道で、途中にいくつか部屋はあるが、必ず同じ方にある。反対側はというと灯りとりの窓だろう、穴が空いた壁で、外の森が見えるから外周だろうことは分かった。そして、部屋には必ず、入り口と同じく石の扉がついている。中は上の方についた窓のお陰で暗いと言っても廊下と同じくらいだ。中庭があるなら内側に廊下を作っても明かりはとれる。まあ、入り口から反対に延びている廊下の方は知らないが。
見落としがないか辺りを見ながら歩いたが、やはり何もなさそうだ。
「お、入り口見えてきたよ」
「思ったより早く戻れたな」
「鉄鼠がいなかったからかしら」
アレクサンダーとヴィクトリアのお喋りを聞きながら辺りを警戒していたが鉄鼠は一匹もいなかった。さっさと進めるので好都合だ。
「さて、反対側の探索だけど、二人とも大丈夫?疲れてないか?」
「全く」
「私も全くではないけれど、まだまだ大丈夫よ。アレクサンダーさんは?」
「俺は体力が取り柄だからね。なんなら担いで行けるよ」
「まあ、頼もしい」
アレクサンダーが得意気に笑う。
「全員大丈夫なら行くぞ」
俺が言うと、二人はなぜか温かな目で笑った。
「おう、行こうか。あんまり気負いすぎるなよ」
「私もちゃんと、一緒に背負うわ」
「......とりあえず、行くぞ」
焦りを見透かされ、気を遣われすぎてどうして良いのか分からない。アレクサンダーはともかく、ヴィクトリアには特に。
そして、少し進むとやはりと言うべきか、鉄鼠の群れに出くわした。
「またかよ」
「冒険って感じがして楽しいけどな」
「お前一人でやってくれ」
言いながらも気は抜かずに迎え撃つ。
そこに、足元から気の抜けるような可愛らしい、リン、リン、シャラン、という鈴の音がする。
「なんだ」
下を見ると鮮やかだったであろう花の模様の球。鮮やかだったであろう、というのは表面の模様は掠れ、色褪せた感じに見えるからだ。
──チリン、リン。
上からも似た音がして見上げると、二、三個球が天井からぶら下がっている。と、同時に足元で、リン!と音がしたと思うと、脛に衝撃と熱さを感じる。
「レイ!足元!燃えてる!!」
アレクサンダーの言葉に我に返ると、足元で何かが燃えていた。咄嗟に下がって距離をとると、何かはぴょんぴょん跳ねだした。
「ねえ、二人とも!上、上!!」
天井から突如現れた火の玉が落ちてきた。数と位置からしてぶら下がっていた球だろう。
「なんだあれ!?」
「たぶん千々古...魔物だよ!」
火の玉──千々古を避け、鉄鼠を斬り体勢を立て直すと、鉄鼠に混じって四匹の千々古がいた。よく見ると火の玉の中心にあの球らしき影が見える。
「レイ、鉄鼠をやって!オレは千々古をやる」
「は?」
「...私はレイモンドと鉄鼠にあたります。アレクサンダーさんの援護もなるべくするわ」
「そりゃありがたい」
なんで超接近型のアレクサンダーが火の玉なんだとか、二人は意思疏通できてるのに置いてけぼりだとかは一度意識の外に追いやって、二人の作戦通り俺は鉄鼠を斬り伏せていく。決して八つ当たりではない。
俺が鉄鼠を仕留め終わるのと、アレクサンダーが火の玉を全部殴り飛ばしたのは同時だった。
「お疲れさん」
「アレクサンダーさん、火傷してない?」
「うん、大丈夫。あいつら殴るときはちゃんと地属性の魔力を使う技でやってたからね」
「なるほど...それなら、大丈夫そうね」
ヴィクトリアは納得したようだが、俺は蚊帳の外だ。
「...ザン」
声を掛ければアレクサンダーは首を傾げた。
「なんで不機嫌?」
「話が全く見えない」
「............あー、そっか。アコーダの皆は知らないんだ」
アレクサンダーが苦笑気味に口を開きかけたその時だった。
「──!──!!」
「ねえ、今、何か聞こえなかった?」
