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伝説の剣(改稿済)

 風呂上がりの女の子って、どうしてこう魅力的に見えるんだろう。

 特にシーナの濡れた黒髪は艷やかに美しく見える。

 旅の埃を落としたシーナが落ち着くと、俺たちは通りの屋台で買ってきたスープの入った鍋や、魚をパイで包んだ焼き物、パンなどをテーブルに並べた。


「では、聖剣の話からしようか」


 食べながらシーナが口を開く。


「まず二人は、聖剣がどういったものか知っているか?」

「大昔に神様が創った剣という事は知ってる」

「うん、それでアルテナを振るった神様が、あの迷宮の奥底に異邦の存在を封じ込めたんだよ!」



 ◇◆◇◆◇



 はるか昔。

 異界よりこの世界へと訪れた邪神がいた。

 異邦神と呼ばれたその邪神は、この世界に破壊を撒き散らし、世界は滅亡の危機に瀕したという。

 神々は、世界を救うべく異邦神と激しい戦いを繰り広げた。

 しかし異邦神の力は強大。

 そこで神々は異邦神を殺すための強力な武器、『聖剣』を創り出した。

 そしてついに、邪神を大陸の中央地下深くに叩き落とし封印する。

 その後神々は、邪神とその眷属が二度と地上へ這い出ないように、巨大な迷宮をその地に築き上げたという。

 大陸の半分近くの面積を犠牲としたその巨大な迷宮。

 その創造に神々は力を使い果たしてしまうと、永き眠りについたとされている。 




 迷宮の由来を語った神話の一説。

 恐らくは世界中の誰もが知っている有名な話。

 教会に行けば聖職者たちが必ず説話の前に語る話だ。


「魔剣は聖剣を模して作られているんだよな」

「そうだ」

「でも、聖剣は本当に実在するのか怪しいって話も聞くぞ? 迷宮から発掘される強力な剣は、大抵の場合、邪神との戦いの際に作り出された魔剣で、実は現代の魔剣もその魔剣を真似して作ったものだって」

「聖剣は存在する。過去に何本もの聖剣が振るわれた痕跡が残されているし、少なくとも現在も五振りは所在がわかっている」

「存在するんだよ。現に今、ここにアルテナがいるじゃない!?」

「ああ、いや……」


 そうやって存在を主張するアルテナに、シーナは苦笑を浮かべた。


「アルテナは、私が知っている限りでは六振り目になる」

「他の聖剣ってどこにあるんだよ?」

「まず、個人所有されている聖剣が三振りある。西の果てにある大国ディーエンルーイに仕える騎士が持つという、対なる聖剣『ヴォリューシカ』。それから『砂漠の英雄』と呼ばれる採掘師(ディガー)、イワン・カーレリの持つ聖剣『クラン』」

「イワン・カーレリって名前は聞いたことがあるな」


 クレスティア王国からずーっと南の果てに、広大な砂漠がある。

 砂漠にももちろん神の城壁が続いていて、亀裂(ゲート)も存在しているのだが、場所が場所だけに長い間調査が行われることが無かった。 

 その砂漠地帯の神の城壁をくまなく探索してのけたのがイワン・カーレリ。

 彼は国からの調査依頼を受けて砂漠へ踏み込み、幾つもの未発見の亀裂(ゲート)を発見。更にその先に巨大な遺跡都市も発見し『砂漠の英雄』と呼ばれるようになった。


「それと当代最高と呼ばれている採掘者(ディガー)、ジルベルト・ジル」

「ジルベルト・ジルだって!?」


 その名前に俺は驚きの声を出す。


「知ってるか?」

「知ってる知ってる! 知らないはず無いじゃないか!」

「そんなにすごい人なの?」

「もちろん! 採掘者(ディガー)でその名を知らない奴はいないよ」


 ジルベルト・ジルは最強と呼ばれる採掘者(ディガー)で、ドラゴンスレイヤー。

 迷宮の最深部到達記録保持者、その探索時間(スコア)は公式非公式を含めて軽く十五万時間は超えているんじゃないかと言われる伝説の採掘者(ディガー)だ。先程名前の出たイワン・カーレリも、彼の前では霞んでしまうとまで言われている。

