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鑑定眼(改稿済)

「さてと……アルテナ、ちょっといいか?」

「なあに?」

「ちょっと寄りたい所があるんだ」


 俺が寄りたかった所とは、採掘者(ディガー)組合の近くにある武器屋。


「またあの刀を見るの? ノアは本当にあの刀が好きだねぇ」


 そう、俺が憧れる七代目ベンゲルス作の刀が飾られたあの店だ。

 そして俺があの刀を好きなのは否定しないが、今回はその刀を見ることが目的じゃない。

 ファタリアでも一等地であるこの場所に建てられたこの武器屋は、最もファタリアで品揃えが良く、高級な武具を置いている店でもある。

 俺はアルテナの手を握ると、店のドアを開けた。


「わあ、随分とノアのお店とは雰囲気が違うんだね」


 店に入った途端、雰囲気に圧されたのかアルテナが小声になった。

 同じ武具を取り扱う店なのに、確かに俺の店とは全然雰囲気が違った。


「いらっしゃいませ」


 店へと入ってきた俺たちに気づき、声を掛ける店員の態度もとても丁寧なもの。

 武器を扱う荒くれ者どもを相手にするというより、貴族や金持ちを相手に商売をする高級衣服店や宝飾店の店員の接客のようだ。

 商品棚に並べられている商品も、種類ごとに纏めてはあるが、どこか雑然としている俺の店よりも、一品一品が広く間隔を開けて丁寧に展示されている。

 もちろん中古品は存在せず、どれも未使用の品ばかりだ。


 店内の客の数は、俺たちを含めて六人。槍が並べられているコーナーに一人、両手剣のコーナーに三人いる。三人組はパーティーで来ているようだ。

 どちらも真剣な眼差しで商品を見比べているが、共通して言えることは四人とも非常に立派な装備をしているということだろう。

 見るからに上質そうな革の胸当てや籠手、脛当てを装備していて、腰には立派な装飾が施された鞘に納められた剣が吊るされている。

 ちなみに採掘者(ディガー)が金属製の防具を身に着けていない理由は、神の城壁内は平野部が少なく急峻な山岳地帯が多い事と、洞窟状の迷宮に潜るだめだ。

 どちらも足場が悪く、大きな岩が突き出していたり、突然崖や穴が現れたりする場所で、動きを阻害する金属鎧は具合が悪いからである。


 さて、実力を計ろうと視てみれば、四人ともが橙から赤に近い色をしていた。

 つまり、今の俺では彼らとの間に、圧倒的な力量差があるということだ。

 ため息しか出ないよ。

 しかし、実力の差が視認できるというのは本当に便利だな。

 ただ、自分がまだこの店に出入りするには力不足だということは、重々承知しているので、当然のようにこの店で買い物をしている彼らと差があることなどわかりきっていた。

 そもそも、店に入った目的は、彼らとの実力差を知るためじゃない。


 俺は店内に陳列された商品を一つ一つ視ていく。

 この武器屋の商品はどれも最低でも緑色に近い青、そして黄色から橙色の品物が多い。

 やっぱりそうか。

 そして俺は確信を持つ。


「出ようか」

「? うん」


 三人組のパーティーで来ている採掘者(ディガー)たちが、時折チラチラとこちらを見てクスクス笑っている。

 きっと駆け出しの採掘者(ディガー)が、少し背伸びをして高級武具店を覗いているものだと勘違いしているのだろう。

 俺は彼らへ少し照れくさそうな笑みを浮かべてみせると、そそくさと店を出た。

 そして外へ出るとニンマリとした笑みを浮かべる。

 俺が考えていたとおりだった。

 アルテナの手を握ることで視えた武器の持つ光の色。アルテナの言う通り、赤色に近づくに連れて、上質な品物だった。


 ウィンドウの中に飾られている七代目ベンゲルスの刀ともなると、ものすごく明るい橙色の光を放っている。

 というか、これでも橙色なのね。

 とにかく、武器の質が上がれば上がるほど色が赤に近くなる事がわかった。

 それなら、中古品が持ち込まれる業者市、市民や採掘者(ディガー)が勝手に品物を売り捌く自由市でこの力を使えば、安物の中からお買い得で上質な品物を見つけることができるかもしれない。