正体不明の音に三人揃って固まった。しかし、それぞれの思い描いたものは異なるらしい。俺は剣を携えて構え、ヴィクトリアは真剣な面持ちで耳を澄ませ、アレクサンダーは......及び腰で。
「え、えぇー、やめてよヴィクトリアさん...」
アレクサンダーは余裕のない笑みを浮かべる。普段の言動に似合わず、結構なビビりなのだ。ヴィクトリアが困ったように微笑み返す。が、いつものやんわりした笑顔ではなくちょっとひきつっている。
「おい、構えろよザン」
「ああー、うん、そうなんだけどさあ、レイは魔物とか魔獣だと思う?」
「あのなぁ。いい加減、そっち方面にビビるのやめろよ」
「───っ──!」
「あ、また。なんだか今の声、肉声ではなかったような...」
「うわぁああ、いや、ホント、本当に!やめて」
周囲を警戒して緊張した面持ちのヴィクトリアに対して、アレクサンダーは涙目だ。敵襲かも知れないのに、ある意味、余裕の男である。
「ザン」
「ひぃっ!?な、んだよレイ!」
「怒るなよ...。別にお化けと決まっ」
「本っ当にやめろって!!」
胸ぐらをひっ掴んでガクガク振り回された。
「あの、アレクサンダーさん。さっきの肉声では無いというのはね、人間や動物よりも、精霊に近いという意味で......あ、あら?」
ヴィクトリアは言いかけて固まった。すぅっと血の気の引いた顔で。ついでに彼女の視線の先、通路の奥からは、ドシン、ドシンと重い音が響いてくる。
「──け──て──っ─!!」
何か叫びながら近付いてくる。アレクサンダーが俺とヴィクトリアを掴んで離さない。
「くーーるーーなぁーーっ!!」
ドスン、と一際大きな音と共に姿を現したのは、
「さっきの石像!?」
「いや、さっきのは剣士だった。今度のは騎士だから別のやつだろ」
「そんなのどうでも良いよ!下がれ」
半狂乱のアレクサンダーは手甲を着けると涙目のまま俺とヴィクトリアを背に庇った。
「来るなら来い!成敗してやる!!」
「覇気の無い声で言うな。お前こそ下がってろよ」
普段使うより強力な技を使う準備に入ったとき、石像の前に何かが見えた。
「...動物?」
そしてそいつは俺とばっちり目が合い、走る速度を上げた。
「そぉおぉぉこぉぉおぉどぉぉぉおぉけえぇぇぇぇ!」
喋った?
「っ!!レイモンド、援護をお願い」
「ヴィクトリア!?」
「──刺は沈みて道の空く!今のうちよ」
ヴィクトリアの言葉とともに紫の光が石像に纏わりつき、動きが鈍った。
「──フラッシオーバ」
とりあえず斬撃と雷を浴びせると石像を後方へ押しやることが出来た。石像はしばらくじっとしていたが、やがて、奥へとのっそりのっそり戻っていった。喋る動物はヴィクトリアに拾われたようだ。
「あなた、大丈夫?」
ヴィクトリアに抱えられた動物は耳をひくひくさせたあと笑うように目を細めて言う。
「ありがとう。大丈夫だよ。すっごい巫術だったね!」
「お話しがしたいのだけれど、良いかしら?」
「うん!じゃあ、落ち着けるところに行こう!あっちに食堂跡があるよ!」
動物は抱えられたまま前肢で、あっち、と指し示す。
...ひとまず、ヴィクトリアも気になっているようだし、動物の案内に従ってやることにしよう。
想定していたより長くなったし、予定よりも進みませんでした...。
遅ればせながら活動報告(2018/4/23)におまけ話を付けました。
次回予告
レイモンド→レイ
ヴィクトリア→ヴィ
アレクサンダー→ザン
レイ「変な動物を拾った俺達は、ひとまずそいつの話を聞くことにした」
ヴィ「ここについて何か知っていたら教えてくれる?」
??「いーよー!」
レイ「と言うか、お前は何なんだよ」
??「ねーねー、なんで君たちはそんなによそよそしいの?仲良くないの?」
ヴィ「よそよそしい?かしら...?」
ザン「オレが言うのもなんだけど、君は馴れ馴れしいな」
??「まあね」
レイ「こっちの質問も聞けよ...」




