第五十四話
エイデン様は殿下とロレッタ様につかれるそうなので、私とオリヴィエ様はひと足先にパーティーの会場へと足を踏み入れた。
大聖堂のホールを利用して設けられている会場には、既に私たち以外の参加者が揃っていた。そのため、会場に入った私たちは多くの視線を集めてしまった。
「オリヴィエ様、とりあえず壁際に寄ろうと思うのですがよろしいでしょうか?」
「はい、そうしましょう。あまりにも注目を浴びすぎていますから」
オリヴィエ様の了承を得た私は足を止めることなくそのまま壁際に直行した。私たちを視線で追う人はいたけれど、露骨に体の向きを変えてまで見てくる人は少なかった。
「アルとロレッタに挨拶をしたらそのまま帰ろうかと思うのですが、ミュリーもそれで良いですか?」
「構いませんわ。特にご挨拶したい方もいらっしゃいませんし」
私の知り合いは本当に少ない。オリヴィエ様と一緒に何度かパーティーや夜会には参加したけれど、知り合いと呼べるほどの関係性になった方はいない。このパーティーには嫁いだお姉様や当主であるお父様とパートナーのお母様が参加しているはずだが、何せ会場が広いのでそう簡単には見つけられない。探している間に様々な人から声をかけられて、それがオリヴィエ様の疲労の原因になりかねない。そのリスクを冒してまで家族を探そうとは思わないので、今日はすぐに帰ることに異議はない。何よりオリヴィエ様の体調を最優先に考えているのだ。
しばらく壁際で待機していたところ、エイデン様が会場に入って来られた。
「そろそろアルたちが入ってきますね。私たちは1番最初に挨拶をすることになるので、心づもりをしておいてください」
「わ、わかりました。作法はいつものパーティーと同じで良いのでしょうか?」
「そうですね、大きな違いはありませんよ。基本的には私が話すので、ミュリーは笑顔でいれば問題ありません」
いつもオリヴィエ様に作法のことをおまかせにしてばかりで申し訳ないとは思っているのだが、なかなか覚え切れていないのだ。特に王族の方に関わる作法は幼少期の淑女教育でも学ばなかったので尚更。
そんな話をしていれば、会場の扉が大きく開かれた。その奥には、先ほどまで共に歓談していた王太子殿下とロレッタ様の姿があった。
会場内の貴族たちは一斉に礼をし、殿下がお言葉を述べられるのを待つ。
「皆の者、楽にしてほしい。今日は私たちのためにこれだけ多くの者が集まってくれたことに深く感謝する。どうか楽しんでいってもらいたい」
殿下のお言葉が終わると、本格的にパーティーが始まる。参加者は順に殿下とロレッタ様の元へご挨拶に行くのが決まりなんだそうだが、そのスタートを切るのは最も身分が高い貴族であるオリヴィエ様。そしてそれについて行く私となる。
殿下とロレッタ様が落ち着かれたのを確認してから、オリヴィエ様にも確認をする。
「そろそろお伺いしてもよろしいでしょうか…」
「私たちが早く挨拶を済ませてしまわないと、いつまで経っても2人が休めないですからね」
この会場にいる貴族全員と挨拶をするというのだから、王族とは大変な立場だ。私にはとてもではないができそうにない。
私は車椅子を押し、会場の前方へと進んでいった。人が多いので車椅子での移動は難しいかと思ったが、進路にいる人たちは分かれて道を開けてくれた。それが親切心からくるものなのかは分からないが。
会場の前方、殿下とロレッタ様が着席なさっている場所に近づくと、人も少なくなり場が開けてくる。そして自然と、2人とも目が合う。半年前までの私だったら、ここで足がすくんで進めなくなっていただろう。私も随分と成長したものだと思う。
ある程度の距離まで進んだ私は、オリヴィエ様の車椅子を止めて隣に並び立った。
「王太子殿下ならびに王太子妃殿下にご挨拶申し上げます。オリヴィエ・グランジュが参りました」
「面を上げよ。発言を許可する」
オリヴィエ様と私の礼から始まった挨拶は、背後の視線を感じつつ進んだ。この会場にいる皆が私たちのやりとりを気にかけている。
「本日は大変喜ばしい式に立ち会えたこと、光栄に存じます。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。公爵は体調がすぐれない中、こうして顔を見ることができて嬉しく思う」
私たちの会話が聞こえるほどの距離に人はいないけれど、私たち4人は王族と貴族としての距離感を維持した。
「して、公爵。婚約者殿との結婚式はいつ頃になりそうか。私は貴殿らの式を楽しみにしているのだが」
もう挨拶も済み、そろそろ失礼しようかという流れの中で殿下は急に話の流れを変えた。あまりにも突然のことだったので私は理解が追いつかず、少しばかり動揺の表情をあらわにしてしまう。一方でさすがのオリヴィエ様は柔らかく微笑んで答えた。
「…私の体調次第としかお答えできないことを心苦しく思います」
「そうか。まずは公爵の体調を最優先に養生してほしい」
「お気遣い感謝いたします」
最後にオリヴィエ様に合わせて私も淑女の礼をして、ご挨拶は終了した。特に私には発言が求められなかったのは、きっと殿下のお気遣いなのだろう。
「ようやく終わりましたね。やはり大勢の人がいる場所は疲れます」
「お疲れ様でございました。私は何もお役に立てず申し訳ないですわ」
ご挨拶を終えてそのまま会場を後にした私たちは、すぐに帰路についた。ずっと気を張っていたせいか、馬車に乗り込んだ途端に疲れが押し寄せてくる。
「いえ、ミュリーが隣にいてくれて助かりました。私1人では移動すらままなりませんし」
「お役に立てたのであれば良かったです」
きっとそれは、オリヴィエ様が私を気遣ってかけてくれた言葉だったけれど、私にとっては十分すぎるほどのものだった。
帰りの馬車はいつもより短く感じて、あっという間に公爵邸へと戻ってきた。
オリヴィエ様が先に降りられて、彼は私を見上げる。
「おかえりなさい、ミュリー」
差し出された彼の手は、以前よりも薄くなっていた。骨張っていて、決して健康的なものとは言えないけれど。
重ねた手から伝わってくる暖かさが、私にとって何よりも大切で、失いたくないものだった。
「…ただいま戻りました、オリヴィエ様!」




