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空はこんなにも綺麗なのに

作者: 神宮司亮介

3000字しかないので、小説ではないように思いますが、恋愛のSSです。青春時代特有の甘酸っぱさを書いたつもりです。

 校庭には「サラバ青春」と書かれた文字が残されている。卒業式が終わり、耕太は三階にある部室の窓から、その様子を眺めていた。

「もう、卒業か」

 三年間などあっという間だった。入学式の時の、友達が出来るかどうか不安だった緊張感が一瞬で失われるように。楽しいことも、辛いことも、雑多に詰めたリュックの中身を整理しようとすると、涙が溢れそうになる。耕太は鼻をすすった。

 部員がたった三人の書道部。部長である自分が抜けた後、新入生が入部してくれなければ廃部の危機に立たされてはいるが、そんなことも忘れていた、楽しい日々がここには集まっていた。後輩の二年生の女の子二人が、男である自分と仲良く接してくれたのもありがたかった。

「先輩、ここにいらしたんですか!」

 ふと、部室の入り口付近から声が聞こえて、耕太は振り返る。そこには、一人の女子生徒がいた。膝が見えるギリギリまでスカートの丈を上げ、その分黒いハイソックスを限界まで伸ばして履いている。

「優香ちゃん。どうしたの」

 耕太の後輩の一人、水野優香は、肩を激しく震わせていた。学内中どころか、学校の外まで自分を探しに行ったのではと言いたくなるほどだ。ショートヘアが上下に揺れる。

「私、先輩のことが好きです!」

 なんとなく、このことを言われる気はしていた。もうとっくにお別れ会は済ませてあったし、今日ここで会う約束したわけでもない。ただ、突然現れた彼女がいきなり、「これからの部活の方針はどうすればいいですか?」などと真面目な話を持ち出さなくて良かった、耕太はそう胸をなでおろす。

「先輩の頑張っている姿が、ずっと、ずっと好きです! この気持ち、どうしても抑えられなくて!」

 心臓を抑えるように、胸に手を当てている優香。その姿を耕太は見て、微笑む。

「ありがとう」

 ただ、心からは笑えなかった。耕太は出そうになったため息を飲み込む。先程とは別の意味で涙が溢れそうになった。

「でも、優香ちゃんの気持ちには応えられない。僕には、他に好きな人がいる」

 こんなことは言いたくなかった。どうせなら、最後もお互い笑いあったままさよなら出来るような、そんな関係でいたかった。厳しい現実を突きつけられて、優香は胸に当てていた手を目に移動させた。

 泣かせてしまった。こんな気持ちになるなら、誰も人のことを好きにならなければいいのにと、耕太は唇を噛む。彼女の告白を受け取らなかった手前、慰める言葉をかけることはむしろ優香を傷付ける気がして、やめた。

「どうしてですか……私、こんなに先輩のことが好きなのに……」

 優香は声を震わせる。きっと、今日の告白のためにとてつもない勇気を奮ったことは間違いない。しかし、その勇気があっけなく散ってしまって、優香の心の中には今、何が残っているのだろうか。耕太へ対する嫌悪感だけが、今の優香を支配しているように、耕太には思えた。

「私、ずっと先輩のこと見てたんです! 先輩が好きな音楽も聴いて、好きな映画も見て、たくさん、先輩のこと、勉強したのに……それなのに……」

 優香の顔には、耕太への想いとは真逆の表情が浮かんでいた。優香はとは確かに、趣味が合った。好きなバンドの話はよく盛り上がったし、好きな映画について、何故評価されないのかを何日もかけて話し合ったこともあった。長い時間の中で、優香との思い出は多く頭の中に残っている。

 しかし、耕太は首を横に振った。そして、窓のほうにもう一度目を向ける。校庭には落書きを消そうとしているのか、強い風が吹き抜けているようだ。ビニール袋が一回転して、また遠くへ飛んで行った。

