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初戦闘(改稿済)

 装備を整えて町で昼食を終えた俺たちは、ファタリアの亀裂(ゲート)から神の城壁内に入ることにした。

 目的地はここから四キロ先にある砦。何事もなければ今日の夕方、日が沈む前に到着するはず。

 そこで暗くなる前に野営の準備をしてから一泊。翌朝、明るくなってから探索をし、昼過ぎには町へと戻ってくる計画だ。

 滞在時間は二十四時間程度を予定していた。

 瘴気を中和するソムルの薬を購入し、携帯食料やポーション、毒消し、水袋には水とワインを詰め込んで俺たちはゲートの採掘者(ディガー)組合職員に探索時間(スコア)カードを差し出す。


 神の城壁の中に入った所の広場には、あの爆発の痕跡を見に来た野次馬らしい人たちの姿が、まだちらほら見られた。

 そしていつもであれば、亀裂(ゲート)内の広場でたむろしていて、酒や料理を飲み食いし、賭け事やゲームに興じて無為な時間を過ごしている探索時間(スコア)稼ぎの連中がいるのだが、さすがに目と鼻の先で原因不明の大爆発が起こったので、身の危険を感じて来ていないようだった。

 あいつら、本当に採掘者(ディガー)なのだろうか。


 ちなみに、爆発のあった場所は木々が吹っ飛んでいて、地肌が亀裂(ゲート)の位置からでもくっきりと見える。

 動く小さな点は探索時間(スコア)千時間を超えた、ベテラン採掘者(ディガー)たちだろう。

 爆発の原因が何なのか調査をしているのだろうけど、絶対に結論は出ないだろうな。

 そそくさと目を逸らして、俺たちは砦を目指して歩き始めた。


「ねえねえ、その砦ってどんなとこなの?」


 アルテナが聞いてくる。

 道中、黙って歩くのも退屈なので説明してやるか。


「百年くらい前に当時の国王の命令で、神の城壁内に拠点をどんどん作って、人の勢力範囲を広げようとした事があったんだ」


 拠点として神の城壁内に砦を作りそこに結界を張って、周囲から魔物を一掃する。

 そして人が住める町を作ろうという計画だ。

 結界は、魔石を使って作られる一定範囲内の瘴気を浄化する魔法道具(マジックアイテム)で、とてつもなく高価。小さなテント程度の大きさでも、銀貨数千枚もする代物だ。

 ただ金額に見合うだけの瘴気の浄化効果を持っていて、迷宮内の活動限界時間と言われる七十二時間を経過しても、その結界内に入って半日を過ごせば、体内の瘴気が抜けて再び迷宮内で活動ができる。長期間の探索を行う採掘者(ディガー)には欠かせない魔法道具(マジックアイテム)だ。

 ただ非常に高価な品物なので、大手のギルドくらいしかなかなか所持することができない。その結界の機能を、町を囲む市壁に組み込もうとしたらしい。


「へえ、それでどうなったの?」

「砦自体は築城することができたんだけど、その後、人がたくさん集まりすぎたことが原因だったのか、大量のモンスターが押し寄せてきて結局砦は放棄された」


 モンスターはなぜか人に寄ってくる性質を持っているらしい。 

 その圧倒的な数のモンスターに、国と採掘者(ディガー)組合が巨額の予算を組んで建てた砦は落ちた。 

 莫大な予算を費やして結果が出なかったことから、当時の国王は強い批難を受けた後、暗殺されてしまった。重臣たちも軒並み職を解かれ、島流し同然の憂き目にあったという後日談もある。


「でも、百年も前の建物なんだよね? 何か残ってる物ってあるのかな?」

「当然、当時の物資はとっくに採掘者(ディガー)たちに漁り尽くされているだろうさ。でも、モンスターを狩るための拠点とするなら悪い場所じゃないからね」


 いま、歩いている道は町から砦へ至るために作られた当時の道。木々を伐採して草を刈り、地肌を少し削って作られただけの簡単な道で、砦が廃棄された後は誰も用が無いはずなのだが、今もしっかりと道跡らしきものは残っている。

