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諦めの悪い伯爵令嬢は、婚約者様の人生最後で最大の願いを絶対に叶えたくないのです  作者: らしか


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第三十五話

紅茶を用意した使用人が出て行ってすぐ、ミラが部屋へと入ってきた。手には2つの瓶を持って。


「ご所望のものをお持ちいたしました」

「ありがとう、ミラ。この紅茶をその瓶に移してもらえる?」

「かしこまりました」


カップに入れられた紅茶と、ポットの中に残っている分をそれぞれ分けて2つの瓶に保管しておく。何者かがこの瓶を開封すると、それがわかるように細工もして。

そして、カップとポットも念の為現状保存しておく。こちらは柔らかい布に包む。紅茶そのものとは違って、一応何かの役に立つかもしれないという考えでおいておくものなので、特に細工はしない。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「えぇ、ありがとう」


私の言葉に礼で返したミラは、次の指示を遂行すべく部屋から出て行った。入れ替わるように、今度はジャスパーが入ってくる。


「ミュリエル様、ご指示のあった調査の件ですが、各所に伝令を行ってまいりました。2日ほどいただければ十分かと…」

「そう、分かったわ。辛い役目を担ってもらって申し訳ないわね」


ジャスパーは、いえいえと首を横に振って、誰かが行わねばならないことですから、と続けた。


「私もミラも、わずかばかりではございますがご主人様とミュリエル様のお力になることができて、嬉しゅうございますよ」


にこりと微笑んだジャスパー。彼もオリヴィエ様の回復を心から願ううちの1人なのだ。


「そう言ってもらえると、私としても気が楽になるわ」


オリヴィエ様の婚約者であるとはいえ、正式にグランジュ公爵家の人間になったわけではない私。そんな状況に身を置く私にとって、支えてくれる2人の存在はとても大きい。私がこうして積極的に調査を行うことができているのも、2人のおかげだ。

常に私の側付きとして近くにいてくれるミラは言うまでもないが、長くグランジュ公爵家に仕えているジャスパーが私の味方をしてくれるのも、私にとってはとても心強いこと。彼がいなければ、私は今こうして調査を行うことはできていないだろう。


「ミュリエル様には私どもをはじめとして多くの味方がおります。どうか上手くお頼りになってくださいね」


彼はいつも、私の心をさりげなく整えてくれる。オリヴィエ様がなかなか目覚められない今の状況で、なんとか心を保っているのはジャスパーの功が大きい。


「それではミュリエル様、また何かございましたらお声がけください」


私とオリヴィエ様の2人きりとなった部屋には、彼の弱々しい呼吸の音と、暖炉で薪が燃える音だけが鳴っている。外はちらちらと雪が舞い、本格的な冬の訪れを告げている。


「寒くなってまいりましたね」


私は暖炉に薪をくべて、下がってきた室温を上げた。パチパチと薪が音を立てて燃える様子を眺めていると、私のざわつく心を少しだけ落ち着けてくれるようだった。


「この調子で降り続ければ積もりますかね…」


王都の冬はそこまで厳しいものではない。雪が積もるといっても、軽く白い化粧をする程度で、日中に日が照るとすぐに溶けてしまう。あまり深く雪が積もると生活をしている人たちは困ってしまうのでこれは良いことなのだが。雪が積もっている光景を美しいと感じる私からすると、もう少し長く残ってくれると良いのにと思ってしまう。




2日後、わずかに積もった雪も完全に溶けてしまい、気温も高くて暖かい今日、オリヴィエ様のお部屋でいつも通りに昼食をとっていた私のもとにジャスパーがやって来た。オリヴィエ様のお隣なので、彼もそれに配慮して詳しいことは言わなかったが、私には彼が何用で来たのかすぐに分かった。


「すぐに確認するわ」


私はマナー違反だと分かりつつも抑えきれない焦りに負けて、昼食を中断した。隣の自室に戻ると、部屋を整えていたミラが驚いた表情を見せる。


「ミュリエル様? お食事中でしたのではありませんか?」

「ジャスパーからの報告を聞きたくて、途中で戻ってきたの。ミラは作業を続けて構わないわ」


かしこまりました、と止めていた手を動かし始めたミラを横目に、私はテーブルセットのソファに腰掛けた。後ろに控えたジャスパーは、机に数枚の紙を束ねた資料を置く。


「こちらが調査結果でございます。どうぞご確認ください」


私は促されて資料を手に取り、恐る恐るページをめくった。

そこにはある人物についての行動履歴が記されていた。何時にどこへ出かけたのか、戻ったのか、何を食したのかまで、事細かに。


「さすが公爵家の諜報員ね。ここまで完璧に調べ上げるとは思わなかったわ」

「お褒めに預かり光栄でございます。ご主人様直属の優秀な部隊に担当させましたので」


公爵家の使用人の中でも、存在が秘匿されている諜報部隊。大抵はどこの貴族家にも存在するが、ここグランジュ公爵家の部隊は特別優秀なんだそうだ。なんでも、公爵家というものは周りから悪い感情を抱かれる機会が多いためだとか。


私は最後まで調査結果の資料を確認し、私の中での仮説が1歩、確実に立証へ近づいたのを感じた。


「ミュリエル様、今後はいかがなさいますか?」


ジャスパーは次の指示を求めたが、次は私が直接動く番だ。


「ロレッタ様にお手紙を出すわ。用意してもらえる?」

「…かしこまりました」


不思議そうな顔をしつつも、了承の意を示して便箋とペンを用意したジャスパー。部屋の整頓を終えたミラも、何かお手伝いすることはありませんか?と寄ってくる。


「あら、ミラにはまだ頼んであったことがあったでしょう? あれはどうなったの?」

「はい、ご用意させていただきましたよ。抜かりはありません」


自分の仕事ぶりを誇るように言ったミラ。その様子がなんだか可笑しくて笑みが溢れてしまう。


「ふふっ、それなら良いのだけれど」


私はペンをとって、ロレッタ様へお手紙を書いた。私がなかなか社交界に顔を出さないこともあって、ロレッタ様とはお手紙で頻繁にやり取りをしているので珍しいことではない。



「ミラ、これをディルヴァーン侯爵邸に届けてちょうだい」

「かしこまりました」


私はミラに手紙を手渡し、私のお願いをロレッタ様が受け入れてくださることを祈った。

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