第四十四話
「まず、ディルヴァーン嬢に共有いただいた情報をまとめたものがこちらです。内容に誤りがないか確認をしていただけますか?」
「はい、分かりました」
エイデン様から手渡された書類を受け取り、ぱらぱらとめくりながら確認をしていく。内容は、仮面舞踏会当日の私とオフェレット伯爵夫人、令息がどのような内容の会話を交わし、どんなことをしたのか。私からロレッタ様にお話しした内容がほとんどそのまま記載されているので、私から修正をすることはない。
「特に誤りはありません」
「分かりました。それではこちらの内容が誤りのないものとして話を進めます」
一呼吸おいたエイデン様は、その後に行われた調査の説明をしてくださった。
「身柄を拘束した令息、本名はエリック・オフェレットですが、彼からはいくつか証言が上がっています。相手がアリスタシー嬢であることは知らなかった、夫人に唆されて相手と既成事実を作ろうとしたなどと証言していました」
彼の言い分はなんとなく予想がついていた。しかし、女性が苦手な様子だった彼が急に私に対して強気な態度を取ってきたことに疑問を抱いていた。
「ライラ・オフェレット伯爵夫人には召喚状を出し、王城で取り調べを行いました。それがこちらの資料になります」
新たに手渡された書類は先ほどまでのものよりもずっと分厚く、受け取った手にずしりと重みが伝わってくる。
「拝見しても?」
「もちろんです」
私はおそるおそる表紙をめくる。彼女とは直接的にこの内容を話したわけではないので、王城での調査でどのようなことを証言したのか分からない。彼女の証言次第では、この一連の出来事に終止符を打ち、オリヴィエ様を助ける方法を見つけることに大きく近づく可能性があるのだ。
「伯爵夫人には紅茶に混ぜ物をしたかどうかの調査から、今回の仮面舞踏会でミュリエル様に危害を加えるように指示をしたかどうかの聞き取りを行いました。結果が次のページに記載されております」
さらにめくると、そこには調査結果が細かい字でびっしりと書かれていた。これを見ただけで、エイデン様やその他そば付きの方々が、寝る間も惜しんでこの調査に協力してくださったことがわかる。
「彼女は事件の全容を自白しました」
「…自白、ですか?」
正直、意外だった。私が関わった彼女の様子から予想するに、捕まったとしてもすぐには話をしないと思っていた。なぜなら彼女は非常に高いプライドを持っていて、そう簡単には折れないと思っていたからだ。
「はい。初めこそ何のことだか分からないとシラを切っていましたが、彼女にとって都合の良い方向へ話を誘導するとあっという間に話してしまいました」
彼女は本当に、自分の息子がグランジュ公爵家の後継となることしか考えていないのだろう。だから、全ての罪は自分が背負い、息子を公爵の座に座らせようとする。その企みが上手くいくはずのないことだとは知らずに。
「なるほど、つまり今までオリヴィエ様へ贈られていた紅茶には伯爵夫人が混ぜ物をしていたということで間違いありませんか?」
「はい、残念ながらその通りです」
これで、オリヴィエ様を亡き者にしようとした人物が判明した。オリヴィエ様が幼い頃から実の母親のように愛情を注いできたように見えた彼女は、ただ早く彼をこの世界から消して自分の息子に権力を握らせたかったのだ。
私は、ただそれだけのことで、と怒りに拳が震える。オリヴィエ様はその紅茶のせいで今もほとんど目を覚まさない。そんな彼が今、この事実を知ったらどのように感じるだろうか。
「そして、アリスタシー嬢から情報提供を頂いていた、金属の種類特定ついてですが、アリスタシー嬢のおっしゃる通り、鉛で間違いないそうです」
「…そうですか。種類がはっきりすれば、治療を始めることができますね」
ようやく、ようやくここまで辿り着くことができた。本当に長い道のりで、途中で何度も挫折しそうになったけれど、オリヴィエ様が私に託した人生最後で最大の願いだけは絶対に叶えたくないと心に誓い、繰り返し思い返すことでなんとかここまで到達した。
けれど、私の心はあまり晴れやかではなかった。確かにオリヴィエ様の命を狙っていた人物が見つかり、治療法を見つけるのもそこまで苦労しないはず。喜ばしいことばかりのはずだが、素直に喜ぶことができないのはその相手がオリヴィエ様が慕っていた人だからだろうか。
「ただ、もうかなり病は進行しているので、今から治療をしてどれだけ意味があるかは分かりません。もう手遅れの状態になってしまっている可能性も… ありますから」
自分でそう言って、その言葉に深く心が抉られた。分かっていた現実だけれど、改めて言葉にすることでこれが本当に起こりうる未来だということを再確認させられた。覚悟はずっと前から出来ていたはずだったのだけれど。
私の目的は、病の原因を突き止めることではなく、オリヴィエ様の病を治すことだ。彼が私と一緒にこの先の人生を生きてくれないのであれば、この調査には何の意味もなかったことになってしまう。
「ミュリエル様…」
ロレッタ様は私の様子を伺って、大丈夫ですか?と声をかけてくださった。正直なところ、全く大丈夫だとは思えない。
「私は、大丈夫です。オリヴィエ様の病気を治すと、心に誓いましたから。たとえそれが難しいことでも諦めることはありませんわ」
私はしっかりと芯のある声で答えた。私自身が今の状況を大丈夫だと思っていなかったとしても、それが諦める理由にはならない。私までもがオリヴィエ様の命を諦めてしまえば、誰も彼に生きて欲しいと言わなくなってしまうから。
「それならよろしいのですが… もうあまり、私に出来そうなことは残っておりませんから、とてももどかしいですわ」
困ったように眉を下げて笑ったロレッタ様に、私はお気持ちだけで十分に私の支えとなっておりますよ、と微笑み返した。もうロレッタ様には十分、私の助けとなって頂いた。ここから先の治療に関しては、私を含む公爵邸の皆で取り組んでいかなければならない。
また何かありましたら、ロレッタ様にお願いさせていただきますね、とつけ足した私の言葉に、ロレッタ様は頷いて、必ず、と言った。




