第二十五話
俺もシーナもファタリアから近い迷宮、つまり枯れた迷宮の探索経験はあるが、未踏破の遺跡探索は初めてになる。しかもその遺跡は最近発見されたばかりの未探索の場所だ。
初挑戦になる俺たちは、いつも以上に念入りに準備をすすめる必要がある。
まずは武器だ。
俺が普段使っている武器はショートソードとナイフ、それから弓矢だ。
今まで相手にしてきたジャイアント・ラット程度のモンスターであれば、十分に通用する攻撃力を持った武器なのだが、遺跡の中で遭遇しそうな動く石像やゴーレムといったモンスターには、有効な打撃を与えられそうにない。
それはシーナの持つ刀でも同じ。刀を極めし者は、石を切り斬鉄すらもなすと聞いたことがあるが、シーナにそこまでの腕はない。
それにシーナは自分の刀を武器としては大したものでは無いが、個人的に思い入れのあるものだと言っていた。できれば刃を傷める使い方は避けてやりたい。
というわけで土曜日の午前中。
俺たちは連れ立って武器屋を訪れた。
「らっしゃっせー。武器の修繕なら、出来上がりは二週間先だよ! ……って、よお、レチカの若旦那じゃないか。店に泥棒が入られたんだって? そりゃ災難だったな」
「お久しぶりです、カダルさん」
店に入るなり声を掛けてきたのは、頭に白い物がまじり始めた三十後半のおっさん。名前をカダルという。俺のレチカ武具店と同じく中古武具を扱う店だ。
同じ中古武具を扱う店ということで商売敵でもあるが、業者市でよく顔も合わせるし、情報交換もする間柄だ。
「業者市にも顔を見せていなかったが、今日はどうした? えらく別嬪の女の子二人を連れているけど、まさかうちの店でデートってわけじゃないんだろ?」
「違いますよ! 今日はただの客としてですよ。商品を見せてもらっても?」
「もちろん! 客としてなら大歓迎だぜ? 俺は奥で砥ぎしてるから、用があったら呼んでくれ」
「はいはい」
カダルの店も、武器の修繕と砥ぎの注文が大量に入っているようだ。
俺はシーナとアルテナを連れて、狭い店内に雑然と積み重ねてある武器の間を移動する。
「この辺りの武器を持っていっておけばいいんじゃないか?」
目当ての武器を見つけて、棚からひと振り取り出した。
長い柄に鉄塊を付けたもの。鉄塊は片面を平らにして、もう片面は鋭利な爪状に尖らせている。戦場で鎧や兜の上から敵をぶっ叩く戦鎚と呼ばれる武器だ。
シンプルな作りで先端が重いため取り回しが難しい武器だが、威力は抜群。これなら、虫のモンスターの固い外骨格も潰せるし、動く石像やゴーレムもぶっ叩ける。
「戦鎚か。なるほど……少し重いけど、何とかなるかな」
両手で戦鎚を持ち上げて首を傾げるシーナ。
値札を見るとひと振りが銀貨でおおよそ六十五枚。うちの店に並べたとしてもほぼ同額の値段を付けると思うので、妥当な金額だ。
「ねえねえ、こっちにもあるんだよ? こっちのほうが軽くて使いやすいんじゃない?」
アルテナがそう言って手に取って見せたのは戦棍である。
戦棍は戦鎚のより短い柄の武器。片手に持って振り回せるサイズなので、戦鎚より打撃力は劣るが、初心者にも扱いやすい武器だ。
「戦棍ね」
受け取るとズシリとした重量を覚えた。
「確かに取り回しは簡単そうだけど、ちょっとこれだと軽いかもしれない」
「そう?」
右手だけで持って、左手で先端部分をポンポンと撫でてみる。
メイン武器にしているショートソードより重量感はあって、その重さに頼もしさも感じるのだが。
「生物相手ならこれで打撃を与えられそうだけど、岩の塊をぶっ叩いて砕けるかというとちょっとな……」
ゴーレムや動く石像との戦闘経験は無いし、あくまでも聞いた話から想像するしかないけど。
「やっぱり片手で振り回す戦棍よりも、両手で振り回す戦鎚のほうがいいか?」
俺がそう言うと並べられた戦鎚の握り、バランス、重さ、素材を丹念に確かめていたシーナが、ひと振りの戦鎚を手にして戻ってきた。
「私はそう思うぞ。ただ、不安がある」
「不安?」
「私は刀と、まあナイフ程度の刃物しか扱ったことがないんだ。戦棍にしろ戦鎚にしろ、取り回しに自信がない」
なるほど。言われてみれば俺だって戦棍や戦鎚で戦ったことはない。
まだ片手武器の戦棍で殴るだけなら何とかなりそうだけど、両手武器の戦鎚だと、振り回す攻撃はともかく受け流しなどの防御に不安がある。
「ただまあ、一応私には戦鎚の取り回しに長けた人物に心当たりがあるので、扱い方をその方に習うつもりだ。まあ、習った所で付け焼き刃になるだろうが……」
「大丈夫だよ。いざとなれば、アルテナがいるんだよ」
「まあ、確かにお前を使えばゴーレムも倒せそうだけど。ついでに遺跡もぶっ壊しそうなんだよな」
「アルテナだってバカじゃないんだよ。百火繚乱じゃなくったって、普通に斬り付けてくれれば岩の塊だって全然大丈夫なんだよ」
