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「では、今日は午前に手続きと情報収集、午後には遺跡に向かいます」
なぜか仕切っているアレクサンダーは『観光案内』と書かれたパンフレット片手にそう宣った。昨日、警吏組合で貰ったらしい。それほど大きな町ではないし、有名な遺跡でもないようだが、近隣では大事な観光の目玉らしい。
「パッと行けば良くないか?」
「午後からだと、帰ってきたとき真っ暗かもしれませんよ?」
提案した俺とヴィクトリアだが、アレクサンダーは首を横に振った。
「このパンフレットを見る限り遺跡自体はそんなに広くないから探索には時間は掛からないと思う。ただ、遺跡って国が管理してるだろう?村の正体不明の病を治す薬が遺跡の中にあるならとっくに国の学者達が見つけてるはずだ」
「確かにな...」
「ヴィクトリアさんの受けた神託では、まず神選の剣士を探しながら病を治す方法も探せ、神選の剣士と共に村を救う手立てを探せば見つかる、て事でよかったよね」
「ええ、その通りです」
「と言うことは、たぶん神選の剣士がいないと意味がないと言うことなんだろう。それでも、遺跡に入ったとたんに薬が出てくるとは思えない。せめてどこかそれらしい場所はあると思うんだ」
「つまり、手続きのついでに遺跡の中の怪しいところも教えてもらおうって事か」
「そのほうが時間も体力も無駄にしなくてすむだろ?」
「決まりね。さっそく行きましょう」
おー、と笑うアレクサンダーは能天気に、先頭きって歩いていく。普段は奔放な言動が多いせいで村のみんなからさえ忘れられがちだが、アレクサンダーは本当の阿呆でも脳筋でもないんだった。忘れてたけど。
「たしか、遺跡の手前にある広場にあるのよね。遺跡保全部のヨートレーマ支所、だったかしら」
「そうだね。また変なおじさんがいないことを願っておこう。おじさんの前に話してくれたお姉さんみたいな人がいいな」
王都の役人のことだろうがアレクサンダーは茶化しながらも目は本気だった。
「支所って、これ...かしら?」
「何て言うか」
「ボロッボロだな」
一応、広場の隅っこにひっそり建っている木造のそれ。窓は少し曇っていて、枠が若干歪んでいる。壁も所々隙間ができていて、それを埋めているらしい打ち付けられた板も割れていたりするし、全体的にくすんだ色になっている。扉も蝶番や取手は錆びているし、おまけに入口の上に引っ掛かっている看板も何か書かれていたように見えるが判読不能だ。掘っ建て小屋のような佇まいの建物は無駄に地面より数段高くなっていて、入り口の扉の前にはかつては数段ほど階段があったような痕跡はあるが、今は丸太やらなんやら積み上げて足場にしてある。
「本当にここか?」
「他に建物はないし、ここじゃない?」
「あ!二人とも、これを見て」
ヴィクトリアが背伸びして入口横にある窓を指差した。曇った窓の内側にあるのはこれまたボロボロで、しかもうっすら埃を被っているが国章のレプリカのようだ。国の機関はどこであっても、外から見えるようにこれを置かなければならないらしい。
「...ここ、っぽいな」
「じゃあ、行くよ」
木材をひょいとよじ登ったアレクサンダーが試しに扉をノックしてみる。
「......」
「誰も出てこないわね」
「開いてんのか、ここ」
「時間で考えるともう開いてると思うんだけど」
念のためもう一度ノックした後に扉を開けてみる。
「入ってみるか」
「ごめんください。誰かいますか」
中はしんとしている。が。
「なんかものすごい生活感溢れる空間だね」
「読みかけの本がそのまま置いてあるわ」
「ついさっきまで誰かいた感じだな。おーい、誰かいないのか」
やはりしん、として返事はない。
「黙って遺跡に行ってもバレないんじゃないか」
「それはさすがにまずいわよ」
