ファタリアゲート(改稿済)
「おーい、『竜の双子岩』まで同乗する奴はいないか?」
「パル村の亀裂行きはもうすぐ出発するぞ!」
「一緒に探索時間稼ぎに、採集をする人いませんか?」
「『炎の舞』ギルドメンバーはここに集合だぞ! 後三十分で出発だ! 探索時間カードは亀裂ですぐに提出できるようにしておけよ!」
買い物を終えた翌日、俺たちは早朝からファタリアの町の亀裂前広場へ来ていた。
まだ朝も早い時間なのに、町の市場にも匹敵するんじゃないかと思うほど、ざわざわと採掘者たちで賑わっている。
「ねえ、あれはどこに行く馬車なの?」
アルテナが指差したのは、先程聞こえてきた『竜の双子岩』行きの装甲馬車だ。
「神の城壁内にはそれこそ無数の迷宮への入り口があるんだけど、拠点の町から遠い場所にある入り口も多い。そこへ行く方法として、神の城壁の外側を町や村伝いに移動して、最も近い亀裂を潜って移動するか、ここから神の城壁内に入って装甲馬車で中を移動する二種類の方法がある。それで今あの叫んでる人は、『竜の双子岩』って竜の形をした二つの岩がある場所近くを探索するから、同じような目的の人や、目的地が近くにある人がいれば一緒に行きませんかって人を集めているんだ。神の城壁内を移動するから当然モンスターも出る。そこでああやって同乗する採掘者を増やして、少しでもリスクを減らすんだよ」
装甲馬車は採掘者組合から借りることができる。
金額は貸し出し時間と距離、危険度などで変動する。大勢が乗り込めば乗り込むほど、一人頭の金額が安くなってくるのだ。大手のギルドだと、自前の馬車を持つ事も多い。
「でもさ、馬車で迷宮に入ったら、馬さんが瘴気に冒されちゃったりしないのかな?」
「身体が大きければ大きいほど、瘴気の影響が出始めるのは遅くなるらしいんだ。馬は人よりも大きいだろう? だから馬は、人が限界滞在時間として定めてる七十二時間以上迷宮内にいても、まだ影響が出ないんだよ」
ちなみに、七十二時間という数字は十五歳以上の大人の限界滞在時間であって、子どもになればその時間は短くなる。そのため、採掘者登録可能年齢は十五歳以上で規定されていた。
「ノアは馬車に乗って行かないの?」
「俺はまだ無理かなぁ」
拠点の町から離れた所にある迷宮は、それだけ危険度も高い。
探索時間が三百未満で、ソロの俺が手を出すには難易度が高い。
「それにああいう装甲馬車で行くような場所なら、パーティーを組まないとダメだ。拠点にすぐ戻れないから、何かアクシデントがあったとき一人じゃ対応できない」
「パーティー?」
「ギルドを更に小規模にしたものだよ。二人から十人程度で探索するんだ」
「二人からなら、アルテナとノアもパーティー?」
「そういえば、そうだな」
言われてみると、そのとおりだ。
アルテナと一緒に迷宮に潜るならパーティーを組んだことになる。
俺にとっては初パーティーだ。
「そっか、パーティーを組んでるんだな。俺、そういえばパーティー組んだの初めてだよ」
ちょっと嬉しいね。
ギルドに入っていないのと、ちょっとした事情でずっとパーティーを組めずに一人で探索していたから、誰かと相談したり、協力し合ったりというのには憧れていた。
「よし、楽しくなってきた。今日の目的地はお前を拾った場所へ行く事だけど、時間があるようならもう少し先も探索してみようぜ」
「うん」
まずはファタリアの亀裂で探索時間カードに入場時間を記入してもらわなければならない。
亀裂の前には、もう採掘者たちの行列が出来ている。
カゴだけを抱えた軽装の採掘者の姿が多い。
彼らは先程声が上がっていた神の城壁内の探索に必須のソムルの薬草や、様々な薬の原料となる植物を採集に行く採掘者たちだ。
採掘者も、年中神の城壁内に滞在しているわけではない。
拠点の町に戻って、身体を休める時間も大切だ。
ギルド単位、パーティー単位で活動する採掘者たちは、神の城壁内に入って迷宮に潜る時も、休息を取る時も足並みを揃える必要があるのだが、中には休息はもう十分だという者も出てくる。
そんな彼らが暇潰しと小遣い稼ぎにやっているのが、短時間で行える採集活動である。
日帰り程度でできるこの仕事は、新人もベテランも関係なくやる人が多い。
町でダラダラ過ごしているよりも、神の城壁内で過ごせば探索時間も伸びるし、一石二鳥。
探索時間は採掘者としての実績となるから、採集活動は探索時間稼ぎにも丁度良い仕事なのだ。
やっと俺たちの順番が回ってきた。
