ファタリア防衛戦 後編(改稿済)
「ノア、お水飲む?」
「ありがとう」
アルテナから水筒を手渡された時、酷く喉が渇いていることに気付かされた。
ありがたい。
気を抜くことはできないけれど、一気に水を飲み干してしまた。
迷宮を一人で探索していた時なんかよりも、よっぽど緊張していたようだ。
「他の場所は……随分とひどい戦況だな」
抜き身の刀をぶら下げたシーナも、自分の水筒を取り出して呷る。それから凛と背筋を伸ばして戦場を見回していた。
「動けるかノア、アルテナ?」
「あ、ああ」
「アルテナは全然大丈夫なんだよ」
座り込んでいた俺へシーナが手を差し伸べてきたので、ありがたくその手に掴まらせてもらって立ち上がる。
黒髪を風になびかせて立つ姿を見上げていると、なんていうか。
俺が情けない格好でへたり込んでいたのに比べて、凄く風格があるというか、同じ駆け出しの採掘者には見えないくらいカッコイイ。
「何だ?」
「いや」
つい見とれてしまってた。
慌ててシーナから目を逸らす。
さて、どうするか。
トロルに押し込まれたおかげで俺たちは、神の城壁のすぐ麓。最も後方へと退く形となっていた。
そのおかげで、戦場全体がよく見える。
ファタリア側の防衛部隊は、もう前衛と後衛の境目が無くなっていた。
亜人が亀裂を抜けてファタリアの町へ侵入しないよう、かろうじて防げていると言えるくらいに押し込まれてしまっている。
ゴブリン、オーク、コボルトたちに続いて、数こそ少ないものの大型の亜人種が乱入したことで、戦場はより防衛側に不利となってしまったようだ。
それでも高価な魔剣持ちの採掘者は、個々の力量で亜人族を上回り反撃を試みているようだが、大多数の採掘者たちは力で優るオーガ、ミノタウロス、そして俺たちが今倒したトロルに苦戦を強いられている様子だった。
今なら誰もが目の前の敵と戦うので精一杯で、戦場の最後方へいる俺たちに注意を払う者は誰もいない。
「アルテナ、力を貸してくれるか?」
「もちろんだよ! でも、宝石が無いと聖剣にはなれないんだよ? 宝石はあるの?」
「あるにはある」
俺は懐のポケットから柔らかい布に包んだ宝石を一粒取り出した。
「どうしたの、これ? もしかして盗んできたの?」
お前、俺のことを普段どう見てるんだ……。
「店の運転資金の一部だよ。一応持ってきておいたんだ」
有事に備えて、金貨だけじゃなく宝石に換金してあったものだ。
大切な店の運転資金なので、できれば使いたくない。使いたくはないが、死んだら店だとか、金が無いとか言っていられないからな。
ちなみにこの宝石、銀貨にすれば五百枚は下らない。
「この大きさの石なら十分に聖剣になれるし、必殺技もかなりな威力が出せるけど……、いいの本当に? とっても高そうな石なんだけど?」
「ああ、頼む」
「わかったんだよ。じゃあ、ノア。宝石を貸して?」
「わかった」
緑色に輝く宝石――エメラルドだ。
これを使い潰すのか……。
くっそー、銀貨五百枚。
多分、今回の報酬が全部吹っ飛ぶ気がするけど、命には代えられないよな。
ここで使わなければ、多分ファタリアに大きな被害が出る。迷っている場合じゃないってわかってはいても、躊躇ってしまうよ。
「早く!」
俺の逡巡を悟ってアルテナが急かす。
仕方ない。
断腸の思いで、アルテナの手のひらの上に宝石を落とす。
「仕方ないから、ノアに力を貸してあげるね。だって町がめちゃめちゃになっちゃったら、ノアのお店だって無くなっちゃうし。そうなっちゃうと、未来のアルテナのマスターに会うのも大変だからね」
「仕方ないとか言うわりには、何だか嬉しそうだな?」
アルテナはニコニコと、満面の笑顔を浮かべていた。
「そりゃそうなんだよ。アルテナは剣だもの。剣は戦いの道具。戦いの中でこそ存在意義があるんだから」
確かに戦闘が無いなら、武器なんて持っている必要が無いものな。
「じゃあ、さっさと……」
「待ってくれ」
アルテナに聖剣になってもらおうとしたところで、シーナが呼び止めた。
「アルテナが聖剣へ姿を変えるところを見られなかったとしても、お前がアルテナを持つ姿を見られてしまっては意味が無いだろう」
そう言うとシーナは自身のマントを脱ぐと、刀で適度な大きさに斬り裂き俺の顔に巻きつけ始める。
「少し汗臭いかもしれないが……」
ちょっと顔を赤くして言うが。
「いや、そんなことは無いから」
むしろ、良い匂いがするぞ?