「けど、これじゃ埒が明かない」
「入口は開いてたんだから、近くに誰かいるかもしれないだろ。いなくても、少し待てば戻ってくるかもしれないし」
「少しって、そいつにとっては少しでも俺達にとっては結構な時間かもしれないだろ。とにかく、今は無駄な時間を過ごすほど悠長にしてはいられない。仕方ないから何か手掛かりになりそうなものでもないか、中を探ってみよう」
「なぁーにを言ってんのかな君たちは!?」
聞き慣れない女の声に三人してびく、と振り返った。
殺気混じりの結構な大声だったせいでアレクサンダーは臨戦態勢の山猫だ。
「まだ若いのに盗みは良くないぞー。って、若いだけじゃなく普通に普通の若者っぽい?君たちなんなの?」
俺達の後ろ、入口で目をぱちくりさせていたのは少々くたびれてきた官服の女性だった。年の頃はおそらく三十代半ば。肩までのストレートヘアがよく似合っている。官服もくたびれたと言うよりも彼女との付き合いが長くよく馴染んでいるような印象のほうが強い。
と言うか、最後の一言だけで盗人だと決めつけないでほしい。
「あんたは誰だ」
「あたしが先に聞いたんだけどなあ。ま、いいか。あたしはザラ。ここの所長補佐」
呆れたような顔はしたもののニコッと笑って教えてくれた。笑顔がよく似合う人物だ。
「と言っても、お貴族様からダメ親父と廃人研究者どもを押し付けられたようなもんだけどね。で、君たちは誰で、ここで何してたの?」
ザラに訊かれて当初の目的を思い出す。忘れてた訳じゃないがあの殺気がこもった大声は結構な衝撃だった。
「ああ...俺はレイモンド。...自由戦士で、ここの遺跡に用がある」
「同じく、ヴィクトリアです」
「さらに同じく、アレクサンダーです。勝手に上がってすみませんでした」
アレクサンダーがペコリと頭を下げる。とりあえず俺も下げる。
「あー、別にそんなに気にしなくて良いよ。それより、遺跡に用があるって?珍しいね」
不思議そうな顔をするザラに俺はセオドアに貰った陛下からの勅令が刻まれているという木簡を差し出した。
「ん?何?え、これは...」
彼女は目を瞠って木簡と俺達を何度も見比べている。
「ちょーっと待ってね!その辺に座ってて!所長ー!所長ー!!」
見ている側が安心するような笑みを見せると、奥の方のよく分からない物に埋め尽くされかけている階段にバタバタと消えていった。
「...慌ただしい人だな」
「でも、所長補佐って言っていたから偉い人のはずよね」
「少なくともここの中では、そうだろうね」
そして俺達は周りを見てさらに溜め息をついた。
「その辺に座ってて、て言われてもな」
「ちょっと座りづらいかも...?」
「ヴィクトリアさん、優しいな」
「何かよく分からない物で溢れかえってるうえに無事なソファは絶対座りたくない。はっきり言って帰りたいしここの連中の感性を疑う。...むしろ床に座れと言われたのか?」
「レイは酷い。でも同感」
物で溢れていて、ほとんど無事な場所がない。テーブルの上には読みかけらしい本があちこちに積まれ、配達物らしき箱が開けかけで置かれている。その間にペンとインクが見えていたり。分類はされているらしい書類が本と本の間に挟まっていたり。さらにその隙間に虫除けの網のようなものを被せられた軽食?が置かれていたり。椅子やソファには毛布やらクッションやらに始まり手袋、帽子、風避け、作業着?、鞄、籠ととにかく様々なものが雑多に積まれている。そのわりに、床は壁に沿って靴が整列している程度だ。床板はガタガタだが。
唯一無事なのは高そうなセットのソファとローテーブルで他とは区切られているので応接スペースなのだろう。しっかり手入れされているようでピカピカだ。こちらは床も補修して磨きあげているらしく、木目が美しい。建物自体のボロさと相まって違和感が酷い。
「なんかララの家をボロくしたようなとこだな」
「それはララに失礼」