 採掘者(ディガー)なら誰もが憧れる、最高の採掘者(ディガー)


「ジルベルト・ジルも聖剣を持っているのか……」

「聖剣『ライアール』というそうだ。どんな力があるのか知らないが」

「へえ」

「ねえねえ、そのジルベルト・ジルって人なら、金貨一万枚を払ってくれるかな?」

「さあ、お前のことを手に入れたいと思うかはわからないけど、もし買おうと考えたなら間違いなくポンッて払ってくれるんじゃないかな?」

「うん。ジルの奴、個人資産は国一つくらい軽く買えるぐらいあると言っていたからな」


 うん? その言い方だと……。


「シーナは、ジルベルト・ジルと会ったことがあるのか?」

「実家の家業の関係で少しだけ縁があるんだ」

「マジか……すっげぇ。サインとか頼めねぇかな?」

「実際に会えば、ただの迷宮狂いのおっさんだぞ? 世間で噂されるほど、凄まじい業績を残した人物には到底思えないことだけは保証する」


 何やら頭が痛いといった顔をするシーナ。


「ジルには何度セクハラされた事か……まあ、ジルの事はいい。後は最近、聖剣の勇者と呼ばれる人物が現れたと噂されているが、これは確かな情報じゃないので省かせてもらう。そして個人所有じゃない聖剣だけど、オードリル帝国の富と繁栄をもたらす聖剣『ラ・ルー』」

「富と繁栄?」

「うん。所有者に莫大な富をもたらす力があるらしいんだ。帝国の初代皇帝は農民だったらしいが、『ラ・ルー』を裏の畑で見つけてから幸運が続き、一代で国を興し、近隣諸国を平らげて皇帝となったそうだ」


 それはまたすごい話だ。

 何がすごいって、それほどの力を持った聖剣が、裏の畑から出てきたっていう所がすごい。

 裏の畑で犬が鳴いて教えてくれたのかな?

 でも建国の伝承は、得てして誇張して伝わるものだ。それなのにオードリル帝国では、裏の畑から出てきた聖剣『ラ・ルー』の力で初代皇帝は出世したと伝承されている。

 ということはその話は、かなり真実に近い形なのではないだろうか。

 富と繁栄をもたらす、『ラ・ルー』か。


「えっと、ノア。どうしてアルテナをそんな目で見るのかな?」


 いいな、こいつの能力がそうだったらなぁ。

 俺はアルテナを見て、深く息を吐く。

 今のところは、食っちゃ寝してるだけの不良在庫……。


「あ、あ、その目は何だか失礼な事を考えている気がするんだよ!」

「気のせいだ」

「それで最後のひと振りの聖剣なんだが、ここからアルテナと関わりのある話になる」

「なんだろう、ちょっとワクワクしてきた」


 俺に掴みかかろうとしていたアルテナが、自分と関わりのある話と聞いて座り直した。

 俺も真面目な顔で座り直した。


「魔剣は、ランク1からランク5までで格付けされている事は知っているな? そして聖剣は、魔剣を上回るランク6とされているんだ」

「確かに……国一つ興せる程の力を持つって聞いたら、人の手で作り出すのは難しそうだ」


 俺が感想を零すとシーナも同意するように頷く。


「ミスリル銀やアダマンタイト鉱石などの伝説級の素材を用い、永い時を生きたドラゴンから取り出した魔石を核とする、およそ人が考えられ得る限り最高の魔剣を作り出したとしても、人の手で作り出された武器では神が創った聖剣には及ばないんだ」

「フフン、ノア、ノア! シーナの話をよく聞いた? やっぱりアルテナは、神様が創り出したサイッコーの存在なんだよ。崇めたっていいんだよ?」


 イラッとしたのでデコピンをかます。


「イタッ!」

「いてっ、そ、それで最後のひと振りは?」


 涙目で掴みかかってくるアルテナをあしらいながらシーナに聞くと、シーナは胸元から銀の鎖で繋がったペンダントを取り出した。


「これが何だかわかるか?」

「シエラ聖教の聖印だろ?」


 ひと振りの剣に女神が寄り添う意匠が刻まれたペンダント。

 大陸で最も信仰されているシエラ聖教の聖印だ。

 町や村で教会はどこですか? と尋ねれば、十中八九、人はシエラ聖教の教会に案内してくれる。どの町に行ってもシエラ聖教の教会は大抵あるし、王都に行けば大聖堂もあった。