何でだ?
女の子はマントにまで香を焚きしめるのか?
「これで良し。これならノアだとわからないだろう」
目元だけを出して顔をマントの布で覆ってくれた。
「じゃあ、アルテナ。頼む」
アルテナがエメラルドを祈りを捧げるような姿勢で両手で包み込んだ。
すると、以前見たシーナのペンダントが砕けて散った時のようにエメラルドが光を発し、やがて光の砂のようになって崩れ去る。
「行くよ、ノア――『むばたまの闇払い、日輪の光に来ませ、我が現身』」
◇◆◇◆◇
ファタリア採掘者組合最大手のギルド、『天上の剣』に所属する十八歳のロバートは、探索時間がつい先日千時間を超えた採掘者だ。このファタリア防衛戦でも、前線に配置されるなどギルドから若手のホープとして期待され、ロバート自身も腕利きの採掘者になれたと自尊心を覚えていた。
実際、ロバートと肩を並べて戦う仲間たちの誰もが探索時間数千時間を超える猛者ばかり。ファタリアの町でも名だたる採掘者ばかりで、彼自身もその猛者たちの仲間入りを果たしたと喜びを感じていた。
この仲間たちと一緒にならば、どんな敵であろうと負ける気がしない。
戦いが始まるまではそう思っていた。
その巨躯を誇る亜人が彼らの元へと来るまでは。
『ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
乱杭歯を剥き出しにしての大音声。地響きのような足音を立てて迫ってくるオーガは、他のオーガと比べても、一際巨躯を誇っていた。
浅黒い肌に見事な張りを持つ分厚い胸板、盛り上がった肩の筋肉、大木の幹を思わせる太い脚。身長は三メートル半はあるのではないだろうか。鍛え上げられた足腰から唸りを上げて振り回される腕は、丸太のようだった。
そんな怪物が一目散に向かってくる重圧感は、想像を絶する。それでも若いロバートがまだ平静さを失わずにすんでいたのは、彼と並び立つ頼りになる先輩採掘者たちのこんな会話があったからだ。
「でけえな、おい」
「ま、その分的がデカイから斬りやすいだろ?」
「はは、違いねぇ」
「俺が行くわ」
真っ先にオーガへと立ち向かっていった採掘者は、三十代半ば程度の男。探索時間も三千時間を数える槍の使い手で、何体もの亜人たちを屠ってきた実績がある。
彼の振るう槍の穂先は常人では目で追いきれない正に達人の技と呼ぶに相応しい。実際オーガも、腹部を狙って突き出された槍を避ける事はできず、見事に貫く。
「へ、カモだぜ」
だが、狙い違わず腹部を貫いてみせた己の槍の技に、槍使いの採掘者が自画自賛の笑顔を浮かべた次の瞬間、ドチャ、という果実を潰したような音と、真っ赤な血飛沫が戦場に散った。
頭部を砕かれて力なく大地へ崩折れる槍使いの採掘者の姿、オーガの固く握られた右拳から滴る鮮血に、ロバートはようやく何が起きたか理解することができた。
オーガは槍使いの採掘者の頭に右拳を振り下ろした。
ただそれだけで、人の頭が柔らかい果実の如く簡単に砕け散ってしまったのだ。
オーガは腹部に刺さった槍を煩わしげに抜き取り、放り捨てる。傷口から血が流れ出すものの、その動作から見て致命傷には程遠い。
「てめえ! よくも!」
仲間の仇討だと、力自慢の別の採掘者が振り回した斧も、鋼の如く引き締まった左腕の筋肉を浅く傷つけただけ。
「この……バケモ――」
最後まで言い終えることができず顔面にオーガの拳が突き刺さり、斧使いの採掘者は物凄い勢いで後方へと吹っ飛び大地へ叩きつけられた
二人の採掘者のあまりの惨劇に、ロバートの周囲を一瞬静寂が支配する。その中心で、オーガは悠然とした態度で頭を巡らし、燃えるような赤い目をギロリと光らせ次の哀れな犠牲者を探す。その姿は肉食獣が獲物を追い詰める様に良く似ていた。
そして。
「くそったれぇ!」
「このバケモノがあ!」
悲鳴と怒号がロバートの周囲に満ちた。
探索時間千時間を超える猛者たちが、ロバートの目の前で捕まえられ、まるで玩具の人形のように手足を引き千切られ、胴体を大地に叩きつけられる。
