レチカ武具店(改稿済)
夜な夜な砥ぎの注文を受けた武器を修理する傍ら、増えていく銀貨や銅貨の枚数を数える時間は至福の時間だった。
「随分と楽しそうだね」
「楽しいさ。俺、商売を始めてから、短期間にこんなに儲かった事は無かったからな」
「いくらくらい儲かったの?」
「そうだな……武器の売り上げが銀貨で二百六十三枚。武器の砥ぎや修繕代が銀貨十六枚ってところだな」
「武器の修繕代って、あんまり儲からないのね……」
「そんな事は無いぞ。結構な稼ぎだよ」
銀貨一枚あれば、二日分の食費が賄えるんだからな。
まあ、他の鍛冶工房や店まで注文が一杯になる状況なら、少し値上げしても良かったかも知れない。
「武器は売値も高価だけど、当然仕入れも高価だから元手が掛かってる。これだけ売れても、手元に残る金が多いのは砥ぎ代や修繕費なんだよ」
「ふーん」
「武器の売り上げだと、手元に残るのは銀貨三十枚あるかどうかってとこかな」
「ええっ!? そんなに銀貨がいっぱいあるのに? ノアって、もしかしてお金の使い方が荒い?」
「違うっての。商品は売れたら店から無くなるだろ? 当然どこからか仕入れてこないとならないだろ? そうした諸々にお金を回すと、本当に自由になる金はそのくらいしか無いってこと」
「わあ……結構、厳しいんだねぇ」
親が残した借金の返済にも金を回さなければならない。
レチカ武具店は厳しい経営状況なのだ。
だから元手がゼロで、俺が働けば銀貨一枚になる武器の砥ぎや修繕代は、積極的に取りたい仕事なのだ。
銀貨一枚分の利益は大体、銀貨百八十枚から二百枚の武器を売ったに等しい。
「あまり人聞きの良い話じゃないけど、迷宮で倒れた採掘者の遺品なんかも状態が良いものだったら、元手が掛かってない分だけ儲けになるんだよなぁ……」
「背に腹は変えられないんだね……」
「そうだな」
「ということは、迷宮でアルテナを拾って来たノアは、アルテナが金貨一万枚で売れれば丸儲けになるんだ」
「売れてくれればそうなるな、売れてくれれば」
ただ売れるまでは他の武器と違って、こいつは飲み食いするからなぁ……。
確実に売れてくれるなら、こいつの飲み食いした金など必要経費としては些細な金額だと思う。
何しろ金貨一万枚とはおおよそ銀貨三十万枚分なのだから。
でも売れなければ、他の物言わぬ、そしてもちろん飲み食いしない普通の武器どもと違って徐々に、そして確実に経費が嵩んでいくだけの不良在庫になってしまう。
「どこにアルテナの、本当のマスターはいるんだろうね?」
「さあな。さっさと引き取りに来て欲しいもんだ。そして俺の目の前に金貨一万枚を積み上げて欲しいね」
砥ぎを請け負った、安物のブロンズソードを砥石に滑らせているうちに、夜は更けていく。
◇◆◇◆◇
『神の城壁』とは逆にある門。そこに一台の客馬車がガラガラと軽快な車の音を立てて入ってくる。
王都メルキアとファタリアを結ぶ定期便の客馬車だ。
王都から商売上の取り引きや、親戚に会いに来たなど、様々な事情で客馬車に乗り合わせた客たちが降りてくる。
その中に腰まで届く艷やかな黒髪が印象的な美しい少女、シーナの姿を見つけて俺は声を掛けた。
「おーい、シーナ」
俺の声とその横でブンブンと手を振っているアルテナに気づき、シーナはちょっと嬉しそうに笑ってやって来た。
「何だ、採掘者組合で待ち合わせだって言っておいたのに、わざわざ駅まで迎えに来てくれたのか」
何だか張り切っているようで少し照れくささを感じた俺は、頭をかいた。
「いや、アルテナが早く早くって急かすからさ」
「ノアだって、早くシーナと会ってパーティーの話をしたいって、張り切ってたんだよ」
それを誤魔化そうとしていたのに、はっきりと言うんじゃねぇ。
「あはは、そうか。でも、楽しみにしていたのは私も同じだ。この一週間、授業が全然頭に入らなかったよ」
「王都から二時間か。結構な距離だよな。疲れただろ? 荷物は持つよ」
「それはすまない。実際、馬車の固い椅子に座り続けていたから、腰が痛くてな」
シーナはそう言うと、グッと反るようにして背筋を伸ばす。
すると、シーナのなかなかの大きさの胸が存在を強調するように張り出して、俺は何だか見てはいけないものを見た気がして目をそらした。
「ああ、それでどうする? 採掘者組合に行く?」
「まずは宿を探したいのだが……」
そこでシーナが少し言い淀んだ。
「……? どうしたんだ?」
「確かノアは店をやっているって言っていたな?」
「ああ、小さい店だけど」
「それで図々しいお願いだとはわかっているのだが、そこへ滞在させてはもらえないだろうか?」
「え? うちに泊まるのか? いや、そりゃ、別に構わないけど……」
良いのか?
年頃の女の子だろ? 同い年くらいの男の家に泊まって、怖いとか考えないのか? 不用心過ぎないか?
