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第三十二話

 王都メルキア。

 貴族や豪商の家が建ち並ぶ一等地に、町の一区画がすっぽりと入るのではないかと思われる巨大な庭園を持つ屋敷があった。庭園の草木は丁寧に刈り込まれ、池には観賞用の魚が優雅に泳ぐ。

 その風情に溢れた庭を通り過ぎると、庭木に隠されて見えなかった剥き出しの土が広がる一角が現れる。

 そこに一人の青年と、彼らから大きく距離を取って青年に注目する大勢の人々がいた。

 人々の中心に立つ青年はすらりとした長身。黒いシャツに黒いズボン、そして黒いマントがオールバックにした彼の見事な金髪を映えさせる。整った鼻梁に涼し気な目元は、周囲を囲む女性たちから感嘆のため息を漏らす程。

 黒いマントを夜風に靡かせ、右手に持つ剣に月光をギラリと反射させて立つ姿は颯爽としていて、一枚の絵を見ているようだった。


「っはああああ!」


 青年に見惚れていた人々をはっと現実に引き戻したのは、青年の口から迸った裂帛の気合。

 途端、青年の構える剣から白光が迸り、彼を見つめる人々の顔に熱風が吹き付けた。

 その白き光の正体は高温の炎。

 剣から迸った白炎は、生き物のように青年の周囲で激しく暴れ、次の瞬間――。

 白炎の先端がまるで大蛇が獲物を呑み込むかのように、青年の腕試しにと用意された木人を包み込んだ。

 その様子に人々が息を呑んで見守る中、青年はキンッという軽やかな音とともに剣を納刀。

 燃え盛る白炎が消え失せ、後には炭化どころか白い灰となりボロボロと崩れさる木人だけが残されていた。


 ひと時の静寂。


「すばらしい……」


 真っ先にそう言って声を掛けたのは、青年を囲んでいた人々の中で最前列に立っていた男。

 この屋敷の当主である。

 彼は青年の元に歩み寄るとため息混じりに手を伸ばした。


「やれやれ、それほどの力を見せつけられては、我々が幾ら研鑽を積み、名剣を鍛え、強大な魔力を付与しようとも、所詮は模造品(レプリカ)にすぎないと思い知らされてしまうな」

「いえいえ、ご謙遜を。当主様の工房で制作された魔剣ももはや聖剣にも劣らぬ品物。私も大変愛用していますよ」


 手を力強く握り返した青年は、懐からひと振りのナイフを取り出すと、


「失礼」

「それは我が工房制のナイフか」


 青年は頷くと、ヒュッと数メートル先にあった岩へナイフを投げつけた。

 するとカシィッという軽快な音を立てて、ナイフは鍔元まで岩に刺さる。


「お見事。魔石より魔力を引き出し扱えるようにできる魔法道具(マジックアイテム)といえども、誰もがその性能を完全に扱えるようになれるわけではない。ある程度の力は引き出せても、魔剣の力を完全に引き出すためには努力と――そして持って生まれた才能が必要だ」

「はは、私はどんな魔剣であろうとも、手に取ると力の使い方がわかってしまうのです。そうですね、魔剣が私に語りかけてくれる、とでも言いましょうか」

「なるほど。君が持つ聖剣、それも君に語りかけてくれるのかね?」

「聖剣グロウグラム。とある遺跡で見つけた私の愛剣です。少々じゃじゃ馬でして、私でなければ使いこなせないでしょう」

「大したものだ」


 屋敷の当主は青年の言葉に、大仰に手を広げて感嘆した。


「私の古い友人も聖剣を持っているが、君ならもしかしたらその友人以上に彼の持つ聖剣も扱えるのかもしれんなあ」

「当主様の仰られる古い友人がどなたか見当はつきますが、おそらくはその彼よりも私のほうが扱えるでしょう」


 青年は自信ありげに頷いてみせた。


「私に扱えない魔剣は存在しません。もちろん聖剣もです」

「はは、大した自信だ。若い者はそうでなくちゃならん。気に入ったよ。メルキアに滞在中は我が屋敷を自分の家のように使ってくれて構わない。いくらでも滞在されるがよろしい」