 俺たちと同じような目的を持つ駆け出しの採掘者(ディガー)がきっと、何度も往来するために土が踏み固められて道が残ったに違いない。


「それにしても、こうして誰かと一緒に探索するのは、新鮮でちょっと心が弾むな」


 リズミカルに息を吐きながら、シーナが楽しそうに言う。


「ほんとだねぇ」


 アルテナが頷く。

 同感だ。

 山道を歩いているのは俺たち三人だけだ。

 あの爆発騒ぎの影響で駆け出しの採掘者(ディガー)たちは、この辺りでの探索を避けているらしい。

 組合で話を聞くと、多くの採掘者(ディガー)たちはパル村というファタリアから三十分も馬車で行った場所にある亀裂(ゲート)近辺を中心に探索しているそうだ。


 奥へ奥へと歩いて行くと、ここ数日の間採掘者(ディガー)の姿が消えていたのが原因か、俺たちの行く手にモンスターが見えた。

 少し小柄な猿にも似た毛深い人型のモンスター。

 数は見える範囲では六匹。

 シーナとアルテナもモンスターに気づいたようだ。

 息を殺して近くの木陰に潜む。


「ねえねえ、あれって何?」

「ゴブリンだ」


 小声で尋ねるアルテナに、俺が答える。

 人型のモンスターの中で最も有名なモンスターだろう。

 ある程度の知能もあって、簡単な武装もする。時には命果てた採掘者(ディガー)の武器を手に入れている奴もいる。


「ゴブリンに限らず人型のモンスターは……ええっと総称して亜人って言うんだけど、神様が神の城壁で迷宮を囲った際に、壁の中にまだ残されていた人間の成れの果てだ」


 そして長い年月が経過し、ゴブリン、オーク、オーガ、トロルといった様々な種族に別れていったらしい。

 一説によると、神の城壁内に生息している彼らの数は、今現在大陸にいる人の数よりも多いとされる。神様が迷宮を作った際に、その範囲内に住んでいたと思われる人間の総人口からそう推測されているのだ。 

