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ファタリアの町、採掘者組合(改稿済)

 町の外壁門から東西南北に伸びるメインストリート。


「わああ、ノア! ノア! ノアの家よりも大きな家がいっぱい並んでるよ! それにあそこは何だろう? お店かな? 人がたくさん集まってる!」


 アルテナが目を輝かせている。

 行き交う人々、真っ直ぐに伸びた通りの両側に、隙間なく並ぶ多種多様な店、店頭に並ぶ珍しい品々――全てが新鮮に映るらしい。


「すごいなあ、人がいっぱいいるんだよ! おっきな建物もいっぱいなんだよ!」


 好奇心の赴くままにアルテナが、あっちにフラフラ、こっちへフラフラとする。

 と、通りの真ん中を走る馬車とぶつかりそうになり、激しく警鐘を鳴らされた。

 慌ててアルテナの首根っこを掴んで、何とかぶつからずにすむ。


「気をつけろ! 死にたいのか!」


 こちらに向けて怒鳴る御者へ、「わりぃ」と俺は小さく手を上げて謝った。


「お前、浮かれすぎだ」

「うう……だって、こんなに人が一杯いる町なんて、アルテナは初めてなんだよ……」

「そうなのか?」

「うん、多分。記憶を取り戻したらわかんないけど」


 そう言うと怒られたばかりだというのに、アルテナは懲りずにまたもフラフラと通りの真ん中へと出ていきそうになり。


「こら」


 俺はそんなアルテナの首根っこをヒョイっと捕まえると、手を握った。


「はぐれるから、手を繋いでおけ」

「うん」


 柔らかい。女の子の手だ。

 生まれてこの方、女の子の手なんて握ったこと無いので、ちょっとドキドキする。

 バレてないだろうか?

 アルテナは俺の様子に気付かず、周囲をキョロキョロと見回していたので俺は内心ホッとした。


「それでアルテナ、本当に一緒に行く気なのか? 危ないんだぞ迷宮は」

「うん、だってアルテナを拾った所に行けば、もしかしたら記憶が戻るかもしれないし……」


 今日は土曜日。

 昨日の夜、定休日前なので迷宮に潜る準備をしている俺に、アルテナが一緒に行きたいと言い出した。

 迷宮で俺がアルテナを拾った場所にもう一度行けば、失った記憶を取り戻す手がかりがあるんじゃないかと言うのだ。

 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 だけど迷宮は行きたいから行くと簡単に言える場所じゃない。

 潜るためにはそれなりの準備を必要とするのだ。

 そこで今日はまず、アルテナの装備を整える事にした。

 メインストリートを東に向かって真っ直ぐ歩いていくと、門前の大きな広場へと出た。


「ねね、ノア。あれ買って欲しいんだよ!」


 露店の串焼き屋を見つけたアルテナがグイグイと手を引っ張る。

 朝を何も食べずに家を出てきたし、朝食代わりにちょうど良いか。


「親父、串焼き二本くれ」

「一本賤貨(せんか)十五枚な……銅貨三枚、確かに」


 賤貨十枚で銅貨一枚だ。

 串焼きを二本受け取った俺は一本をアルテナに渡す。

 この広場は早朝には近隣の村からやって来た者たちが自由に市を開き、大勢の人で賑わう場所で、今も六時の開門と同時に入って来た行商人や露天商、そして買い物客、旅行中の人々、そして迷宮から帰ってきたばかりの採掘者(ディガー)に、これから出発する採掘者(ディガー)などの雑多な人々でごった返している。