その度に鮮血が大地を真紅に染め上げ、一部はロバートの顔へも降り注いだ。
その様子をロバートは、真っ白に染まってしまった思考で眺めていた。
逃げることも戦うことも思いつかない。強烈な恐怖がロバートを縛り上げていた。
そんな立ち尽くしたままのロバートを次の獲物として、オーガが見定めた。
ゆっくりとした足取りで迫ってくるオーガの巨躯を見上げて、ロバートはようやくはっと我に返った。
「う、うわああああ! 来るな! 来るなああああああ! クソォ! クソォ! っざけんなあ!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにして喚き散らし、剣を無様に振り回したが、刃は僅かにオーガの皮膚を斬り裂いただけだった。
オーガが乱杭歯を剥き出しにして笑う。
人は死に至るような危機に瀕した時、時が止まったかのように感じると言う。
ロバートもまた、オーガがその丸太を思わせる太い腕を振り上げて、その拳が自身の頭へと振り下ろされようとしている様子を、恐ろしくゆっくりとした時間の流れの中で見つめていた。
死。
逃れようの無い死の気配に、ロバートは足腰の力が抜けその場に崩れ落ち――その時、彼の視界の端で火の粉が舞うのが見えた。
それは、死の瞬間に見る幻か。
そんな事を考えた瞬間、真紅に燃え盛る炎がロバートの視界を一瞬横切りオーガの太い腕が宙に舞う。
『ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああ!』
オーガの絶叫。
その絶叫と顔面に感じた熱い飛沫で唐突にロバートの時間の流れが元に戻る。
斬り落とされた右腕を押さえて後ずさりするオーガとロバートの間に立つ一人の人物。
その人物の手には、黄金色の火の粉を舞い散らせる炎の剣があった。
◇◆◇◆◇
「ゴブリンやオークといった小物なら、私や他の採掘者たちでも対処できる。ノアはオーガやミノタウロス、トロルなどの大物を狙ってくれ」
「わかった。シーナ、気をつけろよ」
「ノアとアルテナもな!」
『任せといて!』
聖剣となったアルテナを携えた俺は、前線を切り裂こうとしている一際巨躯を誇るオーガが一体いるのを見つけた。
そのオーガの相手をしている採掘者たちは、『天上の剣』のギルドメンバーでかなりの手練れ揃いのはずだが、一方的に蹂躙されている様子だった。
本来なら、『天上の剣』の手練れたちが蹂躙されるような相手など、俺には圧倒的に格上の相手のはずだった。
しかし、聖剣アルテナを携える今の俺なら――凄い! 黒に近い紫色のオーラが薄っすらと視えている。
明るい色ほど格上らしいから、相当格下となっている様子だ。
聖剣となったアルテナを持っただけで、こうも力が逆転してしまうのか。
これなら。
「行くぞ」
『うん!』
あの一際大きなオーガは、採掘者たちに多大な被害を生み出している。その拳のひと振りで次々と犠牲者が量産されていた。
今は俺とほぼ同い歳くらいの若い採掘者がオーガの相手をしようとしている。
前線に配置されているということは、探索時間が千時間を超えた優秀な採掘者なのだろう。同じ『天上の剣』所属でありながら後方に配置された俺の同期のマーティスよりも、優秀な奴なのかもしれない。
だけど今はオーガの殺戮に恐慌状態に陥ったのか、喚き散らして振るう剣は素人でももうちょっとマシだと思える程、腰砕けで体重の乗っていない無様なものだった。
あの攻撃ではかすり傷すら付けられないだろう。
とりあえず援護に向かう。
俺は全速力でオーガに迫ると、腰砕けになって地面に尻もちを付いた男の頭を叩き潰そうとしているオーガの右腕を斬りつける。
オーガの皮膚は、トロルほどではないにしろ固い。
その上筋肉は強靭で鎧のように肉体を覆っている。鈍らな剣では深い傷を付ける事も難しい。
しかし。
アルテナの黄金に輝く刃の前には紙の如し。
