第四話
それからさらに1週間が経過し、王城へ参上する日がやってきた。
実のところ、グランジュ公爵邸に来てから、オリヴィエ様にお会いしたのは片手で数えられるほどしかない。
そもそも、私は本館ではなくすぐ隣にある別館に部屋を設けられているし、オリヴィエ様はお忙しいそうだ。たまに食事を共に、とお誘いがあったが、それ以外にはほとんど対面していない。
今日は朝から使用人たちがバタバタと準備に奔走している。私をオリヴィエ様の婚約者と認めてもらうためのご挨拶なので、とにかく念入りに準備する必要があるそうだ。
「そんなに手間をかけても、私では見栄えしないわね…」
私の容姿はお世辞にも華やかとは言えない。お姉様は大輪の薔薇のような容姿だったけれど、私は野花のような質素さを感じる容姿だと思う。
どれだけ使用人たちが頑張ってくれても、普段からキラキラとしたオーラを纏っているオリヴィエ様の隣に並び立つには不足する。
「いいえ、私たちにお任せくださいませ。ミュリエル様にご自身の魅力を理解していただけるように、腕によりをかけますわ」
私の言葉に対抗心を燃やしてか、私付きの使用人総動員で準備が行われた。
髪色に合わせた薄紫色のドレスに、髪は結い上げる。ほんのりと香るように少しだけラベンダーの香水を振り、最後にアメジストのペンダントを身につけて完成だ。
呼びにきた使用人の案内のまま、車止めまで歩いていく。この2週間でドレスにもかなり慣れたとは言え、このような正装はまだまだ不慣れだ。
「…ミュリー、とても綺麗ですね。妖精が降り立ったのかと思いました」
「それはさすがに大げさですけれど、使用人たちが頑張ってくれましたので」
頑張りのおかげで、野花から花屋の花くらいにはなれただろうか。オリヴィエ様の隣に立っても問題ない程度に仕上がっていれば良いのだが。
「こんなに綺麗なミュリーは陛下にも見せたくないところですが、そういうわけにもいきませんね。さっさと行ってさっさと帰ってきましょう」
長居せずに帰ってくるという提案には全面的に同意する。王城に長居したら、高貴なオーラにあてられてしまいそうだから。
「はい、ぜひそうしましょう」
私は差し出されたオリヴィエ様の手を取り、馬車へと乗り込んだ。
王城へと近づくにつれ、私の鼓動は少しずつ速くなっていく。人生で2度目の参上とはいえ、前回とは状況が全く異なる。オリヴィエ様の婚約者として参上する以上、粗相があってはならないという責任感が、余計に私を緊張させる。
そんな私の様子に気がつかれたのか、オリヴィエ様は私の瞳をまっすぐ見つめて言った。
「そんなに緊張しなくても、陛下とアルフレッドがミュリーに厳しくすることはありませんよ。肩の力を抜いてください」
「そ、そう言われましても…」
私にとって、国王陛下と第1王子殿下は雲の上の存在なのだ。普段からお仕事の関係でおふたりと関わりのあるオリヴィエ様と同じ感覚でいられるはずがない。
「陛下はともかく、アルフレッドは私の友人です。本人も気安い性格をしているので大丈夫ですよ」
「分かりました。なんとか頑張ってみます…!」
数年ぶりに足を踏み入れた王城は、記憶上のそれよりもずっと荘厳だった。当時は社交界デビューの緊張であまり周りが見えていなかったのかもしれない。
オリヴィエ様のエスコートのもと、どんどん内部へと進んでいく。その間、私たちの方へビシビシと視線が飛んでくる。
「さすがと言いますか、皆さんの注目を集めていますね…」
オリヴィエ様はグランジュ公爵家の当主だし、かなり容姿も整っていると思う。そんなオリヴィエ様と歩いていれば注目を集めるのは当然とも言えるのだが、貴族たちの前に出た経験がほとんどない私にとっては苦行だ。
「まぁ、私が女性を連れて歩くのは初めてですし、それがミュリーですからね。皆、ミュリーがどんな人なのか気になって仕方がないのでしょう」
「出来ればあまり興味を持たないでいただきたいですね」
全く持つな、というのはおそらく無理なので、多少は諦める。しかし、オリヴィエ様はそんな私の希望をことごとく打ち砕いた。
「ははっ、それは無理ですね。これからしばらくは、ミュリーが社交界の噂の的ですよ」
「どうか冗談だと言ってください」
「残念ですが冗談ではないですね」
私は真剣に嫌だと思っているのに、オリヴィエ様は可笑しそうだ。
「さぁ、そんなことを言っているうちに到着しましたよ。心の準備は良いですか?」
「…はい、大丈夫です…!」
私の返事を聞いたオリヴィエ様は良かったと頷いてから、扉を守っている騎士に合図を送った。
2人がかりで開かれた扉の先には、玉座が見える。
オリヴィエ様と息を合わせて深く礼をし、中央の道をまっすぐ進んでいく。玉座に近づくに連れ、1度落ち着いたはずの緊張が段々と戻ってくる。
「面をあげよ。よくぞ参った」
「我が王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。オリヴィエ・グランジュが参りました」
私は、オリヴィエ様から紹介があるまで何も発言しなくて良いと説明された。オリヴィエ様が良いようにしてくださるはずなので、その指示に従うまでだ。
「呼び出してすまないな。あのオリヴィエが婚約をしたと聞いて、相手がどんな令嬢なのか気になって仕方がなかったのだ」
「いえ、問題ございません。こちらが、私の婚約者となったミュリエル・アリスタシー伯爵令嬢です」
私はすっと淑女の礼をして、挨拶をする。
「お初にお目にかかります、ミュリエル・アリスタシーと申します」
練習の成果か、最初の挨拶は及第点というところだろう。
「アリスタシー嬢、グランジュ公爵邸での生活は不便ないか?」
「はい、とても良くしていただいております。身に余るほどでございます」
私は伯爵家からほとんど何も持たずに移ってきた。持ってくるものがなかったと言う方が正しいか。それにも関わらず不便なく過ごせているのは、公爵家に必要なものが全て揃えられているからだ。
「それなら良いのだ。今後も不便があれば遠慮なく公爵に言うと良い」
「お心遣い感謝いたします」
「それにしても、今まで浮いた話ひとつ聞かなかったオリヴィエが急に婚約とはな。どういう心境の変化だ?」
「私は昔からただひとり、ミュリエル嬢のことだけを想い続けてきましたので。心境が変化したわけではございません」
堂々と言い放ったオリヴィエ様の様子を見て、陛下は目を見開き、ほう、とどこか愉快げだ。
「オリヴィエにそこまで言わせるアリスタシー嬢はよほど素晴らしい淑女なのだろうな。今後、そなたと話が出来ることを楽しみにしている」
「恐悦至極にございます」
その後、陛下とオリヴィエ様がいくらか会話をされて、退室した。
玉座の間から出た瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解ける。
「お疲れ様でした」
そんな私の様子を見て、オリヴィエ様はふふっと笑った。
まったく、笑い事ではない。
「何か失礼はなかったでしょうか?」
「何も問題なかったですよ。そもそも、陛下は多少の失礼で怒るような方ではないですが」
私の作法や返答に失礼がなかったのならそれで良い。私の責任は、オリヴィエ様の婚約者として振る舞うことだから。




