第二十六話
見た目十歳から十二歳。
珍しい銀髪を肩まで揃え、半袖のシャツとズボンの上から革製の鎧を身に着けている。
鎧を見ると確かに使い込まれている様子なのだが、背丈の低さと童顔を見れば、子どもが仮装しているようにしか見えない。
ちなみに採掘者として登録可能な年齢は十五歳から。ルナが採掘者として登録されているのなら、彼女はこの見た目で最低でも十五歳以上になるのだが。
「ちなみに君たちってまだ新米君だよね? こう見えてボク、採掘者歴四年の先輩だから」
つまり十九歳以上!
とても信じられん……。
「ちなみに探索時間は一万三千時間超え。ボク、結構知られてる方だと思ったんだけどなぁ」
探索時間一万三千!
神の城壁内の瘴気で生まれた凶悪なモンスター、過去の文明が生み出した怪物、そして自然が生み出した天然の罠。採掘者には幾つもの生命の危険がつきまとう。生命を落とさなくても、四肢の欠損や臓器への深刻な損傷など負って引退を余儀なくされる採掘者は多い。
一万時間も無事に採掘者を続けられたことだけで、一流の証となるのだ。
ルナさんはこの若さで、そしてギルドに属しているようにも見えないとなれば、ソロでありながらどれだけハイペースで神の城壁内に入っているのだろうか。
「ええっと、ドンペリーニから知らされていた話だと、男の子がノア君。黒髪の子がシーナさん。そしてええっと……」
「アルテナだよ、よろしくね」
「ああ、アルテナさん。そうそうアルテナさんね。こちらこそよろしく」
ルナさんはさっさと手を伸ばすと、俺たちの手を掴み無理矢理握手。
何ていうか、すごく行動的な人だ。
「じゃあ早速荷物を馬車に積み込んじゃって。積み込み次第出発するから」
「ち、ち、ちょっと待ってくれ……ださい。この装甲馬車で向かうんですか?」
く、見た目がアレなので、探索時間一万時間超の大先輩に思いっきりタメ口を利くところだた。
「そうだよ? 地図によれば、塔が見つかった場所はファルタナの亀裂から随分と離れてるっぽいからね。塔の採掘に時間を多く割きたいから馬車で行っちゃうのよ」
「でも装甲馬車って、借りるだけでもメチャメチャ高いんでしょう!? 同行者を募って割り勘にでもするんです?」
「あはは、しないしない」
ルナさんは笑って言った後、声を潜めて言う。
「だってこの仕事の経緯は聞いているでしょ? 同行者を募ったりしたら、ドンペリーニの企みがバレちゃうかもしれないもの」
なら、この装甲馬車を俺たちだけで使用するのか!
ルナさんが持ってきた装甲馬車は、馬が二頭仕立ての最も小さいサイズのもの。それでも貸し出し料金は一時間で銀貨十枚もする代物。
塔の探索のために神の城壁内では丸二日以上は滞在することになる。装甲馬車の貸し出し料金は銀貨五百枚くらいになるぞ。
「心配ない心配ない。どうせ勘定はドンペリーニ持ちだから」
マジかよ。
あの金に汚い奴がよくそれだけの金を……。
俺たちの報酬銀貨三千枚、装甲馬車の貸し出し料金の銀貨五百枚。これだけで銀貨三千五百枚。そして探索時間一万時間超えの一流採掘者、ルナさんへの報酬も考えると銀貨五千枚近い金をドンペリーニは投資したことになる。
つまり、それだけの投資以上にリターンがあると見込んでいるのだ。
「うわ……何だか身震いしてしまった」
肩を抱くようにしてシーナが俺を見て笑う。
気持ちはわかるよ、俺も鳥肌が立ってるもの。
「凄いねぇ。アルテナの事を話したら、あの……ええっと、本当に買ってくれそうなんだよ」
「買うかもしれないけどさ、いいのかそれで?」
「なんで?」
「いや、俺は金貨一万枚が手に入れば、別にどこの誰がアルテナを買ってくれてもいいんだけどさ。アルテナは剣として自分を使ってくれるマスターを探しているんだろ? ドンペリーニがマスターになっても、戦いに使ってくれそうにないぜ?」
多分、応接間とか自室の壁にでも飾るだけで終わりそう。
「それもそっか。それは嫌だね」