「はい、カード見せて。ええっとノア・レチカ。探索時間二百六十七時間と三十六分。七月十四日の六時十二分にファタリアの亀裂通過を確認。よし、行っていいぞ」
「あ、こっちの子。俺と一緒なんで」
「探索時間カード見せて。おや、探索時間はゼロか。新米か? じゃあ七月十四日の六時十三分にファタリアの亀裂通過を確認、と。おい、新米なんだから無理させるなよ? 危なくなったら即撤退する事を忘れずにな?」
「ああ、ありがとう!」
ファタリアの亀裂にいる採掘者組合の職員に、探索時間カードへ神の城壁内への入場時間を記入してもらった俺たちは早速亀裂を潜った。
「あれ? 中って意外に普通なんだね」
何を期待していたのか、ちょっとがっかりした声を出すアルテナ。
まあ、神の城壁を潜ったらいきなり風景が変化するわけじゃない。
ちょっとした広場があって、その先には町ではなく森と山々が連なっている。
ただ少し変化を覚えるのは、空気がぬるい……いや、表現が難しいが、何かのっぺりとした空気が身体にまとわりついて来るような感覚を覚えるのだ。
これが瘴気だ。
そしてここから見える山肌に、いくつもの迷宮への入り口がある。
その入り口を探し出し、潜り、お宝を探し出すのが俺たち採掘者の仕事だ。
「迷宮はあの山一つなの?」
「いや、ずーっと……どこまでも続いてるって感じだ」
何しろ、大陸の半分を占めているのである。
「迷宮は地下だけというわけじゃない。迷宮を抜けて地上に出ることだってある。そこに未探索の古代都市の遺跡なんてあったら、大当たりだな。一生使い切れないほどの財産を築くことができる」
「へえ」
神話だと邪神は迷宮の地下深くへ封印されたって話だから、迷宮の大部分は地下にあるんだろう。
俺は荷物を担ぎ直すと、アルテナを拾った地底湖に続く亀裂を目指して歩き出した。
「暗かったからなぁ……大体、こっちだったと思うんだけど……」
「ねえねえ」
またアルテナが俺を引っ張った。
今度は何だ。
「あの人たちは何してるの?」
アルテナが指差したのは町側ではなく、神の城壁内の亀裂前の広場にいる連中。
「ああ、あれは……」
そこでは小さな小屋が建てられていて、酒や料理などがテーブルの上に並び、まるで町の酒場のように採掘者たちが騒いでいる。
「あれは探索時間稼ぎの連中だな」
「探索時間稼ぎ?」
俺の声に少し軽蔑の色が混じったのに気づいたのだろう。
「探索時間は神の城壁内での滞在時間だから、とにかく内側に入れば探索時間は伸びる。別に迷宮に行かなくてもな」
そう。とにかく神の城壁の中にさえいれば、探索時間を稼ぐことができるのだ。
何をしていようと関係ない。
彼らのように酒を飲み、料理を食べ、賭博や遊戯で遊んでいようとも、だ。
彼らの多くは貴族や金持ちだ。彼らは自分たちのステータスのために、ああやって神の城壁内に滞在して探索時間を伸ばしている事が多い。
それでも、探索時間は迷宮内を命がけで探索をしている者たちと平等に刻まれていく。
新人ならばともかく、探索時間が千時間超えのベテランが、採集で探索時間稼ぎをする事も、少し眉を潜めてしまうが、あの広場で飲み食いしているだけの連中よりはマシだ。
探索時間稼ぎに来るベテランたちは、新人よりも大量に素材を採集できる。当然それらは、町の医者や薬屋に必要とされている物だし、役に立つ。
だが、ただ神の城壁内へ入って、安全な場所でどんちゃん騒ぎをしているだけの奴らは何の役に立つのか。
「ふーん……、探索時間ってそんなに大事なんだ」
「採掘者組合に持ち込まれる仕事には、探索時間が何百時間以上とか、何千時間以上が条件になる事があるからな。当然、探索時間が多い条件が盛り込まれる依頼ほど、実入りもいいんだ」
もちろん、その分危険度も跳ね上がっていくけど。
「簡単な依頼であっても依頼主は、経験豊富な採掘者に仕事を依頼したいって思うだろ? 特に金持ちは簡単な仕事であっても、幾ら金を積んででも一流の採掘者を雇いたいって思う人も多い。だからああやって探索時間だけを稼いで、簡単で、かつ実入りの良い仕事と名声だけを手に入れようとする輩が絶えないんだ」
「でも、中には本当に危険な仕事もあるんだよね?」
「まあね」
「だったらきっと、手に負えない仕事を受けて彼らはいつか後悔する時が来ると思う。ノアが怒らなくてもいいんだよ。ノアは今のままでどんどん経験を、探索時間を積んでいけばいいんじゃないかな。例え、探索時間で彼らより劣っていたとしても、積み上げた経験値は裏切ることはないんだからね」