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第二十三話

「買い取りお願いします」

「はい、ビリジアン・クロウラーの糸束が十七束と魔石。こちらは……破壊の角鹿(バッタリングムース)の雄ですか? もしかして群れがいたのでしょうか?」

「いえ、はぐれでした」

「そうですか」


 ちょっぴり残念そうな採掘者(ディガー)組合買い取りカウンターのお姉さん。

 破壊の角鹿(バッタリングムース)の群れがいたなら、緊急クエストでも出すつもりだったのかな。

 

「ええっと、角と毛皮はすぐにでも査定します。食肉は競りに掛けさせていただきますので、また後日となりますがいかがいたしますか?」

「構いません。よろしくお願いします」


 ちなみにイモムシの正式名称がビリジアンクロウラー。

 長いから皆、イモムシと呼んでいる。

 とりあえず魔石と糸束、鹿角に毛皮と合わせて銀貨百六十五枚で買い取って貰えた。

 大儲けだ。

 

「儲かったの?」

「うん。かなりね」


 ジャラリと銀貨の詰まった袋を見せる。


「前から聞こうと思ってたんだけど、これ一枚で何がどのくらい買えるの?」

「銀貨一枚で?」

「うん。ノアがね、盗まれちゃった銀貨二万枚だっけ? それがどのくらい大金なのか、アルテナにはよくわかんないんだよ」


 そういえばそうか。

 アルテナ本人の話によると、邪神を迷宮の底に封印した後で長い眠りについていたらしい。

 お金というものがどういうものなのか、そういった知識はあるけれど、銀貨がどの程度の価値を持つものなのか知らないのも仕方がない。

 良い機会だし、教えておくとしよう。

 お金がどれだけ大事なものなのか、知っていれば無駄遣いもなくなるかもしれないしな。


「晩飯、そこの焼き魚でいいか?」


 帰り道、ちょうど屋台があったので、アルテナを連れて親父に声をかける。


「そのマスの塩焼き、もらえるか?」

「あいよ」

 

 その場でマスを一匹串へ丸々刺し、塩をたっぷりとまぶして炭火で焼き上げる。

 ふーん、注文を受けて焼くんだな。

 マスの脂が滴って炭に落ち、ジュウジュウという食欲をそそる匂いと音がする。

時間が掛かるけど客は焼き立てが食べられて、店はマスの焼ける香ばしい匂いがあたりに満ちて、さらに客を呼び込める。


「はい、お待ち」


 ようやく焼けたか。

 俺はアルテナと並んでその場で魚にかぶりつく。

 うん、身が口の中でほぐれる。

 旨い。

 アルテナも、はふはふと頬張っていた。

 これを二本で銅貨五枚なら安いと思えるな。

 骨と串は屋台の横に置いてあるバケツに捨てればいいらしい。 

 俺は食べながらその場で手のひらの上に、数枚の硬貨を並べてみせた。


「まず、これが賤貨」


 つまみ上げたのは貨幣の中心部が、□にくり抜かれたもの。

 それから別の屋台を指差しす。


「ほら、あそこの屋台では鶏肉の串焼き一本賤貨八枚で売ってる。こっちのキノコの串焼き一本賤貨五枚ってあるだろ?」

「ふんふん」

「賤貨はこの国で流通している最も最小単位の通貨なんだ。料理で言えば一品単位の値段に使われること多い」


 次につまみ上げたのは茶色の貨幣。

 今度は中心が□にくり抜かれていないものだ。


「これが銅貨。賤貨十枚で銅貨一枚と交換できるんだ」

「つまりこのお魚の串焼きを賤貨で払うと五十枚必要になるって事だね」

「そういうこと」

「じゃあ、賤貨で二十三枚分の値段の物だと、銅貨二枚に賤貨三枚って書くのかな?」

「いや、その場合だと賤貨二十三枚って書く。このマスの塩焼きもそうだな。二本で銅貨五枚だけど、一本売りなら賤貨二十五枚だろ? 支払う時は銅貨と賤貨、混ぜて使うけどね」


 そのほうがわかりやすいし、支払う方も支払われた方も貨幣を数えるのが楽だ。


「で、次に価値がある硬貨が銀貨だ」

「これも銅貨十枚で銀貨?」

「いや、銀貨は銅貨二十枚で一枚だ。賤貨だと二百枚だね」

「へえ……じゃあ、これ一枚でお魚が八匹食べられるんだ」


 銀貨を一枚摘んでマジマジと見つめるアルテナ。

 このマスの串焼き二本を毎日食べて生きていくだけなら、今日俺が稼いだ銀貨百六十五枚もあれば二年近くは食べられる事になる。

 

