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第二十七話

 もうどれだけの時間を馬車に乗って走り続けたのか。

 ファタリアの町、そして亀裂(ゲート)を潜ってからしばらくの間、ガタゴトと聞こえていたリズミカルな車の音。

 今はガタゴトというリズミカルな音ではなく。


 ガタンッ! ゴトゴト……ゴッ! ガタッ! ガタゴト……ガタタッ!

 

 何とも不規則な調子で、突然全身が飛び跳ねる程の大きな揺れが続いたかと思えば、小さく細かな振動のような揺れが続き、次の瞬間には尻を思いっきり打ち付ける程の大きな揺れが起こる。

 客車にいる俺とアルテナ、シーナの三人は、飛び跳ねる身体を支えるために、必死で客車の壁にある手すりを掴み、崩れそうになる荷物を押さえる。

 客車の中は明り取りと換気用の鉄格子窓から差し込む光だけなのだが、その僅かな明かりですらも分かるほど、俺とシーナの顔色は蒼白いものになっていた。

 つまり、簡単に言えば乗り物酔いをしていた。

 

「うう……乗り合い馬車で馬車には慣れていると思っていたが、これは……気持ち悪い……」


 シーナが口元に手を当ててそう小さくこぼす。


 喋るな、シーナ。

 舌を噛むぞ?


 そう注意したいところだったが、俺はその言葉すら口にできない。

 俺自身が舌を噛むからというわけじゃなくて、口を開けば、胸に込み上げた熱いモノが発射されてしまいそうだったからだ。

 鉄格子の窓は防御を優先に考えられていて、換気用としても通気は悪い。

 はっきり言って風がほとんど入ってこない。

 その上で、ルナさんはこの悪路にも関わらず、装甲馬車を結構な速度で走らせているようだ。

 格子窓から見える風景は驚くほどの早さで流れている。

 

 俺とシーナが口元に手を当てて、熱いモノと必死に戦っている中で、ただ一人アルテナだけが、フンフン♪と何やら鼻歌を歌いつつ身体を揺れに任せて平気そうな顔をしていた。


 何でだ、信じられねぇ……。


「ノアもシーナもどうしたの? 顔色が悪いんだよ? お水飲む?」


 ありがたい申し出だが、今は何かを口にしようと口を開けただけで大惨事となりそうだ。

 俺もシーナも生あくびを何度もしている。


 拷問だ、これは拷問だよ……。


「そんなに揺れが辛いなら、二人とも横になるといいんだよ?」


 アルテナの言う通り、横になれば多少楽かもしれない。

 だが横になるには、まず積み上げられた荷物を整頓する必要があるのだが、この揺れの中で荷物を崩さずに整頓する離れ業はちょっと難しい。


「なら休憩する時に、荷物を整頓してあげるね」


 アルテナの申し出に俺とシーナはただ、涙目で頷くだけだ。

 

 ルナさん! 

 早く、早く、一刻でも早く!

 休憩時間を! 

 お願いします! 

 馬車を、馬車を停めてください!


 俺とシーナの心からのお願いはきっと同様のもの。

 その願いが通じたのか、装甲馬車がスピードを緩めた。


 休憩?


 思わずホッとしてシーナと顔を見合わせる。

 しかし。


「そろそろ来るかなって思ったけど、やっと来たね……。おーい、三人とも。モンスターだよ!」


 休憩じゃなかった!




 ああ……まだ地面がグラグラと揺れているように感じるよ。

 武器を持って客車から転がり出た俺だったが、少しでも気を抜けばそのまま地面に寝転がってしまいそう。

 

「あはは、ノアもシーナもゾンビみたいな顔色してるんだよ?」


 同様に膝を付きそうなシーナと俺を見て、御者台から降りてきたルナさんが意地の悪い笑みを浮かべる。


「どうやら二人とも装甲馬車の洗礼を受けたみたいだね。ああ、アルテナさんは無事なんだね」

「うん。アルテナはね、大丈夫なんだよ」 

「でも二人とも、調子が悪そうなところを申し訳ないんだけど、モンスターはこちらの事情など斟酌はしてくれないんだ」


 現れたモンスターは狼のようなモンスター。

 体格は一メートルくらいで、普通の狼と違う点は額の真ん中に三つめの目があること。

 普通の狼と同じなのは、群れで行動しているところか。

 数はおよそ十頭程度。俺たちを中心にして周囲をグルグルと回っている。


三つ目狼(トレスウルフ)だね。だいたいペアで攻撃を仕掛けてくるから、気をつけて」


 三つ目狼(トレスウルフ)の狙いは俺たちが乗ってきた馬のようだ。

 まあ、人よりも馬のほうが食べ応えはあるだろう。

 訓練されているとはいえ、肉食獣に囲まれて馬たちがブルルと怯えたようにいななく。

 でも馬狙いとわかっても、安心できるわけじゃない。

 借りた馬を殺されたら弁償しなくちゃならない。調教済みの馬なんて、どれだけ高価なのか。ただでさえ借金まみれなのに、これ以上借金を増やされてたまるものか!


