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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ある雨の日に

作者: 名明 伸夫
掲載日:2014/05/20

炎天下の中、僕は汗だくになりながらも大きな冷蔵庫を先輩と二人で抱えて階段を上った。


無事アパートの二階まで運び切ると、一旦床に置いて体制を立て直す。


「はぁ……はぁ、冷蔵庫って空っぽでもこんなに重いんすね。」

息も切れ切れに僕は一緒に運んでいた先輩に話しかけた。


「おい新人、こんなんでヘバってたらいつまで経っても引越し作業終わんねーぞ。ほら、あと一息だ、いくぞっ!」


ホッ!という掛け声に僕と先輩は再び冷蔵庫を持ち上げた。腕と腰が悲鳴を上げる。


なんとか、冷蔵庫を部屋に運び込み所定の場所に置くと汗がどっとふき出した。

「や、やっと着いた〜。」

僕は思わず床に尻餅を着いていた。

「ばかっ!汚れたケツで座るな、床が汚れるだろ!」

先輩の突然の怒声に僕はあっと声を上げ、急いで立ち上がったが床には土汚れが着いていた。


「すいません!すぐ掃除させますんで!」

先輩が慌ててお客様、言うなれば新しくここに引越す依頼主に頭を下げた。


「ふふ、大丈夫ですよ。それくらい拭けばすぐ取れますし。それよりこんな重たい物まで運んで頂いて、なんだか申し訳無いですね。」

お客様である女性は困ったように眉をひそめながら、僕と先輩の方を見た。


「いえ、これも仕事ですからお気になさらず……ほら、お前も謝れ!」

先輩に肘で小突かれ僕も慌てて頭を下げた。

「す、すいません!以後気をつけますです!」

と、慌て過ぎて訳の分からない日本語を口走しった僕は恥ずかしさで顔を真っ赤にした。


「あははっ、面白い人ですね」

顔を上げた僕に、女性は僕ににっこり笑いかけた。



か、かわいい……



僕は不謹慎ながら彼女の顔にしばし見とれていた。

すると、階下から声が聞こえた。



「おーい、ちょっと洗濯機運ぶの手伝ってくれないかー。」

マツムラさんの声だ。

僕はその言葉でハッと我にかえると先輩と一緒に部屋を飛び出し下へ降りて行った。



ーーーーーーーーーーー



引越し作業も無事に終わり、僕は会社の休憩室でコーラを飲んでいた。仕事で汗をかいた後に飲むキンキンに冷えたコーラは僕の疲れを癒す楽しみのひとつだ。


すると休憩室のドアが開き、マツムラさんが入ってきた。


「やあ、キクチ君。どうだい調子は。」


マツムラさんは僕の隣の椅子に腰を下ろすと缶コーヒーのプルタブを開けた。


「初めはきつかったですけど、だいぶ慣れて来ました。今日もマツムラさんと一緒だったし、心強かったです。」

僕はお世辞でもなく本心でそう言った。


「そうか、お世辞でも嬉しいよ。」

マツムラさんは、はにかんだ様な笑顔を見せコーヒーを飲んだ。

「そんな、お世辞だなんて。マツムラさんはわからないことだってすぐ教えてくれるし、引越し作業だって率先してやってくれるじゃないですか。僕らバイトの中じゃマツムラさんが一番人気の社員ですよ。」

