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諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


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第五十話

固形食が食べられるようになってからのオリヴィエ様は、信じられないほどのスピードで回復の道を突き進んでいった。ほぼ毎日経過観察に来てくださるお医者様も、本来はこんなに早く回復していくものではないと驚きを見せていた。


「オリヴィエ様、今日の体調はいかがですか?」

「昨日より少し良いような気がします」


オリヴィエ様が倒れられてから約1年が経ち、季節は巡って秋を迎えた。オリヴィエ様は1日のうちほとんどを起きて過ごせるようになり、短い時間であれば車椅子に乗って移動することも出来る。足の筋力が衰えているので、まだ立ち上がることは難しいけれど、訓練をすればいずれ歩くことも可能になるそうだ。


「ミュリー、明日の準備はもう済んでいるのですか?」

「はい、バッチリですわ!」


私はオリヴィエ様の御髪を整えつつ、笑顔で答えた。明日は、オリヴィエ様と一緒に外出する予定があるのだ。


「とても楽しみですわ。ロレッタ様の晴れ姿、しかと目に焼き付けなければ!」

「ふふっ、気合いが入っていますね。きっと、アルとロレッタもミュリーに会えるのを楽しみにしていますよ」


王都の大聖堂で行われる、第1王子殿下改め王太子殿下とそのご婚約者様の結婚式。それは明日にまで迫っている。そう、殿下とロレッタ様が結婚なさるのだ。


本来は去年の秋頃に私たちの結婚式を予定していたが、それはまだ延期されたままである。そのため、後から婚約の決まったお二人が先に結婚式を挙げることになった。私にとって大切な友人であるロレッタ様の晴れ姿を見ることができる機会は限られているので、私は明日をとても楽しみにしているのだ。


「とはいえ、久しぶりに外出するので少し緊張してしまいますね…」


オリヴィエ様にとっては、約1年ぶりの外出となる。車椅子に乗れるようになってからは、私と一緒に庭園まで出ることはあっても、屋敷の敷地からは出ていなかった。まだ体調が万全というわけではないし、変に注目を集めるようなことは避けるべきだと判断したためだ。

今回はオリヴィエ様の兄弟のような存在である王太子殿下の結婚式ということで、招待に応じ、体調と相談しながら出席することとなった。


「そうですね。色々と懸念事項もありますし…」


第1に、オリヴィエ様はまだ治療中の身であり、体調には日や時間ごとに波がある。そのため、長時間にわたる式の間、ずっと椅子に座り続けることが難しい可能性があるのだ。殿下やロレッタ様には事前にその事情をお伝えしてあり、配慮をしてくださっているようなのだが。

それ以外にも、他の貴族たちからの目線や言葉を気にしている。グランジュ公爵家は貴族家筆頭の大貴族家だが、当主であるオリヴィエ様は長い間病に伏しており、婚約者として私がいるが後継となる人はいない。つまり、かなり存続が危ぶまれていたのだ。そんな状態にあることを他の貴族たちは当然知っている。情報が統制されていたとしても、噂好きの貴族たちに隠し通すというのは無理な話なのだ。

そんなふうに社交界で回っている噂話を、明日は真実で塗り替えに行く。確かにオリヴィエ様は病に伏していたが、もう心配はいらないということ。私が婚約者として側で支え、今後もグランジュ公爵家は揺るぎなく続いていくということ。これらを示すことで、オリヴィエ様の病が完全に治り、再び社交界へ戻る日が来たときに余計な障害がないようにしておきたいのだ。


「おそらく、私とミュリーは好奇の目に晒されることになると思います。それでも、ミュリーは一緒に来てくれますか?」


私はふふっと笑って、当然です、と答えた。もう迷いなどない。彼を1番近くで支えるのは自分でいたいと思っている上、それを誰かに譲る気もさらさらない。もしもそれが崩れるとしたら、それはオリヴィエ様が私を拒んだ時だけだ。




翌朝、私はまだ日が昇りきらないような時間に目を覚ました。あまりにもワクワクしすぎてしまって、落ち着いて寝られなかっただけなのだが。


「ミュリエル様、お目覚めでしょうか?」


しばらく庭園を眺めていたら、ミラが声をかけに来た。彼女が来るのもいつもより早い。さすが、1年間私の側で世話をしてくれただけのことはある。


「えぇ、起きているわ」


部屋へ入ってきたミラは、そのままテキパキと朝の用意を進めていく。洗顔用の桶から身支度を整える道具まで。


「本日は王太子殿下の結婚式へご出席になるということですから、準備の時間はいくらあってもたりませんわ。お早く、こちらへお座りくださいませ」


私がミラの指示に従って化粧台の前へ座ると、他の使用人たちも続々と部屋へ入ってくる。それぞれ、朝食やドレスなど、まさに臨戦体制と言うべき出で立ちで。


「さぁ、ミュリエル様、急ぎますわよ」

「ご主人様もあちらで準備をなさっておられますよ。楽しみですわね」


使用人たちが何から何までしてくれるので、私は指示の通りに動くだけで良い。基本的には化粧台の前に座っているだけだ。


「今日のドレスはご主人様がお決めになったのですよね?」

「えぇ、そうよ。こだわりがあるだとかで、長時間悩んでおられたわ」


一昨日、車椅子に乗って私の衣装部屋までお越しになったオリヴィエ様は、ああでもないこうでもないと言いながら、私のドレスを選んでおられた。あまりにも真剣な表情でお選びになるものだから、私は途中から可笑しくなってきて、笑みがこぼれてしまった。

最終的に選ばれたのは薄い藤色のドレスで、私の髪色と近い色味のものだった。靴や装飾品まで決めていただいたので、今日の私はその通りのものを身につけている。


「よくお似合いですわ。ご主人様はミュリエル様にお似合いになるものをよくご存じですわね」


確かに、姿見で見る着飾った自分の姿は、まるで別人のように整っていた。もちろん使用人たちが頑張ってくれたおかげであることは間違いないのだが。


「そろそろあちらも用意が終わった頃でしょうか? 様子を伺ってまいりますね」


そう言って扉の向こうに消えていった使用人を見送り、私は軽食を口にした。コルセットを締めているのであまり多くは食べられないが、少しでもお腹に食事を入れておかないと、式の途中で具合が悪くなってしまう可能性がある。大切な友人の結婚式でそんな醜態は絶対に晒せない。


「ミュリエル様、ご主人様がお呼びですわ」


すぐに戻ってきた使用人の伝言に従い、私は部屋を出た。私の衣装はオリヴィエ様が選んだが、オリヴィエ様の衣装は選ばせてもらえなかった。当日までのお楽しみだと言われてしまえば、私としても強くは出られなかった。


「オリヴィエ様、ミュリエルです」

「どうぞ」

「失礼します」


扉の先には、車椅子に座り、袖口のボタンを整えてもらっているオリヴィエ様の姿があった。

オリヴィエ様の衣装はグレーを基調としつつ、ところどころに薄藤色を差し色として取り入れていた。どこからどう見ても、隣に立てばペアルックである。

オリヴィエ様と同じ色を身に纏うのは初めてではないのでそれに対して思うところはないのだが、オリヴィエ様が私の色を身につけておられるのを見るのはなんだか落ち着かない。


「やはり、私の見立て通り、ミュリーにはそのドレスがよく似合いますね」

「ありがとうございます。オリヴィエ様もよくお似合いですわ」


1年ぶりに見たオリヴィエ様の正装は、あまりにも輝いて見えた。それはただ単に、衣装が素晴らしかったからだけではないだろう。

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