「お前も酷いぞ」
「"ララ"というのは?」
ヴィクトリアが首を傾げている。
ララはアコーダで一番の大家族の子で、兄弟姉妹合わせて10人に両親と祖父母、さらに従兄弟姉妹、再従兄弟姉妹も一緒に住んでいた。箪笥はあるが役に立たないし、役に立つほど箪笥を置いたら家が埋まってしまう。今はあんまりにも家族が多すぎるので別宅を作って分けて暮らしている。
それでも大家族なもので村の皆がほぼ毎日手伝いに行っているし、お礼がわりによく食事を振る舞ってくれるのでさらに人が集まり、ある意味第二の集会所になりかけている家だ。ちなみに、俺やアレクサンダーも男手がほしい、とよく呼ばれた。
そう説明するとヴィクトリアは感心したように目を輝かせた。
「なんだか楽しそう。兄弟がたくさんの家族が安心して暮らせるなんて、アコーダは本当に良い村ね」
感心するポイントはそこなのか。
「まあ、アコーダは村全体が家みたいなものだからね。...それはそうと遅いな、ザラさん」
「いつまで待ってれば良いんだか」
官吏には待たせるのが礼儀という習慣でもあるのだろうか。
そのときだった。
「あー、もー!だから!そんなだから!お気楽お貴族様どもに舐められんでしょーがこのダメ親父ども!!」
上の階から物凄い怒声が響き渡った。
「今のは...ザラさん?」
「何て言うか、元気な人だな」
アレクサンダーとヴィクトリアが頷いた。
「あのさ二人とも。今気づいたけどオレ達旅券渡してない」
「ん?あー...」
そういえはセオドアは木簡と旅券、両方必要だとか言っていた。
「ザラさんを追いかけてみましょう?」
「そうだな」
溜め息を一つ落として階段へ向かう。すぐ後ろにヴィクトリア、一番後ろはアレクサンダーだ。それにしても、足元が酷い。床板がガタガタで所々隙間がある。階段は荷物も満載だが。
「ヴィクトリア、足場悪いから気を付けろ。俺かザンを杖代わりに使え」
そう声を掛ければ後ろの二人が変な顔をする。
「え、ええ。ありがとう?」
「へー、レイが気遣ってる。ふーん」
愉しげな、声だけでニヤニヤしていることが分かるアレクサンダーに頬がひきつる。落ち着け。こいつはからかっているのだから、反応したら負けだ。
「村のお母さんたちに女の子の扱いにもっと気を使いなさい!て怒られ続けた成果?それともヴィクトリアさんが今まで出会ったこと無い感じに可愛いから?」
「か、かわ!?」
アレクサンダーの発言に俺よりもヴィクトリアが過剰に反応する。くるん、と振り返ってヴィクトリアは恥ずかしそうに抗議している。
「あんまりからかわないでよ」
「からかってないよ。ね、レイ」
「レイモンド、これ、絶対からかってるわよね?」
「そこで俺に振るか。まあ、九割からかってるだろうな」
「残りの一割はなんだよ」
「"可愛い"のは事実だろ。っておい!」
答えた瞬間、バギッと、嫌な音がしてヴィクトリアの顔が青ざめた。勢いよく俺達の視界からヴィクトリアが消えていく。
「ひぁぁぁ!?」
咄嗟に腕を伸ばして掴む。
「おい、気を付けろって言っただろ」
「ご、ごめんなさい」
猫の仔のような体勢のままヴィクトリアが謝る。体勢は俺のせいだが。
見れば床に細身の人間ならすっぽり入れる程度の穴が開いていた。引っ張り上げながらさらに目を凝らすと、床板がだいぶん古びていたようで、ここに穴が開くのは時間と運の問題だったようだ。
ヴィクトリアはシュンとしながらもどことなく恨めしげな目で俺を見る。
「なんだ」
「あの...あのね。助けてもらって言うのもなんだけど、もうちょっと、こう、助けかたってないの?」
穴に落ちていくヴィクトリアの首根っこを掴んで食い止めたのが不満だったらしい。
「...?あ、痛かったか?」
「それもあるけど、そうじゃなくて。まるで猫の仔みたいな扱いじゃない!」
「あのタイミングじゃ突き飛ばしても穴の縁に激突して終わりだぞ?」