「あまり良くない宿だってあると聞く。女が一人泊まっていたら、男が侵入してきたとかな。もちろん、高い宿ならそんなことは無いだろうけど、私が泊まれるような宿など、そこまで信用を置けるかどうかわからない。だったら、アルテナが一緒に生活をしている君の所のほうが安全だと思ったわけだ」
俺の懸念を悟ってくれたのか、シーナはそう言った。
へえ、宿にもそんな危険なところがあるのか。
確かに、裏通りにある小さな酒場を兼ねた宿には、ゴロツキどもが昼夜問わずウロウロしている。
部屋の鍵だって、頑丈な物をつけていそうにない。
「アルテナは初めて会った時に裸を見られちゃったけど……」
「え? そうなのか?」
「違う違う。こいつを拾った時、こいつは服を着ていなかったんだ。だからあれは不可抗力だろう」
「まあね。ノアは、その後はとっても理性的にアルテナを介抱してくれたよ。多分、きっと……」
「そこは言い切れよ!」
「だって、眠ってたからどうやって介抱してくれたのか知らないんだよ。アルテナは、嘘はついていないんだよ」
「あはは、わかったわかった。大丈夫。ノアは信用できる人物だと私も思っているよ。それで、どうだろう?」
「ああ、別に構わないよ。ただ、さっきも言ったように小さい家だから、アルテナと一緒に寝てもらうようになるぞ」
最近はアルテナにベッドを譲り、俺は作業場の簡易ベッドで寝るようになっていた。
武具の砥ぎと修繕の仕事が忙しくて、夜通し作業場に篭もることが多かったからだ。
その間に、まんまとアルテナにベッドと部屋を占拠されてしまったのだが、家主が作業場に追いやられて寝るのは何かがおかしいと思うんだよな……。
「ありがたい。宿代を節約できるのは助かる」
「アルテナもシーナと一緒に寝るのは嬉しいかな。いつもノアと二人きりだから……二人……あれ? これってアルテナは、飢えた狼の入った檻の中にいる……?」
「おいお前、さっき俺のことをなんて言っていた?」
「ええっと……そうだね、ノアはとっても紳士的な人――(ただのヘタレなだけなんじゃないかな……?)」
聞こえないように言ったつもりなんだろうけど、後半の小さな呟き、ちゃんと聞こえてたからな。
こいつの晩飯、少なくしてやろう。
「とりあえず、俺の店に荷物を置こうか。採掘者組合の食堂で、晩飯を食いながら打ち合わせをするつもりだったけど、俺の店に来るなら屋台で食い物でも買って、店でそのまま打ち合わせをするのはどうだろう?」
「そうしよう。前にも言ったように、聖剣の事について話したいこともある。できれば他人には聞かれないほうが良いように思うから」
「へえ、ここがノアたちの店か」
我が家であるレチカ武具店まで案内すると、シーナは目を細めて建物を見上げた。
もう店を閉めているので客の姿は当然無い。
「ちょっと品揃えが少ないか? でも、なかなかどうして立派な店構えじゃないか」
「品揃えが少ないのは売れたからだよ。例の爆発騒ぎのおかげで、今週の武器の売れ行きが絶好調だったんだ。だから業者市で仕入れなければならないんだけど、その時間も取れないくらい忙しかったんだ」
「そうなのか」
シーナはひと振りのナイフを手に取ると、真剣な眼差しで刃を見る。
「うん、丁寧な仕事がされているな。中古品だが新品にも劣らない。これらはノアが手入れを?」
「ああ。うちは中古武器が専門なんだよ。業者市で仕入れてきて、俺が手入れをして店前に並べてる」
「そうか。大したものだ」
「武器は採掘者の、いや客の命を守るものだ。手入れを怠っていたせいで武器が折れ、命を落とすことだってある。手を抜くことはできないからな」
「うん、良い心がけだと思う。採掘者で命を落とした者は、たいていがそうした細かな所で手を抜いた者が多いと聞く」
「アルテナもノアの武器の手入れは見ていて楽しいな」
「それはアルテナも剣だからか?」
俺がそう聞くと、アルテナはコクンと首を傾げた。
「そうなのかな? アルテナはまだノアに手入れをしてもらったことは無いけれど、ここにある武器たちは、ノアに手入れをしてもらって、とっても喜んでる。そう感じるんだよ」
「そ、そうか」
真面目な顔でそう言われると、何だが照れる。
「シーナは二階の部屋を使ってくれ。アルテナと一緒の部屋で悪いけどな」
「それは構わないが……ノアはどこで寝ているんだ?」
「俺はそこの作業場かな。夜中でも仕事してる事があるから」
「そうか。何だか悪いな」
「そう思ってくれるだけシーナは偉いよ。そんな事も考えもせず寝てる奴もいるから……」
俺がジト目でアルテナを見ると、アルテナは目を逸らし。
「ア、アルテナは金貨一万枚の価値があるからさ。ほら、宝物って、入れ物や包む布にだって気を使って、高価な品を使うじゃない?」
「入れ物をご所望ならお前も箱に詰めておこうか? 箱に入れておけば、飲み食いしなくてもいいだろ?」
「いーや!」
「シーナ、湯を沸かしてやるから先に旅の埃を払ったらどうだ?」
「家に風呂があるのか!?」
浴場があると聞いてシーナが目を輝かせた。
「うん。湯を沸かさなくちゃならないから少し待ってもらうようになるけど、結構長い時間馬車に乗っててサッパリとしたいだろう? 湯を沸かしている間に、荷物の整理とか軽装に着替えたりするといい」
「それは嬉しいな。宿でも浴場を備えている所は高いからな。いつもは公衆浴場へ行っていた」
「ただ、狭いのは勘弁してくれ」
「いや、お湯が使えるだけでも十分ありがたい」
「アルテナがちゃんとノアの事見張ってるから、安心してお湯を使うといいんだよ」
「人聞きが悪いことを言うな!」