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諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


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第七話

「もっ、申し訳ございません。失言でし…」

「違いますわ!!」


私の謝罪を遮ったディルヴァーン嬢は、動揺した様子で両手をテーブルにつき立ち上がった。


「え、とその… 失礼しましたわ」


立ち上がって頭が冷えたのか、少し恥ずかしそうに座りなおしたディルヴァーン嬢は、先程までよりはるかに小さな声で話し始めた。


「私が公爵を慕っているというのは誤解ですわ。彼のことは旧知の人間以上には思っておりませんから…」


ディルヴァーン嬢は私と視線を合わせてはっきりと否定した。

しかしそうなると、先ほどの私に対する牽制とも取れる言葉たちの説明がつかない。


「ただ私は、その… 公爵と婚約をなさった方と仲良くさせていただきたいと思っただけですの。ミュリエル様を悪く言うつもりももちろんありませんでしたわ。とはいえ、ミュリエル様の気分を害すような態度を取ってしまいました。失礼致しました」


つまりは、私がどのような人間で、オリヴィエ様に相応しいかどうかを見定めようと思っていたということか。


「そういうわけでございましたか。それでしたら、ディルヴァーン様が謝罪をされる必要はございません。社交界にもほとんど顔を出していない私が急にオリヴィエ様と婚約をしたとなれば、怪しいとお思いになるのも無理ありませんから」


貴族社会では政略結婚が常とは言え、家同士の付き合いがあった上での婚姻が普通。私とオリヴィエ様のように、ほとんど関わりがないまま急に婚約をすることはかなり珍しいのだ。

それに、公爵位の令息令嬢は幼少期に相手を決めることが多い。オリヴィエ様は幼くしてご両親を亡くしておられるので、その慣例には則らなかったようだが。


「…ありがとうございます。お詫びと言っては何ですが、今後お困りのことがあればご相談ください。社交界に関することでしたら多少はお役に立てると思いますわ」

「お気遣いありがとうございます」


きっと、ディルヴァーン嬢はお優しい方なのだろう。友人であるオリヴィエ様の婚約者がどんな人間か見定めようと、こうしてお茶の席を用意するほどだ。やはり、社交界で華と呼ばれるだけの人間性を持った方。


「公爵とご結婚なさったら、きっと夜会などでお会いする機会も多くなると思いますし」

「そうですわね。ぜひ仲良くしていただきたいですわ」


グランジュ公爵夫人となれば、今まで縁のなかった社交界と積極的に関わりを持つようになるだろう。それが高位貴族の基本的な地盤作りになり、回り回ってオリヴィエ様の利益となることもある。それが私に与えられた重要な役割であることは重々承知しているので、ディルヴァーン嬢が知り合いということが心に余裕作ってくれる。


「そうですわ! 早速にはなってしまうのですが、ミュリエル様を我が家でのパーティーにご招待したいと思いますの。いかがでしょうか?」


ディルヴァーン嬢は私の目をまっすぐ見つめてお誘いをしてくださった。

パーティーということは、パートナーを伴う必要がある。それは、私の場合はオリヴィエ様となるのだが、何と言ってもお忙しい方なのでお願いをしてみないことには返事ができかねる。

オリヴィエ様は私に好きなように決めて良いと言ってくださったけれど、こればかりは仕方がないことだ。


「とても嬉しいお誘いありがとうございます。私としてはぜひ出席させていただきたいのですが、まずはオリヴィエ様に相談させていただきますわ。彼の予定を確認してからお返事いたしますね」


私の言葉に、もちろんですわ、と答えたディルヴァーン嬢はとても嬉しげだった。そして、そうだわ、と手を打って続けた。


「ぜひ、私のことはロレッタとお呼びくださいな。ディルヴァーン様だなんて、距離を感じてしまいますわ」

「よろしいのですか? それではロレッタ様とお呼びさせて頂きますね」


ロレッタ様は、どうぞこれから仲良くしてくださいね、と微笑んだ。

そんな彼女には、初対面の際に感じたクールさはなかった。ただ、年相応に可愛らしいご令嬢でしかなかった。



「それではまた、手紙を出させていただきますね」

「えぇ、お待ちしておりますわ」


ディルヴァーン侯爵邸を出て、グランジュ公爵邸に戻ると、オリヴィエ様がエントランスで出迎えをしてくださっていた。前回お会いしたのは1週間前だったので、随分と久しぶりだ。