「へえ……そんな風にアルテナの力を使うんだ」


 俺がその事を話すと、アルテナは感心したような声を出した。


「アルテナは戦いの道具だもの。あくまでもこの力って、相手の力量や武器の質を見定めるために神様から与えられたんだって考えていたんだけど、人って面白い事に利用するんだね」

「その力を使えば、簡単に掘り出し物を見つけられるし、逆に偽物を掴まされるようなヘマも無くせるかもしれない」


 自分の目にはそこそこ自信があるけど、それでも巧妙に造られた偽物を掴まされることはあるからね。


「戦い以外の事で、力を使われるのは嫌か?」

「ううん、そんな事はないんだよ」


 唯一の懸念は、聖剣らしいアルテナが俺の商売のために力を貸してくれるかどうかだったが、別に戦い以外のことで力を貸すことに何もこだわりはないらしい。


「アルテナは道具だからね。仮りそめとはいえ、マスターであるノアがそうしたいなら好きに使っていいんだよ」

「自由市が楽しみだな」


 業者市は、出品者側もプロが関わっていることが多いので、価格が適正な場合が多い。掘り出し物を見つけ出すのは難しいかもしれない。

 しかし、素人が出品する自由市であれば、価値に気づかず安く出品された掘り出し物が見つかるかもしれない。

 そう考えると心が浮き立ってくる。

 そしてその時ようやく俺は、店に入った時からアルテナと手を繋ぎっぱなしだった事に気づき、慌てて手を解いたのだった。



 ◇◆◇◆◇



「おーい、大至急剣をひと振り砥ぎに出したいんだが、頼めないか!」

「今注文が一杯で、最速でも三日後の朝になるんですけど」

「三日後の朝だって? 何とかならないか?」

「すいません! うちももう限界まで入れてるんですよ」

「すいませーん。武器の修繕してもらえますかぁ!?」

「あ、はい! いらっしゃいませ!」


 業者市は土曜日、自由市は日曜日の午前中に開催されている。

 アルテナの力――俺は『鑑定眼』と名付けた――を使って、両方の市を廻る事を楽しみにしていたのだが、今週は月曜日からずっとてんてこ舞いの忙しさだった。

 どうやらあの原因不明の爆発が、採掘者(ディガー)たちに警戒心を植え付けたらしい。

 どんなモンスターが潜んでいるかわからないということで、出来る限りの備えをしようと、現在町中の鍛冶工房、武器屋、防具屋などが武器の砥ぎや防具の修繕などで大騒ぎになっている。

 というか普段から手入れをしてないから、こういう事になるんだよ。


「三日後か……うーん……」

「砥ぎ代は銀貨一枚ですが、お客さんの武器は摩耗が激しいですね。うちは中古武器専門ですが、どうです? ここは一つ武器を新調してみるとか?」

「そうかぁ? じゃあ、ちょっと見せてもらおうかな」

「お客さんの武器は片手剣ですか? ならこっちの棚ですねぇ」

「結構あるな」

「全部刃は砥ぎ済みですから、お買い上げ後にすぐ使えますよ?」

「うーん……じゃあ、このロングソードを貰おうかな」

「はいはい、ありがとうございます! 銀貨四十二枚になりますね」


 修理に時間が掛かると聞いて、武器を買い替えていく人も結構多い。

 今はどこの工房も店も忙しいからな。

 楽しみにしていた市場には行けなくなっちゃったけど、本業である商売が順調なら問題ない話だ。

 市場は毎週開催されているわけだし、焦る必要は全然無い。


「いやぁ、こんなにも儲かるなら、またどこかでアルテナに爆発を起こしてもらおうかな」

「あの時、アルテナの事バカって言ってたくせに……」


 おっと、声に出してしまっていた。

 ジトーっとした目でアルテナが見てくるが、商売繁盛で上機嫌な俺の顔はニヤケっぱなしだ。


「お前のこと、タダ飯を食らうだけで、赤字ばかり膨らむ不良在庫だとばかり思ってたけど、なかなか役に立ってくれたじゃないか」

「不良在庫は失礼なんだよ!」

「売れなきゃお前は不良在庫でしか無いからな」

「くう、バカにして……今に見てるといいんだよ! きっとアルテナの存在と価値に気づいた、世界に名を馳せる英雄さんが、アルテナを買い取りにこの店にやって来るんだよ!」

