採掘者登録(改稿済)
「よお、ノア聞いたぞ。前回の探索時間、四時間ちょっとで尻尾巻いて逃げ帰ってきたんだって?」
定食をもう一人前お代わりして食べているアルテナを半眼で見つつ、水を飲んでいると嫌な奴に声を掛けられた。
「クククッ、四時間って、四時間ってお前、薬草採集の探索時間稼ぎ野郎でも、もう少し長い時間迷宮に滞在しているもんだろう?」
こいつの名前はマーティス・ブラウン。
赤みがかった金髪に碧眼、長身で均整の取れた体格をしていて、容姿も秀麗と言っていい。ついでに実家も金持ちで、子どもの頃からとにかく女の子にモテていたクソったれな野郎だ。
しかし知り合いには違いない。
仕方なく嫌々マーティスへと顔を向けると、奴は俺の前で呑気に飯を頬張っているアルテナへと視線が釘付けになっていた。
「おい、ノア。こちらのお嬢さんは誰だ?」
「誰だっていうか、まあ俺の連れかな」
「連れ……って、お前人身売買でも始めたのか? ん!? いちまん!?」
「んぐ、んぐ……こんにちは」
アルテナの首に掛けられた、『大特価! 金貨一万枚!』の値札に目を剥いたマーティスに、食べ物を飲み込んだアルテナが挨拶をする。
「ノア、貴様ぁ! こんな美しくて可憐なお嬢さんを拐った上に、奴隷として売り飛ばそうなんて! 採掘者の風上にも置けないぞ!」
「人聞きの悪いこと言うな! この値札はこいつが自分で掛けてるんだ!」
もっとも金貨一万枚はともかくとして、アルテナの自己申告通りにこいつが聖剣なら、武器として売り飛ばすけどな!
「自分で値札を掛ける奴がいるか? どうせお前が騙したか何かして連れ歩いているんだろう。お嬢さん、お名前は?」
「ん? アルテナだよ? お兄さんは?」
「僕はマーティス。マーティス・ブラウンといいます。さ、貴女のお家にまで僕が送って差し上げよう。住所はどこかな?」
「えっとね……今はノアの所かな?」
マーティスがギロリと俺を睨みつける。
「そいつは拾ったんだよ」
「拾ったぁ?」
「ああ、迷宮でな。それで記憶が無いって言うもんだから、俺の家に置いてやってるんだ」
嘘は言っていない。色々端折ってるけど。
しかし、俺の言葉を聞いたマーティスは納得したように頷いた。
「なるほど、瘴気のせいか」
マーティスは、アルテナが迷宮内で活動限界時間を超えて滞在してしまい、瘴気の影響を受けて記憶を失ったと勝手に誤解してくれたようだ。
「かわいそうに……。じゃあ、お嬢さんは僕と同じ採掘者だったのかもしれないね」
「ん? 採掘者にはこれからなるんだよ?」
「ああ、ノアに再登録をしてもらうのかな? なら、お嬢さんさえ良かったら、僕たちのギルドへ来ないか?」
「ギルド?」
「そう、ギルド」
「ギルドって何?」
「ああ、ギルドを知らないのか。ギルドっていうのはね、採掘者組合よりも小さな集まりで、一つの目的を達成するためにお互いを助け合って行動する組織って所かな。いわば仲間の集まりだ。僕たちのギルド『天上の剣』は、構成員三百人を超える、このファタリアの町でも最大手のギルド。探索時間一万時間に達してる人だって何人もいるし、女性だってたくさんいる。迷宮内も安全に探索もできるし、きっとアルテナさんの記憶を取り戻すお手伝いだってできると思う。どうかな?」
「ノアはギルドに入っていないの?」
「そいつはギルドからは嫌われてるんだよ。なにせ、こいつの親は――」
「親父とおふくろの事は関係ないだろ」
俺が小さく鋭い声で言うと、その剣幕に押されたのかマーティスが黙り込んだ。
「あ、いや、俺には店があるからな。ギルドに入るとギルド活動に縛られる。だから俺はソロでやってるんだ」
「ふ、ふん。まあそういう事情もあるようだ。だけど、俺はもう探索時間五百三十二時間まで伸びたぜ? お前とほぼ同時期に採掘者組合に登録したのにな」
「探索時間五百と言っても、どうせ保護者付きじゃないか」
「ファタリア出たばかりの所で、探索時間四時間ぽっちで尻尾巻いて帰ってくるような採掘者もどきよりマシさ」
俺とマーティスが険悪なムードで睨み合っていると、そんな空気を全く読まない能天気な態度でアルテナが口を開いた。
