第二十四話
「仕事?」
仕事と聞いて、一瞬思わず喜びそうになったけど、なんとか踏み留まった。
ドンペリーニが持ってくるような仕事だ。
何か裏があるような汚い仕事の可能性だってある。
「だーいじょうぶ。ノアちゃんが心配するようなお話じゃないわ。ちゃんと真っ当な採掘者としてのお仕事よ?」
「採掘者として?」
「そう、これを見てくれる?」
ドンペリーニが机の上に一枚の地図を置いた。
かなり広域な範囲が描かれている地図だ。
ファタリアの町を示す二重丸から、神の城壁の内側へと入りずーっと先まで曲がりくねった線が引かれている。そして線の終着点には赤いインクでバツ印が描き込まれていた。
「先々月の事なんだけど、すっごい大雨が降ったのを覚えてるかしら?」
「ああ、そういえばあったな。そんな日が」
冬だというのにわりかし暖かい日が続いていた週の事だった。
三日に渡って土砂降りの雨が振った時があったな。
川の堤防が切れて幾つか村が流され、多くの死者が出たって聞いた。
行方不明者も数多く出て、採掘者組合も報酬を出して行方不明者の捜索に協力していたはずだ。
「あの時の雨は壁の内側でもひどかったらしいの。色んな場所で洪水や鉄砲水が起こったそうなのよ。それでね、その鉄砲水で崖崩れを起こした場所があったんだけど、崖崩れの被害調査を請け負った採掘者がその崩れた場所から塔のような建物が顔を出しているのを見つけたんですって」
「へえ……ということは未発見の遺跡が?」
「ウフ、そういうことね」
ドンペリーニは目を細めると、唇をちろりと舌で舐めた。
「そこでノアちゃんたちにお願いがあるの。誰かがその遺跡に入って調べるよりも早く、色々と調べてきてほしいのよん。報酬は……そうね、銀貨で三千枚ってところでどうかしら?」
「三千……、あんたにしては出し過ぎじゃないか?」
「ウフフ、かわいいノアちゃんのお家に泥棒が入ったのよ? そのお見舞金ってところかしらね。そのかわり、その塔から持ち帰った財宝……特に書物があれば、すべてわたしが頂くわ」
なるほど。
どんなに高価な財宝があろうとも、俺への報酬は銀貨三千枚だけ。
その代わり遺跡で見つけた品物は、全てドンペリーニが貰うという契約か。
未発見の遺跡だ。
財宝と引き換えに銀貨三千枚という話なら、そうおかしな契約でもない。
もしも遺跡から何も見つからなくても俺は最低銀貨三千枚の収入が約束されるし、ドンペリーニにとっては銀貨三千枚は投資。何も見つからなければ銀貨三千枚丸々損するが、よっぽどのことが無い限り銀貨三千枚以上の価値を持つ財宝か、遺失した技術なんかが記された古文書や文献が手に入ると睨んでいるのだろう。
ただ。
「話はわかった。でも、今の俺はパーティーを組んでいるんだ」
「知ってるわ。刀使いの女の子でしょう? なかなか可愛らしい娘だって、噂は聞いているわよ?」
「知っているならわかるだろう? この仕事、俺が勝手に引き受けるわけにはいかないんだよ。だから返事は少し待ってもらえないか?」
「いつまで待てばいいのかしら?」
「土曜日の午前中……かな」
「いいわ。でもね、待つのは土曜日の正午までよ? その時間になっても返事が無かったら、別の人に回しちゃうから。このお仕事、時間が無いのよ」
「時間が無い? どうしてだ?」
「『天上の剣』、あなたも知っているでしょう? この遺跡の情報は、あそこのギルドも掴んでいるのよねぇ」
『天上の剣』も知っているのでは無くて、『天上の剣』が知った情報をドンペリーニが盗んだと言うのが本当のところだろう。
亜人との防衛戦で構成員に死傷者を出してしまった『天上の剣』は、すぐに身動きが取れない状態だ。
その隙に、遺跡の財宝を掠め取ろうということか。
「……全然、真っ当な話じゃ無いじゃないか……」
「あら、全然真っ当よ。情報はお金になるのよ。盗み出される方が悪いのよ」
口元に手を当てて、ホホホと笑うドンペリーニ。
きっと『天上の剣』のメンバーの中に、こいつの手下か、金を借りていてスパイまがいの事をやらされている奴がいるんだろうな。
採掘者ギルド最大手で総人数三百人を超えていれば、それぞれの素性などを綿密に調査する事なんてできないだろう。
「こういう話なら俺なんかよりも、もっと探索時間の豊富な奴に話を持って行ったほうが良かったんじゃないか?」
どうせ、借金で縛り上げて、ドンペリーニの言う事なら何でも聞かざるを得ない採掘者たちが何人もいるだろうに、どうして駆け出しに過ぎない俺にこの話を持ち込んだんだ?