「まず古着屋行くぞ」

「古着屋?」

「だって、お前の着てる服は俺の服だぜ? つまり男物だ。アルテナだって女性用の服が欲しいだろ?」


 俺の肩のあたりまでしか背丈の無いアルテナでは、当然丈が合うはずもなく、ズボンの裾は折っている。


「この服も結構動きやすくて好きなんだよ?」


 そう言うと、アルテナは両手を上げて自分の姿を見下ろした。


「武器とかはうちの店で適当に見繕うとして……。そういえばお前、武器はどうする? やっぱり剣がいいのか?」

「そうだね……、一応炎を操れるし、武器は無くてもいいかなって思うんだけど?」

「ふーん……それでその炎って奴はどのくらいの威力が出せるんだ?」

「今のままでもノアを丸焦げにできるくらい?」

「言ったなこのやろう。よーし、それでもナイフの一本くらい持っとけ。ぶっちゃけ迷宮の中はサバイバルだ。ナイフ一本あるのと無いのとじゃ、全然違う」


 特にナイフは予備の武器としてだけでなく、モンスターの解体に料理、道具作りなど、様々な用途で活躍する。ヘタな武器よりもまず上等なナイフを買えと言われるくらいだ。


「……ノアも駆け出しなのに、随分と偉そうだね?」

「お前に比べたらな」

「アルテナなんて、迷宮の中心――一番深いところまで行ってるはずなんだけどな」


 確かに聖剣だというアルテナの主張が正しいならば、かつて神々の手にあって邪神を斬り裂き、迷宮の一番深い場所にまで行っているはずだ。


「その割には、随分と迷宮の外縁部にいたよな?」

「え? そうなの?」

「ああ。俺がアルテナを見つけた場所は、神の城壁から大体二百メートルも無いくらい所だったんだ。それも地底」

「ふーん、そうなんだ」

「ふーんって……、気にならないのか? どうしてそんな場所にいたのか」

「気にしたって、覚えてないものは仕方ないんだよ。そんなことよりも……」

「……何だよ?」

「おかわりもらえるかな?」


 串を見せてコクンと、小さく首を傾げる。


「…………お前、よく食うなぁ。言っとくけど食った分の金、全部つけておくからな」

「あはは、心配ないんだよ。アルテナの価格は金貨一万枚なんだよ? 売れたら十分お釣り来ると思うんだよ?」

「……売れたらな。売れなかったらお前は不良在庫! 赤字なんだからな、赤字!」

「わあああ、ひどい! 不良在庫だなんてひどい!」

「あっ、こらっ、てめえっ、泣きながら人の串焼きにかぶりつくんじゃ……このっ、こらっ、かえせっ!」

「ぶーっ! もう食べちゃいました! 返せませんっ!」

「てめえっ、最後の肉全部食いやがって……」 


 古着屋は東側の壁沿いにあった。

 さすがに試着なども必要だろうし、男が一緒ではまずいだろう。

 ということで俺は店の主人にアルテナの服を見繕ってくれるよう頼むことにした。

 通気性の良い麻製のシャツに丈夫なズボン、それから下着を幾つか。

 迷宮を探索している途中に雨が降って衣服が濡れてしまい、乾いた服に着替えることができなかったりしたら、命を落とす事になりかねない。

 十分な数を用意してもらう事にした。


 それから上着として、毛皮で作られたマントも買ってやった。

 季節は春を迎えて日中は暖かくなってきていて、毛皮の服を着るには暑いのだが、夜はまだ随分と涼しいのだ。

 迷宮は地底に潜る事も多く、そうした場所では気温も低い。暑いだけなら服を脱げば良いが、寒さだけはどうしようもないのだ。


「わあ、いろんな服があって目移りしちゃう。ねえねえ、これなんてアルテナに似合うと思う?」

「動きやすそうだし、それも貰っておけ。……はあ、金が飛んで行く……」


 アルテナが楽しそうに服の山を前にして選んでいるのを見て、「聖剣って言っても女の子なんだな」と、俺は軽くなった財布を握りしめつつそんな事を考えていた。


「次はどこへ行くの?」


 わくわくした表情で見上げてくるアルテナ。その仕草がとても可愛らしくて、思わずどきりとしてしまった。


「つ、次は靴を買いに行くぞ」


 ドギマギしてしまった事を誤魔化すため、古着屋で大量に購入した衣類を抱え直し、ぶっきらぼうな口調で言って歩き出す。と、そこにアルテナが後ろからシャツを引っ張った。


「あ、ごめん……」

「何?」