「ありがとうございます。実はメルキアには、あるものを探す目的のため寄らせて頂いたのです」

「ほう……探しものかね? 失礼だが、何を探しているのか尋ねてみても?」

「探しものとはある強力な力を秘めた剣なのです。どうやらこの国に流れ着いたらしく、しばらくはこの王都メルキアと近隣の町村を調べて回るつもりです」

「強力な力を秘めた剣か!」

「はい。いつの間にか私も『聖剣の勇者』などと、自身には過ぎた名で呼ばれるようになりました。ですが勇者としての働きを期待されている以上、私は常に正義を執行するための大きな力を求めなければなりません。そのために必要な力を秘めた剣がこの国のどこかに存在するのです」

「なるほど、素晴らしい志だ。私に何か協力できるような事があれば遠慮なく申し出てくれ」

「ありがとうございます。当主様には滞在先を提供して頂けただけでも十分ですよ」

「後でうちの家のものも紹介させてもらおう」

「あ、いえ、奥様とは先程挨拶を済ませました。大変お美しいお方で」

「そうか、あとは娘が一人いるのだが学生でな。王立学院の学生寮に入っていて、今は家におらんのだ」

「ほう……娘さんが」


 青年の目がキラリと光ったが、屋敷の当主は妻が美人と言われたことに気を良くし、その事に気づかず話を続ける。


「私の父の悪い影響を受けてしまっておってな、大層なじゃじゃ馬で困っているんだ。帰り次第迎えに行かせるつもりだ。帰ってきたら君に挨拶させよう」

「お嬢様は奥様に似て、さぞお美しい方なのでしょう」

「親の贔屓目抜きに美人だと思うぞ」


 当主の言葉と視線を受けて、周りにいた人々――この屋敷の使用人たちが頷くのを青年は観察していた。

 当主の言葉だからではない。

 ここに集まっている誰もが、心からこの屋敷の一人娘が美しい娘であることに同意している。

 使用人たちの様子からそう見て取った青年は、何度も何度も頷いてみせた。そして、周囲の反応を窺うついでに、集まっている使用人たちの中から、素早く特に見栄えが良く若い娘の数人に目星をつける。


「それは……お会いするのが本当に楽しみですね」

「はは、外はそろそろ冷えてきたな。どうだね、中に入ってワインでも?」

「頂きましょう」


 青年は当主に内心を悟られないよう終始にこやかに微笑みつつ、先を歩く屋敷の当主の後について部屋へと戻るのだった。



 ◇◆シーナ◆◇



「じゃあノア、アルテナ。次の探索は再来週ということでいいのかな?」

「ああ、悪いな。店の再開の支度もしたいし、来週のパーティーはお休みにさせてくれ」

「気にするな。私もその間に溜まっていた雑事も片付けておきたい。一応学生だし、勉強もしておきたいと思う」

「そうか。じゃあ、気をつけて帰れよ」

「またね、シーナ。バイバイ」


 ドンペリーニの仕事を終えた三人は報酬を早速山分けした。

 報酬の金額は銀貨で三千枚。

 三千枚なんてとても持って歩けないので、金貨百枚にしてもらった。

 金貨一枚で銀貨三十枚の換算だ。

 乗合馬車の固い木の座席に座って、流れていく景色を眺めながら、


(ノアの奴、顔がニヤけっぱなしだったな)


 報酬を受け取る時のノアの顔を思い出して、クスクスと笑ってしまった。

 高額の報酬を前にして小躍りしたい気分なのだろうが、ドンペリーニの手前必死に表情を取り繕うとして小鼻がピクピクとしていた。

 隣にいたシーナにはそれが丸見えで、ノアに悪いと思いつつも吹き出すのを苦労したくらいだ。

 シーナも報酬を受け取って嬉しい気持ちは同じだ。

 銀貨とは違う金貨のずっしりとした重みは、シーナの望みにまた一歩近づいた証なのだから。

 ノアが借金を返済し、店を大きくしたいという夢を持つように、シーナにも夢がある。

 その夢を叶えるため、忙しい毎日を送る合間に採掘者(ディガー)として活動しているのだ。



 