でも、どうしても借金が支払えない場合、こいつを借金の肩代わりにするってのは有りかも。
「嫌だからね? ちゃんとマスターとなってくれそうな人に渡してね?」
俺の表情を見たアルテナが念を押すように言う。
「なになに? 何の話?」
ルナさんが俺たちの内緒話に興味を示して首を突っ込んでくる。この好奇心旺盛な感じは本当に子どものような振る舞いに見える。
「いや、ドンペリーニが金持ちだなって事」
「アルテナの事、買ってくれるかなって」
「アルテナさんの事を買う? そういえば、ええっとアルテナさんは面白いファッションをしているね。なあに、その金貨一万枚っていうの……値札かな?」
るなさんの視線がアルテナの胸元にある値札へ注がれる。
「値札だよ。アルテナは商品なのだ」
「え? 本当に? 冗談じゃなくて?」
「うん」
アルテナの返答に困惑した表情で俺を見るルナ。
「ああ……うん、ええっと……ちょっとした事情があってね、アルテナを金貨一万枚で身請けしてくれる人を探しているんだ」
「身請けって、金貨一万枚で? ノア君たちは奴隷商人か何かなの?」
「違う違う」
若干身体を引くルナさんに慌てて俺は否定する。
「俺は武器商人ですよ。中古品限定だけど」
しかも現在、倒産の危機にある零細商会だけどな……。
「あ、武器商人さんなんだ。そっか、あのドンペリーニから依頼されるような採掘者で、しかもその子に値札なんて付けてるからさ。ボクはてっきり君のことを、奴隷商人だと勘違いしちゃうところだったよ」
「まあ人に誤解されても、仕方ない格好ではありますね」
アルテナが聖剣だと説明できなければ、本当にただの人身売買を行っているようにしか見えないものな。
アルテナはいつか聖剣を持つに相応しい英雄が、自分の事を探し当てて、金貨一万枚で買い取ってくれると言うけれど、それまではこういった誤解を受けることになるのか。
そもそも英雄も、聖剣の情報も知らずにアルテナを探し当てることができるんだろうか?
ファルタナは田舎町。
その田舎町の裏通りにある今にも潰れそうな中古武器屋に、英雄が訪れるような機会があり得るのかな?
でも、シーナが指摘してくれたとおり、アルテナの存在が大っぴらに知れ渡ってしまえば、法外な手段を用いて聖剣を手にしようという輩が出かねない。命を狙われるのは嫌だなぁ。
「ノア。後はノアの荷物だけだぞ?」
いつの間にか深く考え込んでいたようだ。
シーナに袖を引っ張られて俺がはっと我に返ると。
「ノアが早く荷物を積み込んじゃわないと、出発できないんだよ?」
アルテナとシーナはすでに自分たちの荷物を客車へ積み込み終えていた。
アルテナは装甲が貼り付けられた客車の扉から顔だけを出して、こちらを見ていた。
「悪い、すぐ載せる」
俺も急いで荷物を荷台へ放り込むと、扉から客車の中に入る。
装甲馬車の客車には座席というものは無いようだ。
板張りの箱馬車に装甲として鉄板を貼り付けてあるだけで窓も鉄格子。
人は荷物の隙間に座るらしい。
「それじゃあ出発するよ!」
御者台に座るルナさんの元気な声とともに、俺たちを乗せた装甲馬車はガタゴトと軽快な音を立てて走り出した。
◇◆◇◆◇
「おっちゃん、久しぶり! 探索時間の記入をお願いします。ボクも入れて四人分ね!」
「ルナちゃんじゃないか、一年ぶりか? ファタリアに来てたのかい?」
「うん、先週くらいに帰ってきたんだよねぇ」
「そうか、元気そうで何よりだ。それにしても相変わらずハイペースで採掘してるんだなぁ。このペースなら、いつかジルベルト・ジルにも肩を並べられるんじゃない?」
「あはは、無理無理。ボク程度の採掘者なんて、王都とか大きな都市に行けば、いっぱいいるよー?」
「へぇ、そんなもんか。『天上の剣』にだって、ルナちゃん程ハイペースで採掘する採掘者はいないっていうのに、世の中は広いもんだねぇ」