「えっとね……お腹空いちゃったかな?」


 ちょっと情けなさそうな顔で言うアルテナ。


「さっき食ったばかりじゃないか!」

「そんな事言ったって……」

「まあ、あれだけはしゃいで町を歩き回って、大喜びで服を選んでいたら腹も減るよな」

「うう……だって、お買い物が楽しかったんだよ……」

「まあいいや、ちょっと早いけど昼飯にするか。丁度いいし、採掘者(ディガー)組合に行くぞ」

採掘者(ディガー)組合?」

採掘者(ディガー)同士の互助組織って奴だ。俺たち採掘者(ディガー)が迷宮に潜って、例えばモンスターの魔石や毛皮、肉といった素材を手に入れたとするだろう?」

「うん」

「その素材を今度は換金しなくちゃならないんだけど、いちいち採掘者(ディガー)が、その素材それぞれを買い取ってくれる業者を探すのは大変だ。そこで組合が一手に買い取って、素材を必要としている所へ売却してくれるんだ。もちろん、結構な手数料を取られるけどな」

「手数料を取られるなら、直接業者さんに持っていったほうが稼げるんじゃないの?」

「もちろんそうだ。懇意にしている業者がいるなら、そうしたほうが儲かるな。でも、そうでない場合は、多少の手数料を払っても組合に持ち込んだほうが、買い取り先を探す手間が省けて効率がいいんだよ。それに業者にしたって、そのほうが安定した供給を望めるだろ?」


 ふぅん、とアルテナ。

 採掘者(ディガー)組合は、東門前の広場に面した場所に建てられている。

 ファタリアの町自体が採掘者(ディガー)たちの拠点として発展してきたからか、その本部と言うべき組合の建物は随分と大きい。

 正面扉の上には採掘者(ディガー)組合の象徴、砂時計を意匠した看板が掛けられていた。

 組合の中は採掘者(ディガー)に必要と思われる、ありとあらゆるものが用意されている。

 迷宮内に潜る時に必要な武器、防具、各種薬品や道具類、そして情報を交換するための掲示板、大規模な食堂だって何でもありだ。


「定食二人前。飲み物は水でいい」


 食堂に入って二人分の空いている席を見つけると、料理を注文する。

 料理を待っている間、アルテナが物珍しげに食堂の中を見回している。

 昼時だからか、店内では採掘者(ディガー)らしき連中がごった返していた。

 荒事が多い職業だからか男の姿が多いが、女性だって少なくない数がいる。

 見ていると、客の回転も早い。

 昼からも迷宮へ出発するのか、運ばれてきた料理を誰もがかき込むように口の中へと詰め込むと、忙しげに席を立ち支払いを済ませて外へと出て行く。

 中には迷宮内で食べるのだろう、弁当を注文している者もいる。

 予め予約を入れていたのか食堂へ飛び込んでくると、接客係から包みを受け取って足早に出て行く。


 料理が運ばれてきた。

 ベーコンとたまねぎを細かく刻んで炒めたものを、豆を潰したスープに入れて、塩と胡椒で味を整えたものだ。それにパンとチーズが添えられている。


「……固いんだよ?」


 パンにかじりついたアルテナが顔をしかめていたが、俺がスープにパンを浸してから口にしているのを見て、すぐに真似をして食べ始めた。 

 固いパンを食べたことがなかったらしい。


採掘者(ディガー)って思っていたよりも立派な職業なんだね。こんなに大きな建物を作っちゃう組織もあるし」

「まあな。ファタリア自体が、集まった採掘者(ディガー)を中心にできた町って理由もあるけど、単純に文明を発展させるような発見は、迷宮の中から見つかることが多いのも理由かな。未発見の魔法道具(マジックアイテム)や逸失していた学術論文、強力な魔剣などの武器の発見。採掘者(ディガー)が存在していなければ為し得なかった偉業だよ」

「他の町でもそうなのかな?」

「多分な。神の城壁沿いに作られている町なら、どこもそうなんじゃないか? 俺はよその町には言ったことが無いけど、迷宮に遺された遺産以外にも、魔石は魔法道具(マジックアイテム)を作成するのに必要だし、肉や毛皮なんかのモンスターから取れる素材や、貴重な植物の採取だとか採掘者(ディガー)が必要とされる事は多いんだよ」


 そう言うと俺はパンの乗った籠をアルテナへ滑らせてやった。

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