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蠢動(改稿済)

 翌朝。

 外がまだ薄暗い時間に、俺はシーナに起こされた。

 う、寒……。

 どうやら濃い霧が出ているようで、俺たちが野営した部屋の中も薄っすらと白い霧が漂っている。

 ただ、霧は俺たちの姿を隠してくれるので、亜人の集落に接近するなら好都合だな。

 俺たちは手早く朝食を腹に入れると、昨夜明かりが見えた辺りを目指す。


「もしもあの明かりがゴブリンの集落のものなら、きっと奴らの作った道があるはずだ」


 俺の推察通り、俺たちが砦へやって来た道の途中で分岐した道があった。

 行きの時は大して気にもとめていなかったので気づかなかったけど、道だと知ってしっかりと観察をしてみれば、地面は固く踏みしめられて、頻繁にここを往来する何者かがいることを示していた。

 日が高く昇って気温が上昇すると霧が晴れてしまって、せっかくの好条件が台無しになってしまうところだったが、奴らの作ってくれた道のおかげで歩くのに苦労することも無く、霧に紛れて集落に近づくことができた。

 やっぱり俺たちの予想通り、集落の入口あたりに一匹のゴブリンが見張りに立っていた。あの六匹のゴブリンたちも、この集落のゴブリンだったのだろう。

 木で作られた簡易な柵に、ぼろ布と木で組まれた粗末な小屋が幾つも立ち並んでいる。


「モンスターなのに、人間みたいに集落を作っているんだね」

「元が人間だったっていう話、納得できるだろ?」


 小声でアルテナにそう返す。


「まだ人が足を踏み入れたことのない迷宮を抜けたその先に、亜人共の王国があるそうだぞ」

「そうなのか?」

「ああ、ジル……いや、ジルベルト・ジルからそう聞いた」


 亜人族が高い社会性を持つとは知っていたけど、国まで築いているのか。


「ホブゴブリンが集落の戦士層、貴族層に該当するってのは知っているけど、王国があるなら王様がいるって事?」

「さあ? 私だって詳しくは知らない。ただ、ジルはゴブリンや他の亜人族にも、王に該当する存在はいると話してくれた」

「ねえねえ、あの犬の頭を持つのもゴブリン?」


 俺とシーナが亜人族の王について話していると、俺の袖を引っ張ってアルテナが指差した。

 犬頭?

