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第二十一話

 ひっくり返された机の引き出し。

 散らばった商売に使った様々なメモ書きに、衣類、文房具、小物類。

 割れた窓から吹き込む夕暮れの冷たい風。

 部屋の真ん中でがっくりと両膝、両手を突く俺。

 

「と、とりあえず、警察に届け出をしようか」

  

 その俺の両肩に手を置くと、シーナが気の毒そうな目で俺を見た。


「私も同行しよう。どうやら私の荷物も荒らされているようだからな」

「シーナの荷物も?」

「ノアに比べれば大した金額じゃないが、銀貨で百枚程度が盗まれている。ただ、荷物を漁られたということは、その……下着なども見られているわけで、私としてはそっちの方に怒りを覚える」


 ああ、そうだよな。


「ノア。店前に並べてある商品は、手を付けられてなさそうだよ」

「そうだろうな」


 店の中を確認しに行ってくれたアルテナが戻ってきてそう報告した。

 武器の類を持ち出していてはさすがに嵩張るだろうからな。

 それに、物品を現金に換える時に足が付きやすい。

 町中から人が消えていて、うちの店のように無人となった商店がいくらでもあったんだ。

 わざわざ足が付きやすい危険な手段を取らずとも、現金や貴金属だけを盗み出して、次の商店を荒らしたほうが手っ取り早い。


「この分だと、うちの店だけじゃないんだろうな」

「さっき、ちょっとだけ店の外に出てみたんだけど、二軒先の宿屋さんにも泥棒が入ったんだって。泊り客の荷物は無事だったらしいんだけど、売上金をごっそり持ってかれたって言ってた」

「泊り客の荷物は無事だったんだ」

「お客さんたちは荷物を持って避難していたらしいから」

「なるほど」


 宿屋にとっては不幸中の幸いだったな。

 客の荷物にまで被害が及んでいたら、多少の責任追及はされそうだもの。

 面倒くさいことになりかねない。

 しかし、随分と大胆にやったものだ。これだけ派手な被害を撒き散らしたのなら、この泥棒たちは何がしかの手掛かりを残して言ってるかもしれない。


「シーナ、とりあえず警察隊に行ってみよう。アルテナ、悪いけど留守番しててくれるか?」

「わかった」

「うん、留守番してるよ」

 

 そういうわけで、俺はシーナと連れ立って被害届を出すために警備隊の詰め所へ出向いたのだが。


「おい! うちの家の家宝の壷が盗まれんたんだ! 早く捕まえてくれ!」

「へそくりが全部盗られちゃったのよ! どうしてくれるの!?」

「落ち着いてください! 落ち着いてください! 被害の申し出は順番に並んで一人ずつお願いします! 順番に! ほらそこ、列をはみ出さない!」


 町の警察隊の詰め所では、俺の店と同様に火事場泥棒にあった被害者たちで溢れかえっていた。


「避難命令なんて安易に出すからだ! だから泥棒に入られて家宝を盗まれたんだ! どうしてくれるんだよ!」

「申し訳ありません。警察のほうでは盗まれた物に対する補填はできませんので……」

「おい、ふざけんな!」


 詰め所内では怒声があちこちで響いていて、警察隊の事務の方が四苦八苦して対応している。

 どうやら泥棒たちは、商店だけでなく多少裕福な家にも入っていたらしい。


「これでは対応してもらえるのも随分と先になるかもしれないな」


 疲れたようなシーナの言葉に俺はため息を吐いて頷いたのだった。




 結局、被害届を提出できて警察隊の詰め所を後にした頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。

 家に帰ると、アルテナが割れたガラス片などを拾い集めてくれていた。

 お、気を利かせてくれたのか。

 やるな。


「お帰りなさい。どうだった?」

「うちだけじゃないね。他所もいっぱいやられてた……クソッ!」

 

 俺はパンと手のひらに拳を叩きつけた。

 月末には両親が残した借金の返済期日が来る。

 月々の支払い金額は銀貨で三百枚。

 一応、採掘者(ディガー)用の資金は持ち歩いていたおかげで、百枚程度の持ち合わせはある。

 この度の防衛戦との報酬を合わせれば、今月分はどうにかできそうだが来月分の金が無い。

 商品も仕入れられないため、商いで金を増やす事も不可能。


 バイトして金を稼ぐにしてもなぁ……ん?


