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第三十話

 あらかたフロアを調べ終えた後で、部屋の一室で休息を取ろうと全員の意見が一致。


「そういえば、この塔にいた者たちはどうしたのだろうか?」


 部屋の一つを拠点に決めて、中の棚や机、寝台などを立てかけたり積み上げたりしてバリケードにしている時だった。

 部屋の中央にあった食器などの破片やガラクタを片付けて、適当な木材――他の部屋にあった棚や机、椅子を砕いた――を薪代わりに火を熾していたシーナがそんな事を言った。


「どうしたって何が?」

「いや、塔が土に埋もれた時、中にいた人たちはどうしたんだろうって? 土に閉じ込められたのなら、遺体の一つや二つあっても不思議じゃないと思うんだが……」


 確かにシーナの言うとおり、調べ終えた部屋の中に人の遺骨のようなものは見当たらなかった。


「そもそも土に埋まった時に、みんな逃げ出しちゃってたんじゃないのかな?」

「いや」


 アルテナは迷宮が創造された時に眠りについたようだから知らなくても無理はない。


「多分、この遺跡が土に埋もれた時、中には人がいたはずだ」

「そうだな。食器のような物の破片、残された大量の書物、衣服類もあった。生活していた痕跡がたくさん残されているんだ。多分、土の埋まる直前まで人が生活していたのは間違いない」

「土砂が巻き上げられて地上に降り注いだ時、一瞬の事だったからね。逃げられる暇なんて無かったと思うよ」


 痛ましそうに言うルナさんの言葉通り、一昼夜もしないうちに何もない所へ幾つもの山ができたという、当時を生き延びた人々の証言が記録や伝承となって残されている。

 そして実際にそうやって地下に埋もれた迷宮では、当時生き埋めにされてしまった者たちが不死者(アンデッド)として徘徊している。

 突然生を奪われた憎しみに囚われたまま、瘴気で強制的に蘇り、生者へ恨みを晴らすべく、迷宮へ侵入した採掘者(ディガー)へ襲いかかるのだ。

 ちなみに、そうした土砂災害による生き埋めやその他の災害を運良く免れて生き残ったものの、結局瘴気に冒されてしまった者たちが亜人である。


「運良くこの遺跡にいた人たちが全員外出していたとかでもない限り、骨が残されていてもおかしくないよな」


 その場合でも命は落としているわけで、何とも無慈悲な話である。そして塔に閉じ込められたまま命を落としたなら、ここらで定番の不死者(アンデッド)モンスター、スケルトンが徘徊していそうなんだが。


「いないならいないで、楽でいいよ」


 荷物から昼間に狩った巨腕熊ビッグ・ハンズ・ベアーの焼肉の残りを取り出し、早速火で炙り始めたルナさんが気楽に言う。そしてその後は交替で火の番と見張りをしつつ休息を取った翌朝――というか、教会の鐘もなければ、窓もなく日の明かりも差し込まない遺跡の中で、本当に今が朝なのかどうかはよくわからない。

 採掘者(ディガー)の身分証明証を兼ねる砂時計、採掘者(ディガー)時計の砂の落ち具合から、大体の時間を推測すると今は朝の六時くらい。

 朝食を簡単に済ませ、上の階へと続いていた階段を登った所で横に伸びた通路があった。


「これは……渡り廊下だったのだろうか?」


 灰色の石材でできた床を戦鎚(ウォーハンマー)で叩いた後で、シーナが明かり(ライティング)の指輪で奥を照らしだす。何箇所か、渡り廊下の途中にある窓から流れ込んだ土塊が通路を塞いでいたが、その量は大して多く無さそうだ。


「どうする? このまま塔の上を探索するのか。それともこっちの通路を行ってみるか?」

「そうだねぇ……」


 ルナさんは迷うように塔の奥と、新しく現れた廊下の奥へ交互に視線を彷徨わせた。


「ボクたちの推測通り、ここが何かの研究機関か学問施設だとしたら、こっちの塔は居住区で廊下の先が本棟ってことだよね、きっと」

「それなら研究室も本棟にあるのが普通だと思う。少なくとも私が通う学校ではそうだ」


 まあ、居住区に研究室を構えることはないだろうとは、初等学校までしか行ったことのない俺にもわかる。この廊下の先へ行ってみることにした。



 ◇◆◇◆◇



 行く手を遮る渡り廊下の先が、少なくとも教育機関じゃ無いことだけはすぐに分かった。


「何だ、ここは……」


 広大な空間が広がっていた。

 左右には今までの石造りだった廊下と違って、金属製の通路が伸びていて、階下に落ちないよう手すりが取り付けられてあった。そして天井も相当高い。


「下まで結構あるねぇ。ここからだと下の床しか見えないけど……」

「アルテナ、手すりに寄りかかるのは止めとけよ。下手すると落ちるぞ」


 下を覗き込むアルテナへ注意する。

 長い年月を経て、手すりは完全に錆びついていた。試しに戦鎚(ウォーハンマー)で叩いてみると、軽い手応えを感じただけで、ボロボロと錆の塊がこぼれ落ちる。


「うーん……これは思ってた以上に期待できるかも」

「どういうことですか?」


 天井を明かり(ライティング)で照らしていたルナさんに尋ねてみると。


「ここは地中にあるんだよ? 当然天井の上には大量の土が降り積もってる。柱もないのに土の重さで天井が落ちていないってことは、それだけ頑丈な素材で遺跡が造られたってことだよね」

