迷宮? 採掘者? 探索時間?(改稿済)
「うん。なぜなら私にもよくわからないからだよ!」
「わからない? ええっと……それってつまり、記憶喪失ってやつか?」
「うーん……どうなんだろう? あ、でも名前はわかるんだよ。自己紹介するね。私の名前はアルテナ。聖剣だよ」
「は? セイケン?」
「うん。聖剣」
「アルテナ……セイケンって名前なのか」
「違う違う。アルテナっていうのが私の名前で、聖剣は『聖なる剣』の事だよ」
「はあ? 聖剣ってあの聖剣か!? 大昔に神様だが何だかが創り出したっていう、あの? ……嘘つけ。どっからどう見ても、お前は人間じゃないか」
「嘘じゃないよ! 本当なんだよ! 私は聖剣アルテナ。神様の創り出した剣の一振り。なんなら崇めてくれたっていいんだよ?」
「崇めろって言ったってな……どこの世界に腹を空かせる剣があるってんだ!?」
「ここにあるんだよ! 今、目の前に!」
さっきまで少女に感じていた神秘性が嘘のように消え失せていた。
アルテナと名乗った自称聖剣の少女はベッドの上から、俺は床の上に正座してお互い睨み合
う。
こうしていると、アルテナに上から見下されているような感じなんだけど。
「もう、仕方ないな。だったら証拠を見せてあげるんだよ」
「証拠? 剣の姿にでもなるのか?」
「残念だけど、それはマスターと契約しないとできないのだ。そうじゃなくて……」
アルテナはそう言って右手の人差し指を立てると、ぽっと爪先にロウソクほどの炎を灯してみせた。
「はい。アルテナは炎の聖剣だから、火を生み出すことなんて簡単な事なんだよ」
胸を張って得意満面な顔をするアルテナだったが、俺は冷静に突っ込む。
「そんなのほれ」
俺は横に置いていた小さな袋から、赤い石が嵌め込まれた指輪を取り出す。
「『着火』」
アルテナの生み出した火と同じくらいの小さな火が、俺の指先にぽっと灯った。
「えええええええええ!? なにそれ?」
「『着火』の魔法道具だよ。神の城壁内のモンスターから手に入る魔石を、特殊な加工をして作ることが出来るんだ。別に珍しい物でも何でもないぞ。コレを使えば火を点けるくらい簡単なもんだろ? 炎系の魔剣だって珍しい類のものじゃないし……」
「ガーン……、魔法道具……それに魔剣?」
「魔石を埋め込んで、炎や氷、風の刃を生み出す事ができる武器の事。高価な代物だけど、火を出す魔剣は人気だから結構な数があるよ。それこそ炎の魔剣なら、お前さんのみみっちい炎よりもよほど大きい炎が生み出せるぞ。お前は魔剣レベルで言うなら1だな、1!」
「うわーん、みみっちいって言われた。それからなんだか知らないけど、レベル1とか評されてるの、とっても失礼な事言われてる気がするんだよ!」
「レベルってのは魔法道具、魔剣の宿す力のランクの事だ。レベル1からレベル5まであって、レベル1ってのは最低ランクって事だ!」
「ううっ……最低って……この聖剣のひと振りたるアルテナが、レベル1の最低……」
毛布の隅っこを弄って落ち込むアルテナ。
そんな少女を見ながら、俺はホッとしていた。
聖剣云々はともかくとして、言葉が通じる様子から、擬態したモンスターでも無さそうだ。
「そういえば、お兄さんの名前を聞いていなかったね。良ければ教えてほしいな?」
「ああ、俺はノア。ノア・レチカだ」
「ノアって呼べばいいのかな? それで、ここはノアのお家?」
「ああ、そうだ」
「もしかして連れ込まれた!?」
「人聞きが悪い事言うな!?」
アルテナは、今もって俺が貸したシャツ一枚だけという無防備な格好。その格好をたった今まで気にしている様子も見せなかったくせに、急に両手で胸を掻き抱き身体を庇うようにしてみせる。
「地下で横たわっていたお前を見つけて介抱しただけだ! 何らやましいことはしてないからな! 変なことを言うと放りだすぞ!?」
「わあ、ごめんごめん。わかってるって。うん、大丈夫。ノアさんはとても良い人。とっても理性的な人」
ふうふうと荒い息を吐いて叫ぶ俺を、アルテナはベッドの上に膝立ちになってなだめるように頭を撫でる仕草をする。
膝立ちになったせいでシャツの裾から、まぶしいばかりの真っ白い太ももと危ういところが見えかけて、俺は慌てて顔を背けた。
「とっても理性的……?」
「うるさいな!」
顔が熱くなっているのを誤魔化すため、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