「それでこれ、金貨な」


 一枚だけ、眩く輝く金貨をつまむ。


「こいつが一枚で大体銀貨三十枚の価値だ。で、もう一種類白金貨っていう高額貨幣があるんだけど、こいつは持ってないから見せられない」

「持ってないんだ」

「白金貨一枚は金貨四百枚で交換されるんだよ。ま、白金貨なんて国や豪商が扱う程度で、庶民には一生縁の無い貨幣だな」

「なるほどねぇ……アルテナの金貨一万枚って、どれだけとんでもない値段なのかよくわかったよ」

「だろ?」


 庶民に縁の無い白金貨でも二十五枚も必要なんだ。

 まあでも、亜人たちを焼き尽くし、巨大なクレーターを作ったあの力なら、金貨一万枚は妥当なのか。




 脂の乗ったマスが思った以上に美味かったので、もう一本ずつ食べる。

 俺がさっさと食べ終えて、アルテナが食べ終わるのを待っていると。


「あ、あれ? れ、レチカのガキだ」

「よお、レチカのガキじゃねぇか。久しぶりだな、元気にしていたか?」


 二人連れの男に声を掛けられた。

 一人は長身で痩せていて、もう一人はチビでデブの男。


「なんだ、お前らか」


 俺は、ちっと小さく舌打ちすると、嫌そうな表情を隠す事も無く二人に返事をした。


「誰?」

「金貸しドンペリーニの手下ども。チビでデブのほうが兄貴分のビブで、ノッポでバカのほうがノブ」

「金貸しドンペリーニ?」


 マスを頬張りながら小声で尋ねるアルテナに、俺も小声で答える。

 

「女連れかぁ? レチカのガキも色気づきやがったか? ん?」

「こいつはそんなんじゃねえよ。それより何の用だ? 月末にはまだ早いぜ?」

  

 そう言って俺がビブを睨みつけると、ビブは嫌らしい笑みを浮かべた。


「そうつれねぇ事言うなよ。聞いたぜ? 店に泥棒が入って有り金全部盗まれたんだって? ヘヘ……おい、わかってるんだろうな? 今月は今日も含めてあと六日。月末には銀貨三百枚、うちへの返済があるんだぜ?」

「おい、ノブ」


 俺はノッポのノブに声を掛けると、その手に銀貨三百枚が入った袋を叩きつけるように乗せた。

 この銀貨は先日の防衛戦の報酬でもらったものだ。


「期日には早いが、ちょうど銀貨三百枚だ。これで文句は無いだろ?」

「あ、兄貴。ぎ、銀貨三百。こ、ここで数える?」

「ばっか、ノブ。こんな往来で銀貨を数える奴があるか! 帰ってから数えればいい」

「用が済んだならさっさと行けよ。俺は忙しいんだ。アルテナ、もう食ったか?」

「まあ、待てよ。ちょうどお前を探していたところなんだ」

「捜してた?」

「俺たちのボス、ドンペリーニ様がお呼びだ。ちょっと面貸せや」



 ◇◆◇◆◇



 金貸しマニー・ドンペリーニといえば、ファタリアで最も関わりたくない人物ランキングというものがあれば、堂々の一位に輝くに違いない。

 そのドンペリーニに呼び出された俺は、手下のビブとノブに連れられて屋敷へと出向いた。

 屋敷の周囲に張り巡らされた高く、堅牢な壁。鉄ごしらえの門。

 周囲では、明らかにお近づきになりたくない類の方々が、見張りに立っている。

 

「すっごい広くて立派なお屋敷だね。この家の人なら、金貨一万枚払って貰えそうなんだよ」

「払えるだろうなぁ」


 ファタリアの領主が住んでいる城館よりも大きな屋敷に住むドンペリーニ。

 噂では領主もドンペリーニには逆らえないと聞く。

 でも、金貨一万枚どころか二万枚積まれても、ドンペリーニにだけはこいつを売りたいとは思わないけどね。

 

「でもノアって貧乏なのに、こんなお金持ちと知り合いなんだ」

「知り合いたくて知り合ったわけじゃない」


 両親が店を出した時、こいつから金を借りたのだ。

 その後もうちの親たちは、採掘者(ディガー)としてドンペリーニから何かと仕事を貰っていたと聞く。

 そして借金を完済しないうちに俺の両親は亡くなってしまい、残された借金を俺が返済することとなった。

 その結果、俺自身もドンペリーニと繋がりが深くなってしまったのだ。

 俺が同業の採掘者(ディガー)連中から評判が悪いのは、両親につづいて俺までもこいつと付き合いがあるからだったりする。


 屋敷へ入り、大勢の使用人が行き来する長い廊下を進む。


「ボス、レチカのガキを連れて参りやした」

 

 ビブがノックの後に扉を開ける。


「もう、遅いわよ! 何を遊んでいたの、ビブ! ボブ!」

「は、申し訳ありやせん。ボス」

「ご、ごめんよ、ボス」


 耳に飛び込んできたのは怒鳴り声。


「ノ、ノア! モンスターだ! モンスターがいるんだよ!」

 