「突き飛ばす!?どうしてそういう発想になるの!?」
俺達のやりとりに肩を竦めるアレクサンダー。なんでお前が溜め息をつく。
微妙にイラッとしたところで、頭上から声がした。
「なんか悲鳴が聞こえたけど、君たち大丈夫ー?」
「一応は。ただ、床に穴が」
「あはは、ついに空いたかー。ほってて良いよ」
...良いのか。
「ん?なんだ、客か?」
「さっきからそう言ってんでしょーが!!」
喧嘩は続行中のようだ。
「気を取り直して、行きましょうか。それから、レイモンド、ありがとう。首は痛かったけど助かったわ」
冗談めかして笑いながらヴィクトリアは手を伸ばしてきた。
「階段は転けないように、杖代わりにさせてもらうわね」
「ああ」
ヴィクトリアが苦笑混じりに微笑み、その後ろでアレクサンダーが溜め息をつく。なんなんだお前ら。
階段を上りきるとザラが苦笑していた。広い部屋になっており、学者っぽい出で立ちの人々が思い思いに寛いでいた。何人かは熱心に何かしている。何かは素人目には全く分からない。
「あ、君たちごめんねー。阿保上司が使い方忘れちゃってて。すぐ確認するからもう少しだけ待っててくれる?」
「それは良いけど、渡し忘れた物がある」
旅券を渡すと、ザラの向こうにいた男が嬉しそうに立ち上がった。
「おお、それだそれだ。坊主、良いタイミングだな」
完全に草臥れた官服の上着を適当に羽織って、寝癖なのかそういうセットなのか分からない髪型の中年男性だった。その襟元で何かがキラリと光を弾いた。
「ちょっと、この子たち待たせてるんだからさっさと説明書なりなんなり探してきてくださいって、何回言わせんの?」
「大丈夫だ!今思い出した」
「はあ?」
「坊主、旅券借りるぞ」
ザラの苦言を普通に受け流し、自然な流れで彼女の手から俺の旅券を掠め取り、木簡とともにその辺に転がっていた鏡の上に並べた。
「...何してんの」
「見てれば分かる」
男は何やらもごもごと呪文らしきものを唱える。すると鏡が仄かな光を放ち始めた。男はその光を真剣な眼差しでしばらく見つめていたが、やがて。
「坊主、お前らすごいな。陛下から直々に国中廻れなんて命令されたのか。あ?いや、違うか。国どころか世界中廻れと?むしろお前らが廻らなきゃならないから陛下がちょっと援助してんのか。そーかそーか。...なるほどなぁ」
あっけらかんと笑うおっさん。
「ちょっとまさかそれ、照合鏡!?誰かがほったらかしにしてる私物じゃなかったの?普通に鏡として使ってたんですけど!?」
「ギャーギャー騒ぐほどの物じゃねえさ。無くしても上に言えばまたくれるし」
ザラが頭を抱えている。照合鏡か。たしか長老の家にもあったな。身分証や旅券の確認に使うとか聞いたことがある。各地の長が直々に国王陛下から頂いたものらしく、長老の家では大切に奉り上げるように保管されていた。...それを使っていると言うことは。
「...あのう。つかぬことをお伺いしますが、あなたは?」
アレクサンダーが好青年らしい微笑を浮かべて訊ねた。
「ああ。俺はこう見えても考古学者でな。特に、人類史を専攻してるもんでここの所長をやってる」
よく見ると襟元に付いているのは官吏であることを示す襟章。他はヨレヨレだが襟章だけは鮮やかな黄色に光を弾いている。
「この人、見た目はダメ親父だけど、本当はそこそこ出来るひとなんだよ。まあ、所長に限らず、ここに配属されてんのはみんな我が道を行く遺跡バカとか研究バカばっかりなんだけどね」
苦笑気味にザラが言う。
「坊主たち。ヨートレーマに入るのは構わねえが気つけろよ?あそこは基本的には頑丈なんだが、所々、無茶すると崩れる。...まあ、初めっからそんな風に造ってるようだがな。ザラ、許可証渡してやれ」
「探せの間違いじゃないのー?君たち、もうちょっと待っててね」
ザラが戸棚を漁り始めると所長は俺達を隅の方に連れていった。