「それにしてもお前」
「お前じゃなくて、アルテナね! ア・ル・テ・ナ!」
「えっと……アルテナ。何も覚えてないってわりには、結構覚えているじゃないか」
「うん。自分が何者なのかとか、どういった力を振るえるのかって言うのなら覚えているんだけどね。どうしてここにいるのかだとか、それまでどうしていたのかだとかが、すっぽりと抜け落ちてるんだよ。困ったねぇ」
全然困ってなさそうな顔であっけらかんと言うアルテナ。
「困ったねぇ……って、じゃあどうしてあんな所に横たわっていたのか覚えていないのか?」
「うん」
「これからどうするんだよ? 行くあてとかあるのか?」
「無い! だからさ、しばらくここに置いて欲しいかな?」
「はーん?」
「だってさ、お兄さんは武器を扱う人なんでしょう? 職人さんか商人さん?」
「……駆け出しだけどな。武器商人だ。何でわかった?」
「何でって……部屋の中を見れば、一目瞭然じゃない?」
俺の小さな家の中。
アルテナが横になっていた簡易ベッドが置かれているのは一階の作業場。
この部屋に家具と呼べる物は、本が数冊差してあるだけの書棚と、それから木製の簡素な作りの割に頑丈そうな机と椅子。
これだけだ。
そしてそれらの家具以上に目立つのが俺の仕事道具だろう。
土間に幾つも置かれている砥石、何種類もの磨き粉、そして布の上に置かれた刃物を中心とする大量の武具。包丁やハサミ、鎌やクワといったものが無造作に置いてある。
ちなみにアルテナが寝ていたのは、俺が仕事で追われている時にここで寝るための物だ。
ちゃんとしたベッドは二階にあったりするのだが、彼女をここで寝かせていたのは、俺が作業中に様子を見るためでもあった。
「俺の店は、新品じゃなくて中古品専門だけどな」
「ほら、だったら問題ないじゃない? アルテナは聖剣だよ? 聖剣。武器商人さんなら取り扱ってもおかしくないでしょ? 新しいマスターが決まるまで、アルテナをここに置いておいて欲しいな」
◇◆◇◆◇
「……うん。何だかあれだな……。女郎屋か奴隷商人にでもなった気分だ」
レチカ武器商店は一階を店舗スペースとして、二階を居住区兼作業場にしている。
アルテナとの自己紹介を終えた後、店を開けた俺は店の奥にある椅子に座って客を待ちながら、自分を女郎屋か奴隷商人の気分にさせている元凶をチラリと横目で見た。
そこには俺のシャツと裾を短く折ったズボンを履いたアルテナがちょこんと商品棚の一角にクッションを敷いて座っている。
その華奢な首からは、細い鎖と板切れが吊り下げられていて、『大特価! 金貨一万枚!』と書かれてあった。
「……金貨一万って……。でっかい庭付きメイドさん付きのお屋敷が、幾つ買えるんだ?」
「なあにを言うかなぁ!」
半眼になって呟くと、アルテナは棚の上から力強く言い放った。
「アルテナは聖剣だよ? せ・い・け・ん! 神様がお創りになられた聖剣が、たったの金貨一万枚で手に入るんだよ? 超お得! 超良心価格じゃない!?」
「良心価格ねぇ……」
どうでもいいがアルテナの鎮座する棚の位置は、俺が腰掛けている位置より高い場所なため、見下されているようで腹が立つ。
ふぅ、とため息を吐くと人っ子一人いない店舗の中をぼーっと眺めた。
「客、来ねぇなぁ」
「……ねえ、マスターを探すためにアルテナをここに置いて欲しいって言った後でなんだけど、このお店はお客さん来るの?」
「失礼な! ちゃんと来るぞ! 二、三日に一組とか……近所のおばちゃんが包丁研ぎを頼みに来たりとか……」
「……………………」
「し、仕方ねーだろ!? ここ、立地条件最悪の裏通りなんだから!」
無言でじっと見つめてくるアルテナの圧力に耐えかねて、俺は言い訳がましく言った。
「メインストリートや広場に面した場所じゃないんだ。こんな裏通りの、しかもほとんど袋小路にあるような店に来る客なんて、たかが知れてる。他の商品を見ろよ? うちの店じゃ、この程度の刃物が売れ行きベストな商品なんだよ!」
レチカ武具店の商品棚に並べられている刃物は、どれも摩耗してしまって、元の原型からは大きく形を変えてしまったものばかり。アルテナの金貨一万枚という法外な値段が生まれるまで、レチカ武具店で最も高価な武器は銀貨七十枚のツーハンドソードだった。
ちなみにツーハンドソードの新品は銀貨三百二十枚程度が相場である。
アルテナの金貨一万枚を銀貨に崩すと約三十万枚!