斬った時に抵抗をほとんど感じることもなく、オーガの右腕はその太い骨をも軽く断ち切られて、地面にボトリと落ちた。
『ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああ!』
やや遅れて切断面から鮮血が吹き出し、尻もちを付いていた男の顔を真っ赤に染める。
「あ、え、あ……」
何事が起きたのか理解が追いつかない男の漏らした声と、オーガの魂消るような絶叫が同時に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「オーガの腕が一撃だと!」
蹂躙するオーガの周囲を取り巻いていた採掘者たちのあっけに取られたような声に構わず、俺は素早くオーガの懐深くに潜り込む。
オーガの生臭い息、口から見える乱杭歯、そして腕を斬り落とされて怒りに燃える炎のような瞳。そして重圧を感じさせる巨躯を誇る凶悪な亜人をこれほど近くに見ているのに、俺の中で不思議なほど恐怖心は沸いてこなかった。
これもアルテナの力のせいなのだろうか。
オーガが狙いを俺に切り替えて、残った左腕を俺に向かって振り回してくる。
命中でもしたなら、開戦時の岩の投擲による犠牲者と同じように、首から上が潰れたトマトのようになってしまうだろう。
でもそのオーガの全力の一撃を、俺は自分でも驚く程冷静に目で追うことができていた。
眼前に迫る岩を思わせる大きな拳。風圧を顔に感じるその瞬間までを目で追い続け、腕の下に素早く身体を掻い潜らせる。そしてその勢いのままに、オーガの左腰から右胸を経て右肩へと斬り上げ、返す刃で横薙ぎにオーガの胸を斬り裂いた。
その剣の軌跡に合わせてアルテナの剣身から迸る炎が舞い踊る。
腹の臓物を撒き散らし、心臓を斬り裂かれて、断末魔の悲鳴を上げることすらもできずにオーガの肉体は地面へと崩れ落ちた。
血糊を飛ばすようにひと振り、聖剣アルテナを上から下へと振るうと、ゴウッという音を立てて火の粉が舞い散る。
『血も脂も焼いちゃうんだから、必要ないのに。ただのカッコ付け?』
そうだよ、カッコ付けだよ!
だって、これだけ注目を浴びてるんだぜ? ついやりたくなったんだよ!
実際、この場にいる採掘者たちのほぼ全員がアルテナの剣身から舞う火の粉に目を奪われている。
『フフン、みんなアルテナに注目しているんだよ! 当然だよね!』
アルテナだって注目を浴びて気持ち良さそうじゃないか。
「あ、ありがとう。助かったぜ……」
「気にするな、それよりもまだ戦いは続いている」
礼を述べてくる採掘者へそれだけ言って、俺は次の亜人を探す。
『「気にするな。それよりもまだ戦いは続いている」だって。またカッコ付けしてるんだよ』
うっさいな、いいだろそれくらい。
見つけた! ミノタウロス。
怪力と魔法に対する強い耐性を持つ亜人。普通の鋼の剣よりも、魔剣のほうが傷つけるほうが難しい亜人。
アルテナは炎の聖剣らしいけど、大丈夫なんだろうか。
『あのね……ノア……』
俺の頭の中に、アルテナの嘆息する声が聞こえた。
黄金色に輝く剣を見て、魔剣だとでも思ったのだろう。
自身の魔法耐性に自信があるのか、走って来た俺へ殴りかかってきたミノタウロスの拳に合わせて、俺はアルテナを振り抜いた。
『見くびらないで欲しいな。アルテナは聖剣なんだよ。そこらの魔剣と一緒にしないで欲しいな』
「ああ、そうだな。悪かった」
オーガと同様、魔法の耐性が強いはずのミノタウロスでさえも、あっさりと腕を斬り飛ばせてしまう。
俺はアルテナに謝りながらも、その頼もしさに口元を緩めてしまった。
ついでとばかりに近くにいた、コボルトとオークも倒す。
『必殺技使っちゃっていい?』
「使いたいんだけど、今はダメだろ。乱戦状態だからな。あの大爆発する技だと巻き込んでしまうだろ?」
『そっか』
「地道に倒していこう」
しかし、アルテナの攻撃力は凄まじい。
聖剣だと豪語するだけはある。
シーナ曰く、レベル7に該当する最強クラスの聖剣なんだったか?