「先輩なんか……先輩なんか、大嫌いです! もう顔も見たくありません!」

 優香は声を張り上げて、廊下を走り去って行った。大嘘をついた彼女の中には、どんな感情が渦巻いているのだろう。耕太は天を仰ぐ。ちょうど頭上の蛍光灯が切れかかっていた。ブブッと音を発して、鳴いている。

「俺だって、こんなこと言いたかねえよ……」

 両の手に拳が出来た。耕太はその場で泣いた。誰にも見られていないことがわかってホッとしたのか、心の奥から何かが一気にせり上がってきた。

「俺だって、叶わない恋なんかしたくねえよ……」

 耕太が好きになってしまったのは、もう一人の後輩だった。その後輩には、彼氏が既に存在する。背の高く、細身で、現役高校生モデルと言われても「そうなんですか」と答えてしまいそうなくらいには男前の、彼氏。文化部の一男子が敵う相手ではなかった。

 その後輩は、優香に比べるとマイペースで、興味のない話題については全く聞く耳を持たないが、自分が好きなものに話がいくと、身を乗り出すように会話に参加するタイプだった。部活動も優香に比べると熱心さが足りず、あまり技術が上達している様子が見られない。優香は真面目で、今では耕太よりも上手な字を書くようになっている。

 そんな、対照的な二人。

 しかし、耕太の心を動かしたのは、耕太が落ち込んでいるときにかけられた言葉だった。

 ある時、成績が伸びず、希望の大学への受験を諦めかけていた時のこと。

 優香は「先輩なら大丈夫です」と優しく声をかけてくれた。また、耕太が好意を抱いている後輩もまた、「先輩ならいけますって」と励ましてくれた。

 優香は、その一言でいつも終わる。二人に相談を持ちかけたとして、翌日部室に顔を出した時に真っ先に声をかけてくれるのは、いつも優香ではなかった。

「先輩、元気出ました?」「きっと大丈夫ですって!」「諦めないでください!」

 一方、優香は何かと自分の苦労を語る癖があった。いつのまにか優香の人生相談に発展していることがあったりなど、耕太は度々、優香のネガティブな心理状態に悩まされることがあった。

「ごめん、優香ちゃん。俺、りっちゃんが好きだったんだ」

 りっちゃん。名前は理津子。優香とは違い、長い黒髪が特徴的。話さえしなければ気品のいいお嬢様のようで、それでいて飾り気がない。

 きっと今頃、彼女は彼氏さんと愛を深めているんだろう、そう思うと、泣けてくる。愛する気持ちなど必要ない。捨ててしまいたい。耕太は疲れるまで泣いた。

 帰る時間になって、耕太は自転車を漕ぐ。通いなれた通学路とはもうさよならで、胸がぎゅうっと苦しくなる。人生もこんな感じで、さよならが積み重なっていくのだろうと思えば思うほど、時間が止まってほしいと無理難題を空に問いかけたくなった。

 今日の空は、確か青かった。澄み渡るように青かった。宇宙が見えるのではと思うくらいに青かった。

 だから、夕暮れの空は、鮮やかで、闇に染まって行く様子が美しく見えた。

 もしも、雨が降ったら、いつかは晴れわたる空を目に焼き付けることが出来るだろう。しかし、人の心は違う。一度引きずった碇はしばらく体につながったまま離れることがない。それが幾つも幾つもつながって、前に進めなくなる時が来る。雨が降りっぱなしの耕太の心は、乾燥することさえない。

「わああああ! 俺なんか嫌いだ! 死んでしまえ! いなくなってしまえ!」

 わけがわからくなって、とにかく叫んでみた。どうせ届かない恋心ならば、いっそ自分の体ごと壊れてしまえと。

 それでも、空は晴れ渡っていた。幸せそうに。憎たらしいほどに。美しく。

 それなのに、耕太の心は土砂降りのままだった。錆びた車輪が、アスファルトに共鳴した。

読んでくださりありがとうございます。

1時間ほどで書き上げた作品ではありますが、自分としては楽しんで書けました。

ご感想等あれば、お願いします。

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