 ファタリアから王都メルキア間は、乗合馬車でおよそ二時間程度。

 ファタリアの駅とは違って、王都メルキアでは市に入る門の前が終着駅となっている。

 これは王都ということで、不審者が乗客に紛れ込んで市内に入らないようにするための措置だろう。

 シーナと乗り合わせた乗客たちは料金を支払うと、門の前にある検問所へ向かっている。

 そこで身分証を提示し、メルキア外の民なら入市税を支払えば王都へと入れる。そして入った所で、市内でさらに遠方に目的地があるものは、市内だけを走る乗合馬車に改めて乗ることになるのだ。


 シーナも乗客に続いて乗合馬車の昇降ステップを降りて、検問所を向かおうとして――足を止めた。

 形の良い眉をひそめて見た先には、乗合馬車よりも一回り以上大きな馬車。

 ただ、大きいだけの馬車であれば王都だけあって王侯貴族が住まうメルキア。当然、貴族の乗る馬車も市内を行き交うため、珍しいものではない。

 しかし、乗合馬車の駅に停車するその馬車は黒い塗装が見事に磨かれていて、経年劣化で茶色の塗装がところどころ剥げてしまっている他の乗合馬車の客車と違う存在感を出している。

 その客車を索く二頭の馬も、軍馬のように馬体が大きい。

 馬車馬として使役するのが勿体ないくらいの良馬だった。

 これだけの馬車ともなれば、王都でもそうそう見ない。

 目立っていた。

 その目立つ馬車の側に、一人の執事然とした老齢の男とメイドが二人立っている。

 そしてその目立っている三人はシーナの姿を認めると、見惚れるような動作で丁寧に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。お迎えに上がりました」


 嫌そうな表情を浮かべるシーナに構わず、老執事は慇懃な態度を崩さずに黒塗りの馬車へと招こうとする。


「アルド。こういう真似は辞めてくれと以前にも話しておいたはずだが?」

「申し訳ございません、お嬢様。ですが旦那様の申し付けでございまして、急ぎお迎えに上がらせて頂きました」

「お父様が? 私を?」

「はい。只今、当家にお客様が参られていまして、お嬢様にもぜひ顔を出して挨拶するようにと仰せでございます」

「そうか」

「一度、屋敷に戻られてお着替えを済ませられてから、ご挨拶に伺われるとよろしいかと」


 シーナは頷いた。

 父の客人がどういった素性の者かは知らないが、さすがに採掘者(ディガー)としての服装で会うのはまずい。

 湯浴みをし、香水を振り髪を梳き薄く化粧もしなければならないだろう。


「お荷物をお持ち致します」

「必要ない」


 メイドがシーナの荷物を受け取ろうと手を差し伸べたが、そっけなく断ると黒塗りの馬車へ歩く。

 ただ事ではない馬車が迎えに来た人物がシーナと知って、無遠慮に周囲でジロジロと見ていた人々のどよめきが大きくなる。

 シーナの正体に思い至った者がいたらしい。

 ハッとした表情を浮かべて、連れや近くの人と声を潜めて話している者たちがいる。

 シーナの顔は、メルキアではそれなりに知れ渡っているのだ。

 だからこそシーナは、採掘者(ディガー)としてメルキアを拠点とせず、ファタリアを拠点としていたのだ。

 あの町でシーナの顔を知るものは限られていた。


(帰ってきたばかりだが、ファタリアに戻りたい……)


 乗合馬車の固い木製の座席と違って、クッションの利いた座席に座り深々とため息を吐く。


「出発せよ」


 アルドの命令で御者が出発する。

 市門で検問などされる事も無い。

 むしろ検問に立つ兵士からは、恭しく敬礼を送られる。

 シーナの実家にはそれだけの力があった。

 ただ馬車に乗り込んでしまえば、そんな兵士たちの姿も見えなければ、群衆の好奇の視線に晒されることもない。

 気分を落ち着けたシーナは老執事に尋ねた。


「それでアルド。お客様とは一体どちら様なのだ? お父様が私をお呼びになられるくらいだ。相当、名の知れたお方なのだろう?」

「ええ。お嬢様も驚きになられるかと思います」

「ほう」


 ふと、シーナは老執事の隣と自身の隣に座るメイドの表情がパッと嬉しそうに華やいだのが気になった。

 頬が上気し、どことなく浮かれているように見える。


「お客様の名前はローエン・ルフレーブ様。『聖剣の勇者』と呼ばれているお方にございます」


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