 ゴブリンは総じて猿のような顔をしているはずだけど……。

 だが、実際に俺がそこへ目を向けてみると、確かに人の身体に犬の頭を乗せたようなモンスターが歩いている。


「コボルトだ……、何でコボルトがゴブリンの村に?」

「お、おい、ノア。こっちを見ろ」


 シーナの言う方角を見てみると、今度は人の身体に豚の頭のモンスター。


「オークだ……」


 俺とシーナは信じられないという風に、互いの顔を見合わせた。


「ねえねえ、どうしたの? あれがコボルトであれがオークっていうモンスターなんでしょう? どうしてそんなに驚いているの?」

「それで合ってるんだが……」


 採掘者(ディガー)がこの光景を見たならば、俺やシーナじゃなくても驚くと思う。


「亜人族は、それぞれの種族で仲が悪いんだよ。ゴブリンの集落にコボルトやオークが一緒にいるなんて、聞いたことが無い」


 亜人族の集落同士で、戦争をすることだって良くあると聞く。

 一匹や二匹程度、ゴブリンに混じって別種族の亜人がいるのなら、戦利品として集落へ連れ帰り、奴隷として使っている事もあるかもしれない。

 しかし、ゴブリンの集落内をのんびりと歩いているコボルトやオークを見ると、とても奴隷階層には思えない。

 それどころか、日が高くなってくるにつれて、コボルトやオークだけでなく、オーガやトロルといった他の亜人族の姿も見られるようになった。

 それも一匹や二匹どころではない。見えるだけで、それぞれが十匹以上。

 最も多いのはゴブリンなので、ここがゴブリンを主とした集落には間違いないのだろうけど。

 しかしこれは――。


「もう集落や村の規模じゃない。これではもう、町ではないのか?」


 シーナの言う通り。

 亜人の数全てを数える事は到底難しいが、推測するにこの集団は数百匹規模だ。

 これは急いで採掘者(ディガー)組合へ報告したほうが良さそうだ。

 日が昇ったので気温がだんだん高くなって来た。

 おれたちは霧が完全に晴れてしまう前に、急いで集落の側を離れるとファタリアへと戻ったのだった。



 ◇◆◇◆◇



 俺とアルテナ、そしてシーナのもたらした、ファタリアから四キロ離れた地点に亜人族の大規模な集落発見の報は、最初は全く取り合ってもらえなかった。

 ゴブリンの集落に別種族の亜人族が多数一緒にいるなんて話、過去にそうした事例は一件も無かったし、荒唐無稽な与太話だと思われたのだろう。

 それに、ファタリアの近くで、それほどのゴブリンの集落があれば、なぜ今まで報告なかったのかなど、疑問点は幾つもあったからだ。

 俺たち三人の売名行為などではないかという疑いの目も向けられたのだが、翌日にはそうした目を向けられることは無くなった。

 例の爆発騒ぎを調査していたベテランパーティーの一つが、念のためにそこまで足を伸ばし、俺たちの報告が事実だったという事を確認したのだ。

 ただ、俺たちの報告と違っていた点は、ゴブリンの集落がよりファタリアの町へ近づいていた事だ。

 つまりその集落は、移動して来ているのではないかという話になったのだ。


 町は大騒ぎになった。

 あの爆発騒ぎとこの亜人たちの接近が関連付けられて考えられるようになったのだ。

 つまりこういうことだ。

 人間の町を攻めるために亜人たちは手を組むことにした。採掘者(ディガー)たちに気づかれないよう、神の城壁の奥地にて集結して行軍開始。ファタリアの町近くで起きた大規模な爆発は亜人たちによる陽動作戦で、人間の注意をそちらへ向けさせているうちに、町への接近を試みようとしているのではと考えられたのだ。


 もちろん、真実は違う。

 俺たちは知っている。

 あの爆発はアルテナが起こしたもので、亜人たちとは全く関係ないものだという事を。

 ただこれだけの大騒ぎになってしまった以上、今さら言い出せるはずもない……。

 ファタリアの町と採掘者(ディガー)組合は、亜人たちを迎え撃つための準備を開始した。

 すぐに斥候が放たれて、亜人たちの数が判明する。

 その数はおよそ五百体。

 決して多いわけではないが、様々な種族の亜人による混成部隊だとすると、数以上の力を発揮するかも知れない。


 ただ俺たち人側に幸運だったことは、距離があるうちに発見された事と、混成部隊ゆえに亜人たちの集団の足並みは非常に遅く、ファタリアの町に迎撃の準備をする時間が取れたことだろう。

 でもこれって、もしもあの時俺たちが放棄された砦に行こうと考えなかったら、発見が遅れてファタリアの町滅亡の危機だったんじゃないか?

 それも、その発見が遅れた原因が、アルテナの起こした爆発だったということを考えると、危うく俺たちがファタリア滅亡のきっかけとなりかねないところだった。

 あっぶねぇ……。




 ところで町とモンスターが戦うとなれば、武器の需要は伸びる。となれば、中古品専門の武器商人としては、武器が大量に売れて大儲けに繋がるかも――と、思っていた時期が、俺にもありました。


「うああ……仕入れができねぇ……」


 業者市に出掛けて商品の仕入れに向かったのだけど、町の鍛冶工房は剣などの耐久性の高い武器の製造ではなく、消耗の早い(やじり)の生産に注力しているらしく、どれも品薄になっていた。

 中古品にしたって大手の商会が、見込まれる需要に向けて買い込んでいるのか、武器の値段が軒並み高騰していて、とても零細な武器商人に買える値段では無い。

 結果、特需で賑わう大手商会とは対象的に、店前に並べる商品も無い悲惨な状態となっているのである。


「ああ、赤字だ……。今月も赤字だ……」

「で、でも……武器の修繕だとか、砥ぎの仕事は一杯入ってるじゃない?」


 店の奥の作業場で、昏い目をして砥石に刃を当てている俺から目を逸らしつつ、それでもアルテナが励まそうと声を掛けてくる。

 砥ぎ、修繕の仕事は確かに美味しい。

 だけども、どんなに頑張った所で、こなせる数には限度がある。

 決して大儲けにはつながらない。


「やっぱり商品を大量に仕入れて大量に売るのが一番稼げるんだよ」


 回転良くすればなおさらだ。


採掘者(ディガー)組合に報告した後で、すぐに仕入れに走ればよかったんじゃないのかな」

「走ったよ、すぐに。ただ、店の運転資金にそれほど余裕が無かった」


 武器の需要が高まることはわかっていたので、これでも一応限界まで買い付けには走ったのである。だが、俺の買い込んだ量など大手商会からしてみれば、何ほどのものでもない。

 亜人族が接近中という情報が流れた途端、乗り出してきた巨大資本の前に俺なんかの零細商人では勝負にならなかったのである。


「でも、少しは稼げたんだよね?」

「少しだけな。でも、戦いが終わった後に来る次の特需にも、俺はきっと乗ることができない」


 今起きている特需は戦支度。

 槍や鏃といった消耗品が一番売れている。

 そしてこの後に来る特需は、武器の他に鎧や盾といった品々だ。

 戦いで折れたり摩耗した武器、傷ついた盾と鎧を新しく交換するために買い求めようとする動きだ。

 その流れに乗ろうにも、商品を仕入れられないのでは、指を咥えて見ているしか無さそうなのである。


「ほ、ほら、また武器の修繕の注文も入るって……」

「ああ……、俺はこんな店の奥で、毎日毎日しゃーこしゃーこやってるだけなのか……」

「うう……、ノアの目から光が失われてる」

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