 それにしても、当時神様の迷宮創造に巻き込まれた人たちって、単なる被害者だよな。その後瘴気に冒されて、子孫はモンスターに変わってしまって……。

 何とも気の毒な話だが、そうした経緯があってか彼ら人型のモンスターは常に神を呪い、人に対して強い憎悪を持っているそうだ。


 ただ気の毒だろうと、もうゴブリンはただのモンスター。

 人とは相容れない存在。

 出逢えば互いに殺し合いである。

 殺るか。

 ちなみにアルテナの手を握ってから視てみれば、ゴブリン共の色は紫色から藍色に近い色で、俺たちよりも格下の実力。

 俺はシーナに目配せをすると、ショートボウに矢をつがえた。

 そして、一番近くにいるゴブリンを狙う。

 同時に刀を抜いたシーナがゴブリンに駆け出した。


「ギャッ!」


 俺のたっぷりと狙って射った矢が、一匹のゴブリンに命中した。

 俺は続いて二本目、三本目と矢をつがえては連続して射ち込んでいく。

 二本目は別のゴブリンの肩に命中したが、三本目は外れてしまった。

 これ以上の連射は、シーナにも当たるかもしれない。

 俺はショートボウをその場に投げ捨てると、ショートソードとナイフを抜いて、先を行くシーナの後を追って走る。

 その時にはもう、シーナは俺が一本目の矢を当てたゴブリンに肉薄していた。

 突き刺さった矢の痛みに悶えるゴブリンを、袈裟懸けに切り捨てる。続いて、二本目の矢を肩に受けているゴブリンへ斬り掛かっていた。

 ゴブリンが矢を受けた痛みと衝撃から立ち直る前に斬り捨てて、とにかく数を減らそうという事だろう。

 二匹目のゴブリンも肩を押さえていて碌な抵抗もできずにいたところを、シーナに斬られて地面に倒れ伏す。


 残るは四匹。

 その時にはゴブリンたちも、襲撃者に対して武器を構えていた。

 四匹とも武器は太い木の棒のようだ。握りのところを削って持ちやすくした、いわゆる棍棒だ。

 原始的な武器だが、骨を砕くこともできるし、頭などの急所を殴られれば十分人を殺せる。

 シーナは刀を振りかぶると、三匹目に振り下ろした。

 ゴブリンはその刀を棍棒で受け止める。

 ガシッという乾いた音と共に、刀の刃が棍棒へと食い込む。

 シーナの動きが止まった。

 その隙をついて、一匹のゴブリンがシーナの背中へと回り込み、棍棒をその背に叩きつけようとする。


「ギャギャッ!」


 間に合った。

 走り込んだ俺がシーナの背後に回ったゴブリンの背中を、ショートソードで突き刺した。

 痛みでヨロヨロとその場で四つん這いになったところを、蹴り飛ばす。

 ぐったりと動かなくなったので意識を刈り取ったのだろう。

 シーナもまた、棍棒に刀の刃が食い込んでしまったので、ゴブリンの腹を思い切り蹴飛ばして刀の自由を取り戻していた。


「助かったぞ、ノア!」


 俺に一声掛け、蹴られて後方に吹っ飛んだゴブリンに、シーナが一足飛びで斬り掛かる。

 ゴブリンは棍棒を持っていない腕で身体を庇い、あっさりとシーナの刀に腕を切断されて絶叫を上げた。

 それにしてもシーナは強い。

 駆け出しとは思えないほど、刀を振る姿が様になっている。

 学院に通っているという話から、正当な剣術でも習っているのかもしれないな。


「『火炎弾(ファイア・ボルト)』!」


 ボンッと言う音がしてゴブリンが一匹、火に包まれた。


「ギャアギャアッ!」


 毛と肉が焼ける嫌な匂いがあたりに立ち込め、火に包まれたゴブリンが地面をのたうち回る。

 それに気を取られているうちに、シーナは残っていたゴブリンを斬り捨ててしまっていた。

 はえぇえええ……シーナ、強い。


「ノアの射ってくれた矢が決め手だったな。あれでゴブリンたちが怯んでくれたおかげで、数をすぐに減らすことができた」


 いやいや、俺とアルテナが一匹ずつ。

 シーナは四匹。

 シーナ、強い。

 俺たちって一体……。


「パーティーでいるからだ。二人がいなければ、さすがに私もああやって突っ込んでいくことはできないよ」


 シーナがそう言って、刀に付いたゴブリンの血を拭き取りながら笑う。

 そ、そうだよな。

 俺はジャイアント・ラットに、シーナはゾンビに。俺たちは複数のモンスターを相手にした時、一人では逃げることしかできなかったけど、こうして互いにカバーし合うことで、複数の敵を相手取ることができた。