「はいはい。他にどうしようもなかったら、お前に頼むことにするよ」
アルテナを使うと宝石を消費してしまうので、こいつを使う時は本当に最後の手段だ。
とりあえず俺もシーナも戦鎚を購入することにした。
「レチカの若旦那も戦鎚を買っていくのか? ここ数日、これがよく売れているんだよな」
選び出したウォーハンマーの支払いを済ませると、カダルがそんな事を言ってくる。
へえ、武器にも流行というものがあるのだろうか? もしもそうなのだとしたら、店を再開した時に戦鎚を中心に仕入れるべきかもしれない。
「へえ、ちなみにどなたがウォーハンマーを買われていってるんです?」
「どなたかというか、お前らと同じ採掘者がだよ。あの『天上の剣』の連中から大口で購入してもらった」
「『天上の剣』がですか?」
違った。
流行しているというわけではないらしい。
「『天上の剣』程の大手ギルドがまとまった数のウォーハンマーを注文してくるなんて、刃物でも通用しないモンスターが大量発生しているんじゃないかと思ってな」
先の亜人たち襲撃で出た犠牲者の弔いや負傷者の治療等で忙しい『天上の剣』の連中が、どうして戦鎚を大量に買い付けているのか。その理由は間違いなく未踏破の遺跡探索のために違いない。
その理由を知る俺たちは、ちらっと互いに目を見交わしてほくそ笑む。
「この前あった亜人たちの襲撃で『天上の剣』は、かなり被害を受けてましたからね。壊れた武器の補充でもしてるんじゃないです?」
ただ、未踏破の遺跡の事は『天上の剣』とドンペリーニの依頼を受けた俺たちしか知らない情報。だから取ってつけたような理由でカダルを煙に巻いておく。
「ああ、あれか。強制避難は勘弁してほしいが、あの戦いはわしら武具屋にとって良い儲けになったな……って、すまん。レチカの若旦那のとこはそのせいで泥棒の被害に遭ったんだったか……」
「ええ、まあ……、おかげで日銭稼ぎで採掘者稼業に励もうかと」
「それで戦鎚か。ま、同業のよしみだ。少しだけマケてやろう。いいか? 若い奴は採掘で無茶をしがちだ。命だけは大切にしろよ?」
「はい、ありがとうございます」
カダルの店を出た後は、必需品の買い付けだ。
食糧などは直前に買い付けるとして、神の城壁内の探索には必須のソムル、それから薬品類なども購入しておく。
「後は当日の天候が良いことを祈るだけだな」
「天候?」
「地図によれば塔の見つかった場所は、山間に流れる川の崖沿いだ。天候が悪かったら鉄砲水とか怖いらしいぜ?」
「へえ……、探索するのにお天気の良さも関係してくるんだねぇ」
それに雨が降った上に風でも吹けば、野外は想像以上に寒かったりする。
雨宿りする場所もなく、身体が濡れて、そして乾いた薪を手に入れられずに火が使えなかったらとんでもなく寒いんだ。
採掘者となったばかりの頃に、そうした事を知らずに採掘に出かけて、神の城壁内に入ってすぐに撤退したことがある。
その話を採掘者組合で話したら、怒られたもんな。
死ぬことだってあるらしい。
「『天上の剣』を出し抜くのなら、来週が好機だろうな。それ以上時間を掛けると、『天上の剣』も準備を終えてしまうかもしれない」
シーナの言うとおりだ。
それに『天上の剣』は俺たちと違って曜日に縛りが無い。平日でも採掘に行くことができるんだ。ま、今の店を開けられない俺も、曜日に関係なくいつでも行けるんだけどな……。
「私は採掘のための装備、道具の一式をノアの家に預けておこうと思う。金曜日の午後、学院の授業が終わったらすぐにこちらへ来て、その足で出発してみてはどうかと思うんだが?」
「了解、荷物は預かっておくよ。食糧とかもこっちで用意しておく」
「頼む」
「アルテナもお買い物とか手伝うからね」
「ふふ、今週も授業に身が入りそうにないな……」
嬉しそうに笑うシーナ。
気持ちはわかるな。
俺も今からすでにワクワクしているから。
「ノアとアルテナはモンスター狩り? イモムシ狩り?」
「イモムシが見つかればいいんだけどなぁ。あいつら、狩るの楽だし実入りはいいんだよね」
糸が特に需要があってよく売れるから。
ただそれだけ、他の採掘者にも狙われやすいモンスター。動き鈍い上に儲かるから。
「前は糸でグルグル巻きにされたけど、今度は負けないんだよ。聖剣の誇りに掛けて!」
イモムシを狩るのに聖剣としての誇りを掛けるのもどうかと思うが……。
というか、イモムシに負けた事を認めるのか、このポンコツ聖剣。
「イモムシは私もよく狩った。落ち着いて後ろを取れば、まず大丈夫だ。頑張れ」
「うん、ありがとうシーナ」
優しい笑みを向けられて力強く頷くアルテナ。
どうでもいいけど、アルテナ。
シーナにもお前、被保護対象として見られ始めてることに気づいているか?