これ使ってると、本来今の俺じゃ格上過ぎて相手にできないオーガ、トロル、ミノタウロスを完全に雑魚扱いできるもんな。
ただ、アルテナは仮りそめの主として俺に力を貸してくれているだけ。これが俺の実力だと、勘違いしないように心しておこう。
それから、どのくらい斬り伏せてきたのか。
いくらアルテナの攻撃力が圧倒的とはいえ、さすがに俺も肩で息をし始めた頃に。
『ノア、ノア。敵があまりいなくなってきたよ?』
俺たちの周囲から敵が消えていた。
それに俺たちがオーガなどの大物を倒していったのが功を奏したのか、防衛部隊側が優勢になっている。
「助かったぜ、おい!」
「強いな、おまえ……見たこともない魔剣だ。どこのギルドの所属だ?」
「いや、大したことはない……」
掛けられた声にそう返す。
『ププ……大したことはない……、だって。カッコつけちゃって』
うっさいなあ。
劣勢になったせいか、亜人たちは徐々に退き気味になっている。
これなら行けるんじゃないか?
『うんうん。じゃあノア、剣を上に!』
俺はアルテナの言う通り、剣を天上に向ける。
するとすぐに幾つもの小さな火の球が空中に現れる。
一つ、二つ、四つ、八つ……………。
数はどんどん増えていき、小さかった火球も一つ一つが一メートルくらいの大きさに。
それはまるで小さな太陽が幾つも現れたみたいで。
「なんだ、なにをやってんだ? あいつ!?」
「なんか、見るからにやばくないか!?」
「お、おい。ちょっと下ったほうがいい気がするぞ!」
後ろの方で採掘者たちの騒ぐ声が聞こえる。
亜人たちも、直感でこの火球一つ一つのヤバさがわかったのだろう。
俺には亜人たちの表情はよくわからないが、それでも恐怖と焦りを感じているのは雰囲気で感じ取れた。
空気がビリビリと振動しているように感じる。
おい、これって前よりもヤバイ威力出そうなんだけど。
『前は迷宮の中。今度は外。しかも石も良かったからね。今度こそ、本当の百火なんだよ!』
「お、おい……やり過ぎる……」
なよ、と続けようとした俺の声をかき消して、頭の中でアルテナが叫んだ。
『いっちゃええええええ! 百火繚乱!』
次の瞬間。
慌てて背中を向けて逃げようとする亜人たちに向けて、アルテナ曰く百の火球が次々と降り注ぐ。
そして、大爆発。
地響きと爆風、熱波、激しい土埃。
それらが一度に襲ってくる。
シーナのマント、顔を隠す以外にも役に立ってるよ。
それにしてもこの威力……。
前の爆発事件なんて比じゃ無い気がするんだが……。
『あの時は十個も出したかどうかだったしねぇ。今回はあれが百個分だから。単純に言っても百倍以上だもの』
「やり過ぎんなって言ったのに……」
今の攻撃に巻き込まれた人はいないだろうな。
と、不意に腕を掴まれた。
「私だ、ノア。大丈夫か」
「ああ、俺は大丈夫。それにしてもよく、俺のいる場所がわかったな?」
「爆発が起きる前にノアの立っている場所を確認しておいたんだ。私は一度あれを見ているからな」
「そうか」
「とにかくこっちへ」
まだ土煙は収まっておらず、目の前が全く見えなかったが、シーナは迷いなく俺の腕を引っ張って歩く。
「他の者たちは不意にあの爆破を受けたからな。まともに動けずその場にうずくまっている者が多い」
爆発前にどの位置に人がいるのか、全部覚えているのか。
シーナって、どこまで凄いんだ?
『シーナはやっぱり英雄の卵なのかも……』
俺もそう思えてきたよ、本当に。
「このあたりでいいだろう。アルテナ、人の姿に」
『はーい』
聖剣が光りに包まれて、アルテナは少女の姿に戻る。
「マント、助かった」
「あれなら聖剣を振るっていたのがノアだとはきっとわからないと思う。それにしても、随分と凄い爆発だったな」
「でしょ!」
胸を張るアルテナ。
「まだ耳鳴りがするくらいだ」
「俺はやり過ぎるなって言ったんだけどな」
その爆発の規模がどの程度のものだったのか……。
やがて土煙が晴れて、絶句した。
巨大なクレーター。
大地が大きく抉れて、森の一部が消し飛んでいる。
クレーターの壁面からは沸騰した地下水が溢れ出していた。
これ、どのくらいの深さがあるんだ?
「えっと……やり過ぎちゃった……?」
「お前……何だっけ……その技」
「百火繚乱?」
「やっぱり俺の許可がない限り、禁止な」
「………………」