 これこそがパーティーの強みだ。


「ところでゴブリンの魔石なんだが……私はその、亜人を解体するのは苦手で……」


 はいはい、俺がやりますよ。


「獣タイプの魔物なら平気なんだからな」


 そういう人は多い。

 亜人を相手にすると、殺すのも躊躇するという人もいるくらいだ。

 俺はモンスターとして割り切っているので、そういうのは気にしない。

 さっさと解体する。

 魔石があるのは、多くの場合心臓のある場所だ。

 ゴブリンの魔石は一つ銀貨五枚で取り引きされているから、もう三十枚の稼ぎ。

 ただ、ソムルの薬や食糧諸々を買い込んでいるので、この稼ぎでそうした経費がちょうど回収できたくらいだ。


魔法道具(マジックアイテム)って、凄く便利だねぇ」

「魔石に蓄えられたエネルギーを使い切ったら、壊れて終わりという枷はあるけどな」

「これ、ずっと使えるわけじゃないんだ? 使用回数って、何回くらい?」

「さあ? でもそうすぐには壊れないはずだけど」

「そうなんだ。でも、いつ壊れるかわからないんじゃ、ちょっと使うのをためらっちゃうんだよ?」

「そうだけど、いくらなんでも買ったばかりですぐに壊れたりはしないから大丈夫。お前にも報酬は分けるからさ、それを貯めておいて、壊れたら新しいのを買えばいい」

「わかった、そうするんだよ。でも、それまでにアルテナのマスターが見つかればいいのにな。そうすれば、アルテナ自身の力でモンスターなんてなぎ倒せるのに……」


 そう言ってアルテナは複雑そうな顔をすると、右手の人差し指に嵌めている火炎弾(ファイア・ボルト)の指輪を撫でた。

 その時にはきっと、俺とアルテナは一緒にパーティーを組んでいないだろうな。


「やっぱり、アルテナも剣として戦いたいのか?」

「それは、だってアルテナは剣だもの」


 シーナの問いにアルテナは当然だとばかりに頷いた。


「マスターの敵を斬るために存在するんだよ」


 それから俺を見てニコリと笑い。


「だから、まあノアだって一応かりそめのマスターだけど、どうしてもという時にはアルテナの力を貸してあげたっていいんだよ」


 はいはい。

 そういう時が訪れない方が一番だ。

 あらかたゴブリンの魔石を回収を終えたかなと、俺が確認をしていたときだった。


「ノア、ここにも魔石が転がっているぞ」

「え? そんなはずは……」


 魔石はゴブリンの数だけ六つ。確かに俺の袋の中に入っている。しかし、シーナは三つの魔石を拾って俺に差し出してきた。ただ、三つともゴブリンのものよりも小さい。

 しかも視てみると黒に限りなく近い紫色をして視える。


「ゴブリンが持っていたものだろうか?」


 シーナがそう言って首を傾げる。

 しかし、ゴブリンというかモンスターが魔石を拾うなんて話は聞いたことが無い。

 魔石を有難がって拾うのは人だけだ。

 魔石を加工する技術があるから拾うのであって、その技術を持たないモンスターたちには、何の価値もないもののはず。


「亜人族の中には、殺した相手の頭蓋骨や牙を力の象徴として飾るという話も聞くぞ。この魔石もそうした力の象徴じゃないか」


 なるほど。

 まだ装飾品にしてはいないけど、これらの魔石もそうした飾りにするために集めたなら、納得できるな。


「これ、何の魔石なんだろうね」

「ジャイアント・ラットみたいな小型の魔物のものだろうな。魔石が小さすぎる」


 一つ銅貨二十枚から三十枚くらいの価値だ。

 でも、労せずして手に入った臨時収入だ。ありがたく回収しておこう。


「それにしてもシーナは強いな。剣術は学院で習ったものなのか?」

「学院でも習うが、基礎はお祖父様に習った」

「へえ、凄かったな。ゴブリン、シーナの勢いに完全に怯んでいたぜ?」

「うん、迫力があって……とっても綺麗だったんだよ」

「そうか……何だか照れるな」


 褒めちぎる俺とアルテナにシーナは少し赤くなる。


「勢い任せなのはお祖父様の影響だ。お祖父様曰く、敵に対しては決して退かないという強い意思でもって敵を呑み込み、先手を取って斬ると教わった。先に怯んだほうが負けるのだと」


 確かにシーナの突進の勢いに、不意を討たれたとはいえ、数では勝るゴブリンたちのほうが泡を食ってたもんな。


「ノアの弓矢の腕だってなかなかのものだ。二発も命中させていたじゃないか。それにアルテナの火炎弾(ファイア・ボルト)の指輪も、高い買い物をしただけの価値はあったようだ」


 それからシーナは俺たち二人の顔を見回して笑顔で言った。


「初戦闘でこれだけ連携が取れるなんて。やっぱり私の思った通り、どうやら私たちは良いパーティーになれそうだ」

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