「くっ……ううっ、気持ち悪くて狙いが……」


 弓に矢を番えて三つ目狼(トレスウルフ)に狙いを付けようとしたけど、やっぱり大地が波打っているようにグラグラする。

 ビュッと放った矢は明後日の方角へ飛んでいってしまった。

 

 ヤバイ、次の矢を……。


火炎弾(ファイア・ボルト)!」

「ギャンッ!」


 俺の背後から別の三つ目狼(トレスウルフ)が飛びかかろうとしていたようだ。

 いつの間に近づいていた? さっきまで、かなりの距離があったはずなのに――。

 アルテナの火炎弾(ファイア・ボルト)の指輪から迸った炎が、飛びかかろうとしていた三つ目狼(トレスウルフ)の鼻面を焼き、三つ目狼(トレスウルフ)は慌てて悲鳴を上げて後ろへ飛び退く。


「何をしてるのかな、ノア。しっかりしないと、危ないんだよ?」

「悪い、助かった」


 これがペア狩りか。

 一頭が正面で獲物の気を引き、死角からペアの狼が獲物の喉笛を引き裂く。

 そして獲物が隙を見せるまで、決して危険な距離へと近づいてこようとせずじっくりと観察するように周囲をグルグルと回り続ける。


「この、火炎弾(ファイア・ボルト)! 火炎弾(ファイア・ボルト)!」

 

 しびれを切らしたアルテナが火炎弾(ファイア・ボルト)を連射したが、これだけ警戒されていてはあっさりと躱されてしまっていた。

 それよりも。


「アルテナ、火炎弾(ファイア・ボルト)をあまり無駄撃ちするなよ? 下手に森へ燃え移って大火になるほうが怖い」


 枯れ木、枯れ枝、枯れ葉、枯れ草。

 燃料となり得る物は至るところにある。

 三つ目狼(トレスウルフ)に噛み殺される前に、仲間の火炎弾(ファイア・ボルト)による失火で火に巻かれて死んでは浮かばれない。

 俺も次々と矢を放つが、体格が大きいとはいえ素早く動く三つ目狼(トレスウルフ)には当たらない。

 ひどい乗り物酔いの影響のせいもあるけど、せいぜいが牽制程度の攻撃しかできていない。


「せめて飛びかかってきてくれれば、私にもどうにかできるかもしれないのだが……」

 

 シーナも刀を構えているが、攻めあぐねている。

 得意の特攻を行えば、たちまちのうちに三つ目狼(トレスウルフ)の群れに囲まれて、四方八方から攻撃をされてしまうのは目に見える。

 仕方なく三つ目狼(トレスウルフ)の方から飛びかかってくるのを待っているのだが、狼たちは決してシーナの刀が届く範囲に踏み込んでこなかった。

 持久戦。

 三つ目狼(トレスウルフ)たちは、獲物の気力と体力が切れるまで、決してその身を危険に晒さず、そして逃さないように包囲の輪を崩さず、注意深く狩りを行っている。

 そしてそんな三つ目狼(トレスウルフ)の群れに、俺たちは何ら有効な対策を立てられずにいた。

 そんな時だった。


「うーん、仕方ないなぁ。お姉さんが力を貸してあげよう」


 そう言ってトコトコと俺たちの前に無造作に歩み出てきたルナさん。

 その手にはひと振りのクレイモアと呼ばれる種類の剣。

 子どものような背丈のルナさんが持つにしては、少し剣身が長すぎる両刃の大剣だ。

 だけどアルテナやシーナよりも一回りも小柄なルナさんが前に出てくるのを見て、三つ目狼(トレスウルフ)たちは小さく唸り声を上げた。

 狼たちにも一見、一番小さなルナさんがただ者でないことに気づいたのか。


「さて、狼君たち。ボクたちは先を急いでいるんだ。悪いけど、道を開けさせてもらうよ」


 ルナさんはそう言うと、その場で剣を地面に突き刺した。

 すると。


 パキパキ……。

 

 小さな硬質な音が聞こえた。


 何の音だ?