 ふと気づくと、アルテナとシーナが不安そうな面持ちで俺の事を見ていた。


「その……ノア、大丈夫?」


 心配そうに言うアルテナへ俺は笑顔を無理矢理浮かべて見せた。


「とりあえず、飯にしよう。腹減っただろ?」

「お腹は空いてるけど……」

「空きっ腹で考え事をしても良い考えは浮かばないからな。二人とも、風呂もまだなんだろ? 湯を張ってやるから、先に風呂を済ませてこいよ。それから飯を食おうぜ」

「でも……」

「…………うん、そうだな。アルテナ、まずは私たちもさっぱりしよう。これからノアのために何事かアイデアを考えるにしても、疲れた頭では碌なアイデアが思い浮かばないからな」



 

 風呂に入って湯を浴び、頭をすっきり体をさっぱりさせた後、食事を終えて俺たちは二階の部屋に集まっていた。


「盗まれたと言っても私の被害は銀貨で百枚程度。まだ百枚は手元にあるし、これが全財産というわけでもない。銀貨百枚は痛いけど、数回の探索で取り返せる範囲の金額なのだが……。それでノアの被害は?」

「まだ、全部を計算して出したわけじゃないけど、少なくとも店の運転資金だった金や貴金属、おおよそ銀貨で一万八千六百枚……」

「……さすがに太いな」


 小さいとはいえ、お店の運転資金だからね……。

 かなりまとまった金額となってしまう。


「月末には支払いがあるんだったか?」

「銀貨で三百枚だから、今月はどうにかなる」

「ねえねえ、アルテナのお金……使う?」


 アルテナの小さな財布の中にある銀貨二十数枚を見せる。

 