僕は一生懸命否定しようと早口でまくし立てた。


「ありがとう。でも、俺は当たり前のことを当たり前にやってるだけだから。」

そう言って、マツムラさんは一気にコーヒーを飲み干すと、僕の肩をぽんと叩いて部屋を出て行った。



会社を出て、家路に着く僕は今日の引越し作業で出会った彼女のことをぼんやりと思い出していた。

肩まで伸びた髪、まるで小動物のような人懐こい笑顔、年齢も僕と同じ二十代前半っぽかったよなあ。


「はあ……あんな人が彼女だったらな。」


つい思ったことを口に出してしまうのは僕の悪いクセだ。僕はハッとして口元に手を当て辺りを見たが誰も居なかった。


僕はほっとしたが、それでも彼女の顔が忘れられない。

幸か不幸か、彼女の引越し先が僕の自宅とそう離れていないことを思い出した僕は少し遠回りして、彼女のアパートの前を通って帰ってみようと思った。



ーーーーーーーーーーー



彼女のアパートの前に着くと、彼女が居るであろう部屋の窓には明かりがついていた。

真新しいピンク色のカーテンが窓の内側でぼんやりと光っている。


僕は再び彼女の顔を思い出し、思わずニヤついてしまいそうになったので慌ててその場所を後にした。


家に着くとちょうど夕食時だったようで、腹ペコだった僕は晩ご飯に飛びついた。

父がリモコンで、いつものニュース番組にチャンネルを変えた。

ニュースでは最近この辺りで起きている若い女性を狙った猟奇殺人のニュースだった。


「やあねぇ……あんたも気をつけなさいよ。」

母さんが姉ちゃんの方を見て言った

「だ〜いじょうぶ。だって狙われてるのは一人暮らしの人なんでしょ?」

そう言いながら皿の上の唐揚げをひょいっと箸でつまんで食べた。


「部屋に居る所とは限らないでしょ?ほら、この辺街灯も多くないし……」

心配性な母さんは尚も言葉を続ける。


「そんな心配もいらないわよ。仕事だって遅くても七時には終わるんだから」

姉ちゃんは母さんの言葉など聞く耳持たずに箸を動かしている。どうやら肉じゃがが次のターゲットのようだ。


僕も思わず、犯人だって若い女なら誰でも言いって訳じゃないと思うよ……という言葉が喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。

我ながらファインプレーだと自分を褒めた。


それからも僕は淡々と仕事をこなしていった。

少しずつではあるが仕事も覚え、ヘマをすることも滅多になくなった。

そして噂ではあるが、マツムラさんが僕のことを社員に出来ないか上司に打診しているとの話しを人づてに聞き、僕は一層仕事に熱を入れた。


しかし、その間も連日ニュースでは例の猟奇殺人の話題で持ちきりであった。

殺害された若い女性達にはお互いに共通点がなく、怨恨・物取りによる犯行でもないことから警察の捜査も難航しているとのことだった。


また、初めこそ頻繁に遠回りしていた彼女のアパート通いも仕事に忙殺され、最近ではほとんど前を通らなくなっていった。



ーーーーーーーーーーー




その日は接近している台風の影響で、朝から雨が降る最悪の一日だった。


「なんでこんな日に限って引越しなんてするかなぁ……」


と小さく文句をこぼしながら、僕はダンボール箱を雨に濡らさない様に運んだ。

しかし、僕はここの引越し作業が決まった時内心ではガッツポーズを決めていた。


なぜならそれは、今回の依頼主が引っ越すアパートが、あの彼女が住むアパートだったからである。

しかも、引っ越す部屋も二階だったので、僕はもしかしたら彼女にまた会えるかもしれないと心に淡い期待を抱いていたのである。


そして引っ越し作業も順調に進み、次の荷物を運びに部屋を出ようとすると、驚くべきことに僕の目の前を彼女が横切った。


僕は期待はしていたもののあまりに唐突な出来事に一瞬その場に立ち尽くしてしまった。

すると、僕に気づいた彼女が僕の方を見た。


「……あら?確か、あの時の引っ越し屋さんですよね。こんにちは、お仕事頑張ってください」

そう言うと彼女は微笑んで軽く会釈をして階段を降りて行った。


「あ……はい。どうも。」

僕はそんな気の抜けた返事しか出来なかった自分を呪った。


だが、そんな自己嫌悪の気持ちは急速にしぼんでいき、気がつけば僕の心は彼女が僕のことを覚えてくれていたことへの喜びと嬉しさで満たされていった。


それからの僕はというもの、やる気が身体中に充満し、文句も言わず全力の笑顔のまま仕事に取り組むことができた。




雨は一時的に止んでいたのだが、夕方になると再び大雨になり、僕のやる気とは裏腹に仕事はなかなか進まなかった。

たまたま今日がマツムラさんが休日だったというのも、仕事の遅延にさらに輪をかけていた。


結局、今日二件の引越しを済ませて会社へ戻り簡単な報告書を作成して、ようやく僕が帰るころには午後九時を過ぎた所だった。


「随分遅くなっちゃったな〜。これはコンビニ寄らないと晩ご飯無いかもな。」


僕は傘を広げるとコンビニへと向かった。



コンビニで弁当とペットボトルのお茶を買い、外に出た僕は再び傘をひらいた。


そこでふと、僕の頭に彼女の顔が浮かんだ。


(そういえば、今日会った時彼女傘持ってなかったよな……。)

彼女に会った時間帯はちょうど雨が上がった頃だったので、油断していたのか忘れていたのかはわからないが、とにかく傘を持たないまま出かけた彼女のことが僕は急に心配になった。


