聖剣アルテナ(改稿済)
「おおっ!」
俺もシーナもゴクリと唾を呑み込み、アルテナを凝視。
思考能力の無いはずのゾンビたちですらも、アルテナから感じられる迫力に、一瞬動きが止まったように見えた。
………………。
…………。
……。
………………ん?
「………………ごめん、何でかな? 火が出ない」
おいいいいいいいいいいいいいいいいい!
「……ばっかやろう! 何が聖剣だ! やっぱりお前、どっか頭の変なところを打ちつけてそんな妄想しちゃったんだろう!? だから記憶が吹っ飛んじまったんだろう!?」
「えーん、おっかしいな。そんなはずはないんだよ! アルテナは確かに聖剣なんだよ!」
「うっせえ! 家でお前が出した火も、どうせ着火の指輪か何か隠し持ってて、それを使っただけだろ!? 出せ! どこに隠しているんだ! 早く着火の指輪を出して見せろよ!」
「違う違う! アレはちゃんとアルテナの力で出したものなんだよ!」
「たった今、火が出せなかったじゃないか!」
「わーん、信じてよ! アルテナは本当に聖剣なんだってば!」
「ちょっと二人とも、今はそれどころじゃ……って、危ない!」
シーナが言い争っている俺たちを庇って、ゾンビが突き出してきた槍を刀で払い飛ばしてくれた。
くっそー、このバカのおかげで残る二体も追いついてきちまった。
ゾンビは、一体は巨漢で片手斧、一体は片腕に槍、それから武器を何も持っていないのが二体だ。
素手の一体は先程シーナの長剣で肘から切り飛ばされているから、攻撃は体当たりと噛み付きが関の山だろうけど。
どっちも遠慮したい……。
ゾンビの肉体を切り刻むのに、俺のショートソードではいささか攻撃力に乏しい。
自然と主力はシーナになった。
俺はショートソードで斬るよりも、群がってくるゾンビを蹴り飛ばして押し戻す事に専念する。
グチャ。
ドチュ。
グブヂュ
………………。
泣いていいですか……?
シーナの刀の立ち回りは、俺よりも熟練しているようだった。どこかで正式な剣術をならったのかもしれない。力加減も無しに振り回された斧を、上手く刀でいなしている。
体格もパワーも、ゾンビのくせに圧倒的に上回られている。その上重量のある斧が武器だからか、一撃一撃が非常に重い。
攻撃を受けるたびにシーナの軽い身体が、右へ左へと流されていた。
それに、一撃の重さゆえに、どうしても意識が斧を持ったゾンビへ向いてしまい、視野が狭くなっている様子だ。
「危ない!」
横合いから槍を持ったゾンビが近づいている事にシーナが気づいていないのを見て、俺は咄嗟に体当たり。
ゾンビと接触した肩のあたりに、何とも表現し難い感触を覚えて、本当に涙がこぼれそうだ!
「すまない、助かった!」
俺の体当たりを受けたゾンビは、よろよろと体勢を崩したまま槍を突き出し、その穂先が斧を持つゾンビの胸を貫いた――が、斧を持ったゾンビは槍が刺さっていることなど、まるで意にも介していない。
槍が刺さったまま斧を振り回して、ガチンとシーナの刀が弾いた。
そう、ゾンビの恐ろしい点は同士討ちも気にしないところである。
人なら、刃物が振り回されているところへ割って入ろうなど、よっぽど上手く連携が取れてでもいない限り、危なくてできない。
ところがゾンビときたら、刀と斧の刃がぶつかって、火花が激しく飛び散る間へ堂々と割り込んできて、掴みかかろうとするのである。
そしてもちろん斧を持ったゾンビは、仲間のゾンビに斧が当たろうとも気にしない。
振り降ろされた斧の刃が、素手のゾンビの肩口から胸の辺りまでを深々と斬り裂くと、肉に埋まった斧を力任せに振り回す。
ドスンという音ともに、吹っ飛んだ素手のゾンビが壁に叩きつけられた。
生きている人間ならば、頭部を強く打って気を失うか、生命に関わるような事態に陥りかねない勢いだったが、もう死者たるゾンビには関係ない。新しく後頭部に出来た傷口から脳漿らしきものを垂れ流しながら、何事もなかったかのように立ち上がっていた。
薄暗い場所でよかった。
明るい場所で見たら、気を失っていたかも。
そしてこいつら、体力も無尽蔵過ぎる。
生ある時よりも下手したら強いんじゃないか?
撒き散らされる悪臭が、息を切らしつつある俺たちの呼吸も阻害する。
俺も、そして俺以上にきっと鍛えているんじゃないかと思うシーナも、激しく呼吸を乱していた。
命を掛けた実戦は、訓練以上に気力、体力を奪っていく。
戦闘が始まってまだ十分程度しか経っていないはずなのに、俺たちは体力をどんどん消耗していた。
「おっかしいな……、何で火が出なくなっちゃったんだろう」
一人、安全圏でアルテナが小首を傾げてブツブツ呟いていた。
おいこら、お前も戦え!