 見ればルナさんの剣が刺さっている場所が白くなって、キラキラと輝いている。


 あれって……。

 

 地面の白い範囲はあっという間に広がっていき、三つ目狼(トレスウルフ)の足元へ。

 本能でその広がってきた白い範囲が危険なものだと感じたのか、狼たちは大きく後方へ飛び退く。

 それから、群れのリーダーと思しき一番大きな個体が一声吠えると、俺たち獲物へ未練を見せることなくさっさと森の奥へと駆け出していった。

 

「あらら、一頭か二頭くらい仕留めちゃおうかなって思ったんだけどな。逃げられちゃったか、残念」

「ノア、見て見て。草が凍っちゃってるよ」


 アルテナが差し出したのは何の変哲も無い雑草。


「これ、面白いね」


 アルテナが葉っぱの先を摘んで力を入れると、パリンッという小気味いい音を立てて割れた。


「それって氷の魔剣なのか……ですか?」

「氷の力があるね。効果は見ての通りだよ」


 俺の質問にルナさんが剣を納めながらニンマリと笑う。

 地面に突き刺したところから白い範囲が広がり、おそらくはその範囲に触れた物を凍らせる能力。

 三つ目狼(トレスウルフ)に逃げられてしまったので、どのくらいの大きさの物まで凍らすことができるのかわからないけど、少なくともレベル2クラスはある魔剣。


「残念だけどいくら今は仲間とはいえ、ボクの剣の能力はヒミツだよ。採掘者(ディガー)はそう簡単に自分の手の内を明かしたりはしないものだからね」


 チッチッチッ、と人差し指を振って言うルナさん。

 確かに採掘者(ディガー)は、パーティー組んでいる仲間以外に簡単に手の内を明かしてはならない。仕事次第では採掘者(ディガー)同士で敵となることだってあるからだ。

 俺たちとルナさんはこの仕事の間だけパーティを組んだ間柄。この仕事が終われば、解散する関係だ。

 次にどこかで出逢えば、敵同士になってるかもしれない。

 そう考えると己の奥の手は隠しておきたいだろう。

 俺たちのパーティーだって、切り札であるアルテナの真の力の事は誰にも明かしていないように。


「それにしてもノア君も、シーナさんも、ちょっと先行きが不安だなぁ。三つ目狼(トレスウルフ)なんて、そう珍しいモンスターじゃないんだよ? あの程度のモンスターに苦戦してちゃ、この先大変だよ?」


 うう、返す言葉もございません。

 俺とシーナはルナさんに言われてシュンとして俯く。

 一つ言い訳をさせてもらえば、あまりにも乗り物酔いが酷かった事もあるんだけど。


「本当だよ! ルナの言う通り、しっかりしないとダメなんだよ? ノアなんて、アルテナが援護してあげなかったら、噛みつかれていたんだからね!」


 ルナさんの隣に仁王立ちし、なぜか得意満面な顔をしてお説教をしてくるアルテナ。

 くそ、腹立つ。

 しかし、こいつにも助けられたのは事実なわけで言い返せねぇ……。

 さりげなく、飯をランクダウンさせてやるからな。


「まあ、装甲馬車に初めて乗ったなら仕方ないか」


 俺たちに厳しい口調で注意をしていたルナさんが、ふぅっと一息吐いて、微笑んだ。


「悪路を行く装甲馬車は相当揺れるからね。遠征に出掛けられるまでに成長した採掘者(ディガー)が、必ず味わう通過儀礼だよ」

 

 そ、そうか。

 そうだよな。

 あの揺れ、皆が平気なわけないよな?

 俺たちが特別酔ってるわけじゃないよな?


「うん、無い無い。だから初めて装甲馬車に乗る人は客車じゃなくて、ボクの隣。つまり前の御者席に座ることが多いね」


 え? 何ですと?


「客車はさ、通気性が悪い上に視界も悪いでしょう? 乗り物酔いする条件がこれでもかってくらい揃ってるからね。その点、御者台は風にも当たれるから、多少はマシなのよね」

「ど、どうしてそれを早く……?」


 シーナが恐る恐る聞くと、ルナさんはペロッと小さく舌を出して肩をすくめた。


「一度くらいは味わって欲しくてね」


 聞けば、ソロにも関わらず淡々と採掘(ディグ)をこなし、着実に探索時間(スコア)を伸ばしていくルナさんを妬んだとあるギルドの者が、ルナさんが初めて装甲馬車に乗った時に、嫌がらせしようと客車に乗せたそうだ。

 しかもその時の装甲馬車の格子窓は更に小さく、荷物が満載で、俺たちよりも劣悪な環境だったらしい。

 幸い体質からか、ルナさんは全然乗り物酔いをしなかったらしいが、目的地に到着して平気な顔で降りてきたルナさんを見て、ギルドの者たちは仰天し、彼女の実力を認めて謝罪をしたそうだ。

 というか、ギルドのやられた嫌がらせを俺たちにしたのかよ……。


「実際に体験させてあげたほうがいいかなって。いつかきっと役に立つ日が来るかもしれないこともない」

 

 どっちだよ!?

 別に体験はしたくなかったんだが?


「さて、それでどうする? 休憩はもう少し先に行ったところで取ろうと思ってるんだけど、客車に乗る? 前に乗る? どっちにする?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべているルナさんに。


「「前でお願いします」」


 力ない声で俺とシーナがそう答えたのは、言うまでもない。

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