「どうしてもって時にはな、ありがたく使わせてもらうよ」

「明日にでも採掘者(ディガー)組合に行って、とりあえず報酬を受け取りに行ってみよう。まとまった額でもらえるのではないか?」

「どうだかなぁ……、魔石の類はアルテナがふっ飛ばしちまったし、それほど期待できそうにないぞ」

「だ、だって……、あれは仕方ないんだよ」

「まあ、アルテナのおかげで町は助かったとも言えるしな。威力はもう少し加減してほしかったけど」


 ちょっとシュンとするアルテナに、俺はフォローを入れる。


「商品が無い以上、店を開くこともできない。そうなると、神の城壁へ入って迷宮に潜るのが一番手っ取り早く儲かるんだよな」

「あの爆発を見て、この近辺にモンスターがいるだろうか?」

「そうだよな……」


 しばらくはこの周辺にモンスターが寄り付くとは思えない。

 そうなると、かなり遠方まで出掛けなければならないのだが、町の亀裂(ゲート)から離れれば離れるほど、そこに生息するモンスターは数が増え、大物も増えていく。

 とてもじゃないけど、俺がソロで行けるようなところじゃない。

 アルテナを使えば話は別だけど、こいつが聖剣になるには高価な宝石が必要なわけで。

 何ていうか、銭投げ武器だな、聖剣は……。



 ◇◆◇◆◇



「じゃあ、ノア。週末にはまた来るから、気を落とすな?」


 翌日。

 朝一番で採掘者(ディガー)組合に行き、報酬を受け取ると、シーナはメルキア行きの乗り合い馬車で帰って行った。

 今回、ファタリアの町防衛戦に参加したパーティーへの報酬は、銀貨五百枚。

 あれだけの戦いで銀貨五百枚の報酬は少ないように思えたが、住んでいる町をモンスターから守るのは採掘者(ディガー)として義務なため、仕方がない。

 俺とアルテナが銀貨三百枚。シーナが二百枚で分配することになった。

 とりあえず今月末の支払いはこれでどうにかなる。

 しかし来月の支払いをどうするかな~。


「まずは店の商品を増やさないことにはどうにもならん。というわけで、商品を仕入れに行くぞ」

「仕入れに行くぞって……お金が無いんじゃなかったの?」

「金はない。無い……というか、僅かだけある。これを元手にして何とか仕入れるんだよ。というわけで出かけるからお前も手伝え」


 店の裏に置いてあった荷車を引いて、俺は町の西側を目指して歩く。

 川が流れているファタリアの西側は、多くの鍛冶工房が軒を連ねる職人街となっている。

 この西側にある広場では、毎週土曜日の早朝に商人を相手にした業者市が開催されている。

 しかし、今日の俺の目的は業者市ではない。

 適当に建て増されているため、複雑に入り組んでしまっている職人街のどんどん奥へと入っていく。

 人気がより一層少ない寂れた裏道を進んだ先に、俺が目的としていたその工房はあった。

 木造平屋で築どのくらいの年数が経っているのかも不明なほどボロボロの小さなあばら家と、天井が高い倉庫が二棟。

 

「おーい、バラク爺さんいるかぁ?」


 あばら家の前に荷車を停めると大声を出す。

 すると奥から一人の老人が出てきた。


「なんじゃい、レチカの小僧かぃ。持ち込みかい?」

「いや、今日は買い取りかな」 


 頭が少し薄くなったこの爺さんはバラク。

 ここで職人や俺のような商人を相手に商売をしている爺さんだ。

 その扱っている品物は。


「ふおおお、ノアノア。なんかガラクタがいっぱいある!」


 あばら家に隣接して建てられた倉庫の中には、大量のガラクタの山があった。

 

「ちょっと漁らせてもらうよ?」

「好きにせぃ。金は荷車一台分で銀貨二枚」

「あいよ」


 さてさて、掘り出し物があるといいんだけど。


「ねえねえ、ここは何なの? 何をする場所なの?」

「ここは俺たち中古品を扱う商人でも、売り物に出来なくなった物が集められる場所だよ」


 いわば、物の墓場とも言える場所。

 このガラクタの山は、廃品の山なのだ。

 鍋、ハサミ、包丁といった日用品から、鎌や鍬といった農具、馬車の車輪についている金具、それに武器や防具まで。

 金属が使われているありとあらゆる物が、最終的に集められて行き着く先がここである。

 バラクの爺さんは、採掘者(ディガー)組合、古物商、商会ギルド、各職人ギルドなどから、使われなくなった物や商品として扱えない物を引き取っていた。

 武器としては使えなくなってしまったが、刃の鋼、柄や鞘に使われている鉄。それに鍋にだって銅などの金属が使われている。

 それにすこし高級な武器であれば、装飾に金や銀、宝石といった貴金属だって使われている。

 バラク爺さんはそれらを丁寧に分別した後で、再利用できる素材を回収、それらを職人たちにへ売る商売をしているのだ。


「武器の類いならそっちの山じゃな。丁度大量に入荷したところじゃ」


 バラクの爺さんが指し示した先には、折れた刃物、ボコボコにへこんだ鎧などがうず高く積まれてあった。

 まだ新しい物も大量にある。

 亜人との戦いで損傷した武具も持ち込まれているのだろう。


「アルテナも手伝ってくれ。折れた刃物類なんかがいいな。握りが付いている物を荷車に載せてくれるか」

「握りが付いているのだけ?」

「刃しか残っていないのは必要ない」

「わかったよ」


 斧、サイズやハンマーといった長柄物系武器は持ち込まれてないかなと思ったけど、やっぱりないか。

 柄が折れただけなら取り替えるだけで再び使えるようになるからな。

 修理が楽だからあればラッキーと思ったけど、そういった類の物は同業者が買い取ってしまってるか。


「鎧とか盾もあるけど、いる?」

「鎧はいらね。盾は……一応載せておいてくれ」


 俺は武器商人なので防具は扱えない。

 商人は商会ギルドから発行される免状で、取り扱うことのできる商品が決められている。

 俺の場合は刃物全般というか武器類だ。

 盾は鈍器として、人を殴ることもできるから武器商人も扱える。

 釘なんかも人を傷つける事ができるので、立派な武器だと主張できるらしい。

 随分と適当な理由だなとは思うけど、それで何か俺に不利益を被るわけでもないので別にいい。

 そういえば、アルテナの手を握っていれば武器の質がわかるんだっけか?