「じゃあ、お兄さん……えっと、マーティスさんがアルテナを買ってくれるの?」
「……え? 買う?」
意表を突かれたような顔をしたマーティスに、アルテナはコクンと首を小さく傾げ、それから胸元の値札を示した。
「だって、アルテナにギルドへ来いって言うことは、アルテナを買ってくれるって事でしょう? アルテナの値段は金貨一万枚だよ? マーティスさんがノアに支払ってくれるの?」
「いや、だって、それは……」
マーティスが困惑したような顔で俺を見る。
「マーティスさんが無理なら、そのギルド? っていうのが払ってくれても良いんだよ?」
「あのね、アルテナさん。その金貨一万枚っていうのは……」
「払えないなら、アルテナはノアと一緒にいるかな。ノアはアルテナのマスターを探してくれるって約束してくれたから。アルテナは一度約束したことは、決して破ったりしないんだよ」
◇◆◇◆◇
マーティスを追い払った俺は、アルテナを連れて採掘者組合の窓口へと来ていた。
木製のカウンターテーブルには、何人もの職員がいて、採掘者たちが迷宮から持ち帰った品物を査定していたり、町の人が採掘者への依頼を持ち込んだりしていて、大変賑わっている。
そんな受け付けの窓口の一つへ並び、俺たちの順番を待つ。
「こんにちは。採掘者組合へようこそ。ご用件は買い取りでしょうか? それともご依頼でしょうか?」
「こいつの採掘者登録を頼みたいんですが」
「かしこまりました。採掘者組合へ登録するのは初めてでしょうか?」
「ああ」
「では、こちらの書類へ必要事項のご記入をお願い致します。代筆は必要ですか?」
「大丈夫」
アルテナが文字を書けなくても、俺が文字を書ける。
と、思いきやアルテナは。
「ん、ここに名前を書くの?」
サラサラっと文字を書いたのだが。
あれ? 読めねぇ……。
「おい、何を落書きしてんだよ」
「落書きじゃないよ。アルテナの名前だよ?」
「名前って……」
俺には見たことも無い文字……いや、待てよ? 魔法道具に刻まれる刻印に似ているような?
「あら? ……これは古代に使われていた神聖文字のようですね。神殿関係者の方なのでしょうか?」
受け付けの女性がアルテナの書いた文字を見て、驚いたように言う。
「すみません。こいつ、遺跡の中で出会ったんですけど、前の記憶が無いみたいなんです。どうやら文字もこれしか覚えていないらしいんですよ」
「あら? それは……大変でしたね。よろしければ、その時の状況をお伺いしても? 何か情報が寄せられているかもしれませんし」
「状況と言うか、倒れてたところを俺が連れて帰っただけなんですよ」
「何か他に覚えていらっしゃるようなことは?」
「うーん……アルテナがどうしてそこにいたのか、全然覚えていないんだよ。覚えてるのは、アルテナがせい――」
「アルテナって名前だけらしいんです」
『聖剣』と言おうとしたアルテナの口を慌てて塞ぐと、俺は愛想笑いを浮かべた。
変な事を言う奴だと思われて、登録不可にでもなったら面倒くさい。
その間、帳面を調べていた組合の受け付けの女性は、首を傾げながら帳面を閉じた。
「そうでしたか……。ここ最近ファタリアで、行方がわからなくなくなっている採掘者の方は、四名だけのようですね。パーティーを組まれていたようなのですが、残念ながらそのメンバーに女性の方はいらっしゃいませんでした。もしかしたら、別の町で採掘者として登録をしていらっしゃるのかもしれません。よろしければ、他の町の採掘者で行方不明者が出ていないか、問い合わせしてみましょうか?」
「そうですか、お願いします」
多分、該当者はいないだろうけど。
「それで、名前の記入はこれで問題ないんでしょうか」
「問題は無いですけど……えっと、アルテナさんで読みは合っていますか?」
「うん」
「ファミリーネームは?」
「レチカにしておけ」
「いいの? じゃあアルテナ・レチカで」
年齢は十五歳と俺よりも一つ歳下にしておく。
俺と同年代みたいな外見をしているけど、精神年齢が俺よりも高いようには見えないしな。
それから住所や過去の賞罰の有無なども記入し終えた所で、砂時計と一枚のカードが渡される。