 指差して叫ぶアルテナ。

 その指の先には、見るからに高級そうなマホガニー製の重厚感ある机に、艶のある革張りの椅子に座った一人の男。

 胸板が厚く肩幅もある堂々たる体格。顔立ちもまるで役者の如く整っていて……そうだな、マーティスの野郎が壮年になれば、こんな男になるのかもしれないな。

 素顔のままでいたなら。

 残念なことに、この男。端正な顔全体に白粉を塗りたくり、頬には薄っすら紅を差し、長い付けまつ毛。とどめに唇には真っ赤な口紅を塗っている。


「誰がモンスターよ! 失礼しちゃうわね!」

「ボスに何てこと言うんだ! このクソガキ!」

「あ、兄貴、兄貴。こ、この娘、殺す? 殺す?」


 この男こそ、ファタリアで関わり合いたくない男ナンバーワンこと、金貸しマニー・ドンペリーニである。


「まあいいわん。お子様にはあたしの美しさがわからないのよ。それよりも聞いたわよ、ノアちゃん。店に泥棒に入られたんですって? 大変だったわねぇ……」

「あいかわらず耳が早いな、ドンペリーニ」


 ビブとノブも知っていたが、泥棒に入られたのは昨日の出来事だというのに、ドンペリーニの耳にはもうその情報が届いている。

 ドンペリーニには夫婦喧嘩でさえもその耳に届くという噂があるが、あながち誇張された話というわけでもないのかも知れない。


「もう、ドンペリーニじゃなくって、マニーちゃんって呼んで構わないって、いつも言っているでしょう?」


 誰が呼ぶか!


「え? ノアとこのモン……男は、まさかそういう関係だったの?」

「違う! 冗談でもそういうこと言うのはやめろ!」

「あら、その娘が噂になっていたアルテナちゃんなのね?」

「あれ? どうしてアルテナの事を知ってるの?」


 ドンペリーニに名前を呼ばれたアルテナが目を丸くする。

 それにしてもアルテナが噂に?

 どんな噂になってんだ?


「何でもノアちゃんが可愛らしい女の子を騙して、金貨一万枚で奴隷として売り払おうとしているって。ま、いつの間にノアちゃんってば、そんなに悪い子になっちゃったの?」

「どんな噂だ! ふざけんな! こいつはえっとその……まあ、パーティーメンバーっていうか……」


 どうしよう。

 こいつが聖剣だと言えないと、首からぶら下げている値札の説明しようがない!


「ウフフ、ま、そこら辺はあんまり突っ込まないでいてあげる」

「ねえねえ、このモン……じゃない、えっと……この偉そうな人は、ノアのお友達?」


 アルテナがドンペリーニの事をモンスターと言いそうになって、ドンペリーニとビブの二人に睨みつけられて、言い直している。


「マニーちゃんって呼んでくれて構わないわよ♪」

「こいつは、ドンペリーニで十分だ」


 モンスターでも、化物でも構わんぞ。


「そうね……あたしはノアちゃんの後見人ってところかしら」

「はっ、誰が後見人だ。うちの親父とおふくろに貸した金を、俺から回収するために面倒を見てただけだろうが」


 二年前、俺の両親は迷宮から戻ってこなかった。

 その時途方に暮れていた俺のところへ顔を出したのがドンペリーニだ。

 俺が店を継げるように商人ギルドに話を付け、業者市に紹介してくれたのものこの男だ。

 感謝はしているが、別に親切で世話をしてくれたわけではない。

 あくまでも俺から貸した金を回収するための投資なのだ。


「貸したお金を返してもらうのは当然の事よ。たとえそれが親の借金だとしてもね。当然の事でしょう?」

「今月分の支払いはもう終わってる。支払いは滞っていないんだ。あんたに何か言われる筋合いは無いな」


 俺が言うとノブが銀貨の詰まった袋を机の上にドンと置く。


「ボ、ボス。レ、レチカのガキが持ってきた。お、俺が預かってた。ぎ、銀貨三百枚。ま、まだ数えていないけど……」

「大丈夫。ノアちゃんは、そういうところを誤魔化すような子じゃないから」


 ドンペリーニはそう言うと、銀貨の詰まった袋をテーブルの隅に退けた。


「今月はもういいわ。でも、来月はどうするの? 聞けば、近くで起きた爆発騒ぎのせいで、業者市でほとんど仕入れができなかったらしいじゃない。心配して店に人をやれば、営業をしていないし……」

「……なんとかするよ。あんたには迷惑を掛けない」


 今日のようにシーナと神の城壁内でモンスターでも狩れば金を作る事もできるはず。

 それに見てきたように、アルテナの必殺技のせいで作られたクレーターのおかげで、亀裂(ゲート)の周辺には大小の岩石が転がっていて、それらの撤去作業に、臨時で人足募集も出ていた。

 また、爆発の余波で吹き飛ばされた、神の城壁内に築かれていた監視哨の再建などの仕事もある。

 どうしても狩りが難しいなら、それらの仕事で日銭を稼ぐ事だってできる。

 そんな事を思っていると、ドンペリーニは太い腕でテーブルに頬杖を付いて言った。


「ノアちゃんがどうやってお金を稼ぐつもりなのか、だいたいの推測はできるわ。でもそれじゃあ、いつまでたってもお店を再開できるほどのお金は稼げないでしょう? そ・こ・で、あたしが良いお仕事を見つけてきてあげたのよ。喜びなさい?」

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