 俺だって熱心な信者というわけでもないけど、新年になればお祈りへ行くくらいはしている。


「この聖印の女神が持つ剣は実在する。というか、この剣がシエラ聖教の御神体なんだ」

「へえ、ということはこれも聖剣?」

「そう、銘を『シエラバザード』。精霊を宿す、他の聖剣とは一線を画する権能を持つと言われているらしい」

「精霊を宿す……、て」


 俺はアルテナを見た。


「こいつみたいに人の姿を……?」

「おお! アルテナ以外にもそんな剣が!」


 待てよ、話の流れからするとアルテナはその、シエラ聖教という大陸規模の巨大組織の御神体。人々の信仰を集めているその聖剣と同格……。


「そのとおりだ。聖剣『シエラバザード』は、世界で唯一現存が確認されているランク7の聖剣。そしてシエラバザードが周囲に伝えた話だと、同格の聖剣があと六振りあるらしい。そのひと振りが聖剣『アルテナ』なんだ」

「いや、でも、待て待て。あの大爆発を実際に見たから、こいつが聖剣かもしれないってことは認めてやることもやぶさかではないが……」

「!? あれだけの力を見せてあげたのに、ノアはまだ信じてないの!?」

「こいつが、本当にランク7の聖剣……?」


 首から『大特価! 金貨一万枚!』の値札を下げているアルテナが、そんなに凄い存在のようにはまるで見えないぞ。

 そんな疑わしげな眼差しにシーナは少し苦笑した。


「信じられないかも知れないが、先週メルキアへ帰った私も、学院の図書館でシエラ聖教について記述された書物を幾つか調べてみた。そこには、シエラバザードが同格とした聖剣の一つに、アルテナの名前が確かに記されていたよ」

「はあ……」


 俺はどうだ、とばかりに胸を張るアルテナを見た。


「お前……まさか他人? の名前を騙っているんじゃないだろうな」

「もういい加減、信じて欲しいんだよ!」

 噛み付きかねない勢いで怒るアルテナを無視。


「うぐぐ、すっごいぞんざいにあしらわれてる」

「なるほど……それでアルテナの事をあまり吹聴しないほうがいいって言ったのか」


 シーナは頷いた。

 確かに、シエラ聖教の崇める御神体と同格の聖剣があるとなれば、欲しがる者は多いはず。

 聖剣としての力もそうだが、大陸で最も信仰されている教会の御神体に並ぶ存在となれば、利用価値はいくらでもある。

 そうとわかればアルテナが金貨一万枚どころか、それ以上の価値があると思える。だけど実際には、どうしたものか。


「聖剣……と、宣伝せずにこいつを売る……」

「金貨一万枚、だよ?」


 それって、どうしたらいいんだ?


「難しいがそのほうが良いと思う。アルテナの存在が知られたら、非合法な手段を用いて奪おうとする者が必ず出てくると思う。今の所有者を殺してでも」


 シーナの言葉にぎょっとする。

 今の所有者って、もしかしなくても俺の事か?


「砂漠の英雄も、ジルも、聖剣を手にしたから偉大な実績を残したわけじゃない。偉大な実績を残したその延長線上で、聖剣を手にしたんだ。その順序を間違えてはならないのだが、残念なことにその事を弁えていない輩が世間には多すぎる」

「わかった。こいつのことを聖剣だと言って売らないようにする」


 聖剣だと言わずに金貨一万枚の値札を下げた女の子を売る。

 これはもう、ただの人身売買に手を染めたようにしか見えないけど、アルテナを奪うために俺の命が狙われかねないと知れば、仕方がない。


「大丈夫だよ」


 うーん、と考え込む俺にアルテナは胸を叩いて言った。


「英雄なんて呼ばれるようなそれだけ偉い人なら、こっちから宣伝しなくてもきっとアルテナのことを見つけてくれるに違いないんだよ」

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