 

「ちょっとアルテナ、こっち来てくれ」

「うん」


 アルテナの手を握ってみてみれば、おお! あるある!

 わずかばかりに緑色や黄色の光に覆われたガラクタが幾つかあった。

 しかし、不思議だな。

 ここにある物は、このままでは武器としてはもう使えない物ばかり。

 それなのに、緑色や黄色といった質が良い事を示す色が視えている。

 もしかして、素材の鉄の質が良いとかで緑色に視えたりするのだろうか?

 アルテナの能力にはまだまだわからないことが多い。

 暇ができた時に、一度じっくりと検証してみたいところだ。


 アルテナの質を見分ける能力のおかげで、ガラクタの山から使えそうなものを発掘する作業は捗って、小一時間ほどで荷車一杯の廃品を集めることができた。

 爺さんに少ない手持ちから銀貨を支払って、家へと持ち帰る。

 

「こんなのどうやって売り物にするの?」


 アルテナが取り上げたのは刃先が三分の一程欠けてしまった幅広の剣(ブロードソード)

 短くなってしまった上に、刃は丸みを帯びてしまってすっかり(なまく)らになってしまっている。

 何より刃がポッキリと折れてしまっているため、これでは突き刺す事もできない。

 

「まあ、見てろって」


 俺は店の裏へと出ると、丁度人の頭ほどの大きさの石を置いた。

 それから幅広の剣(ブロードソード)を握ると、石に目掛けて丁度折れている刃先が当たるように勢い良く振り下ろす。

 ガチンという音と一緒に、激しい火花が散った。

 石に打ちつけた刃先がさらに欠けている。

 俺はガンガンと石に剣先を打ちつけて、刃を欠けさせていく。

 これを繰り返して剣の折れた先端部が『<』の形になるよう、意図的に欠けさせていくのだ。

 そして切っ先が『<』の形になったところで細かい部分を金槌で整える。そして砥石で削って刃先を尖らせていく。

 そして、ちょっと見てくれとバランスは悪いが、幅広の剣(ブロードソード)はショートソードへと生まれ変わる。

 まあ、質はとても良い物とは言えないので、従来のショートソードよりも更にお安い価格になるけれど。

 ただ、元手がほとんど掛かっていないので十分利益が出せる。


「ふええ……、ちょっと先端が軽いけど、剣になってるんだね」

「中古品を扱う駆け出しには十分な武器だろ」


 サイズなんかも同じようにして、掛けた刃を意図的に更に欠けさせて使える形へ修繕していけばいい。

 盾は更に簡単だ。

 裏側の木材を引剥がして、裏から凹んだ部分を金槌で叩く。

 金属がひび割れてしまっているのもあるが、接着剤や釘を使って板材に貼り付けてしまえば完成だ。

 耐久性はもちろん新品には劣るけど、使えない事もない品物ができあがる。

 アルテナの能力のおかげで、折れたり凹んだりしているけれど、質の良い材質が使われた武器を集めたので、修繕すれば十分売り物として通用するはずだ。


「でもこれ、直すのに随分と時間がかかるんだね」

「まあな。欠けさせるのは結構簡単なんだけど、研いで刃を付けるのが大変なんだよ」


 幅広の剣(ブロードソード)からショートソードの形にするまで、数時間の時間が経過してしまっている。

 商品として棚に並べられるところまで修繕できるのは、一日で二、三本がせいぜいといったところで、商品を充実させるには、アルテナの言うとおり随分と時間が掛かっていた。


 商品作り以外にも、現金を稼がなくちゃな。

 となると、やっぱり手っ取り早く稼ぐ方法は一つしか無い。

 神の城壁内に出向いてモンスターを狩り、素材を剥ぎ取る。

 素材狩りと呼ばれる採掘者(ディガー)活動だ。

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