探索時間カードへ亀裂通過時間の記入をする採掘者組合の職員と、ルナさんが親しげに会話をしている。
本人が言っていたとおり、ルナさんはこの町の採掘者の間で本当に有名人らしい。
「おお、ルナちゃんじゃないか。珍しいな、パーティーか?」
「ひよっこのお守りか? でも、見た目はお守りされているようだけどな」
「おいおい、新人。ルナの足を引っ張んじゃないぞ? ルナは若手期待の採掘者なんだからな!」
「あはは、久しぶり! おっちゃんも元気そうで何よりだね。そうそうパーティーだよ。失礼だな、ボクは子どもじゃないってば! 期待の若手って、ちょっと言いすぎだって。恥ずかしいじゃない」
亀裂へ向かう間にも、町の人、ギルドのベテラン採掘者たちから、ひっきりなしに声を掛けられていて、いちいちそれにルナさんは応えていた。
「ねえねえ、ルナさんって本当に有名人ぽいよ? どうしてノアは知らなかったの?」
「さっき採掘者組合の人との会話で一年ぶりって聞こえたからな。俺が採掘者になったのは半年前だから、聞いたことが無くても不思議じゃないだろ?」
「私も丁度同じくらいに採掘者になっているからな。それにしても、王都でもルナさんの話は聞いたことが無いな」
「それは仕方ないよ」
俺たちが客車で話していると、会話が聞こえたのか御者席からルナさんが話に加わってきた。
「ノア君とシーナさんは半年前に採掘者になったんでしょう?その頃にはボク、ファタリアというかこの国にもいなかったからね」
「国外に出ていたんですか?」
「国外に出ていたって言うか、壁伝いに移動していたらいつの間にか出ていたって感じだねぇ。ルイジール、パールエリオス、パールエバンス、ルーフレシアとか……色々と行ったなぁ」
ルナさんが今挙げた地名は全てファタリアから遠く離れた地。
異国だろう土地名もあった。
凄いなぁ。
見た目が十代前半の子どもにしか見えないから、なかなか信じがたいけど、ルナさんは本当に探索時間一万三千時間超という実力者なのだ。
しかもたったの四年という短い経歴で。
「ボクはひと月の半分を、神の城壁内で過ごしているだけだよ。残りの半分を、休養兼旅の時間に充ててるだけ」
「失礼かもしれませんが、どうしてそんなにも採掘を? 何か目的があっての事なんでしょうか?」
シーナの質問に、ルナさんは即答しなかった。
しばらくの間、ガタゴトという車の音だけが響く。
「無理に答えなくても――」
「目的というか、ちょっとした探しものかなぁ」
しばらくして返ってきたルナさんの声は、何だか寂しげな静かな声音だった。
「どうしても見つけなくちゃいけないものがあってね、世界中を旅してでもボクは探し続けなくちゃ行けないんだ」
ルナさんの探しものは、世界規模に渡る広大な範囲を捜索しなくちゃ見つからないものなのか。
それは個人で見つけるには無理があるんじゃないのか?
「一応、協力者がいるから大丈夫。全然手掛かりが無いわけじゃないから」
「その協力者がドンペリーニ?」
「あはは、違う違う」
俺が尋ねると、ルナさんは笑って否定する。
「ドンペリーニにはちょっとした貸しがあるだけの関係。今回の仕事を引き受けたのも、ボクの探しものに関わりがありそうだから、貸しを返せってボクから頼んだのさ」
ドンペリーニにすら貸しを作れるような人なのか!
何だか知れば知るほど、ルナさんって本当に凄い人なんだって思えてくるようになってきた。
「なるほど、これなら町の人や採掘者たちの間で人気が出るわけだ」
「カッコイイ人だね」
シーナとアルテナの意見に同意。
話だけに聞くジルベルト・ジルや砂漠の英雄と違って、実際にこの目で見てカッコイイと思った採掘者は初めてだ。
「カッコイイだなんて、何だか照れるからやめてね。それよりも、そろそろ山の中に入って道が悪くなってくるから、喋ってると舌噛むよ?」
照れ隠しに聞こえるルナさんの注意が聞こえ、俺たちは激しさを増してきた馬車の揺れに身体を任せ、口を閉じた。