「なるほど」


 ひとまず左手側に通路を進んでみることにした。

 戦鎚(ウォーハンマー)を持つ俺とシーナが前に立って、石突き側で床を叩いて進む。ガンガンと床を叩く音と、俺たちの立てる足音だけが広大な空間の中に響き渡っていた。

 錆でボロボロの手すりと違って床材は錆に強い金属を使ったのか、突然足場が崩れて下へ落ちるようなことは無さそうだった。手すりに寄りかからないよう気を付けつつ下を覗き込むと、優に十メートルはありそうな高さだった。

 落ちれば当然怪我だけではすまない。


「止まって」


 不意にシーナが小さな声で注意を促した。

 俺たちの向かう方向から、カシャン……カシャン……という足音。

 足音のようだが、俺たちの履いている革靴が立てる音と違って、乾いたような軽い音。それが複数聞こえて来る。

 こんなところに俺たち以外で動いている存在など一つしか無い。

 モンスターだ。

 程なくしてそれは姿を現した。


「スケルトンだ」

「ああ、遺跡には定番のモンスターだな」


 俺の呟きにシーナが戦鎚(ウォーハンマー)を構えて頷いた。

 スケルトンは人や亜人、動物の遺体が瘴気に冒されて生まれる、ゾンビと並んで有名な不死者(アンデッド)。骨格だけのモンスターだ。

 俺たちの前に現れたのは人の骨だ。

 カタカタと歯を鳴らしつつ、ゆらゆらとした動きでこっちに近づいてくる。その数はたくさん。


「ここにいた人たちの成れの果てなのかな?」

「そうだろうな」


 アルテナの言うとおり、この施設にいた研究者たちはこの場所にいた時に迷宮生成の天変地異に巻き込まれ、ここで亡くなった。そしてその亡骸は瘴気に冒されて不死者(アンデッド)と化したものの、塔と結ぶ渡り廊下は土塊で塞がれていてここから出られなかった。だから塔ではモンスターに出くわさなかったのだ。

 スケルトンの武装は実に様々だった。

 ナイフや短剣、長剣、杖や棒を者もいて、俺やシーナに向かって殴りかかってくる。

 ちなみにゾンビとなった遺体がさらに死後時間が経過して、肉が全て腐り落ちてしまったものがスケルトン。筋肉も腱も無いのになぜ動けるのかは解明されていない。

 しかし、骨だけになったスケルトンの動きはゾンビよりも早かった。筋肉や臓器などが失われて、身体が軽くなっているからか? よく理屈はわからない。ただ、ゾンビと違って筋肉を失った奴らの攻撃は軽かった。

 使い慣れていない戦鎚(ウォーハンマー)だけど、攻撃をいなし、反撃に腰骨辺りを砕く。

 ガシャンという軽い音を立てて、俺の薙ぎ払ったスケルトンが崩れ落ちた。

 ところが――。


「おお? こいつら再生するぞ?」


 腰骨を叩き折って上半身と下半身を断ってやったのに、スケルトンがカタカタと歯を鳴らすと、上半身がふわりと浮かび上がって折れた下半身と合体。元通りの姿へ戻った。

 まるで見えない糸で操作されている操り人形のよう。


「こいつらの魔石は頭蓋の中だ。頭蓋を割って中の魔石を取り出さない限り、再生するって聞いたぞ」


 シーナがそう言いつつ、ブンッと横殴りに振った戦鎚(ウォーハンマー)が、スケルトンの頭蓋へ命中。首の骨から外れて吹っ飛んだ頭蓋が壁にグシャッと叩きつけられる。そして割れた頭蓋からゴロリと魔石が転がり出た。

 途端、頭蓋を失ったスケルトンは、糸が来られた人形のようにその場でバラバラに崩れてしまった。


「シーナさんの言うとおりだね。スケルトンの弱点は頭。それと不死者(アンデッド)は基本的に炎にも弱いよ」

「炎に弱いなら、アルテナの出番なんだよ。『火炎弾(ファイア・ボルト)』!」


 剣で頭蓋を叩き割っていたルナさんの助言を受けて、アルテナがスケルトンへ『火炎弾(ファイア・ボルト)』を叩き込む。

 するとぼっと一息に燃え上がり、あっという間に白い灰になってしまった。


「わあ、アルテナの『火炎弾(ファイア・ボルト)』だと、あっさり倒せちゃうんだよ――熱っ!」


 灰の中に転がっていた魔石に手を伸ばしたアルテナが、慌てて手を引っ込めた。


「そりゃ燃やしたんだから熱いのは当然だろ!? 魔石を拾うのは後でもできる。先に残りのスケルトンをどんどん燃やしちまえ!」


 数だけはたくさんいたが、正直言ってゾンビよりもかなり弱い。手に持った武器で殴りかかってくるだけだし、弱点もわかっているとなれば殲滅は時間の問題だった。

 程なくしてバラバラになって散乱した骨と、白い灰だけが残された。


「精霊シエラバザードよ、願わくば彼らに安らかな眠りを与えたまえ……」


 跪いたシーナがシエラ教の聖印を取り出して祈っている。

 俺もシーナに倣って祈りを捧げていると。


「……ゴメンよ」


 ルナさんは胸に手を当てて黙祷し、小さく頭を下げていた。


「ああ、ボクはシエラ教の信者じゃないから」


 俺が見ていたことに気づいたルナさんはそう言って笑った。


「ボクは特定の神様を信じているわけじゃないから。こうやって彼らの安眠を祈るくらいしかできないけど」

「いえ、それでも彼らは喜ぶと思います」

「そうだといいね」


 このクレスティア王国と周辺諸国は、ほとんどが国教をシエラ教としている。俺も年始に祈る程度だけど、シエラ教徒と言っていい。

 ルナさんはこの辺の国出身じゃないのかもしれないな。

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