ともかくこうしてシーナはメルキアに帰り、俺とアルテナは塔攻略のための準備を進めつつ、イモムシ狩りに今週も勤しむのだった。
◇◆◇◆◇
あっという間に時間が過ぎて、五月第一週目の金曜日。
懸念していた天候は良く、まだ春だと言うのに汗ばむような暑さ。
乗り合い馬車の駅でシーナと合流した俺たちは、ファルタナの町側亀裂前広場で荷物を背負い、待ち合わせの人物が来るのを待っていた。
ドンペリーニの用意した監視役兼案内人か。どんな採掘者なんだろう。
「やっぱり化け物みたいな人だったりするのかな?」
アルテナが失礼な事を言う。
ドンペリーニが化け物みたいなのは否定しないけど、その関係者まで化け物って事はないと思うぞ。
「あの悪評高いドンペリーニが紹介する凄腕採掘者というんだ。荒事慣れした男が来そうだ。粗野な者たちでなければいいのだが」
苦笑したシーナが少し心配そうな口調で言う。
「荒事慣れした男の人って、家の前の通りを歩いてるような人?」
うちの店は裏通りにあるからね。
昼間から頬に刃物傷があったり、小指が無かったりするような、あまりお近づきになりたくない人たちの姿も珍しくもない。
ただ彼らは人を相手に商売(?)している方たちだから、採掘者向けの荒事とは方向性が違う。
「常識のある人物だといいけどね」
うちのパーティーは女性が二人。まあ片方は器物の精霊だが、一応は女性の見てくれをしている。
ドンペリーニがその事を配慮してくれていればいいんだけど。
「やっぱり私たちと同じ、ソロの採掘者なのだろうか?」
「そうだと思うぞ。ギルドに所属する採掘者だと、ちょっとこの仕事は受けられないだろう」
「どうしてギルドに所属していると、この仕事を引き受けられないの?」
「ドンペリーニの奴は曖昧にしていたけど、この仕事は『天上の剣』が発見した遺跡を横から掠め取ろうという話だからな。もしも、後から掠め取ったことがバレたなら、ギルド同士の抗争にもなりかねない」
ギルドの多くは町に拠点を築き、多くの人員を抱えている。
個人やパーティーであれば大手ギルドに睨まれても、最悪拠点を移動して別の町で活動すれば問題ない。
しかし、多くの人員を抱えたギルドとなれば、拠点は簡単には変えられない。
ましてや相手はファルタナで最大規模のギルド『天上の剣』。
真っ当なギルドであれば、そんな相手と抗争をしたいとは思わないはずだ。
そんな事を話しつつ待つことしばし。
一台の装甲馬車が俺たちの方へと近づいてきた。
まさか、この装甲馬車が?
その考えは的中し、装甲馬車は俺たちの前で停車する。
ちなみに装甲馬車とは、モンスターが蔓延る神の城壁内で馬と荷物を守るために、馬に鎧を着け荷車や客車に鉄板を貼り付けたものだ。
重量が増すため速度は出ないが、防御力は増している。
そして当然、馬も訓練が施されているし、装甲の分だけ客車も超高価。
採掘者組合が貸し出しているものと、大手ギルドが数台所有しているだけの珍しい代物である。
そして御者台からひらりと身軽に飛び降りたのは。
「え? 子ども?」
「子どもじゃない!」
シーナの思わず漏らした呟きに、即座に反論してみせる小さな少女。
「君たちがドンペリーニに頼まれた採掘者だよね? ボクはルナ。ソロで採掘者やってる」
ルナと名乗った少女の自己紹介を、俺たちはポカーンと突っ立ったままで聞いていた。