「では、こちらがアルテナ様の採掘者時計と探索時間カードです。どちらも紛失されますと、採掘者としての探索時間がゼロからの再出発となりますので、絶対になくさないように注意してください。採掘者時計と探索時間カードの説明はご入用ですか?」
「ああ、それは俺からしておきます」
「かしこまりました。それでは採掘者登録の手続きは全て完了となります。お疲れ様でした」
「ありがとう」
俺はそう言うと、アルテナを連れて窓口を離れる。
「ねえねえ、この砂時計って何?」
「その砂時計は採掘者の身分証だ。台座の金属板に数字が刻まれているだろう? その数字がお前の登録番号になる。ほら、こっちの探索時間カードにも同じ数字が刻まれてる」
「本当だ」
この砂時計の砂は全部落ちると丁度七十二時間。これは迷宮に、通常の手段で人が滞在できる限界時間と同じ時間だ。
「この砂が全部落ちきる前に、迷宮から戻って来いって事なんだね?」
「そういう事だ」
ちなみに採掘者組合の看板にある砂時計の意匠は、これが元になっている。
「迷宮に入る時と出る時に、探索時間カードを亀裂にいる採掘者組合の職員に渡して、迷宮へ入った時間と退出時間をそれぞれ記入してもらうんだ。正規の亀裂以外にも、神の障壁には亀裂があるんだけど、そこから神の城壁内に入っても、探索時間カードは更新されない。その場合、実績として数えられなくなるから注意な」
「これ、記入欄がいっぱいになったらどうするの?」
「組合で新しいカードをもらうだけ」
「ふーん」
アルテナは俺の説明を聞きながら砂時計を弄んでいたが、不意に俺を見てニパッと笑った。
「これでアルテナもノアと同じ採掘者なんだよね?」
「あ、ああ、まあそうなるな」
その笑顔があまりにも可愛らしかったので、ちょっとどもってしまった。
動揺を誤魔化すために俺は周囲を見回し、その店で目を止めた。
剣と槍が交差した意匠の看板が掛けられた大きな建物。
俺はそこへ歩いていくと、広場に面した窓の中を覗き込む。
「どうしたの?」
「良かった。まだ売れてない」
その窓の中には、よく目立つ位置にひと振りの刀が飾られている。
「へえ……良い刀だね」
「七代目ベンゲルスの作品。魔石がまだ嵌められて無いけれど、最高品質の一振り」
鋼の刀身が青みを帯びているように見える。
代々名工と呼ばれる刀剣鍛冶師のベンゲルスの一族。特に五代目が稀代の名工と呼ばれる刀剣鍛冶師だったらしいのだが、まだ若い七代目ベンゲルスはいずれその五代目をも上回るのではないかという才を持つらしい。
その噂を実証する通り、まだ魔石を嵌めて魔剣に加工されていないにも関わらず、すでに銀貨五千四百枚の値札が付けられている。
「いつか、七代目ベンゲルスの打った剣を俺の店先に並べるのが夢なんだよ」
「へえ……」
「だから、アルテナが七代目ベンゲルスよりも高い金貨一万枚とかいう世迷い言、認められん!」
「どうして!? アルテナは神様が創った聖剣だよ!? それなのに、人の打った剣に負けるはずないじゃない!?」
「あの刀身を見ろよ! あの透き通った刃! あれこそ至高! あれこそ俺が求めた理想の剣だ!」
「アルテナだって! アルテナだって! 『太陽の光を集めたかの如く、眩き刀身を持つ光輝の聖剣』って呼ばれてたんだよ!」
「はーん? 記憶がないんじゃなかったのか!? そこまで言うんだったら、お前の聖剣になった姿を見せてみろよ!」
「だからマスターがいないと無理なんだってば!」
「ほれ見ろ。見せられないんじゃないか」
「くぅ、悔しい! なんだろ……アルテナの中で、聖剣にあるまじき何だか黒いものがドロドロと溜まってる気がするよっ!」
「ちょっとお客さん、困ります。店の前で騒がれちゃ……」
「「あ、すいません」」
騒いでいたらお店の人に叱られた。
そそくさと店の前を離れる。
「まあいいや、さっさと買い物の続きに行くぞ。必要な物を買い揃えたら、明日早速お前を拾った場所まで行ってみるか。ファタリアの亀裂から二百メートルくらい入った場所だし、すぐに行けるだろう」
「うん」