「アコーダ出身の剣士様たぁなかなか面白いもんだな。長い間待たせた詫びに教えてやる。その旅券と木簡には記録機能がついてる。そよの所長ども含めて、官吏やその関係者には下手なことは喋らないほうが良いぞ。あと、ここの連中にはお前らの正体は伏せておく。...神選の剣士は歴史書にもよく出てくる。学者や研究者の好奇心はとんでもないぞ。俺自身そうだからな」
あっけらかんと楽しそうに笑いながら俺の背中をバシバシ叩いた。わりと痛い。
「所長ー、何やってるんですかもう。...はい、これ遺跡の入場許可証ね。念のため言っとくけど、遺跡は荒らさないように。万が一変わったことがあったら必ず報告してね。あの遺跡は面白いとこだから、楽しんでおいで!」
その後はまるでとっとと行ってこいとでも言うように送り出された。あの場にいた学者や官吏全員が、楽しんでこい、という顔をしていた。情報収集はできなかったが、まあ良いとしよう。
「...嵐みたいな連中だったな」
「でも、良い人達だったわ」
「だね。変なおじさん...て言うか変な人だらけだったけど王都の時とは大違いだ」
確かに、良い意味で役人らしからぬ連中だった。
「あ、そうだ二人とも、ちょっといいかしら」
道すがら、ヴィクトリアに呼び止められた。
「渡しておきたい物があるの」
そう言って彼女が差し出したのは耳飾りとミサンガ──王都で購入していた物だった。どちらも飾りに石が使われているが、購入したときに見たよりも輝いているように見えた。
耳飾りを俺に、ミサンガをアレクサンダーに渡してヴィクトリアはにこりと微笑んだ。
「王都で、精霊の力を借りて魔除けの御守りにしました。使われている石が元から力を持っていたから、とても強力な御守りになったはずよ。障気に遭っても、魔法で攻撃を受けたりしても負担が軽減されるわ」
「へえぇ、巫術師ってそんなことも出来るの!?...あー、オレも少しで良いからそんなこと出来ればもっと武器の改良が進むだろうな。」
アレクサンダーのこだわりポイントを刺激してしまったらしい。
「アレクサンダーさん...」
「悪い、ヴィクトリア。ありがとうな。おい、ザン。自分の妄想の世界に飛んでも構わないが礼くらいは言えよ」
「ええと、これは喜んでくれてると思って良いの?」
「おおはしゃぎしてるな」
「なら良かったわ」
言いながら周りが見えなくなっている馬鹿を叩いて引き戻すとヴィクトリアはクスクスと笑いだした。
そうこうしていると、送り出された勢いそのままに遺跡まで来てしまった。
遺跡の周りは一応、柵で囲まれており、脇に人が立っている。その人に入場許可証を見せれば羨ましそうにしながら柵を開けてくれた。その人は新人でまだ遺跡の内部には入ったことがないのだとか。...本当に遺跡好きが配属されてるんだな。
遺跡の敷地を柵で囲っているそうだが、すぐ内側は木が生い茂って遺跡の姿を隠している。足跡のような細い道を辿っていくと、急に視界が開けた。
「うわぁー。風化し始めた石造りの建物、生い茂った木、いかにも古そうな感じだな」
「そりゃ古いだろ。遺跡なんだから」
現れた遺跡は壁に蔦が這い、木々は遺跡よりも高い位置まで枝を伸ばしていた。
しかし、寂れたり嫌な感じはなく、ただそこに在る。木漏れ日に彩られた様は心を落ち着かせるようだった。
あの中に、アコーダをどうにかするヒントがあるのか。
少し気を引き締めて遺跡に向かう。
「でも、その割には新しそう、かも?」
「そうなの?」
「ええ、本当にふるーい遺跡だと、精霊か怨念の住処になっているのがほとんどよ。そうでなくてももっと苔むしていたりするもの。精霊はいるみたいだけど、他の場所とあまり変わらないみたい」
「精霊か怨念、か。さすが巫術師」
俺が遺跡の入り口らしき扉へ着いても、後方からアレクサンダーの呑気な声が聞こえていた。入り口は上にバルコニーのような所があって、日陰になっている。
