第五十二話
私たちの隣に王族の方々が座られてからも、次々と大聖堂の中に参列者が集まってくる。王太子の結婚式なので、国内の貴族のみならず国外からの参列者も多い。
「ミュリー、落ち着きましたか?」
「…はい、なんとか」
オリヴィエ様はどこか愉快そうに笑った。私は気が気でないのに。
そうこうしているうちに参列者は揃い、後方の大きな扉は1度閉められた。この後、王太子殿下とロレッタ様の準備が整うと、再び開かれて式が始まる。
「いよいよですね」
「なんだか、私が緊張してきました…」
「ふふっ、2人なら大丈夫ですよ」
ただ座っているだけの私が緊張する必要は全くないのだが、この人数の前で結婚の誓いを行う2人にどれほどのプレッシャーがかかっているだろうかと考えるだけで胃が痛くなる。
「ほら、ミュリーは2人を祝福することだけを考えてください。きっと、そのほうが2人も嬉しいですよ」
「それもそうですね…!」
私が返答をしてすぐ、大聖堂の塔にある鐘が大きく鳴り、空間を震わせた。瞬間、大聖堂内は静まり返り、全員の意識が後方の扉へと集中した。
2人の神官が扉に手をかけ、息を合わせて左右に開く。その隙間から日の光が差し込み、その奥に並び立つ2人の姿を照らした。
ここからは、一般的な結婚式と流れとしては同じである。中央の花道を通り、前方の宣誓台まで進む。そして神官からのありがたいお言葉をいただいて、2人それぞれが宣誓を行う。
手順として難しいことは何もないはずだが、一生に一度しかないということと、これだけ多くの人に見られていて失敗はできないということが、大きなプレッシャーになっているはずだ。
神官からのありがたいお言葉は思いのほかすぐに終わり、2人はゆっくりと振り返って私たちの方へ向き直った。そして、宣誓が行われる。
王太子殿下は1度ロレッタ様の方を見て、彼女の様子を伺った。そんなことをされるとは思ってもいなかったロレッタ様は一瞬驚きの表情を見せたが、瞬時に切り替えて微笑み返した。
それに満足したらしい殿下は、少し口角を上げて宣誓の言葉を口にする。
「アルフレッド・ランティーリは、ロレッタ・ディルヴァーンを妻とし、共に支え合い生きていくことをここに誓います」
堂々とした殿下の誓いが終わり、次はロレッタ様の誓いが始まる。
「ロレッタ・ディルヴァーンは、アルフレッド・ランティーリを夫とし、共に助け合い生きていくことをここに誓います」
2人の誓いは、参列者が拍手をすることで承認され、無事に結婚式は終了した。参列者から承認と祝福の拍手が送られた2人の表情は、とても明るく幸せに満ちていた。
深く礼をした2人はそのまま後方の扉から退室し、我々参列者もホールへと移動する。
「オリヴィエ様、体調に変わりはありませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうやら今日は調子が良いようです」
「それは良かったです。パーティーでご挨拶をして帰れると良いのですが…」
式の後に行われるパーティーまでは、少し時間が空く。他の参列者と歓談しつつ待つのが一般的だが、まだ体調が万全ではないオリヴィエ様に負担をかけるようなことはしたくない。できれば、他の参列者と関わり合うことなくパーティーまでの時間を過ごせたら良いのだが。
「せっかくの、一生に一度しかない機会ですから、挨拶してから帰りましょう。私は大丈夫ですよ」
「そうですね。長居はできませんが…」
私は参列者たちが後方の扉から退出していくのを見つつ、オリヴィエ様の車椅子に手をかけた。
「参りましょうか」
そう言って移動を始めた時、前方にエイデン様の姿が見えた。
今日の彼はいつもの真面目そうなスタイルではなく、殿下とロレッタ様を祝福するためにバッチリと正装を決めていた。
「オリヴィエ、アリスタシー嬢、お久しぶりです」
「あぁ、1年ぶりかな。久しぶりですね、ジョスラン」
「お久しぶりです」
オリヴィエ様とエイデン様の再会は案外あっさりとしたもので、軽く挨拶が交わされただけだった。彼らは幼い頃から長い時間を共に過ごし、私には分からない何かで通じ合っているのかもしれない。
「オリヴィエの体調を、アリスタシー嬢が気にしておられると思いまして、このようなものをご用意したのですよ」
そう言ってエイデン様は何かの鍵を手のひらに置いてみせた。それは、豪華な装飾が施されており、ただの鍵ではないことを瞬時に理解させられた。
「それは?」
「控室の鍵です。本来は王族しか立ち入ることはできないのですがね」
そもそも大聖堂は様々な規則によって立ち入ることのできる人間や結婚式を挙げることのできる人間を制限している場所だ。結婚式は王族しか挙げられないので、その控室も王族しか立ち入れないというのは納得できる。
「…なるほど、そういうことでしたか」
一体何がそういうことなのか私には全く理解できなかったが、オリヴィエ様には何かが伝わったようだ。
「アルフレッドからオリヴィエへの気遣いだと思いますよ。彼なりのね」
そう言ったエイデン様は、どうぞついてきてください、と言って先導してくださった。私は依然として何も理解できていないが、エイデン様とオリヴィエ様が良いと言うのなら私はそれに従うまで。
廊下を抜け、人通りが少ないエリアの中に目的の控室はあった。その扉は厚く、王族の控室として作られたという説明にも納得がいく。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
扉を押さえてくださったエイデン様の横を通り過ぎ、部屋の中へ入るとそこは王城の一室のような場所だった。豪奢でありつつも品格を失わない質の高さが窺える調度品が揃っている。
「あの、エイデン様。本当にこちらのお部屋を使わせていただいてよろしいのでしょうか?」
「はい、構いませんよ。今日のお2人に何か余計な口出しをできる人間はいませんから」
その言葉を聞いて、はっと気がついた。式が始まる前にオリヴィエ様も同じようなことを仰っていたことに。
つまりは、今日の私たちは親族席に座ったことで周囲の貴族たちに王族の一員もしくは関係者であることを示し、この部屋を使う権利を与えられたということ。全て王太子殿下の思惑通りなのかもしれない。
「…私もようやく理解が追いつきましたわ。殿下には感謝の意をお伝えさせていただかなければなりませんね」
「そうですね。アルの気遣いのおかげで助かりました」
この後のパーティーで、少しばかりではあるが殿下とロレッタ様にご挨拶をする時間があるはずだ。その際にこの配慮に対しても感謝が伝えられる。
オリヴィエ様は車椅子から降りてソファに座り直してもらい、エイデン様が紅茶の用意を頼んでくださった。待ち時間が1時間ほどあるとのことなので、殿下にこの部屋を用意していただけて本当に良かった。
届いた紅茶をいただきつつ、オリヴィエ様やエイデン様と無理のない範囲で歓談をしていたところ、扉が叩かれた。もう誰もこの部屋を訪れる予定の人はいないはずだったが、いったい誰だろうか。
「私が出てきますね」
「はい、ありがとうございます」
立ち上がったエイデン様に視線を向けつつ、扉の奥にいる人物が誰なのか気にかけた。まだ移動の時間には早すぎるはずなのだ。
そして、エイデン様によって開かれた扉の奥にいたのは、今ここにいるはずのない人物だった。