「そうね。確かに探索時間が豊富な子たちなら、何人も抱えているわ。だけどそういう子たちが動いちゃうと、『天上の剣』に気づかれちゃうかもしれないのよねぇ」
なるほど。
それでギルドと縁が無いだけじゃなく、採掘者仲間内でも評判が悪く、良く言えば動向に目を向ける人物がいない俺に目を付けたのか。
「一応ノアちゃんたちだけじゃ不安だから、あたしのほうでも案内人として一人、腕利きの採掘者を用意するつもり」
「ふん。案内人といえば聞こえがいいけど、要は俺たちが見つけたお宝を着服しないようにするための見張り役だろ?」
俺の問にドンペリーニは薄い笑みを浮かべたただけで答えない。
「見つけた物を全部持ち帰れなかった場合はどうすればいいんだ?」
「その時は目録を作ってくれるだけでいいわ。ただし、古文書や文献、書物だけは別。それだけは全部あたしが頂きたいの。書物類も持ち帰ることが難しければ、できれば『天上の剣』が来る前に塔から運び出して、どこかに隠しておくなりしておいてほしいわね。隠し場所さえ教えてもらえれば、後でこちらから取りに行くわ」
「隠すって……隠せるような場所とかってあるのかよ?」
「それは仕事を引き受ける採掘者側で考える問題でしょう? 報酬は弾んでるんだから、いい返事を期待しているわよ♪」
◇◆◇◆◇
「受けよう、その依頼」
金曜日の夕方。
乗り合い馬車でやって来たシーナは、ドンペリーニが持ち掛けてきた話を聞くなりそう言った。
「いいのか? この仕事、依頼人があの金貸しマニー・ドンペリーニなんだぞ? しかも『天上の剣』が見つけた未発掘の遺跡を横取りして出し抜こうって話なんだぞ?」
「確かにマニー・ドンペリーニという人物は、王都でも良い噂を聞かないな」
シーナが頷いた。
おっと、ドンペリーニの悪評は、王都にまで鳴り響いていたか。
「でもノアにとっては銀貨三千枚もあれば、店の損失をかなり補えるんじゃないのか?」
「確かにそうだけど……」
「それに私たちみたいな少人数のパーティーが、大手ギルドを出し抜こうと言うんだ。面白いと思わないか?」
シーナが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
俺としてもシーナに異存が無いなら問題ない。
ギルドの連中、採掘者組合のロビーや食堂なんかでも、自分たちの使用が優先されて当たり前といった感じで、未所属の採掘者に対して高圧的な態度を取るからな。
もちろん全員がそうじゃないのは知っているけど。
もしかしたらシーナも、ギルドの連中の横暴さを目の当たりにした事があるのかもしれない。
前に、マーティスの奴が話しかけてきた時も、どこか冷たい態度を取ってたし。
「えっと、これが貰ってきた地図」
うちには大きなテーブルが無い。
というか、あっても様々な工具が散らばってたりするため、俺は床に地図を広げてみせた。
「未発掘の遺跡にしては、わりと近い場所にあるな」
「どういうこと?」
シーナと一緒に地図を覗き込んだアルテナが、そう尋ねる。
「ファタリアは町ができてから百年近く経っているからな。近場で未発掘の遺跡なんて、そうそうあるものじゃないんだよ」
大雨の影響で起きた鉄砲水で崖が崩れ、その崩れた下から遺跡が出てきたって聞いたけど、それまでに幾度となくこの近辺は調査されているはず。
採掘者といえども、普段は近づかない場所なのかも。
「何だかノア、嬉しそうだね?」
「そうか?」
む、アルテナに突っ込まれるほどニヤけてたか。
だって仕方がないじゃないか。
採掘者になって半年の間、俺がしてきたことは、ファタリアの亀裂から近場の山に入って、小物のモンスターを狩ることか、迷宮に入っても浅い階層を探索する程度だったのだ。
持ち込まれてきた経緯がどうあれ、未発掘の遺跡の探索できるとなれば、楽しみになるってものだ。
「未発掘の遺跡か。どんな仕掛けやモンスターが待っているのか」
そう言って地図を見入っているシーナの声音だって、どこかウキウキしているようだ。
「外部から完全に隔絶されていたのなら、生物系のモンスターはいないかもしれないな」
「大型の肉食系はいないかもしれないけど、昆虫系ならいるかもしれないぞ」
閉鎖された環境の中で独特の生態系を築いているかもしれない。
「大きなゴキブリとかムカデとか……」
「止めてくれ。想像したら鳥肌が立ってきた」
ブルッとシーナが身震いする。
シーナって、結構強いけど案外弱点も多いよな。
笑って見ていると、シーナに上目遣いに睨まれた。
怒っているらしく、ちょっと膨れている所が可愛い。
「定番として、動く石像やゴーレムは、遺跡の管理人、もしくは番人として遭遇するって話を聞くけど」
「動く石像か……、それなら私の刀では役に立たないな」
動く石像もゴーレムも、石や岩の塊だからな。
刃物で斬り付けても刃が欠けるだけだ。
「アルテナならストーンゴーレムだろうと、ロックゴーレムだろうと吹っ飛ばせるんだよ?」
その場合、遺跡も一緒くたに吹っ飛ばしていそうだけどな。
とりあえず、遺跡に向かう前に装備の見直しからしなければならなさそうだった。




