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第玖話 迷いの窓

 一方そのころ。


 放課後の校舎には、昼とは違う静けさが漂っていた。


 体育館からは、子どもたちの笑い声と、ボールの弾む音が断続的に響いている。

 西日の光が、校舎を淡く染めていた。


 千隼も、その中にいた。



 クラブの時間は、授業よりもずっと気楽だ。

 決まった練習があるわけでもなく、

 今日はみんなでドッジボールをしている。


 特別なことは、何もない。


 ——そのはずだった。


「千隼、倉庫にボール戻しといて!」


「はーい」


 軽く返事をして、千隼は体育館わきの倉庫へ向かう。


 薄暗い室内。

 ボールや備品が整然と積まれ、

 奥の高い位置に、小さな窓がひとつあり、夕方の光が細く差し込んでいた。


 ボールを置き、鍵をかける。


 そのとき。


 視界の端で、

 倉庫の窓ガラスが、ふと白く光った気がした。


 千隼の手が、止まる。

 なんとなく、窓の方を見る。


 外は校舎裏。

 人影はない。

 ガラスには、薄暗い倉庫と、自分の姿がぼんやり映っている。


 ——いつも通りのはずなのに。


 背中のあたりが、

 むず、と落ち着かなくなった。


 風ではない。

 音でもない。


 けれど、

 窓の向こうから、なにかが《《こちらを見ている》》ような。


「……気のせいか」


 小さく呟いて、千隼はすぐに視線を外す。

 倉庫を出て戸を閉めると、違和感はすっと薄れた。


 体育館の灯りが背後で揺れる。


 ただ。


 本人も気づかないほどかすかに、あの窓の前を離れるときだけ。


 千隼の足取りが、わずかに速くなっていた。 


 片付けが終わり、校門を出るころには空は夕焼けに染まりかけていた。


「千隼、また明日な!」 


「うん、また明日!」


 友人に会釈をし、ひとりになる。

 倉庫の窓のことが、ふと頭をよぎる。


 ——光の反射だろう。


 そう思えば、それで済む話だ。

 それでも、家へ向かう足は、無意識に早まっていた。



    *



 引き戸を開けると、やわらかな湯気の匂いが迎えた。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい、千隼」


 帳場から、穏やかな声が返る。

 篝は帳面を閉じ、静かに顔を上げた。


「今日はいかがでしたか」


「皆でドッジボールをしたんですけど、あまり勝てませんでした」

 鞄を下ろしながら答える。


「それは残念ですね。楽しめましたか」


「……はい!とっても」

 そう言いながら、千隼は鞄から宿題を取り出した。


 ──あの倉庫での違和感。


 言うほどのことではない。

 けれど、完全に飲み込むには、少しだけ引っかかる。


 篝の視線が、ほんの一瞬だけ千隼の顔をとらえた。


「なにかありましたか」


「いや、なにもなかったです、けど」


「ええ」


「ただの気のせい……だと思うのですが、体育館の倉庫に小さい窓があるんですよ」


 篝の目が、わずかに細められる。


「帰り、ボールを戻しに入ったときに……その窓が少し、嫌な感じがしたんです」


「嫌な、と申しますと」

 声は変わらない。


 千隼は少し考え、言葉を選ぶ。


「見られているような気配、というか。

 ほんの一瞬で、すぐに何も感じなくなりましたが」


 自分で言ってから、軽く首を振る。


「おそらく気のせいです。外には誰もいなかったので」


 篝はすぐには答えなかった。

 湯呑を卓に置く音が、静かに響く。


「……窓の近くでのみ、でございますか」


「はい。戸を閉めた後は、特に何も」


「そうですか」


 篝は穏やかに頷いた。

「体調に変わりはありませんね」


「はい、大丈夫です」


「それならば結構。もし同じことがございましたら、すぐにお知らせください」


「……わかりました」


 やり取りは、それで終わる。


 だが。


 帳場に置かれた帳面の中、

 昼間記した一行――


 ——経過観察。


 その文字の上に、篝の指先が静かに触れていた。

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