「おかえりなさい、ミュリー」

「ただいま戻りました」

「夕食まで少し時間があるので、サロンで話をしませんか?」

「はい、分かりました。ちょうど私からもお話ししたいことがありますので」


一度私室に戻り着替えた私はサロンへと降りた。

侍女によって紅茶が用意され、オリヴィエ様がゆったりと座って待っていた。


「お待たせいたしました」

「いえ、構いませんよ」


オリヴィエ様の勧めのままに席についた私は、カップに口をつけながらロレッタ様との茶会での話をした。

ロレッタ様がオリヴィエ様を慕っていると勘違いしてしまったこと、ロレッタ様と仲良くなったこと。


初めて公爵邸に来た時にも同じように話をしたけれど、こんなふうに話に花を咲かせることはなかった。この1ヶ月で随分と親しくなったものだ。


私の話を聞き終わったオリヴィエ様は、苦笑いをした。


「ロレッタが私を慕っているとは、面白い勘違いですね。確かに彼女とは幼少期からの知り合いではありますが、それはあくまで家同士の関わりがあったからですよ」

「本当に、恥ずかしい勘違いをしてしまいましたわ」


オリヴィエ様がグランジュ公爵家の当主でありながら、容姿端麗であることから社交界で人気を集めていることは容易に想像できていたから、それを口にしたロレッタ様が彼を慕っていると勘違いした。

今回はそれが勘違いで済んだけれど、これから社交界に出れば本当にオリヴィエ様を慕っている女性と相対する機会が出てくるはずだ。その相手が私に対してどのような態度を取ってくるかは分からないが、好意的に接してもらえることを期待はできないだろう。

そうなる以上、私としても相手への対抗策を練っておかねばならない。次期グランジュ公爵夫人として、してやられるわけにはいかないから。


「以前、王城へ参上した時にも言いましたが、私はずっとミュリーただ1人を想い続けて来ましたし、それは今後もずっと変わりませんから。それだけは、何があっても絶対に忘れないでくださいね?」


オリヴィエ様のストレートな言葉に、どうしても動揺をしてしまう。

ミュリーとオリーヴとして文通をしていた5年間、連絡が途絶えていた5年間、10年というとても長い期間、ずっと私を好ましく思っていたと言ってもらえるのは素直に嬉しい。

けれど、そんなオリヴィエ様に対して私は、友人としての親愛以上の感情を抱いていない。婚約者同士として共に公爵邸で過ごすようになり、最初の頃よりは親しくなれたとは思うけれど、オリヴィエ様が私に向けてくださっている感情と、私が彼に向けている感情は種類が違うのだと思う。

それでも、オリヴィエ様からの愛情を嬉しく思っていることに変わりはない。

今はまだ、友人としての親愛でも、それがいつか婚約者ないしは夫婦としての愛情に変わる時が来るのかもしれない。


「はい、分かりました。その言葉、大切にしまっておきますね」


今の私ができる、最大の返事。オリヴィエ様は嬉しそうに笑った。



「ところでオリヴィエ様、ロレッタ様からパーティーに招待をいただいたのです。ちょうど3週間後なのですが、ご予定はいかがですか?」


私としてはせっかく親しくなったロレッタ様から招待をいただいたので、ぜひ参加したい。それに、初めてオリヴィエ様の婚約者として社交界へ出るのなら、彼女がいる会の方がいくらか安心もできるはずだ。


ふむ、と思考を巡らせたオリヴィエ様はしばらくして微笑んだ。


「調整をすれば参加は可能だと思います。最近は随分落ち着いていますしね」

「本当ですか? ありがとうございます!」


「ディルヴァーン侯爵家が開くパーティーであれば、私たちが婚約をしたということを示すにも十分な規模だと思いますし…」


私たちは、一般的な貴族が行う婚約披露会を開いていない。ゆえに、私とオリヴィエ様が婚約したという事実は、王城で私たちを見た人たちを中心に噂として流布しているだけなのだ。

パーティーへパートナーとして参加すれば、その噂が事実であると示すことができる。今後私が公爵夫人として社交界で生きていくのなら、早いうちから他の貴族たちに認知されていて損はない。


「それでは、ロレッタ様には参加の意をお伝えしておきますね」

「お願いします。 …そうだ、パーティーに向けて、新しくドレスを仕立てましょう。今あるものはミュリーがここへ来る前に仕立てたものばかりですからね」


そう言ったオリヴィエ様は、まだ袖を通していないドレスがたくさんあるという私の主張を全く耳に入れることなく使用人に手配を指示した。


「遠慮する必要はありませんよ。それでも気になるようなら、私が着飾ったミュリーをまた見たいとわがままを言っていることにしてください」

「…分かりました」


そう言われてしまうと、私からは何とも言い返せない。

こうなれば、オリヴィエ様の隣に並び立つことができるように、素敵なドレスを仕立ててもらいたいと思うだけだ。

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