運良くこのコンビニはちょうど彼女のアパートの目と鼻の先にあったので、僕は少し様子を見に一度彼女のアパートの前に行ってみようと思った。



ーーーーーーーーーーー



アパートの前に着いた僕は窓の明かりがついていないことに少なからず動揺していた。


時計を見ると午後九時四十分、この時間まで帰って来ていないということはもしかして今日は帰って来ないのではないかと思ったからである。


もちろん僕は彼女のプライベートは何一つ知らないが、彼女がどこかへ泊まりに行ったという事実は僕にいらぬ妄想を描き立たせた。


僕は大きくかぶりを振ると、踵を返して家路につこうとした。その時。




……パリン。




雨が傘に当たる雨音に混じって、小さくではあるが確かに何かが割れる音がした。

僕は驚いて振り返り再びアパートに目をやった。


「何だ……今の音?……」


再び辺りを雨音だけが支配する。

今の音が何の音かも、それがアパートからの音かもわからなかったが僕の目は自然と彼女の部屋に向いていた。


そしてひとつの異変を見つけた。



さっきは、暗がりと雨のせいでしっかりと見ていなかったが彼女の部屋の窓が二十センチ程開いており、その隙間から吹き込む風がカーテンを時折揺らしていた。



(何かおかしい……。)



彼女が窓を閉め忘れたといえばそれまでだが、僕の心は言いようのない不安がじわじわと広がっていくのを感じた。


気がつけば僕は彼女の部屋に向かって走っていた。





彼女の部屋の前まで来た僕は少し呼吸を整えるとチャイムを鳴らした。

決して確率は高くないが、彼女が部屋の中に居る可能性も考えてみてのことだった。


間の置いて二度鳴らしてみたが、部屋からは何の反応もなかった。


ある程度予想していたとはいえ、僕の不安は軽くなるどころか更に色濃くなっていた。



僕は唾を飲み込んだ。


そしてゆっくりとドアノブに手をかけた。


ドアノブをひねり、手前に引く……






ドアは何の抵抗も無く開いた。





心臓が早打つ、


無意識に呼吸が乱れる。


もはや鍵のかけ忘れという可能性は頭には無かった。


確かに、この部屋で、何かが……あった。


直感がそう告げている。


一刻も早く中の様子を確認したい僕とは裏腹に、僕の本能が足を前に出すことに抵抗する。


危険だ……



早く逃げろ……



早く……


僕はその恐怖を必死に振り払い、奥歯をぎりりと食いしばると部屋へと足を踏み入れた。


引越し作業で一度入った場所なので、部屋の間取りは知っていた。

玄関からのドアを開けるとリビングで、その更に奥に寝室がある。

ちょうど僕が外から見ていた窓はその寝室の窓だ。


玄関からリビングに入るとそこも明かりひとつ無い真っ暗な空間だった。


僕は手探りで壁にあるスイッチを見つけ、スイッチを入れた。




しかし、部屋の明かりはつく気配はなかった。


何度もスイッチを押してみるが、全く変化がなく、僕はもしかしたらブレーカーが落ちているのではと玄関に戻ろうかと思ったその時、




部屋全体が一瞬鋭く光った。


それから少し遅れて、空全体を揺るがすような雷鳴が響いた。





僕は全身が硬直した。


雷の音ですら僕の耳には入ってこなかった。


一瞬光った稲光の中、リビングの奥にある寝室が視界に入った。


そして寝室にあるベッドの上に何かが横たわっているのがはっきりと見えた。



僕は電気をつけることも忘れ、おぼつかない足取りでベッドへと向かった。


とにかくもう、一刻も早くこの不安を払拭したかった。


頭の中に猟奇殺人のニュースがよぎる。


「嘘だ……違う……」


僕はベッドの横に立った。



ベッドには上から布団が被せられていたが、不自然に膨らんだその布団は、中に《何か》があることを僕に示唆させた。


僕はゆっくりと布団に手をかけた……



バチン



突然全ての部屋の明かりがついた。


誰かがブレーカーをあげたのだ。



《……誰が?》



僕は布団に手をかけたまま、恐る恐る後ろを振り返る。


僕の後ろには、上下真っ黒なジャージを着たマツムラさんが立っていた。


マツムラさんの片手には血がべっとりと付いた包丁が握られている。


まるで池の鯉の様に口をぱくぱくさせるだけの僕を見て、マツムラさんはにっこり笑って言った




「やあ、キクチ君。……それじゃ」





マツムラさんが僕に向かって地を蹴ったーー




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