「あまりのんびりしてると置いてくぞ」
振り返れば二人はまだ木々の下にいる。
「すぐ行くわ」
「張り切ってるねーレイ。あんまり慌て過ぎると良いことないよ」
二人を待って、石でできた扉に手を掛ける。すると、予想外に抵抗なく、音もなく扉は開いた。
「開いた」
「うわ、やたら分厚い扉だな。レイ、なんでこんなの片手で開けられたんだ」
「知るか。俺の方がビックリしてるのに」
それはもう、まるで池に浮いた落ち葉のように簡単に動いた。
「はーあ、せっかく力持ちなのに、オレの出る幕無しか」
「自分で言うな」
「だってこういうのってもっと苦労して開けたほうが感動するじゃん?」
知るか。たかが扉一枚にそんなもの求めるな。
「たぶんだけど、魔法ね。ほら、この辺りに何か描かれているわ。掠れていて見づらいけれど媒介魔方陣だわ」
「媒介...?なんだって?」
くだらない応酬をする俺達に、ヴィクトリアが微笑ましげな顔で言った。
確かに、ヴィクトリアが示した辺りには魔方陣のような複雑な模様が刻まれているが。初めて聞く言葉だ。
「古い言葉や紋様には、それ自体に力があったりするの。媒介魔方陣はそれを利用して魔力を使わずに魔法を使う技術よ。図形と文字、言葉を組み合わせて、条件が整えば勝手に魔法が発動するように仕込んでおけるの。例えば、誰かが扉を開けようとしたらこの石の扉が動く、とかね」
分かったような分からないような。
「私も詳しいことは分からないわ。媒介魔方陣は消失大地の技術なの。これが媒介魔方陣なら、ちゃんと技術を勉強すれば読み解いて有効活用できるし、組み換えたり新しいものに上書きも出来るそうだけど、そこまでの知識があるのはよほど高名な技術者か、研究者だけだと聞いたわ」
「さすがヴィクトリアさん。巫術師は魔法にも詳しいって言うけど、こうして聞くとなかなか面白いね」
「精霊たちが教えてくれるからよ。それでも、精霊たちも消失大地の魔法には敵わないって。人間の探求心で発見された技術も多いから、精霊たちも知らないこともあるそうですよ」
消失大地。
かつて、高度な魔法技術によって繁栄を誇った大陸。一つの国が一つの大陸を掌握していたという。そこの人々は魔法だけでなく、交易、学問、武術、文化と様々な分野において世界の頂点に立っていたそうだ。当時は各国から留学生が訪れ、他国へ技術者派遣も行っていたとか。
しかし、ある時を境に忽然と姿を消してしまった。
それも、国や人々はおろか、大陸ごと消えたのだという。つい、数百年前のことらしいが、今も詳細は分かっていない。消失大地と共に高度な技術や知識の多くが、それを有する人々と一緒に消えてしまったから残された国や人々では解明出来なかったとされている。
「まあ、仕組みは置いとくとして、簡単に開いてくれて助かった。...行くぞ」
今ここにないものに思いを馳せていても仕方がない。俺達は薄暗く口を開けている遺跡に、三人揃って足を踏み入れた。
内容がどんどん膨れていき、初めに予定していた部分にはまだまだ辿り着きそうにないので、区切って、出来ている部分だけ更新します。
レイモンド→レイ
アレクサンダー→ザン
ヴィクトリア→ヴィ
『次回予告』
レイ「拳闘士の本領発揮と生き生きしだすアレクサンダー。初めての遺跡に密かに期待が高まるヴィクトリア。二人はそれなりに楽しんでるみたいだが俺は...」
ザン「レイ、焦っても仕方ないよ。慌てず行こう」
レイ「中途半端な灯りとりの窓が鬱陶しいな」
ザン「鬱陶しいとか言わない」
ヴィ「ねえ、今、何か聞こえなかった?」
ザン「えぇー、やめてよヴィクトリアさん...」
「───っ──!」
ヴィ「あ、ほら、また。なんだか今の声、肉声ではなかったような...」
ザン「うわぁああ、いや、ホント、本当に!やめて」
レイ「はぁ...誰だよ、落ち着けって言ったの」