そう声を出すのもつらい。
「このままじゃ、埒があかない。ここは、体当たりでも何でもして、ゾンビたちを押し戻し、太陽の出ている外へ、逃れてみては、どうだろうか?」
「おう、そうするしか、なさそうだな」
掛け合う声も息が切れて途切れ途切れ。このままだと、先に俺たちの体力が尽きてしまう。
「おい、聞いたな、アルテナ。お前も、俺の合図で一緒に、体当たりでも、何でもするんだ」
「あ! わかった! どうして火が出ないか、わかった! わかったんだよ、ノア!」
こんな時に何だ!?
「いいから、お前も体当たり――」
「契約! 契約だよ、ノア! 多分、あの時の!」
あの時? 何の話だ?
「新しいマスターが決まるまで、アルテナをここに置いておいて欲しいなってお願いしたでしょう?」
ああ、あのアルテナを拾ってきた日の。
確かにそんな事を言われて、俺は頷いた覚えがある。
「アルテナがそう言った後で、こうやって値札まで作っちゃったもんだから、仮りそめだけどアルテナとノアの間で契約が成立しちゃったみたいなんだよ」
確かにアルテナの新しいマスターが決まるまで店に置いてやるというのも、立派な契約だと言えるかも知れない。
だけど今は、そんな事はどうでもいい。
「だから私は火を出せなくなっちゃったんだよ!」
「ああ、そうかい!」
俺は掴みかかってきたゾンビの腹に、ショルダータックル。
もう踏ん張る体力が無くて、そのまま押し倒して一緒にゴロゴロと転がってしまった。そして抱きつこうとしてくるゾンビを、力いっぱい振り払う。
抱きつかれるのは、できれば女の子限定にして欲しい。
「ねえねえ、あなたのそのペンダント、アルテナに頂戴?」
そんな俺の必死の健闘を無視して、アルテナはシーナの側へ。
「何だよ、ペンダントって?」
シーナの胸元には、確かにペンダントらしきものがぶら下がっていた。
「これか? これがどうしたというんだ?」
「アルテナなら助けてあげられるんだよ? だから、そのペンダントをアルテナにくれないかな?」
「おまえ、人の窮地につけこんで、金目の物を、頂こうっていうつもりか!?」
俺がカネカネ言うから、こんな事言うようになってしまったのか!?
「ノアじゃあるまいし……。あのね、そのペンダントがあれば、アルテナの本当の力を発揮できるんだよ!」
ゾンビをあしらうのに忙しい時に、さらにわけのわからないお願いをしてくるアルテナにどう応じていいものか、困ったシーナが俺の方をちらりと見る。
「こいつは時々、おかしな事を口走るんだ。気にしないでくれ」
「おかしなことじゃないってば!」
ああ、もう、埒が明かねぇ……。
「ええっと……くっ、この! このペンダントを、君に進呈すれば、この状況を、どうにかできる、そういう事だな?」
「うん」
「わかった。しかし、ちょっと待ってくれ……」
刀を振るいながらでは、首に掛けたペンダントを外せない。
シーナは斧を刀で受け止めた勢いを利用して、後ろに大きく飛び退くと、素早くペンダントを外す。
「受け取れ!」
そして投げた。
「おいっ」
「構わない。そのペンダント、があれば彼女は、この状況をどうにかできる、と言ったんだ。なら、少し試してみたって。問題はないだろう」
「ありがとう、任せておいて! ノア!」
シーナのペンダントを両手で包み込むようにして受け取ったアルテナが、真剣な眼差しで俺を呼ぶ。
「見ててノア。アルテナが力を貸してあげるんだよ。見せてあげるんだよ、特別に。『太陽の光を集めたかの如く、眩き刀身を持つ光輝の聖剣アルテナ』の力を」
「まだ、聖剣がどうとか、言って――っ!?」
るのか、と続く言葉を俺は思わず飲み込んだ。
「おい、いったいどうするつもり――っ!?」
シーナの叫びも途中で止まり、息を呑んだのが分かる。
アルテナの両手の中にあったシーナのペンダントが、強く輝き出した。
「このペンダント……とても強い想いが込められてる。これならきっと……」
更に眩く輝くと、一際強く閃光を放ち砕け散った。
サラサラ……、サラサラ……と、光の粒がアルテナの両手からこぼれ落ちて床へ――落ちない。
光の粒はアルテナの身体にまとわりつき、同時にアルテナの細い肢体が黄金色の光に包まれ、赤い瞳がより真紅に染まったように見えた。
その様子を俺は息を止めて見入ってしまった。
もともと端正な容姿も相まって、荘厳さと神秘性を感じさせる。
今のアルテナはどこか近寄りがたい……。
「アルテナ……」
『むばたまの闇払い、日輪の光に来ませ、我が現身』
アルテナの美しい声があたりに響く。
アルテナから発せられる光は、さらに強さを増した。
太陽を直視しているようで、もうアルテナを見ていることはできない。
手をかざして目を瞑るが、それでもまぶたを通して閃光が迸るのがわかった。
そして徐々に光が落ち着き、俺は目を開けた。
「……剣?」
俺の目の前で空中に浮かぶひと振りの長剣。
刀身は眩く黄金の輝きを放ち、更にその刀身を紅蓮の炎が包み無数の火の粉が舞い上がる。
『ノア、聞こえる?』
「おわっ……って、アルテナ? アルテナなのか?」
頭の中でアルテナの声がする。
『そうだよ。驚いた? これがアルテナの本当の姿だよ』
これが……。
聖剣アルテナ……。
本当に聖剣だったのか!
