第三十六話
私がロレッタ様にお願いの手紙を出した翌日、返事はすぐに返って来た。ロレッタ様はまずはディルヴァーン侯爵邸にて作戦会議をいたしましょう、と記しておられた。
私もそれに賛同して、私が侯爵邸に伺う日取りもすぐに決まった。
「オリヴィエ様、行ってまいります」
私は眠っているオリヴィエ様の顔をしばしの間眺めてから、部屋を後にして侯爵邸へと向かった。
ディルヴァーン侯爵邸に伺うのは久しぶりである。最近は王城でお会いすることが多かったので、こうして侯爵邸でゆったりとお話しできる機会を作れて、私としてはとても嬉しいのだ。もちろん、主な目的は私の計画を遂行する為にロレッタ様の協力を得ることなのだが。
「ようこそおいでくださいました、ミュリエル様。さぁ、外は冷えますから、早く中へお入りくださいな」
「ありがとうございます、ロレッタ様」
赤いベロアの生地でできた暖かそうなドレスを身に纏ったロレッタ様は、寒さが似合う凛々しい笑顔で迎えてくださった。私は寒いのが得意ではないので、勧めに従って建物の中へと足を進める。
「本日はミュリエル様と2人きりでお話がしたいと思いまして、特別なお部屋を用意いたしましたの。いつものサロンではありませんのよ」
ロレッタ様は人差し指をそっと口に当てて、私のお部屋ですの、と言った。
基本的に貴族同士のお茶会や相談ごとは、サロンと呼ばれる応接室で行われることが多い。季節や天気によっては庭園のガゼボや温室が使われることもあるが。今回のように私室で行われることはほとんどなく、そこはよほど親しい間柄の人間にしか入ることが許されない領域である。
「よろしいのですか?」
「えぇ、もちろんですわ。ミュリエル様ですもの」
私はロレッタ様の言葉に喜びを感じながら、後ろについて部屋へと入った。
ロレッタ様の私室は落ち着いたダークブラウンを基調とし、差し色としてバラのような赤を取り入れていた。全体的にロレッタ様の雰囲気によく合い、彼女の凛々しくもあり、温かみもある雰囲気がよく反映されていると言える。
「素敵なお部屋ですわね…」
思わず感嘆の息を漏らした私の様子を見て、ロレッタ様はふふっと笑った。
「お気に召されたようでよかったですわ」
「はい、本当に。私が公爵邸で使わせていただいているお部屋とは全く雰囲気が異なり、主人であるロレッタ様の良い空気感を見事に反映していると思います」
私は感じたことをほとんどそのまま口に出した。あまり大袈裟に人を褒めるとわざとらしく聞こえてしまうこともあるのだが、今回は心からそう思ったし、ロレッタ様もそれは理解してくださることだろう。
「そのように褒めてもらえると、私室に招いたかいがあったというものですわ」
少し頬を赤らめて言ったロレッタ様。
照れを隠すように着席を勧められたので、私は素直にそれに従うことにした。
お茶やお菓子が揃い、落ち着いて話ができる環境が整ったところで、ロレッタ様から話が切り出された。
「詳しいお話は聞いておりませんが、あの紅茶に混ぜ物がなされていたようですわね」
「はい、その通りです。殿下からお聞きになったのですか?」
「えぇ、昨日お会いしまして」
カップに口をつけつつ答えたロレッタ様。
私は今日、ロレッタ様に状況の共有をした上でお願いをしようと思っていたので、少しでも殿下からお聞きになっているのであれば話が早くて助かる。
「まず結論から申しますと、あの紅茶には何かしらの金属が混ぜられていました。殿下が行ってくださった調査では種類の特定には至らなかったのですが、私がオリヴィエ様の症状を参照して調べた以上ですと、鉛が有力かと思います」
ミラに頼んで図書室から関係する書籍を全て集めてもらい、オリヴィエ様の症状を引き起こす特性を持つ金属をピックアップした。その中でも可能性が高いと踏んでいるのが鉛だ。あまり知られていないが、鉛はたくさん摂取すると人体に害を及ぼす。私も書籍で調査をしなければ、その毒性については全く知らなかったので一般的にも認知度が低いことは納得できる。
そして、オリヴィエ様が紅茶を日常的に飲むことで少しずつ鉛を体内に蓄積していっているとしたら。今のオリヴィエ様のような状態となると書籍には記されていた。まだお医者様に確認をしたわけではないので確証は得られていないが、今のところは1番有力な候補だ。
「鉛、ですか?」
「はい。あくまで素人である私が調べた結果なので何の確証もありませんが…」
なるほど、と考える素振りを見せたロレッタ様。
「私もそのような分野に関しては全く知識がありませんので、ミュリエル様の調査結果に対して何も申し上げることはできないのですが、候補が上がったのであれば調査はいくらかしやすくなりますわね」
「だと良いのですが。殿下には鉛かもしれませんとお伝えをして、再び調査をしてくださっているようですので、正誤判定が出るのもすぐですね」
私は鉛が候補に上がった時点で殿下へのお手紙を認め、先の調査に使用した紅茶を用いて確認をしていただきたいを頼んだ。殿下から了承の意を記したお返事が来たのが昨日のことなので、あと数日すればまた連絡があるはずだ。
「ミュリエル様の予想が当たっていれば調査は一気に前へ進みますわね。それで、そこまでわかっているのでしたら、私は何をお手伝いすればよろしいのですか?」
私は一呼吸置いてから、今回の本題を提示した。
「ライラ・オフェレット伯爵夫人が参加している社交の場に、私を連れて行っていただきたいのです」
私の言葉に、ロレッタ様は目を見開いて驚いた表情を見せた。
「えっ、と… 本当にライラ・オフェレット伯爵夫人で間違いありませんか?」
「はい、間違いありませんわ。オリヴィエ様の叔母にあたる、彼女と接触をしたいのです」
随分と動揺した様子のロレッタ様だったが、私の言葉を聞いてスッと冷静に戻られた。
「つまり、ミュリエル様が直接確かめたいことがあるということですね?」
「その通りです。あの紅茶の送り主はオフェレット伯爵夫人で、公爵家が調査したところここ数ヶ月間、彼女は王都に滞在しています。何かの目的を持って行動していることは間違いありませんから、私は彼女がこのことに関わっているのかどうかと、何を目的に王都に滞在しているのかを調べたいのです」
オフェレット伯爵夫人はあくまでオリヴィエ様に茶葉を贈っていただけかもしれない。むしろ、私としてはその方がオリヴィエ様の心が傷つかずに済むので望ましいのだが。
しかし、現時点で判明している客観的事実を並べた時、茶葉に金属を混入させた人間として最も有力なのがオフェレット伯爵夫人であることが間違いない。
あまり気は進まないが、オリヴィエ様の病気を治すためにもいち早く解決する必要があるので、可能性が高いのであれば調査をするのは仕方がない。
「なるほど、よく分かりましたわ。確かに伯爵夫人は最近は頻繁に社交界へ顔を出しておられますわね。彼女が参加する会にミュリエル様をお連れすることは可能ですが… 本人にはお顔がバレていなくても、周りの人間はミュリエル様のことを知っていますから、どう素性を隠して近づくべきでしょうか?」
頭を悩ませるロレッタ様に対して、私は自信を持って答えた。私に秘策があるのです、と。