売れる気がしねえよ!
主な顧客が駆け出しの採掘者であるレチカ武具店は、金の無い彼らの需要に応えるために、中古品の刃物を大きく取り扱っているのである。
「後で文句言われても困るからはっきりと言っておくぞ! うちに来るのは金の無い駆け出し採掘者ばかりだ! 金貨一万枚なんて大金払えるような客はうちには来ねぇよ。そんな金が払えるような金持ちがこんな裏通りになんて来るもんか!」
「ねえねえ、採掘者って何?」
「採掘者を知らないのか」
「うん。知らない。初めて聞いた」
「へえ……じゃあこっち来い」
「うん」
俺に呼ばれて素直に棚から飛び降りるアルテナ。
アルテナを連れて店先の路地へと出ると、町の外壁の外で雲に届かんばかりにそびえ立つ大きな灰色の壁を指差した。
「あの灰色の壁が見えるだろ? あの壁を俺たちは『神の城壁』と呼んでるんだけど、その壁には中へと通じている幾つもの大きな亀裂がある。そして亀裂を通った先には地下に広がる大空洞、通称『迷宮』と呼ばれてるものが無数に存在するんだ。採掘者ってのは壁の亀裂から中へと入り、迷宮に潜って行く命知らずな連中の総称だよ」
「壁の中に迷宮というものがあるのは知ってるよ。聖剣だからかな? アルテナを振るった神様が、あの迷宮の奥底に異邦の存在を封じ込めたんだよ」
「何かそんな話を聞いたな。で、その時に神様は、邪神と一緒に様々なものも巻き込んで迷宮に封印した。古代の都市だとか、当時神様と一緒に戦っていた戦士たちの武器防具とかな」
「へえ」
「古代都市は俺たちよりも優れた文明を誇っていたらしい。神様の創り出した聖剣を真似た剣――魔剣ていうんだけどそんなのも作って、神様と一緒に戦ったんだ。そうした宝物が迷宮の中にはたくさん眠っている」
「でもさ、それって随分大昔の事じゃない? 迷宮内は探索尽くされてないの?」
「とにかく広大だからな。何しろ大陸の二分の一だったか三分の一だったか……とにかく広い範囲を迷宮にしちまった。採掘者は神の城壁の亀裂――『ゲート』って言うんだけど、そこから中に入り、迷宮へ潜って宝物を探し求める。そしてそんな採掘者を相手に商売する連中が集まって町ができた」
「ふーん……」
アルテナは小さく首を傾げると、マジマジと神の城壁を眺めた。
「このファタリアの町もそうやって、百年前にできた亀裂の傍に作られた町なんだ。ちなみに言うと、採掘者ってのは、迷宮への入り口の大部分が山みたいな場所に存在しているから、山に分け入って作業する者。鉱山労働者に似ているってんで、そういう名称で呼ばれるようになったらしいぜ」
「そっか。でもさ、迷宮の中心部には本当に異邦の存在が眠っているんだよ? もしも掘り当てたらどうするつもりなの?」
本当に心の底から心配そうに言うアルテナに、苦笑を返す。
「言ったろ? 迷宮はマジで広大なんだ。迷宮ができて永い年月が経つけど、俺たち人はその十分の一も踏破できていないって言われているんだぜ。邪神の眠る祭壇にまで到達するには、後どれくらいの年月が必要なのか……」
「迷宮……今はどんな場所になっているの?」
「モンスターが溢れてて危険な所だけど、恵みをもたらしてくれる場所でもあるかな……」
迷宮の中心に眠る邪神の神威は、迷宮内に彷徨い込むあらゆる生物に影響を与えた。
魂を歪めてモンスターと化してしまう事があるのだ。
それは人も例外ではない。
邪神の神威は瘴気と呼ばれ、呼吸によって体内に入ってしまう。
半日程度であれば瘴気を吸い続けても、直ちに身体に影響を与えたりしはしないのだが、それ以上吸い続けると熱が出たり、倦怠感を覚えるなどといった風邪に似た症状が現れる。