『うん。剣になってる時、アルテナはノアの頭の中へ直接語りかけることができるんだよ。さ、アルテナを手に取ってみて』
アルテナの言葉に従い、俺はショートソードを腰の鞘に仕舞うと聖剣アルテナを手に取る。
軽い。
見た目はシーナの持つ刀よりも、更に大きいくらいの刀身なのに、俺のショートソードよりも軽い。
『でしょう?』
頭の中でアルテナがフフンと頷く。
あれ?
もしかして、この状態の時って俺の思考はアルテナへダダ漏れなのか?
『そうだよ。ふーん、へえ、そう。アルテナの裸を見た時、そんな事考えてたんだね。ノア』
思考がダダ漏れと知って、思わずアルテナと出会った時に見てしまった彼女の裸を思い浮かべてしまった。
うああ、やめろおおお。
『ま、女の情けだ。聞かないように耳を塞いでおいてあげるね』
剣の状態でどうやって耳を塞ぐのか知りたい。
「ま、まあいいや。とりあえずこれで火が使えるんだな?」
『うん、アルテナが使ってみせるから任せておいて』
「ノア……、その剣は?」
俺とアルテナの思考での会話を知らないシーナが、震える声で尋ねてきた。
「これが、アルテナらしい。さっきの女の子の本当の姿だとさ。何でも聖剣らしいんだけど……」
「聖……剣……。聖剣!? 聖剣アルテナ!?」
驚愕で大きく目を見開くシーナ。
シーナはアルテナの事を知っているのか?
「神々が鍛えたとされるあの伝説の……!? 何でこんな所に? どうしてそれをノアが!?」
「拾った」
「拾ったって……そんな……」
何やら愕然としているシーナを置いておいて、俺はゾンビに剣を構える。
すると剣となったアルテナを包む炎から、俺の動きに合わせて火の粉が飛び散った。
弱点である炎に包まれた剣を見て、若干ゾンビも怯んだように見える。
『フフン、ノアもやっとアルテナが聖剣だってこと信じる気になったかな?』
「さすがにその姿を見せられたらな」
何よりも説得力がある。
ただ、常に一定の光量を誇る魔法道具の『明かり(ライティング)』と違って、炎による明かりは揺らめく。その結果、ゾンビの直視したくない風貌がより陰影を濃くしてくっきりと見えるようになってしまった。
「………………」
『……力を見せてあげるって言っておいてあれなんだけど……正直に言うと、ちょっとアレを斬るのは遠慮したいかなぁ……』
おい。
まあ、気持ちはわからんでもない。
『うーん……仕方ないね。ここはアルテナの必殺技を見せてあげることにするんだよ』
ん? 必殺技?
『見ててよ……』
必殺技って……。
俺の周囲に幾つもの小さな火球が生まれ、徐々に膨らんでいく。
『ちょっとここだと狭いし、あのペンダントの石だけじゃ全力は出せないけど……』
「お、おい、ノア。大丈夫なのか!? なんだか空気がビリビリ震えてるような気がするのだが?」
「アルテナがなんか必殺技使うって言ってる」
「聖剣アルテナの必殺技って……、こんな狭い所で使って大丈夫なものなのか!?」
『アルテナの力、見せてあげちゃうんだよ!』
「おい、ヤバイって! シーナ、はな――っ!」
俺が離れろと叫ぶまでもなく、シーナは躊躇なく身を翻して入り口へ駆け出そうとし……。
『百火繚乱っ!』
アルテナの力の込められた声と同時に、俺の周囲に漂っていた幾つもの火球がゾンビ目掛けて降り注ぐ。
次の瞬間。
目も眩む強烈な閃光、余りの轟音に周囲の音が消え去り、猛烈な熱波と爆風が押し寄せ――。