「はいはい、来てくださるといいですねぇ。出来る限りは・や・く」

「くぅ……何だかノアの対応もおざなりになってきてる気がするんだよ!? アルテナは、聖剣なのにぃ! 実際に力を見せてあげたのにぃ! 全然待遇が改善されていないんだよ!」

「聖剣だろうとなんだろうと、売れなきゃ経費ばかりが嵩むただの不良在庫だ!」


 俺とアルテナが言い争いをしていると、またお客さんがやって来た。

 本当にひっきりなしだ。


「おお、ノアちゃんの店も忙しそうじゃなあ」

「いらっしゃい、トマソフさん」


 やって来たのはうちの店の常連、大工の棟梁をしているトマソフさん。


「うちの婆さんが、ノアちゃんの所へ包丁を砥ぎに出してくれって言うから来たんじゃが、こりゃあ出直したほうがええか?」

「いやいや、トマソフさんとこにはいつもお世話になってるし。夕方までには仕上げとくよ」

「本当かい、そりゃあ悪いねぇ」


 というか、トマソフさんとこの包丁は、うちでよく手入れさせてもらっているので、採掘者(ディガー)たちの持つ武器と違って手入れが早く終わるのだ。

 錆びも欠けも無いからすぐ終わる。


「ついでに三十本入りの釘箱を三箱貰えるかい?」

「ええっと、じゃあ包丁の砥ぎ代が銅貨五枚、釘が一箱銅貨三枚ね。全部で銅貨十四枚だけど十二枚でいいよ!」

「ほぉ、なんか悪いねぇ。忙しいのに」

「今週は儲かってるからね。余裕がある時に、お得意さんにはサービスしないと」

「ハハハ、ありがとう。ところで気になっておったんじゃが、そのお嬢ちゃんは一体?」


 実は会話中、アルテナは商品棚の上、勝手に定位置にしている場所に座布団を敷いて座り込んで見ていたのだ。

 もちろん、いつものように値札付き。


「ああ、まあ、気にしないで。今度パーティーを組んだ子なんだ」

「何で値札を付けてるんじゃ? 金貨で一万枚?」

「うん。金貨一万枚。お爺ちゃん、買ってくれない?」

「自分の値段だそうだよ。一万枚払ってくれたら、その人の物になるんだそうです」

「いやいやいや、金貨一万枚なんてそんな金、どこをどうひっくり返そうと出てこんわい。わしにはとても無理じゃな。持っていたとしても婆さんに怒られるわい。それにしても、随分と綺麗なお嬢さんじゃないかね。うーむ……こういう時、年配者としては自分の身体は大切にしなさいよ、と諭すところなんじゃが……」


 困惑したような声で言うトマソフさんだったが。


「金貨一万枚という値段なら、そうそう心配するような事は無いのぉ」


 本人はこの値段で売れるつもりらしいけど、常識的に考えてみると、売る気がありませんと宣言しているような値段だ。


「アルテナはアルテナを安売りしないんだよ」

「おお、それがええ、それがええ」


 薄い胸を張ってみせるアルテナに、トマソフさんは孫でも見るようなやさしい微笑みを向けていた。


「おーい、こっちのスローイングナイフのセットは幾らくらいになるかね? ナイフの収納用ホルダー込みで見積もりを出してもらいたいんだが?」

「はーい、ただいま!」


 別のお客さんに呼ばれて俺は、トマソフさんの話し相手はアルテナに任せることにした。

 どうせアルテナは一日中、商品棚に座っていて暇を持て余している。それならこうした忙しい時に、近所でお付き合いのある方のお相手を務める役に、アルテナはぴったりかもしれない。

 忙しいからって常連さんへの対応を無下にはしたくない。

 我ながら名案である。

 こうして、その週のレチカ武具店は大いに繁盛させてもらった。

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