ただし、ソムルと呼ばれる迷宮内に植生する薬草を煎じて飲んでいれば、瘴気を中和して活動できる。
だが、そのソムルを服用していたとしても、迷宮内で身体に異常を来たさず活動できる限界時間は、だいたい七十二時間と言われている。
「ノアも採掘者なの?」
「まあな。と言っても半年くらい前から始めた駆け出しだよ。俺は店を閉めている土曜日と日曜日に潜る程度だからな。探索時間もまだ三百時間足らずだし」
「探索時間?」
「迷宮内に滞在した時間の事。亀裂を通って中へ入る前に、入退場の時間を記録するんだ。探索時間は採掘者の熟練度を計る基準にされたりする。だいたい探索時間千時間を超えたら一人前かな」
「へえ……でも二日程度の短い滞在時間で、財宝なんて見つかるの?」
「俺の目的は財宝なんかじゃなくて、主にモンスターを狩る事だよ。モンスターから取れる魔石、毛皮や肉、骨とか牙とか目当て。狩りして来て売れば、ちょっとした収入になるんだ」
モンスターは魂が歪められてしまっているが、その肉自体は獣たちの肉と変わらない。
毛皮や骨、牙だって加工して衣服や装飾品、道具などに使うことができる。
そして何より魔石だ。
瘴気に冒された動物は、体内で瘴気を結晶化する。その結晶の事を魔石と呼ぶのだけど、これには特殊なエネルギーが宿っている。その魔石を加工して道具に埋め込むことで、様々な魔法道具が作り出されるのだ。
人を襲う危険なモンスターだが、迷宮が生み出した貴重な恵みでもあるのだ。
「後はおおっぴらには言えないけど、迷宮で命を落とした採掘者の遺品なんかも回収すれば良い稼ぎになる。刃物なら、修理すれば売り物にもなるし」
店に並べられている商品の内、半数近くはそうした商品だ。自分で拾ってきた物もあるが、採掘者が拾ってきた物を買い取った物もある。
ふぅん、と頷いてヒョイッと一本のナイフを取り上げ、しげしげと見つめるアルテナ。
「全部丁寧な仕上げがしてあるね。これ、ノアが修理しているの?」
「おう。もともとは採掘者だった俺の両親が、貯めた金と借金で商売を始めたんだけどな。二年前に迷宮に潜ったきりで戻ってこなかった。それ以来、俺が一人で店をやっている」
「えっと……あの、その……ごめんなさい」
「気にするな。もう両親が恋しいという歳じゃない。それに店を残してくれたおかげで、何とか飯を食っていけてるしな」
「そっか……」
まあ、店と一緒に結構な金額の借金も残してくれちゃったけど。
俺が休みの日に迷宮へ潜っているのも、店の売り上げだけでは借金の返済にまで金が回らないからという理由もある。
「そうだな。もしもお前を買い取ってくれるという太っ腹な客が来たら、その売り上げでもっとでっかい店を大通りに建ててやる」
「そうだね。アルテナが目覚めたのは、私の持ち手に相応しい英雄が、きっとこの世界のどこかに現れたからだよ。その英雄はきっと私という聖剣を求めて、この店までやって来てくれると思うんだよ!」
「おう、そうだな! 英雄とまで言われるような剣士だ。金貨の一万や二万。即金でポンッと払ってくれるよな!」
「うん!」
俺とアルテナはがっちりと握手を交わし、きっと世界に名を轟かせる英雄が店に来るのを待ち続ける事にしたのである!
――数時間後。
「まあ……そう簡単に上手く話が運ぶはずもないよな」
「………………」
机の上に頬杖を突いて俺はボヤき、アルテナは陳列棚の上にちんまりと座ったまま、小さく欠伸をしたのだった。