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諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


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第四十三話

使用人たちを呼んだロレッタ様は、私の手を引いたままレックが倒れているところまでどんどんと歩いていった。


「…これは、ミュリエル様もなかなか派手にやりましたわね?」

「自分の身を守るのに必死で…」


眠り薬で眠らせた後も、すぐに目を覚まされたら困るのでハンカチを顔にかけて離れた。その光景を見て、ロレッタ様は半分笑いが混じったような声色で仰った。


ロレッタ様はすぐに使用人たちへ指示を出し、レックの身柄は確保された。

今はまだ、オフェレット伯爵夫人にはこのことを伝えない。彼女は今、お酒に酔っているため冷静で賢明な判断はできないだろう。明日にでもなれば、自分が犯した罪の重さに気がつくはずだ。


これで仮面舞踏会にこれ以上長居をする理由はなくなった。ロレッタ様はようやく私の手を離し、帰りましょうか、と笑った。


「はい、帰りましょう」


こうして、私は多くの情報を得た仮面舞踏会を後にした。



ディルヴァーン侯爵邸へと戻る馬車の中で、ロレッタ様は調査についての話はなさらなかった。私は侯爵邸についた後、ロレッタ様の私室へ通され、そこで話をすることとなった。


「ミュリエル様もお疲れだと思いますが、殿下への報告のためにお付き合いくださいませ」

「もちろんですわ」


人払いがされたロレッタ様のお部屋で、私はすべての情報を共有した。私だけが情報を持っていても何にもならないし、ロレッタ様から殿下へ報告されるのが最も速い。私の最終的な目標はオリヴィエ様の病を治すことだ。そのために私ができることはなんでもする。たとえ久しぶりの社交で疲れていたとしても。

オフェレット伯爵夫人と話した内容やレックにされたことを話すと、だんだんロレッタ様の顔が険しくなっていく。


「…という経緯があって、ロレッタ様のところへ戻りましたの」


私からの話が終わるまで口を閉ざして、聞くことに集中していたロレッタ様は口角を上げて笑っているようだったが、目は完全に怒りに染まっていた。


「…よくも私の大切なミュリエル様にそのようなことを」

「ロレッタ様?」

「いえ、なんでもありませんわ。話してくださりありがとうございます。このことは朝一番に殿下へ報告させていただきますわね」

「はい、よろしくお願いします」


これでもう、オフェレット伯爵夫人と令息は自分たちが犯した罪から逃れることはできなくなった。ロレッタ様にとっても殿下にとってもエイデン様にとっても、オリヴィエ様は大切な友人なのだから。




ロレッタ様へのお話が終わったあと、私はようやくグランジュ公爵邸へと戻ってきた。もう空の端が白み始めていて、あと1時間もすれば日が昇ってくるだろう。


「ミュリエル様、おかえりなさいませ」

「ただいまジャスパー、ミラ。こんな時間に出迎えてくれなくても良かったのに…」


彼らは昼間から働いていたのだ。もうすぐ朝という時間に起きていて良いはずがない。


「ミュリエル様のおかえりをお待ちするのが我々の仕事ですのでご心配には及びません」


ジャスパーは当然だと言いたげな表情をして言い、それにミラも同意した。しかし、私としては2人に無理はしてほしくない。特に、もう良い歳のジャスパーには。


「分かったわ。それなら私から2人に仕事を与えます。今日は1日、ゆっくり休みを取ること。良いわね?」

「…かしこまりました」


ジャスパーはそのまま使用人の部屋がある棟へと移っていき、ミラも私の寝支度をしてから戻っていった。


私は丁寧に整えられたベッドに体を横たえ、今日の出来事を思い返す。色々なことがあったが、おかげでオリヴィエ様の病を治すことに一歩近付いた。このままオフェレット伯爵夫人や令息を調べていけば、治療法だって見つかるはずだ。

隣の部屋で眠っているオリヴィエ様に想いを馳せながら、私は深い眠りへと落ちていった。




私が目を覚ましたのは、もう夕方になりかけている時間だった。使用人たちは疲れていた私のことを気遣い、自然と目を覚ますまで起こさずにいてくれたようだ。


使用人を呼び、身支度と軽い食事を済ませた私は、オリヴィエ様の元へと向かった。もうしばらく起きているオリヴィエ様には会えていないが、病気からの回復に希望が見えたことで私の心は少しばかり軽くなっていた。


「…オリヴィエ様」


依然として眠ったままのオリヴィエ様の隣に座った私は、いつものように体調を伺った。あまり変わらないようにも感じられるが、この状態になってから少しずつ呼吸が弱くなっていっている。オリヴィエ様が自らの調子を鑑みて仰った、残り数ヶ月という期限。それが刻々と迫っていることは、私も痛いほど分かっている。


「もう少しだけ、待っていてくださいね」


ようやくここまで調査をしてきたのだ。あともう少し、もう少しすればオリヴィエ様を助ける方法が見つかるかもしれない。どうかそれまで、持ち堪えて欲しいと祈ることしかできない。


その日、私はオリヴィエ様の部屋で夜を明かした。金属の毒性について書かれた本を読んだり、オリーヴとの文通を読み返したり。私にとって、オリヴィエ様の隣が最も落ち着く場所になっているのだ。仮面舞踏会で恐ろしい経験をした今の私は、彼のそばにいることで心を落ち着けたかった。オリヴィエ様は眠っていても、きっと私のことを守り、労ってくれる気がするから。

それに、私がオリヴィエ様の隣を離れると、どこか遠くへ行ってしまうような気がしてならなかった。この漠然とした恐怖を完全に拭うことはできないけれど、そばについていることでいくらかは紛らわせることができる。



翌朝、太陽の光が窓から差し込み、眩しいと感じるような時間になった頃。殿下とエイデン様、ロレッタ様が公爵邸へお越しになったと報告が上がってきた。今までこのようなことは1度もなかったので、私は慌てて身支度を整えた。殿下をお迎えするのに、ルームドレスでは失礼だ。

ミラたちが急いで身支度を整えてくれたおかげで、長くお待たせすることなく殿下たちがお待ちになっているサロンへ向かうことができた。


「お、お待たせいたしました…」


あまりにも急いだせいで少々息は上がっているが、殿下たちは笑顔で迎えてくださった。


「突然訪問してしまって申し訳ないね」

「いえ、問題ございませんわ。例の件について、何か進展があったのでしょうか?」


私はソファに腰掛け、早速本題であろう話題を切り出した。


「その件については調査を担当した私から説明させていただきますね」


エイデン様は私の方を見てにこりと微笑み、書類を机の上に並べた。情報が細かい字でびっしりと書き込まれているその書類たちは、日付を確認すると急いで作られたものであることが分かった。


私は改めて姿勢を正し、エイデン様からの説明に真剣に耳を傾けた。この報告次第で、オリヴィエ様の治療が本格的に始められる可能性があったからだ。

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